上 下
139 / 188
六章 二国を結ぶ動き

Ⅵ 開戦の火柱

しおりを挟む
 空に雲はあまりない。夜明け間近の、まだ周囲が濃紺色に暗い最中に見える空だ。日が昇れば清々しい快晴の、気持ち良い朝となる筈だった。
 明朝、ロウアの部屋を中心に、広範囲が激しく燃えさかる炎の柱が巻き上がった。とぐろを巻いて昇る火柱を合図に、城内は騒がしくなった。

「何事だ!?」
「あそこはロウア様の!」
 城内の兵達が気づいた隙を見計らい、内乱を企てる者達は次々に兵達を斬っていく。意表を突かれた混乱の中、兵達は今際の際まで何が起きたのか分からないまま息絶えた。
 内乱の情報を知る者達もいるが、報せては賊軍の兵達に気づかれるのを恐れて報せなかった。仕方ない犠牲を悔しく思い、生きている兵達は堪え、賊軍と向かい合う。
 自分達の内乱騒動に気づき冷静に対峙する兵達を見ても賊軍達は止まらない。こうなるであろうことは察していたからだ。

 時間を食ってられないと、誰かが指示した。
「構わん、呪いを使え!」
 賊軍達は紫色の宝石が埋め込まれた銀色の腕輪をはめており、刀の柄頭を当てると刀身に紫色の火が纏った。
 呪いを帯びた刀の一振りは、鍔迫り合いなどさせないとばかりにスッパリと対峙した兵の刀を断つ。そのまま肉体も。
 窮地に立たされる兵達は臆するも警戒して対応を考える。まもなく士気が削がれる事態となる。斬られた兵達が起き上がり、切っ先を自分達へ向けたのだ。
 寸断された体は紫色の炎が纏わりつき、まるで糊のように身体を着ける。身体の動きにも無駄はない。目に生気は無く賊軍の命令に忠実。
 斬った相手を味方につける戦略。
 兵達は退散を余儀なくされた。
「押し切れぇぇ!! このままヒューガの首をとるぞぉぉ!!」
 賊軍内で咆哮が上がり、ヒューガのいる大部屋へと向かう。

 ◇

 クーロ城にはグルザイア王国とを隔てる巨大な岩山と接する箇所がある。岩山の大部分はニルドに接しているが、僅かなこの部分だけがクーロとグルザイア王国を隔てる国境である。
 既に身支度を整え、岩山前の大庭にいたバッシュはロウアの部屋を燃やす火柱を悠長に眺めた。
「こそこそと立ち回ってる割りには派手ですねぇ」
 封印とあるが、火柱を見るからに燃やそうという意思は明確であった。
「言ってる場合ですか?」
 レモーラスも焦ることなく斜め上から告げた。
「敵と貴方、二種類の封印を施されているとはいえ、アレはどう見ても燃やそうとしているのでは? 運良く貴方の封印が機能してますが、身代わりさん、このままでは空気が無くなって窒息死しませんか」
「試作段階とはいえ、私の封印を勝るというなら作戦変更してでもあの火柱を調べますよ。ですがあれは大がかりに見せている魔術にすぎません。封印、としての機能はお粗末。まだまだあの程度に劣りはしませんよ。彼女は、恐らくはまだ寝入ってるかと」
 話をしていると、騒がしく賊軍がバッシュを取り囲む。
 すかさずレモーラスはバッシュの中へと入った。
「ガーディアンメイズ、大人しく我らについてくるなら危害は加えん」
「やれやれ、ヒューガ様に脅され、大勢の前で恥を晒され、心を痛めたガーディアンへさらなる暴力の追い打ちとは」
「何を言ってる! 来るのか来んのか!」
(本当に何を言ってるのですか。さっさと終わらせましょう)
(まあまあ、急ぐものでもないでしょうに)
 念話のやりとりでも表情を崩さずにバッシュは賊軍を見た。殺気が高まっているのは容易に判断出来る。
「お前、何を見ている」
 聞かれ、「ん?」と退屈そうに返す。「いえね。私の相手が十五人というのは、安く見られたのかどうかと思いまして。やはりあの恥ずかしい茶番は功を奏したのかもと、考えていた次第で」

