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八章 暗がりより蠢くモノ

Ⅳ 六の力の技術

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 ジェイク達がニルドへ向かう準備に日数を要した。
 ヒューガがニルドへ向かう提案をしてから四日後。まだ準備は整っていない。その邪魔をしているのは、二日前から南部の地で現われた者の情報が原因である。
 その者は人間の容姿で両腕がうろこ状の皮膚をしている。心なしか角のようなものまで生やしている。カミツキかもしれないと疑う者もいる。
 一際奇妙に思わせたのは、全身に纏っている呪いである。呪いは生まれながらに備わった才能であっても使用には細心の注意を必要とするが、その者は常に纏わせている。本来なら一刻もすれば消滅するのだが。

 遅いながらも国民の容態悪化も沈静化を見せ始めた現在、ヒューガはロウアとガルグを三階の座敷部屋へと呼んだ。
「ヒューガ様……いよいよ向かわれるのですね」
 ガルグはヒューガのニルド行きを快く思っていなかった。ニルド入国後に襲われないかと不安が募る一方だからだ。
「ああ。書状の返事も今し方来たからな。だが気がかりが少々あってな」
 ロウアが思いついたのは、謎の人間である。
「南部に現われた者で、ございましょうか?」
「ああ。呪いを纏っていたというのがな。お前達も知っていよう、呪いを扱う危険を」
 二人が頷くとヒューガは続けた。
「俺とて加減を弁える力を、纏い続けているのがな。そして意図が分からん」
 人的被害はなく、樹木と岩を破壊し、地面へ大穴を空けるだけであった。
「……呪いを用いた、ゾーゴルの実験、でしょうか?」
 ロウアの意見にガルグは「もしくはジュダの輩かも。しかし」と、煮え切らない言葉を含めて付け加える。
「無駄が過ぎる、と言いたいのだろ?」
 ヒューガに訊かれ、ガルグは頷く。その意思をロウアも感じていた。
 兵力を上げる実験にしては、必ず死ぬ構えで呪いを纏わせていることになる。量を増やすのに時間がかかる呪いを使い、兵士一人を犠牲に実験するなら、戦場へ出して情報を得るのが有意義である。ただ、自然にあるものを破壊するだけの実験は効率が悪いとしか言えない。

 実験以外の可能性をヒューガは考えた。
「先のテンシに続き、呪いを纏う者。何やら不穏な動きは確かに起きている。次なる災いの前触れか……」
 不安を煽る考察ばかりでヒューガは不快を露わに鼻を鳴らす。
「まどろっこしい! 業魔でもオニでも群がってこいと言うのだ!」
 ガルグとロウアが止めに入った。
「滅多なことを申されませぬよう!」
「言霊というものがございます。言ったことが本当になるかもしれません!」
「よい! 憂さ晴らしには丁度良いではないか!」
 なぜこうも荒事を望むのかと思いつつ、二人は「よくありません」と声を揃えて対抗する。
 これ以上、呪いを纏う者について意見を巡らせても進展は無いと判断し、ロウアが話題を変えた。
「それより、ニルド遠征でございます。あちらは了承しておりますが、本当に信じても宜しいのでしょうか?」
「信じる必要はない。必ず何かをしでかすのは当然だろう」
 そのような地へ一国の王が向かう。
 大いなる危険を孕んでいると確定した発言は、当然ガルグの反論を呼んだ。
「では向かわせるわけにはいきません!」
「まあ落ち着け。こちらから要望を呈したのだ、向かわねば反感の目を向けられるだろ」
「しかし、先ほど申しましたでしょう! 何かしでかすと。ヒューガ様の御身に何かあったら、私は先代の王と歴代の幹部達に会わせる顔が御座いません!」
 必死の訴えを前に、ヒューガはどこか楽しんでいる様子だ。
「もしや、俺が協力関係を結ぼう。これを二国間の親睦を深める第一歩。などと、心地よい文面を綴ったと思っているのか?」

