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六章 二国を結ぶ動き

Ⅲ 迫り来る

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 クーロの城下町の一角にある家屋に五名の男が集まった。男達は表向きはロウアの配下として務めを果たしている戦士だが、彼らを従える主の命令はヒューガ、幹部達の暗殺にあった。
 暗殺方法は彼らに委ねられ、城が崩壊しても良いと命令を授かっている。この度、王城に染み出た呪いはすでに根強く城内へ行き渡り処理不可能である。
「こうして集まるのは本日を最後とする」
 仕切るのは、額から右目を通り頬まで縦に傷のある男。
「つまり、いよいよ動き出すのだな」
 カミツキ特有の痣が額から左耳にかけてある男はいよいよ動けるのが嬉しいとばかりに笑む。
「もう暫し様子見でも良いのでは?」浅黒い肌の人間の男は時期尚早だと言いたげである。「あのガーディアンを泳がせて時間を稼げば、呪いは安定する域まで広がります」呪いの安定を優先したい。
 昨日、ヒューガの命令でシミを消す動きはあるも、それは表向きに見えるシミを消しただけ。浸透は止まらず、今尚ジワジワと城を蝕んでいる。
 傷のある男は「いや」と告げて様子見の意見を拒む。
「呪いを待つ必要は無い。例え我らの計画が失敗に終わったとて、既に取り返しの付かぬ域まで達している。それよりもあのガーディアンが逃げるほうが問題だ」
 癖っ毛のカミツキの男が悩ましい表情を浮かべる。
「あの阿呆が逃げる事に何が?」
「ヒューガは奴を逃がさんだろう。捕え次第、船乗り達を惨殺して見せつけ、やがてはガーディアンであろうと処刑だ。ガーディアンに秘める力の本質は、我らの主が望むものでもある。我々が捕えねばならんのだ」
 青い目をしたカミツキが考えを口にする。
「あれは阿呆ではありますが、いざ戦いとなれば我々でも手を焼くかと。内在する魔力は鍛錬を続けた術師のそれにございます」
「然りだ。故にここへ集まってもらった」

 それは内乱を実行に移すと誰しもが理解した。

「本作戦は城内に起こした呪いとは別の呪いを蔓延させて、混乱に乗じてヒューガの首を落とす。さらにはメイズの鹵獲だ。しかしメイズは息をしていればあとはどのような状態でも良い、約二日、術により生命維持出来れば問題はない」
 浅黒い肌の男は悩んだ。
「二日か……。魔力は保つだろうか」
「メイズの魔力を利用すれば間に合うだろう。二日と言うが、ゾーゴルの基地へ戻れば仲間の魔力を頼ればいい。なにせガーディアンだ。死なせぬよう躍起になる連中は多い」
 癖っ毛のカミツキの男は手で顔を摩って悩む。
「とはいえ、ヒューガ、ガルグ、メイズ。この三者の実力はなかなかのものだ。どのように手分けするつもりだ?」
「ヒューガの傍にガルグは必ずいる。ヒューガの性格上、ガルグと共闘はせんだろうが、奴ら二人へは呪いを惜しまず注ぎ、確実に瀕死へ追い込む。そこを討つ。部下の配分は三分の二を宛がう」
「残り三分の一をメイズへ?」
「ああ。ガーディアンとして一番面倒なのが神力なる力だ。呪いでどこまで拮抗できるか。奴に当てる三分の一は術、武術に長けた者達を当てる」
 五人の分担として、青い目をしたカミツキと癖っ毛のカミツキがヒューガ。バッシュへ残り三人が当たるとする。
「ロウアは良いのか?」
「本作戦開始の合図はロウアを封じて部屋へ閉じ込める。あの者はなぜ幹部となれたか疑問に思う程弱いからな。知識はそれなりにあるだろうが、もしかすると秘めたる力があるのかもしれん。どうあれ足止め程度でよい。盛大な封印に城内は混乱するだろう。それに乗じ標的共を仕留めにかかる。他の連中は斬り捨てろ。雑魚だろうと群がれば戦いの立派な妨害になるからな」
 四人は頷く。
 これより内乱が動き出そうとした。
「いつ動く?」
「明日の明朝。空が明るみだした頃だ。潜伏する者どもへ伝えてくれ」
 返事と共に一人一人、不審がられないように家を出て行った。

