烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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九章 激震する人間の国

Ⅲ 内乱の報せ

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 クーロとニルドの国境を越えたジェイク達は、しばらくして魔力の変化に気づく。
 ジェイクとベルメアはすぐさまミゼルに意見を求めるが、ミゼルにも分からない事態であった。
 魔力は確かに変化した。それは少し冷ややかな風が吹き込みじんわりと元に戻ったような、数日おきに訪れるニルドの自然現象だと言われてしまえばそれで終わるような変化であった。
 一行はすぐに気にしなくなった。ヒューガを気遣ったガルグも、「なんでもない」と返されてしまい、いよいよ不安視するのを止めた。
 一方、ヒューガは恵眼により事態を読み取った。この魔力の変化は、何かの罠に踏み入れたのだと。
(ルバスか? ……いや、これは人間には起こせん)
 カミツキか、別の何者かか。
 不意にルダが脳裏に過り、不快ながらもヒューガは考察した。
 異変の張本人がルダであるなら疑問は残る。これがクーロへの帰還を求めるなら分かりにくい。罠として嵌めようとするなら、今まで自分へ伝達を寄越した行動と矛盾する。わざわざニルドでなくても良いだろうに。
 別の何者かが、ヒューガか、この場にいる誰かを狙っている。もしくは全員か。
 この場の全員が死したなら、クーロの戦力は大幅に削がれる。頭であるヒューガを失えば、クーロは容易に落とせるだろう。
 この考察にも疑問が残る。もしそうであるなら、ヒューガ不在である今現在の城を落とせば良い。そして幾重にも罠を張り帰還の妨害と仕留める戦略を立てれば良いだろうに。
 難問をチラつかされたヒューガは、密かに楽しみながら考察を続けた。


 国境からニルド本城までは、地図で距離が近いと記され、実際歩いてもう一山という所まで差し掛かったのは昼時。ヒューガを連れて皆徒歩だが、走ればもう城に到着してもおかしくはない。
「実際に歩いて思ったけどよぉ、国境から城までは近いんだな」
 先頭を歩くジェイクは兵士に尋ねた。
 魔力の異変を感じて以降、前後から襲われても対処出来る陣形を立て直し、前方はジェイク、後方はミゼルが担っている。
「ええ、元々関所はもっと北に位置してましたが、崖崩れや土砂災害で位置をずらし、本城の方も南下させてこのように。加えて平坦な道が多いので、明朝に走れば昼前には城へ着きます。それに、ニルド自体は三国で一番小さく、縦長な領土に岩山の登れる箇所が加わって大きく地図には描かれてるだけですので」
 眼前に佇む小高い山を前にした途端、ヒューガが「止まれ」と叫び皆の足を止めた。
「休憩か?」と、ジェイクも含め何人かは思った。
 この呼び止めの意図を理解しているのはヒューガ、ミゼル、そして術師のカミツキ三名だった。入国時同様の冷たい魔力が、今度は長く、纏わり付くように広がった。
 ジェイクを含め数名は気づいていない。つまり、最初より質が変化した証拠である。気づかれないように広めた術と推察出来る。
「ヒューガ様」ガルグが事情を求めた。
「これより界の陣形へと変更する。すぐに動け」
 真剣な面持ち。ガルグは理由を聞かず、すぐに返事し、皆へ指示した。

 界の陣形をとり、早速術を発動した。これにより魔力の変化が誰にでも分かるようになった。
「おいおい、いつの間に」
 驚くジェイクへミゼルが告げた。
「入国時から見られていたのかもしれないな。二度目は一部の者しか気づかなかった。それほど精度を上げた術だということだ」
「まさかニルドがこっちを?」
「考えられなくもないが、もしそうなら腑に落ちない。もう城まで目と鼻の先だ。ふみにて我々ガーディアンが同行していると承知の上で攻撃。やるならここは陣を張り、術を駆使した白兵戦に持ち込む準備をしていておかしくはない。だが……」
 これより超える山まで人間の魔力も気功も感じられない。潜んでいない証拠だ。
 ヒューガ一行へ攻撃をするではなく、ニルドにて何かが起きていると考えるのが自然であった。
 ジェイク達がそう勘づきだした頃、山を駆け足で下りて近づく男が現われた。様相、気質、纏う紫を基調とした礼装。風格から位のある兵士だと思う者も何人かいた。
 罠かと疑い、ガルグが前方に立つ兵士達へ足止めを命令した。
 ニルドの兵士は離れた位置で止められるも、男はすぐさま跪いた。
「クーロの王、ヒューガ様一行とお見受けします! 急を要すため挨拶を省く無礼を」
「構わん。この妙な魔力、ニルドのもてなしか?」
「いえ! 現在、ニルドはゾーゴルの賊に襲われておる最中に御座います!」
 一同の頭に過る。クーロへ内乱を持ちかけた、呪いを扱うゾーゴルの賊が。


