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七章 争いの兆し

Ⅴ 報せに走る兵士

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 昼過ぎ、城下町にムイ、キュラ、スビナが到着した。前日にアダの集落へ報告を受け、ヒューガとの話合いの場を設ける前提でこの三人が選ばれた。しかし城下町へ辿り着いた途端、話は謁見とは別のほうへと進む。
「しち、しょう?」
 ついキュラがビダへと聞き返した。
「ああ。オニよりデカくて強ぇ化け物らしい」
 説明は雑だが、ビダも見ていないのだから仕方ないとムイは割り切った。
 これから七将を討伐する人員編成を行っているとされ、三人はビダの案内で西門の広場へと向かった。


 スビナを見つけたビンセントは、傍にいるジェイクとミゼルへ“運命”が告げた予言は伝えないように頼んだ。
「ビンセントさん、お疲れさまです」
 先に労いの言葉をかけ、身体を気遣った。内乱に続き強敵と対峙するのだからそうなるも、ビンセントは内乱阻止より城下町の消化作業を行っていたから疲労はない。
 その旨を伝えるとスビナの身体を気遣った。
「え?」
 心配される理由が分からずに聞き返した。
「ほら、ルキトスって周りの気に影響されるとかだったろ。賊は呪いを使ったとかで、ここの空気はスビナに大丈夫かと思って」
 嘘が上手く吐けるようになった。磨きがかかったのではなく、それほど心中は穏やかでないからだ。
「ええ。私はまだルキトスとして半人前ですから、強く影響は、え!?」
「――っ?!」
 ビンセントとスビナは揃って全身に冷たく空気を被った感覚に陥った。冷たい感覚は初めだけで、すぐに空気が張り詰める感覚へと変わる。そして、強い立ちくらみが起きた。
「ビンセント、スビナ、どうした!?」
 ビダとキュラが傍に寄って二人を座らせる。
 急な異変にジェイクとミゼル、ベルメアとラドーリオは“運命”の予言が浮かぶも、その最中一人の兵士が走って戻ってきた。

「大変だ! はぁ、はぁ、はぁ……ロウア様が!」
 激しく呼吸が乱れている。全力で走らなければならいほどの緊急事態に場の空気は緊迫する。
「落ち着け、ロウア様に何があった」
 上官の兵士が問いただす。
「ロウア様が奇妙な空間術に捕らわれた」
 ようやく呼吸が戻るも、焦る様子は戻らない。
 奇妙な空間術と聞き、ミゼルは詳細を求めた。
「詳しくは何とも言えない。巨大化した七将を確認した最中、七将のミジュナが流れ込んできた。だから退避したのだが、その最中に空間術に閉じ込められたのだ」
「誰が起こした術だ」
 兵士は頭を左右に振った。
「分からない。ロウア様と他の兵達も消え、俺だけが無事だった。なぜ俺だけ残ったかが分からないが、早く報せねばと」
 それで呼吸を乱してまで走ってきたと頷ける。
 上官の兵士が労いの言葉をかけ休ませようとするも、ロウアを救いたい一心の兵士はすぐに戻る意思を伝えた。
 話を聞いていたジェイクは何が違和感を覚えた。
(ミゼル、そのまま聞いてくれるか)
 念話をミゼル、そしてベルメアとラドーリオにも通じるようにした。
(今の話、何か変じゃねぇか)
(どこか変なとこあった?)
 ラドーリオとベルメアは同意見であった。
 違和感の正体をジェイクは導き出せていないが、念話をかけられてから考えたミゼルは何かに気づく。
(よく気づいたな。なぜ分かった?)
(咄嗟に前世で似たような嘘が思い出された。まだはっきりと何が変かは分からねぇが)
 ベルメアは考えても分からなかった。
(今ので何が分かったの?)
 一方でラドーリオは考えることすら投げた。
(もし彼の報告が本当なら、事態はあまり良くない方へと進んでいるかもしれない)
(お前も何か気づいたのか?)
(この仮説が正しいとすれば、あの兵士の魔力は嘘偽り無く真っ当な人間として存在しいる。ここに狂いが生じているだろ)

 報告内容への違和感が正しいとすれば兵士は嘘を吐いている。
 もし兵士が空間術を発動した術師であるならミゼルが見抜いている。
 特定の人物のみ空間術へ閉じ込めない技術は、リブリオス内では人間やカミツキが成せる技ではない。ミジュナと魔力が混ざる悪辣な環境では尚のこと。
 それほど大がかりな術を使う者が兵士一人を取りこぼすとも考えにくかった。
「一つ聞きたいのだが」
 ミゼルの問いかけに兵士は顔を向けた。
「貴殿はロウア様から離れた所にいたのかい?」
「いや、近くにいた。だから不思議なのだ、なぜ俺だけが残されたのかが」
 やはり嘘は吐いていない。
 術師と結託してロウアを閉じ込めたとも考えられるが、これほど高い技術を用いるなら、おびき出して捕えるといった手間のかかる捕縛よりも、クーロ城へ忍び込み術を発動するほうが容易に済む。
 七将、ミジュナが垂れ流されている、空間術。それらの情報を報せなければならない事情があるようにも窺える。
 報告の兵士に対し、ジェイクとミゼルは不審を抱いた。
 決定的に問い詰める言葉が見つからない中、「待て!」とビンセントとスビナが兵士の前に立つ。立ちくらみは直るが、警戒が強まる様子を保った。
「貴方何者です! 人間でもカミツキでもありませんね」
 強く睨み付けるスビナには兵士が未知の力を纏っているように見えた。ビンセントはもっと別の、見ているだけで兵士だけがブレては戻り、ブレては戻りを繰り返す。時折、バリバリと不快な耳鳴りも。
「お前等何やってんだ!」
 ビダが止めようとするも、二人の言葉にジェイクとミゼルが加勢する。
「二人の言葉は間違っちゃいねぇぜ」
「どこまで真の報せかは知らんが、どうも貴殿は嘘を吐いているようにしか思えない」

 不本意だが確信に至らない言葉を浴びせる。そうしなければならない現状を、ミゼルは一人もどかしくあった。しかし幸いな事に兵士から感情的な反論はなかった。
 焦りと必死さが滲む表情は、まるで人形のように無表情へと転じた。
 だまし、おとしめ、嘲笑うといった行為が微塵も感じられない。敵なのか、これが罠なのか、その場にいる誰も読めなかった。
「報せは本当だ。急ぎ向かわねばやつらが死ぬぞ」
 平然と伝えた途端、頭から首、双肩から両腕、胴体と、順に崩れ落ちた。

 一同が警戒する中、残骸は土塊つちくれだと判明する。

「クーロにはこれほどの具象術があるのか?」
 ビンセントが上官の兵士に訊いた。
「いや、誰もこのような術は使えない。ヒューガ様であっても」
「呪いやミジュナはおろか、魔力や気功すらも感じません。どのような術師でも不可能です」
 スビナは恐れた。何か途轍もない力が動いていると感じ。
「とにかく人選決めて向かおう。このままだと間に合わない」
 さっそくムイと上官の兵士とミゼルで相談され、先遣隊の人選が成された。

 十分ほどの話合いで三名の先遣隊が決まるも、ビンセントは先遣隊に志願した。
 ビンセントという強い戦力をクーロ城から外すのに渋る気持ちはムイ達にあったが、強く頼まれて仕方なく先遣隊が四名と決まる。
 どうしても向かいたいとさせたのは、立ちくらみの最中、“運命”と似た力を感じたからだ。それは間違いなく“調整”であると直感が働いた。
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