上 下
160 / 188
八章 暗がりより蠢くモノ

Ⅶ 清すぎる森

しおりを挟む
 空間術で向かった場所は森の中。そこがジュダかクーロか、所変わればミルシェビスかバルブラインかと問われても分からないほどの普通の森である。ただ違うところは漂う魔力だ。
 冷ややかで緩やか、微風のように流れる魔力。嫌な感覚がまるでない、大精霊の森よりも清らかと思える森である。
「こんな魔力、感じた事ありません。どうして?」
 詳しく性質を調べようとスビナは試みた。
 澄み切った魔力の中にミジュナも溶け込んでいるがげとげしさも毒っ気もない。ミジュナだが別の気と疑ってしまいそうなほどだ。
「本当にジュダに来たんだな。……で、どこ行けば良いんだ?」
 当たり前だが、正確な場所は告げられていない。二人揃って、幹部のいる場所の近くへと飛ぶものだと考えていた。
 説明不足の空間転移。
 とりあえずスビナは、巫術を使って人の多そうな方角を探ろうとした。

「ジュダってカミツキばっかりなんだろ? 分かるのか?」
「クーロでカミツキの気質は理解しました。応用技で乗り切れるはずですよ」
 言いながら術を発動した。
 スビナは驚いた。巫術の抵抗があまりにもなさすぎることに。
 本来であれば、術発動時の自然界の魔力による反発力が術の効果を推し量る感覚だったのに、すんなりと術が広がりすぎる効力が恐ろしくもあった。
 ルキトスの鍛錬の成果だろうか、と疑うも、巫術とは別の鍛錬だから違うと考えた。おそらくはこの森の気質だろうと考えが至る。
「……結構、遠いですね。……ビンセントさん、あっちです」
 示された北東を二人は進んだ。
 森の中はどこまで行っても空気も魔力も澄んでおり、途中で川幅は狭いが、足一本分ほど深い小川へ差し掛かった。その水も透き通って清く、飲んでも美味しく問題はなかった。
 不思議な清々しすぎる森。しかし奇妙な事に生物も魔獣もオニもいなかった。気配すらない。
「なんなんだろうな、この森。生き物が一匹もいないなんて」
「自然界としては異質ですね。成り立ちませんよ」

 心地良さから一転し、二人に冷たい恐怖が押し寄せる。そう感じてから、急に森が怖く感じだした。何かが押し迫ってくるような、緊迫した恐ろしさへと。

「急ぐぞスビナ!」
「はい!」
 二人の意思はすぐにでも森を抜けようと急いた。
「お待ちなさい」
 突如声をかけられ、二人は足を止めた。
 いつの間にか、すぐ後ろに精悍な顔立ちの美丈夫の男が現われた。
「誰だ、あんた」
「それより、動かないでくださいませ」
 男は二人へ手を翳した。程なくして空気の感覚が変貌する。先ほどまでの清々しさは消え、どこか鬱陶しい重さのある空気へと変わった。
「なんだ? 真夏の暑い空気が乗っかったような」
「魔力の質ですね。ミジュナがまるで違って見えます。これなら動物が近寄らない理由が分かります」
 この異変を質した男を二人は見た。

「貴方が、ヒューガ様の?」
 男は丁寧にお辞儀した。
「アブロと申します。極秘裏に行動をしており、この森もその一つ。異変を感じ足を運んだ次第です。要件次第ではこのままお引き取り願います。まだ秘密裏に立ち回らねばなりませんので」
 長居は無用と判断し、スビナは言葉を選んだ。
「結論から申します。ある人からジュダの賢師様を探してくださいと頼まれました。アブロ様は御存知ですか?」
「また、途方もない方を……」
 知らない反応ではない。ジュダには確かに賢師がいると二人は安堵した。
「やっぱりジュダには賢師様がいるんだ。なんの賢師様ですか? 呪いとかミジュナとかですか?」
 はて? と聞き返したそうな、疑問を抱く表情で返される。
「賢師様は賢師様。聞くからに分別があるように思えますが……」

 ここで話を途絶えさせないとばかりにスビナが言葉を返した。
「どうやらリブリオスと私達の国では賢師様の在り方が違うようですね。こちらに構わず、ジュダの賢師様についてお話し願えないでしょうか。とても重要なことでして」
 アブロの悩む姿から二人は緊張する。
 それすらも秘密であり、貫き通されればビンセントとスビナは帰らなければならない。

「もしかして……話せない、とか?」
「いえいえ違います」
 またも安堵の息が小さく漏れた。
「賢師様のところへはすぐにでも向えます。ただし、会えるかどうかは賢師様次第でして」
「どういうことですか?」
「あなた方は空間転移でここへ訪れました。方法は同じで御座います。しかし、辿り着くかどうかは賢師様の采配に委ねられます。身の程を弁えない気質の者は、元の場所ではなくどこかへと飛ばされてしまうとも噂も」
 果たして向かって良いかどうか、二人に迷いが生じた。
 返答に困る中、ビンセントは意を決した。

「サラが言ったんだ。多分、大丈夫だろうさ」
「……です、ね。ジュダの賢師様を探すように頼んだというなら、私達に会える可能性があると見て良いかもしれません」
 意見が纏まった。
 二人がアブロと向かい合うと、アブロは再び手を翳した。
「それでは行きます。ご武運を」
「なんか、いろいろとありがとう御座いました」
「秘密の任務、頑張ってください」
 感謝の言葉を受けたアブロは微笑んで返えし、二人を空間転移でジュダの賢師の所へと飛ばした。


 今度は薄暗い、日暮れ時の森の中へと二人は飛んだ。
「おいおい、賢師様の気に障ったのか、俺達」
 不安になるビンセントを余所に、スビナは魔力を感じた。こうでもしないと恐れに支配されてしまいそうで。
「ミジュナが濃いですね。けど寄っては来ない感じがします。あまり気分は良くないですけど……」
 とにかく、気が変になってしまいそうな森から抜けようと、二人は光刺す場所へと向かった。
「ほほぉ、なかなかに類い希な者どもで」
 暗闇から声がした。老爺と思しき声が。
 二人は警戒し、周囲を見回す。
「ふむ。とはいえ鍛錬が足りんようじゃ。声を発しておるのに場所も掴めんとは」
 言われても分からない。声のする方を向くと、別の方から。その方を向くと、また別の場所から声がする。まったくもって定まらない。
「貴方がジュダの賢師様ですか? お話があります。姿を現わしてくださいませ」
 スビナが訴えると、「こっちこっち」と声がした。入り口付近の光が差し込む所の暗闇から老爺が現われた。

「畏まった言葉は無用、サラから話は聞いている。ワシはの名はコルバだ。ビンセントとスビナだろ? こんな辛気くさい所で話はせんぞ。ついてこい」
 受け入れられた。そう思って良いか迷いつつ、二人は老爺の後をついていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憑く鬼と天邪鬼

赤星 治
ファンタジー
妖怪を嫌悪する修行僧・永最は、ある旅の途中、天邪鬼・志誠を憑かせた青年・幸之助と出会い旅をする。 旅の最中、謎の女性・ススキノと出会い、やがて永最は、途轍もなく強大な鬼と関わっていく。

奇文修復師の弟子

赤星 治
ファンタジー
 作品に不思議な文字が出現し、やがて作品を破壊する現象・【奇文】。  奇文に塗れた作品の世界に入って解消する者達を奇文修復師と呼ぶ。  奇文修復師に憧れていた少年モルドは、デビッド=ホークスの弟子となって修復作業に励む。しかしある人物の出現からモルドは悍ましい計画に巻き込まれていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...