烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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六章 二国を結ぶ動き

Ⅴ 内乱の前夜で

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 クーロ城内乱前夜。
 バッシュが予想していなかった事態が二つに増えた。一つは新種のオニが迫っていること、これは未だにバッシュは知らないままだ。もう一つは、急遽ロウアが遠征と称し、二人以外に報せず城を出たこと。
「……やれやれ、まさかこの時点で身代わりとは」
 ロウアが報せた二人、一人はバッシュ、もう一人は身代わりの侍女である。顔立ち、声が女性だから、身代わりも女性となっているが服は男物だ。侍女には内乱が起き、これから封印されると教えられているので、現時点で小刻みに震えが止まらないでいる。
 今、バッシュと侍女は、ロウアの部屋で向かい合って座っている。
「貴女も貴女です。身代わりなど拒めば良かったものを。怖くないのですか?」
 話して良いか迷うも、バッシュに「界を施してますので会話は大丈夫です」と返され、安心して口を開いた。
「怖いですよ!」
 ついつい声が大きくなり、咄嗟にバッシュは人差し指を立てて口へあて静まるように指示する。
 侍女は慌てて口に手を当てた。
「けど、ロウア様が好きですから」声量を抑えて話す。「お役に立てるなら何でもします。出来ることなら私もお外へ、共に行きたかったです」
 うつむき加減で意見を述べた。

「ロウア様は武術、紋章術の心得があるので魔獣やオニなら渡り合えるでしょうが、貴女は……」震える侍女の頭から膝までを流し見た。「戦いとは無縁の環境でお育ちになられたのでは?」
 頷いて返される。
「では身代わりのほうが安全です。傍にいても足手まといか殺されます」
 分析をしているバッシュへ意見があるとばかりにレモーラスが姿を現わす。
 初めて守護神を見る侍女は、不思議な存在に見蕩れた。
「何を悠長に分析などしてるのですか。敵側がどういった封印を施すかも分かりませんし、彼女の身を案じるとかしないのですか?」
「本来ならロウア様の魔力に会わせた対応を考えてましたが、急な身代わりですよ。そんなすぐに手段が浮かぶとでも?」
「貴方なら出来そうですが」
「小一時間はさすがに悩みますよ」
 それでもすぐに思いつく部類では? とレモーラスが思う。
「ヒューガ様にも困ったものだ。私の手紙を読んでいないのでは?」
「あの……、私どうなるのでしょうか?」
「ん? ああ、丸一日はこの部屋に籠って貰います。まあ、出たくても出られないでしょうが。明日には城内は戦場と化しますので、ここにいれば安全です」
「戦場って……、焼け死んだり、屋根が落ちたりして下敷きになって、辛うじて生きてる所を火の手が迫るとか」
 恐怖心で描かれる惨事。なかなかの苦しんで死ぬ場面である。
「素晴らしい想像ですね」
「なぜ喰い気味に聞いてるんですか」
 レモーラスに止められ、バッシュは気持ちを改めた。
「ここは膨大な魔力や呪いの刺激が無ければ崩れない要塞と化します。火事や倒壊程度では崩れませんのでご心配無く」
「あ、じゃあ、他の友達とか」
「なりません。そうすれば身代わりの役目を果たせませんよ」
 即興で考えた、気心知れた仲間を匿う計画が崩れた。
「敵側に気づかれてはヒューガ様とロウア様の計画が台無しとなり、それだけで想定以上の悪化を招きかねません。今日、この時より貴女はロウア様であり、部屋から出ないに務めてください。出来る事は、みなの無事を祈るのみです。お辛いでしょうが御理解のほどを」
 渋々侍女は頷いた。

 バッシュは懐から一枚の紙を取り出した。
「私はこれにて失礼します。貴女を護る封印は施しますが、とりあえずは内乱が終わるまでこちらを懐へと忍ばせてください」
 渡された紙には複雑な文字を使用した円陣が描かれていた。
「これ、何ですか?」
「御守りと考えてください。事が終わればさっさと燃やしてください」
「記念として実家に飾ってはダメですか? 記念に」
「甚大な不運に見舞われても良いのでしたら」
 それだけで侍女は「燃やします」と決意した。