 ◇◇◇◇◇


 シオウからリブリオスとゾーゴルの関係を聞いたトウマは、カイネの集落での出来事が浮かんだ。
「もしかして、あの妙なオニとか業魔ってのもゾーゴルが?」
 妙なオニの詳細を聞いたシオウは、それが七将だと理解した。
「七将はジュダのゴウガが放った、造り上げたオニ。テンシを招くための生け贄のようなオニです」
 テンシについて求めたトウマへ、シオウはテンシの記述が記された石板を渡した。
「現在の記述通り事が運んでいるとすれば、既にテンシは姿を現わし、変調を起こす歌声を広めています。とりわけカミツキには効果が強い歌を」
「どうしてカミツキが?」
「このリブリオスの地には、魔力ともミジュナとも違う気が漂っております。現代においてもその性質全てを突き止めてはおりませんが、カミツキにはその気が多く、紋章術はその気があって使用出来る御業。そしてテンシの歌声はその気に強く反応を示します」
 理由はまるで分からない。ミゼルがいれば何か意見をするだろうが、トウマにはそれが浮かばなかった。
「じゃあ、テンシは人間に無害なのですか?」
「いえ、テンシの歌声は人間へも害を及ぼします。ただ、堪える度合いがあるなら、人間はカミツキよりも少しばかり我慢出来る程度。負ければ変異が起きます」
「変異って?」
「主に魔獣に似た容姿へ。人間ともカミツキとも違う化け物へと」
 そんな変化を起こす力をもつテンシを、どうして呼びたいのか気になった。
「なんでゴウガって王様はテンシを?」
「それはゴウガのみが知る意志ですので」
 当然の答えだ。疑問視する必要は無い。そんなテンシ脅威を招くとあるなら、兵器として活かしたいのだろう、そして二国を潰すと。

 続けてシオウはここへトウマを呼んだ理由を語る。
「貴方様には数日の間、ここに留まって頂きます」
「なぜですか? 捕虜とか?」
「しばらくして、上では見るも無惨な内乱が起きます」
 平然と語られ、一瞬反応に困るも、すぐにトウマは気づいた。
「はぁ?! 内乱って、なんでそんな悠長に」
「私はルバス様から貴方様をここへ留め置く任を授かりました。すぐにでも上へ向かいたい意志はありますが」
「じゃあなんで! これも予言だからですか!」
「ええ、予言によれば」
「そんなもの、抗って変えれば良いんですよ! 予言は絶対その通りになるんですか!」
 シオウの変化無い表情は、トウマの言葉が響いていないと示した。
「……いえ、予言を変える事は出来ます」
「僕をここへ置いとくのって、それほど凄い戦いだから死なせたくないとかじゃないんですか。ガーディアンだから」
「確かに、凄い戦いとなります」
「ちょっと、予言の話は後回しにします。僕、仲間とか見捨てるの嫌だから」
 入り口へ走るも、魔力壁が生じて進めない。
「言った筈です。私は貴方様を」
 シオウが話す最中、トウマはカムラを発動し、武器の棒を長剣のように魔力を纏わせ、魔力壁を斬った。

 カムラ、魔力壁破壊。
 立て続けに未知の現象を目の当たりにしたシオウは面くらい、トウマが出て行くまで何も出来なかった。
 ようやく正気に戻ったとき、深いため息をつき、予想していた別の計画を進めるに移った。
 トウマへ見せようとした、ニルド内乱を記した石板の最後にはこうあった。

 “地の世界へ堕とされた戦士の憎悪溢れる時、人間の国は鮮血に染まるだろう。
 溢れ出る憎悪は留まるところを知らず、厄災の化身を鮮血の地へと招き、災禍の序章を歌い手と共に奏でる。
 角ある者達の命を捧げ、災禍の歯車は勢いを増す”
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