烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

文字の大きさ
上 下
109 / 191
六章 二国を結ぶ動き

Ⅰ 寡黙な被害者

しおりを挟む
 ミゼルと会った翌日、バッシュはヒューガに呼ばれて大広間へと入った。
 部屋にはヒューガとガルグを含め、十三人の上層部の者達が並んでいた。片方の列に人間、もう片方にカミツキと。全員がクーロの位ある戦士が着用する着物を纏っている。
 正面のヒューガと向かい合わせの、二列の間にバッシュは座った。
「メイズよ。お前を見るからに、ただあちこちを行き交っているだけに見えるぞ。俺との勝負、忘れてはおらんだろうな」
 不満は顔を見て明らかである。
「ええ。着々と進展している次第です。経過をお見せできないのは残念ですが、もうしばらくお待ちくださいませ」
 肘掛けに凭れるように座るヒューガは厳かな目を向ける。
「よもや逃げの算段に躍起となってはおらんだろうな。船乗り達を見殺しに自らが助かろう等と」
 返事は視線を向けられるだけであった。
「その目は図星か? それとも俺を観察しているのか?」
「さて……、それもいずれは」
 まるで試すかに見える返事に憤るガルグが口を挟む。
「貴様! 王の御前だぞ!」
「止めろガルグ」
「しかし」
「よい、これほど威勢の良い奴は滅多におらん。俺を嵌めるか試すとあらば、乗ってやろうではないか」
 姿勢を正し、呼びつけた話を進める。
「俺との勝負の最中だが、お前にも協力して貰いたいことがあってな」
「もしや、城に現われた黒いシミですか?」
「嫌でも目に入るから分かるだろ。どうも異様な速さで広がるのがいよいよ目障りでな。だがなかなかしぶといシミとあり、なかなか消せぬそうだ。みなに集まって貰ったのはそれでな。お前も協力しろ」

 バッシュは返答を置き、悩む素振りを見せた。
「どうした? 俺の命令を断ると?」
「いえ……話して良いかどうかと迷ってしまい」
「ほう、既に思う所があるのか? よい、包み隠さず話せ。嘘偽りで誤魔化せんと知っているだろ」
 恵眼で見る。と脅しかのように目が仄かに光った。
「……では。城に点在するシミは呪いを用いた陣術。陣の型を明確にするには知識が乏しく、まだ明確には分かっておりません。恐らくは生物に備わった力を吸い尽くすものかと。今はまだ効果を示しませんが、陣が形成されればこの城にいる者全て、死ぬと考えてもらえれば」
 配下達がざわめき出す。
 ガルグも神妙になるが、ヒューガは動揺の色を微塵も表わさない。
「メイズ殿、それを証明できますか?」
 一番近い人間の配下がバッシュへ尋ねる。
「いえにわか知識ですからまだまだ憶測の域です。しかし呪いのシミで陣術を構えているのは間違いないかと。そこから推測を広げ、術師に利益があり、ヒューガ様に不利となる状況を鑑みた所、このような推論に至った次第です」
「しかし考えすぎでは?」別の、カミツキの配下が訊く。「シミには確かに僅かな呪いが含まれる。それは、現象として現われる名残だ。すぐに拭き落とせる点から見ても、ただの嫌がらせか、別の目的を進行させるための撹乱と、我々は見ているがどうかな?」
「大いに考えられますな」
 返事をすると周囲から、不安を煽る意見を述べたバッシュへの文句が上がる。言い返すことなく、バッシュは黙った。

 ヒューガは「静まれ」と告げると一同は黙った。
「あてが外れたなぁ、メイズ。珍妙極まる意見を豪語するは良いが、憶測の域を脱せん意見のひけらかしは恥をさらすだけのこと。何か意図があってそのような大言を吐いたのではないか?」
 逸らした視線をヒューガへ向け、またもやや逸らす。
「いやはや、ヒューガ様の恵眼を前にしては、恥ばかりを晒してしまいます。ご容赦願いたい」
「ならぬ。俺はガーディアンだろうと容赦せん。俺の前に意見したなら全てを吐かせる。もしや、お前がクーロを貶める術師やもしれんからなぁ」
 レモーラスが姿を現わした。
「観念しなさいメイズ。いつも言っていますが、探究に感け、不必要に行きすぎれば貴方自身の首を絞めることになると」
「おいおい、守護神にまで追い込まれるとあらば、いよいよ観念して腹の割りどきだぞ」
 目を瞑り、溜息をついてバッシュは言葉を発した。
「これは、私とヒューガ様の勝負に関する情報です。既にこの城には暗躍を進めん者が存在しており、今分かっているのは三人」
「ほう、それは誰だ?」
「この場にはおらず、今は泳がせてあぶり出しを図っている最中です。逆賊を捕え、ヒューガ様への献上とし、船乗り達を助けようとするのが私の成果です。申し訳ございませんが、これ以上踏み込まれては、無実の船乗り達を助ける手立てが思いつきません。ご容赦願いたく存じます」
 深々と頭を下げると、ヒューガは部屋に響くほどの大笑いを上げた。
「あははは! 愉快愉快! 手の内をひけらかした上で、なおもまだ俺に進言するか! メイズよ、おぬしの企てでは逆賊がまだ潜伏するとあるが、この場にいる者達もそれに類するかもしれんぞ」
「それはないかと。なぜなら、ヒューガ様の恵眼を前に、謀を進めるなど無理に御座いましょう」