 雑談で時間を稼ぐ。そして術で一掃。
 兵達はバッシュの思惑を読んだ。
「見え透いた時間稼ぎ! 無駄だぁぁ!!」
 二人が斬り込んだ。
 絶命させなければ、重傷でも特殊な治癒術で出血と痛みを抑えれば問題ない。しかしバッシュを弱者と侮らず、本気の斬りつけである。
「――何?!」
 二人は予想だにしない事態を目の当たりに焦る。
「ああ、無理ですよ」
 刃がバッシュへ届かない。分厚い透明な板に阻まれたように。
「これなら!」
 瞬時に背後へ回る一人が呪いを帯びた一太刀を見舞った。しかしバッシュが小太刀を抜いて刀身を斬ると呪いを帯びた刀は刃を失った。
 驚愕する三人はバッシュから飛び退き、全員が警戒を強めた。
「貴様ぁ……、謀っていたのか」
「ええ。暗躍を企てる輩が多い城内ですからね、念のために。油断して一気に攻めてくると思ってましたが意外と冷静なのは想定外でした。そして私とヒューガ様を仕留めるための戦力配分。頭が回るのは褒めて差し上げます」
 全ての対応が嘘であるなら、人数も読まれていると想像に容易だ。
「あの謁見、我らの人数も」
「四十八名」
 断言が賊軍達を緊張させる。
「私に十五名とは、ヒューガ様の恵眼か、公にしていない実力か。そちらを警戒したのでしょう。それで、どう感じましたか? 私を、たった十五名の雑兵風情が遇えるという愚かな読みは」
 逃げに徹すると数名が動くも、またも見えない壁に阻まれる。
「逃がしませんよ。これも船乗り達を助ける為ですので」

 死が近くに感じ始める兵達は恐れだした。呪いも効かない相手を前にどう立ち回ろうかと。
「呪いは城に蔓延らせたものだけだ。なぜ対処出来る」
 仕切る兵が刀を右手で持ち身体を横に向けて構え、バッシュから死角となる左手で後ろの兵に合図を送った。呪いの術で一掃すると。現状、彼らの持ち合わせる最強の術で。この術は唱術を使用するので数名がかなり声を潜めて唱え始めた。
 バッシュは大凡だが次の手を読み、刀を向ける兵の質問に答えた。
「ああも堂々と呪いを使用しているのです。軽く一掬いの呪いを得て調べましたよ」
「ふざけるな! 呪いを人間如きが扱える筈は無い! それはガーディアンとて同じだ!」
「おやその言動、既にあなた方ゾーゴル内で試したのですね。ガーディアンと呪いを接触させればどういった反応を示すか」
 失言を焦り、兵は口を噤んだ。
「ああ大丈夫ですよ、そうだろうとは思ってましたし、だからと言って深く追求するほどでもありません。私は他のガーディアンに無い力を扱えるだけでして、それを匙代わりに」
 右手の甲を見せ、烙印を見せた。
「見覚えがある方もいらっしゃるかと。模様は業魔の肌に記されるものと同じだとか。私の前世では業魔の烙印と称されていたものです。扱い方はまるで違いますがね。先ほどはこれを使い呪いを断ちました。便利でしょ?」
「侮れぬ男だ。我らが全力を持って成敗する!」
 男が呪いの腕輪に柄頭を当て、再び刀に呪いの火を纏わせると地面に突き刺した。すると大庭を超える大がかりな円陣が浮き上がった。
 呪いを用いた唱術と陣術と紋章術を会わせた禁断の秘術。下手をすれば自分達の身も危ない大技である。
「殺さずに回収する筈だったのだ。だが生け捕りは諦めよう。無駄にある自らの実力を恨めよ」
 術が発動すると円陣が黄金色に眩く発光した。
 まるで太陽の光の如き眩い光が、全員を包み込んだ。


 ◇


 クーロ城から火柱が立ち上った。その後に発された魔力の波を浴びたジェイク達は飛び起き、城の様子をうかがった。
「これが……一騒動かよ」
 明らかに戦争でも起きそうな事態である。
「とりあえず援護に向かおう。ゾーゴルの連中から救ったとあらば、今後の話もしやすいからな」
 ジェイクとミゼルを先頭に、戦士達はクーロ城へと向かった。
「おいビンセント、どうしたよ」
 ビダが不穏な表情のビンセントに聞く。
 昨夜の話をするにも、今はそれどころではない。まずは目の前の問題を解決してからだ。時間はまだまだある。
 頭では分かっている。今は悩み時ではないと。しかし、まだ揺らぐ気持ちが治まらない。平静を装えているが、まだもどかしくある。
「……ああ。すまん」
「なにかあったのかよ」
 ビダはどうしても気になっていた。
「忘れてくれ。今は」
 突如、城から太陽の光の如き眩い発光があった。
 ジェイク達のいる所まで広がっては来ないが、確実に何か大きな騒動が起きていると全員が感じた。
「すまないビダ。後で皆に話す」
 ビンセントの気持ちがようやく落ち着いた。今は目の前の大問題を解決することを優先する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憑く鬼と天邪鬼

赤星 治
ファンタジー
妖怪を嫌悪する修行僧・永最は、ある旅の途中、天邪鬼・志誠を憑かせた青年・幸之助と出会い旅をする。 旅の最中、謎の女性・ススキノと出会い、やがて永最は、途轍もなく強大な鬼と関わっていく。

奇文修復師の弟子

赤星 治
ファンタジー
 作品に不思議な文字が出現し、やがて作品を破壊する現象・【奇文】。  奇文に塗れた作品の世界に入って解消する者達を奇文修復師と呼ぶ。  奇文修復師に憧れていた少年モルドは、デビッド=ホークスの弟子となって修復作業に励む。しかしある人物の出現からモルドは悍ましい計画に巻き込まれていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

処理中です...