烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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九章 激震する人間の国

Ⅵ 奇襲への憶測

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 突然出現したオニの襲撃。俊足の戦闘技術を持つヤザリでも対処に後れを取り傷を負った。重傷とまではいかないが、万全の状態ではなく特技である俊足に鈍りだした。
「……あれは――」
 倒れているメザトの元へ駆け寄るも、既に事切れている死体と知り、奇襲の恐ろしさを痛感した。
「お前ほどの実力があってしても……」
 オニの不意打ちと思い込んでいたが、死に至らしめたであろう刀傷を見て、人間の賊の仕業だと読む。
 メザトの実力では、真っ向勝負では易々と負けはしない。多勢で攻めたか不意打ちか。どうあれ賊は一筋縄ではいかない連中だとヤザリは確信した。
「難儀難儀、まさかその男までをも」
 声がして振り返ると、帯で締めた白衣の裾に右手を入れたウーザが近づいてくる。
「ウーザ殿……」
 ヤザリの直感が働き、すかさず刀を構えた。
「お前がメザトを!」

 ウーザは卑しい笑みを浮かべる。
「へへへ。ワシがどのようにしてその男を? 目が合う度に睨まれ嫌われ怪しまれておったのだぞ。奇襲の場とて、武人ですらないワシが近づけば死ぬのはこちらだ」
 生前のメザトはウーザを警戒していた。常日頃から怪しい笑みを浮かべ、死刑囚や重罪犯を研究素材として扱っているのだから仕方ない。
 ヤザリもウーザには思う所はあるが、動転していたとはいえ無礼を働いたと反省した。
「無礼な言動、申し訳ない」
「構わん。今は誰しもを疑う時よ」
 今の今まで忘れていたが、位の高い者の避難を優先することが一兵士の責務だとヤザリは思い出した。
「ウーザ殿、避難を!」
 ウーザはメザトの遺体、傷口をジロジロと観察した。
「しばらくオニは来ぬ」
 傷口を触れ、魔力を注いだ。
「何をなさってるのですか! 死者を」
「見過ごせば、事態は悪化するのみよ」
 不適に笑んだ目をヤザリへ向ける。その不気味さに妙な威圧があり、ヤザリを黙らせた。
 数秒、メザトを調べると徐ろに立ち上がった。
「こやつは気功において鍛錬を怠けておらんかった。致命傷であれ、気功を使い、賊の秘密を一つでも残す、か……誰かを呼ぶか。何かする筈だ。それが一撃で絶命させられておる。ただ刀で貫いただけではない」
「何かの術で?」
「呪いだ。だが妖しい方法を使いおるわ」
 全容が把握出来ない難問を残され、ウーザは喜んでいる。
 常日頃、研究と謎解明に頭を使っているからか、謎を前にするとついつい喜んでしまう。

「笑い事ではありません!」
 ヤザリが声を荒らげると、ウーザは退屈そうな目を向ける。
「仲間が死に、部下が死に、城はやられたい放題の死地と化しておられるのです! このままではニルドは滅び、乗っ取られてしまう事態だ!」
「あー、黙れ黙れ。対して仲間意識もない連中に心揺さぶられはせん」
 耳を疑う発言にヤザリは激怒した。
「もう一度!」
「そもそも!」
 急に語気を強めに返され、ヤザリは黙る。
「内乱が起きんという怠慢な考えが惨事を大ごとにしたのだ。手練れの兵士が死した原因は、見たところ身内に賊が潜み、不意を突かれて死したのだろう。加えてオニの出現。混乱、動転、そして殺される。鍛錬により磨かれた本領すら発揮せず死ぬ連中になど同情など不要! 哀悼の意をワシから示して欲しくば、自らが培って得た技術を遺憾なく発揮するんだな」
「それが……味方へ向ける言葉ですか」
 落胆の気持ちが強く、ウーザの見方が変わる。
 そんなヤザリを余所に、ウーザは小さな空間術の中から両手で持たなけれ運べない球体を取り出す。その模様は奇妙で凸凹している印象であった。
「これが何か分かるか?」
「……いえ」
 返事を聞くと、広間の方へ投げ、揃えた指で一文字を描きつつ何かを呟いた。すると、オニの亡骸数体と、人間が混ざって現われた。

「これで五体。賊も何人かいたな。研究の良い所で邪魔し、悉く大切な成果を壊しおった。死んで当然の連中だ」
「これを、お一人で?」
「容赦しなければこの程度朝飯前よ。どいつもこいつも、防衛においてニルドは無事だと決めつけた気の緩みが招いた事よ。仲間が敵となった、なら問答無用で殺せばよいのだ」
「心は、そう易々と切り替わりませんよ」
「そしてあっさりと殺されあの世か? 敵はこちらの心情すら利用する悪党どもだがな」
 ついてこい。そう言ってウーザは歩いた。
「……どちらへ」
「お前でいい、紋章術を施す」
 紋章術とはカミツキのみが使用出来る術。ヤザリもその知識はある。よって、ウーザがヤザリをカミツキへと変える腹だと考えた。
「私を……カミツキへ」
「あのような二番煎じの術とは別格よ。本来あるべき紋章術の、最後の一つだ。お前なら使えるとワシが踏んだまで。嫌なら何処へでも行け」
 信じて良いか分からない。しかし現状ではヤザリは死ぬ危険が大いにある。
 まだ警戒しつつ、ヤザリはウーザの後についた。