 すかさずレモーラスが口を挟んだ。
「貴方は思慮が浅いのですよ。自らの知識を過信し、対応策を講じ得ないと判断する軽率さ。後々足下をすくわれますよ」
「言われておるぞガーディアン。いよいよ神にも見放されているのではないか?」
 僅かに目が泳ぐバッシュは躊躇する。
「先に言っておく。お前がどのような切り札を備えていようと、俺の前から易々と逃げおおせることは出来ん。見つけ次第殺す。良いな」
 口を閉じ、口答えを我慢して頭を下げた。
「これにて終わる。メイズよ、引き続き賊探しに興じていろ。あぶり出しも出来んようなら、まあ首を洗って待っておれ」
 黙り、視線を落としたままバッシュは動かなかった。
「お前達はあのシミを落とすように動け。今日中に落とせねば罰を与える」
「お待ちくださいヒューガ様!」
 一番近い人間の配下が口を出す。
「一日は大目に見て頂け」
「ならぬ! このガーディアンの戯れ言に俺は酷く腹を立てた! 今日中だ。動ける者を全て動かせば良いだけだろ!」
 怒り眼で見渡し怒鳴る。もう反論は誰も出来なかった。
 全員が頭を下げ、部屋を出るヒューガを見送った。

 ◇◇◇◇◇

 配下達全員から冷たい目を注がれたバッシュは、一番最後に部屋を出た。
(役者でも目指したいのですか、貴方は)
 念話でレモーラスが声をかけた。
(貴方も見事な言葉責めでしたよ。あの者達全員が信じ切ってました)
(本音も踏まえてるので、本気で受け取ってもらって構いません。それより、本当にあれで良かったのですか? 本気で立場が危ういですよ)
(ええ、誰が見ても全員が私への不平不満で満ち、敵視しているでしょう。そうでなくては困ります)
(苦し紛れのように告げた貴方の言い訳、恵眼を前に~って。王の前では嘘偽りは無理なのでは?)
(恵眼については思う所があります。不確かですが、現在、王の前で嘘偽りは押し通せてる事態ですね)
(どういう事ですか?!)
(あのシミは間違いなく呪いを用いた陣術です。潜伏する賊も大勢います。なのにヒューガ様は放置している。あの性格では、事が起きるのを待っているのかもしれませんが、今の今までガルグとロウアが見過ごしていたとは考えにくい。既に賊の存在は気になっていた、しかし尻尾を掴ませない。ヒューガ様が恵眼で見つけたところで何もしない者を処罰は出来ない。すれば家臣達に不審がられてしまい、暴君の汚名を着せられて謀反でも起こされてしまうでしょう)
(やれやれ、そこまで知恵が回るのでしたら、あの演技は苦しいのでは?)
(この国で私は、のらりくらりとあちこちを歩き回る体たらく。そして寡黙な被害者に徹してましたので、あの無様が自然だと思われているでしょう)
 部屋へ戻る最中、何人かすれ違う家臣達の冷たい視線、溜息がわざと注がれる。
(ほら、寡黙な被害者でしょ)
(楽しんでます? それは良いとして、ではあの中に賊が?)
(ええ。既に目星は付けてます。あのような無様を晒せばさっさと動いてくれるので、ヒューガ様とガルグ殿に一役買って貰いました)
(じゃあ、逃げる算段のくだりは?)
(本気の意思も混ざっているでしょうが、私の計画は、私が逃げるだけでは済ませませんよ。大勢の役者に動いて貰わねば)

 バッシュの計画は、この謁見を機に大きく動き始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治
ファンタジー
【内容紹介の前に】  本作は『烙印騎士と四十四番目の神』を分割し、加筆修正した作品になります。修正箇所は多々ありますが、物語の内容に変化は御座いません。分割投稿にあたりまして、運営様に許可は取っております。  まだ本作は完結に至ってませんが分割本数は全四本を予定しております。 【内容紹介】  神官の罠に嵌り重罪を背負わされて処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、異世界に転生してしまう。  転生者であり、その世界ではガーディアンと称され扱われる存在となってしまったジェイクは、守護神のベルメアと共に、神の昇格試練を達成する旅に出る。  一方で、人々に害を働いた魔女の討伐を果たし、【十英雄】の称号を得たビンセント=バートンは、倒した魔女であった男性・ルバートに憑かれて共同生活をすることに。やがて、謎の多き大災害・【ゾアの災禍】を調べることを目的とするルバートと共に、ビンセントは異変を調べることになる。  英雄と転生者。二つの物語が始まる。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~

てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。 そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。 転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。 そんな冴えない主人公のお話。 -お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...