 違う。もっと荒事が起きそうな文面。
 二人は嫌な予感しかしなかった。

「訊くところによれば、業魔の処理に戸惑っているそうではないか」ジェイクとミゼルの情報である。「さらに、その処理にはニルドにおるガーディアンが絡み、ジェイク達の仲間と」
 ガーディアン同士を使って強請のネタかと思われたが、ヒューガの思惑は別にあった。
「つまりはだ、業魔の問題を解決する足がかりが必要だろ。それに、我が国での賊、ゾーゴルが放った輩だ。それがニルドにいないとも言い切れん。向こうはミングゼイスの石板があるからなぁ。恵眼をも欺く力を要し、呪いをも備えておる強力な兵達であった。しかも、クーロとニルドを潰す、と脅しまでいれてきた」
 明らかに作り話が混ざっている。
「いくら向こうは恵眼があり、兵達も強者揃いとはいえ、相手はカミツキに呪い持ちとあれば、奇襲や暗殺などされればひとたまりもない。俺と、俺の部下達が一肌脱げば、どれほどの被害を食い止められるか」鼻を鳴らし、極めつけを発する。「業魔も処理すれば、どれ程の恩を売れることやら」
 このままニルドを則る勢いが心なしか感じられた。

 ロウアとガルグは、これ以上何を言っても聞きそうにないと判断し、同行の人員話へと切り替えた。


 ◇◇◇◇◇


 町外れの森にジェイク、ミゼル、ビンセントは集まった。六の力と話をするためだが、ムイ達はゾーゴルが連れ去った身内の話に落胆して誘えなかった。ムイは堪えている様子だが、キュラは泣き叫ぶもまだ受け入れられない様子、ビダは怒り心頭で涙を流していた。
 今はそっとしておく必要がある。

 三人の前にビンセントの姿をした“運命”が現われる。
「“調整”はどうした?」
 ビンセントがジェイクへ訊くも、どうやら姿を現せる力もないと返される。その意味を“運命”が語る。
「“調整”はもう保たん。話を済ませるなら今のうちだ」
 素っ気ない反応がミゼルは気にかかった。
「随分と他人事ではないか。敵同士とて、感情の揺らぎなどはないのか?」
「人間同士の諍いではないからな。ここでの消滅は、生命における“死”ではない。……例えが難しいが、私や他の力からも見えぬようになる。全てが終わればまた何かしらの力の形で会えるだろう」
「しばしの別れ、といった類いか」
「それが適した表現だろうな」

 どうも素っ気ない反応を苦手とするビンセントとジェイクは、表情がやや訝しい。
 余裕をもっていた“運命”だが、急に何かに気づく。それは予期せぬ事態であり、悩む様子を示した。

「どうかしたのかよ」ジェイクが訊く。
「すまない。急で申し訳ないが、質問は一つにしていただこう」
「おいおい、話が違うじゃねぇか」
「だから急用だ。間もなく悠長に話すなど出来なくなる」
 “運命”の言い訳かと思われるが、嘘を吐いて得することはない。慎重にミゼルは質問を考えた。
「では一つだ。六の力の名称、世界、運命、調整、秩序、時空、無限。我々が知りうる情報では、調整と運命は言葉通りの役目か技術が備わっていた。まだ全てを知ってはいないが、他の力も言葉に見合った役目と技術があるのかどうか。出来れば詳しく、どういったことが起きるか教えて欲しい」
「私の知りうる力は私、“調整”、“世界”のみ。そして“秩序”は動かぬ故に誰一人知らぬままだ」
 真っ先にジェイクが訊いた。
「世界ってのはどんな奴なんだよ」
「未だ姿すら見せん。技術と役目は世界そのもの。世界へ影響を及ぼす力を有している」
「その力でどうやって戦うんだ?」
「勘違いしないでもらおう。名称の力は他の力と戦い、潰しあう力ではない。大きく物事をゆっくりと動かす力。一つの変化を長い時間かけて起こすものだ」
「じゃあ、世界が起こす力ってのはなんだよ」
「世界の理が大きく関係しているな。膨大な力を用いた急激な変化が起きたとて、世界はその変化を抑え、和らげ、事象の速度を落とすのだ。起きた変化を自然な流れと持ち込むようにな」