 部屋を出たバッシュへ、レモーラスが念話で聞く。敵側に気づかれないよう、バッシュの中にいる。
(あれ、本当に不運を引き寄せるのですか?)
(ああでも言わないとずっと置いてしまいます。記念として保存されれば、誰かに見つかります。恥ずかしいじゃないですか。試作品ですよ)
 試作品を渡された侍女の身をレモーラスは案じた。
(……彼女、大丈夫ですか?)
(効果はあります。それで凌げるでしょうが、それ以上の成果が出るかどうかは不明です。人体に影響を及ぼすものではないので、ご安心を)
 内乱の最中、バッシュの行動を知るレモーラスは一つの疑問が浮かんだ。
(結果がどうあれ、その成果は誰が見るのですか?)
(貴方がひとっ飛び)
(嫌です。しません)
 断言され、バッシュの試作品は成果未確認で終わる未来が確定した。

 ◇◇◇◇◇

 同日、城下町を見渡せる高台に野営するジェイク達は、明日に備えて眠りに落ちていた。
 深夜、皆が心地よい寝息を立ってている中、一人ビンセントは何かに気づいて目を覚ました。それは身体を揺さぶられて起こされる感覚で、上体を起こして周りを見回すも、身体を揺さぶるような人は見当たらない。
 気のせいかと思いもう一度寝るも、またも動かされる。
 今度は飛び起きて警戒する。そして気づいた。皆眠っているまま止まっていると。
 皆に声をかけて起こそうと試みるも、誰一人動かない。身体に触れるも、まるで大岩のように微動としない。
 咄嗟に以前経験した記憶がよみがえり相手が誰か思いつく。その答えのように、ビンセントに似た容姿の男が外に立っていた。
「運命……。何か用か」
「久しいな。貴殿に話があり現われた」
「今までひとっつも手を貸さなかった奴が、今さら何しに現われた! あのテンシってのも、今回のオニとか、業魔ってのもお前の仕業か!」
「随分と穿った見方をされたものだな。一言で申すなら、私はどれにも関与しておらん」
「じゃあ教えろ! あいつらは一体何だ! テンシなんて怪物、どの魔獣よりも危険なんだぞ!」
「それも踏まえ、貴殿の前に現われたのだ」

 今にも言い返そうとするビンセントを、“運命”は手を前に翳して黙らせた。
「まあ落ち着け。私も含め、五の力達は本腰を入れて動きだしたのだ」
「五? 六じゃなかったのか」
 大精霊“秩序”の話をしたかどうかを“運命”は忘れてしまった。その変化すらも、顔に出さないまでも変化を微かに実感している。
(やはり他が動く影響を及ぼしだしたか)
 急に考え込んで黙られ、ビンセントは「おい」と声をかける。
「ああ、すまない。“秩序”の力は監視役だ。故に五の力のみの生存争いと考えて貰おう。そして三つの力が大がかりに動き出している。此度、この地に災禍が起こるぞ」
「ゾアの災禍はもっと先じゃなかったのか」
「その序章たる災禍だ」
 どのような災禍か訊くも、“運命”は語らなかった。
「わざわざそんな事言いにくるぐらいだったら、俺等の役に立つことしろ。もっと姿だして助言とか。災難だったらこれから存分に遭うわ!」
「私が此度現われたのは貴殿の心意を確かめに来たのだ」
「心意? リブリオスの問題解決か?」
「それは、これから」

 急に“運命”が消えた。戸惑う最中、背中から“運命”の右腕がビンセントの胸部を貫いた。
「――なっ?!」
 痛みはない。“運命”の腕にも血は付いていない。しかし妙に気持ちは悪かった。
「……ほう。やはり貴殿は清いな」
 用が済むと腕を引き抜く。
 穴が空いていないか確かめるビンセントの前方へ、再び“運命”は姿を現わした。
「これより先、私と貴殿は死ぬ未来にある」
「はあ?! なんでだよ!」
「落ち着いてくれ。この未来は変えられるものだ。それはある“力”と時の狂禍が大いに関係している。これから語る話について、その時が訪れるまで貴殿には選択を固めてほしいのだ」
 “運命”の語る話を聞いたビンセントは目を見開いて絶句する。
 全てを言い終えた“運命”は姿を消し、時間が動き出した。

 全員の寝息、微風で揺れる木々の枝葉のざわめき。音が、動きが戻った。
(……どうしろってんだよ)
 頭を抱え、ビンセントはしゃがみ込んだ。
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