 ◇◇◇◇◇


 ヒューガの命令で先にニルドの救援へ赴くジェイクとミゼル。足に魔力を籠めて駆け、半刻もしないうちに二ノ門を抜けた。
 さすがに走り続けて疲れたジェイクは足を止めた。
「なぁ、俺等、本当に伝説の戦士ガーディアンなのか? ヒューガの配下になってる気がしてならねぇぜ」
「これも不運な船乗り達の為、そしてニルドで出会った諸々の人々の為だ。あの方は我らを後生大事に傍に据え置く気は無いだろう。事が事だけに、我々が従者のように見えるが、利害が一致しているから仕方ないさ」
 言われて見れば、ヒューガは立場上、命令を下す側であり、国を率いる国王。一方、ガーディアンとは言え、肩書がなければただの風来坊。バルブラインの使者とはいえ、正式な手順も筋も無く、いきなりクーロへ現われた不審者だと思われても仕方ない立ち位置にジェイク達はいる。

 ベルメアは腕を組んで納得した。
「ある意味でヒューガの懐の深さがあってジェイク達は良い感じに立ち回れるのかもしれないわね。神経質な王様だったら二人はもっと肩身狭いかも」
 ラドーリオがひょっこりミゼルの背中越しに顔を出した。
「そうだよね。特にミゼルは何でもかんでも分かってるみたいに色々見抜くし、弁も立つし。他国からの隠密活動を疑われるかも」
「おいおい」
 とはいえ、ジェイクもラドーリオの言葉に、「まあ、確かに何でも知ってるわな」と言葉を重ねる。
「お前もそちらに立つのか?」
「率直な意見だ。なんでそんなに何でも分かるんだよ」
「私だけではないぞ。ムイ、シャール、ノーマ。スビナに至ってはあの歳であそこまで聡明なのだ。こちらから言わせてもらうなら、お前は博識な者が傍にいる環境に恵まれすぎだ」
 今度はベルメアが「確かにそうよねぇ」とミゼル側につく。
「まあぁ、ひとえにぃ、あたしの縁結びが素晴らしすぎるのよ。あたしって、罪な女神ですもの」
 一人で恥じらう態度を示すベルメアを、ジェイクはそっぽ向いて気にもとめなかった。

 一つ咳払いをし、やや恥ずかしがりながら話を変える。
「その、内乱の話だけどよぉ。いきなりオニを出現なんて出来るのかよ」
 その疑問は、「出来る」と即答されると思っていた。しかしミゼルの反応は「どうだろうな」と、はっきりしない。
「意外だな。空間転移やら、空間術の小難しい説明を踏まえて出来るって断言すると構えてたが」
「いや、術自体の効果で言えばそうなる。しかし、オニの魔力が術を妨害する危険を孕んでいるのだ」
 どういうことだ? と言いたげな表情をジェイク、ベルメア、ラドーリオは揃ってした。
「例えば、どこかでオニを飼っていたとしよう。そこから空間転移で城内へ出現する。理論上は可能だ。しかしオニの異質すぎる魔力では空間転移で構築した複雑な魔力の基盤を平気で崩してしまう。一体を出現させるのも困難だろう。空間術も同様だ。異空間へ置いておくには術師の身が保たない」
 ジェイクと守護神達は説明をまるで理解出来ないながらも、使えそうな力を聞いた。
「呪いは?」ラドーリオである。
「あくまで推測の範疇だが、それなら可能かもしれない。呪いを用いた白兵戦ではなくオニの召喚を選んだ。術師達の力を温存させる目的だとすれば、内乱は第一段階と読むべきか……。オニを退治したなら、後続の軍団が控えているのかもと考えてしまうな」
 そこでジェイクは気づいた。
「弱ったニルドをゾーゴルがのっとるってか?」
「戦略としては妥当な線だ。奇襲の第一陣でズタズタにされ、どうにか殲滅に成功し安堵した所を真打ちが攻めて潰す。心を挫くにも最適な手だ」
 ゾーゴルがニルドを支配すればクーロも危険だ。そしてヒューガもこの地にいる。
 入国時に感じた魔力の異変が既に敷いた罠であるなら、ゾーゴルの支配は阻止しないと何が起こるか分からない。
「休憩終了。急ぐぜ」

 二人は真剣な顔で三ノ門へと駆けた。
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