 ◇◇◇◇◇

 内乱を企てる男達が密会する日の正午。ロウアは城の最上階、ヒューガの部屋へ訪れた。
「ヒューガ様、失礼します」
 襖越しに挨拶すると「入れ」と返事があった。
「遅れてしまい申しわけ」
「構わん楽にしろ」言って窓際まで歩いた。「どうせ長ったらしいメイズの話を聞いていたのだろ」

 図星をつかれ、渋い表情でロウアは頭を下げる。話は長いが、ついつい聞き入ってしまう内容でもあった。ロウアは既にメイズの長い話に好感を抱いていた。
「ヒューガ様、このように暢気な」
「おいおい、二人でいるときぐらい敬称は省け。兄上様と呼んでも良いのだぞ」
 異母兄妹のヒューガとロウア。この事実は信頼の置けるガルグともう一人の幹部以外は誰も知らない。
 ヒューガはロウアに秘める力を守る口実も含め、うってつけの役とばかりに幹部へ据え置いている。
「なりません。私は言葉の使い分けが苦手でして、畏まった会話、兄様への呼び名も、皆の前で口にするようにしなければボロが出てしまいますので」
「はぁ、生真面目な嘘が苦手なお前らしいな」
 ロウアは呼ばれた理由を求めた。
「もしや、世間話の為に私を?」
「大事な命令が本命よ。しかしそれだと退屈であろう、いくつか質問を用意した」
「本題のみでも宜しいのでは?」
「俺がお前ほど生真面目ならそうするがな」

 それだけでロウアは何も言い返さない。ヒューガは堅物、生真面目、誠実といった存在ではないからだ。面倒事や災難すら楽しむ男である。
「メイズ。お前から見てどう思う?」
「結論から申しますれば、恐ろしい男です。そして……愉快ではあります」
 相反する言葉を聞き、ヒューガは面白く想った。
「なぜ恐ろしいと?」
「一番は表情、言動に自らの胸中が表われない点。何かを画策していたとして、こちらから読むことは困難を極めます」
「普段の会話からも、であろう」
「はい。先ほど愉快と申しましたのは、会話における人間味に御座います。長話は性根でしょうが、口にする秘め事が、なぜあそこまで平然を貫く生き方をして抱えられるのか。感心してしまい、私には到底及びません」
「ははは。たしかに愉快な男だ。つい先日も愚かを晒す謁見をしてな。守護神すら仕込んでいるのかと思える連携で皆を敵に回した次第だ。己が計画の為なら煮え湯も飲むだろうな。それをアレは楽しんでいるのだろう。誰がどのように動くかを、現場で静観しておるわ」
 外へ向けた視線をロウアへ向ける。
「隠密連中がいよいよ動き出すぞ。気づいているか?」
「は。……後出しで恥ずかしながら、メイズが先に教えてくださり、知った次第で……」
「恥じることはない。俺とてどうやら奴の掌の上だ。長々と語る奴らしい、長ったらしい文に記されていたわ。よくここまで他者の腹を読める。いっそ、幹部にでも据え置きたい男だ」
 ロウアは苦笑いを浮かべる。それは既にバッシュからあり得ないと返されているからだ。
「だが奴もアレの出現は読めんかったようだ」
「アレ、と申しますのは?」
「ゴウガからの厄介な嫌がらせだ。七将と言うらしい」
 恵眼で眺める先、一体の新種のオニが迫っていた。大樹よりも巨大なオニが。
「アレを仕留めるは骨が折れる。知ってか知らずか、隠密連中も動き出す頃合いだ。ロウア、七将の討伐を口実に下調べに向かって貰えるか?」
「は。しかし、隠密連中は?」
「ちと城内が荒れるだろうな。お前は少し離れた方が良い。早速動いてくれるか」
 ロウアは返事して部屋を出た。
 ヒューガは窓の向こう、まだ肉眼では捉えられない距離から迫る七将を見て笑みを浮かべた。
「面白くなってきたではないか」

 久しく忘れていた窮地より生まれる危機感。笑む心情に恐怖は微塵も無い。純粋な、楽しみのみ。
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