 質問しようにも、ビンセントとジェイクは理解に苦しみ思考が鈍くなる。代わりのようにミゼルが訊いた。

「なら、すでに世界は動いているかもしれないと?」
「ああ。壮大な動きは起こしているだろうがな。“調整”と私の話はしたゆえに省くぞ」
 念話で訊く余裕がある時にミゼルは聞いていた。
「では、“無限”と“時空”は?」
「連中は、”在り続ける力”という点で見れば似ているな。その特性と技術はまさに同類と誤解しそうなものだ」
「どういうことだよ」
 どうせ分からないと自分で分かっていてもジェイクは訊く。
「無限は力そのものが無尽蔵だ。お前達人間を例にとるなら、永遠に術を発動出来るというものだ」
「おいおい、そんな力を悪人が使えたら、一人で大陸を火の海に出来るじゃねぇかよ。ゾアの災禍より危険だぞ」
「そこだけを見ればそう考えも至るが、断言しよう、この世の生物風情が“無限”を使い熟せない」
 ビンセントが聞くも、ミゼルは答えが分かった。
「体力面、そして技術としての出力か」
「ほう、やはり敏いな」

 当然、ビンセントとジェイクはミゼルに訊く。

「いくら魔力切れを及ぼさんとて、身体は保たんということだ」
「治癒術かなんかで万全の状態に出来ねぇのかよ。あの術って回復だろ? 常に回復し続けるとか」
「治癒術の本質は生物そのものの自己治癒力を活性させる技術。消耗した体力を回復させる術はあっても一時的なものだ。万全な回復ではなく、多少無理出来る状態にしただけで、やがて疲れはどっと押し寄せてくる。身体面の万全な回復、といった術はこの世に存在しないのさ」
「“無限”を相手にするなら他に厄介な点はある」
 “運命”へビンセントは「なんだ?」と訊く。
「奴は分裂し、活動できる」
「おいおい、じゃあ“無限”を名乗る奴が現われて倒しても、他にもいるってなるじゃねぇか」
「現状ではな。だがそうはならん事態もある。ゾアの災禍だ」
「ゾアの災禍が起きて、何が起こるんだよ」
「ゾアの災禍は魔力そのものの流れが変わる。それは六の力へ大きく作用するため、最終段階の形にならなければならない。たとえ無数の蟻ほど分裂したとて、それまでに”無限”は最終段階の形を築かなければならないのだよ」
「その最終段階の形とは、どういったものだい?」
「戦える形。今の私はそれに近いかな。武器や術に形を変えても良いが、最終的に人間を頼る存在にはなるな。分裂も出来て二つか三つ。ゾアの災禍では力の分配まで必要となるからな、単純な、大きい方が強いということになる」

 なら、なぜ“時空”が無限に似ているかが気になる。

「“時空”は過ぎた時間の中に自らの分身を置く技術がある」
 この時点でジェイクとビンセントは思考が止まる。
「過去に“時空”を置けば、やがて力を得た存在は行動し、それが奴の成果となる。ゾアの災禍にて、自らの有る形を固める為の活動だ」
 普通に理解出来ているミゼルが訊いた。
「待て、では今現在、“時空”が無数にあるとも言えるのか?」
「数に限度はあるだろうな。しかし在り方は空間術が大きく影響する」
「空間術が?」
「ああ。奴の分裂は過去に影響する。それは同一時間軸上で在り方の違う“時空”が存在することだ。本来ならそれは力の均衡を大いに崩すのだが、それを成り立たせるのが空間術だ。空間術内で対象と接触し、対象に力を憑かせる」
「寄生しているようだな」
「原理としてはそうなる。そして、空間術内では寄生した“時空”が何かしらの影響を及ぼすが、それは私には知り得ぬ事象だ」
 話は終わったようだが、まるで理解出来ない二人は置いてけぼりを食らう。既に余所で浮遊している二柱の守護神は見向きもしなくなっていた。

 六の力の説明後、地震が起きた。
「なんだ!?」
 揺れはすぐに治まったが、地鳴りは響いた。
「先ほど述べた急用とやらだ。まだ大丈夫だが、一刻も経たぬうちに、奴が来る」
「奴って誰だよ」
「その前に“調整”に用がある」
 ジェイクの言葉を遮り、“運命”はジェイクへ手を翳した。
「吸収し、私の糧にさせてもらうぞ」
「はぁ?! お前、初めっからそのつもりか!」
「強奪ではない。互いの意思を尊重しあった話合いは既に済ませている。このまま消滅よりも私と」
「待て!」
 ビンセントが呼び止めた。
「その前に俺の望みを果たして貰うぞ」
 “運命”は手を下ろし、意見を耳にした。
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