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五章 数奇な巡り会い

Ⅸ 思惑

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 バッシュが去り、ミゼルがジェイクに声をかける。
 あからさまに嫌悪を表わす顔を向けられた。
「成長したな、よく堪えた」
「喧しい。それよりてめぇらが何話してるか途中からさっぱりだ。もっと分かりやすく話せや。なあ!」と、ベルメアとラドーリオへ意見を求める。
 二柱も揃って強がりの返事をしたい気持ちはあるが、ジェイクに何も言えない程、よく分かっていなかった。
「あ、あんた達、本当は違う世界の変な人間じゃないの! 何で通じ合ってんのよ!」
 ついついベルメアはミゼルに当たってしまい、ラドーリオも頷いて同意見だと示す。
「おやおや、そこまで複雑な話はしていなかったのだがね」
「複雑もなにも、リブリオスに来たのって、ジェイクと一緒よね。なんでああも分かりあえるのよ。普通に生きててあんな所まで気づかないわよ!」
「仮説、と言ったの筈だよ。確証はない空想の話さ。とはいえ先の話で確信した、バッシュは城で私より深い情報を得ているだろう」
 渡された手紙を取り上げて見た。
 ジェイクは手紙を睨んだ。

「んで、奴はなんて言ってんだ」
「これは戻ってから読むとしよう」懐へ手紙をしまいジェイクを見た。「それよりお前に訊きたい。少し嫌な事になるが」
「なんだ?」
「前世と今、バッシュを見てどう思った?」
「クソだ」
 即答にミゼルは質問を間違えたと感じた。
 背にしがみつくラドーリオが囁いた。
「“少し嫌”じゃなくて、“かなり嫌”だったね」
 気を取り直した。
「まあ落ち着け。この聞き方はまずかったな、失礼。前世のバッシュは既に烙印への執着に支配されていた。しかし今のバッシュはそうは見えない」
 ジェイクは鼻を鳴らした。
「ずっと煽ってるのが変わってねぇ証拠だろうが」
「喧嘩腰で見るとそうなるだろさ。前世の因縁からはそうなって仕方ないがな。しかし今のバッシュを俯瞰して見れるように努力はしてもらえないか?」
 加担する発言が癪に障り、ジェイクの目つきはさらに悪くなる。
「あの野郎の肩もつのかよ」
「そう聞こえても否定はせんよ。だが以前言ったが、私はお前を裏切らんのも事実だ。私が言いたいのは、前世と今世、奴に人間味が現われている所をお前には見てほしいのだよ」
「なんで俺が奴の為に」
「お前の為になることだ。何もバッシュを理解して手を取り合えとは言わん。将来、命を賭けた決闘へ至るかもしれんが、今のお前は奴を前にすれば周りが見えなさすぎる。全体を見て手段を考える奴にしてみればこれほど容易く仕留めやすい相手はおらんだろう」
 舌打ちがされ、視線を逸らされる。
「お前、そうやって上手く言いくるめて、最終的に奴と協力しあわせようと言葉巧みに俺を動かそうとしてんだろ」
 普段の話術、ミゼルという人柄と今までの経緯から、そのように捉えてしまう。しかしミゼルは否定をしなかった。
「それならそれで私は大いに結構だ。私とて奴と戦うより協力しあう関係は望ましいからな。お前の怨恨に合わせる謂れは無いだろ」
「ふん、当然だ」
「私のことなどどうでもいい。お前自身の為に言っているのだよ。今の気性が緩んだとき、私の言葉を冷静に考えてくれることを願うとする」
 告げると集落へ向かった。
「もう行くのかよ」
「当たり前だ。話は終わったのだからな」

 煮え切らない、なんとも言えないもどかしい気持ちのまま、ジェイクも歩き始めた。

 ◇◇◇◇◇

 ニルドにて。
 ルバスは窓の向こうに広がる夕日に染まる山脈の景色を眺めていた。
「失礼します」
 挨拶をして入室するのはミングゼイスの石板を管理するシオウである。
「遅れてしまい、申し訳ございません」
 シオウはルバスの前に正座し、深々と頭を下げた。
「構わない。急な呼び出しだ、こちらこそ申し訳ない」
「滅相も御座いません。……それで、御用とは」
 ルバスは再び顔を外へと向けた。
「ゴウガが不穏な動きを見せた。おそらく、ミングゼイスの石板に記されし“不協和の七”の記述だろう」

『不協和の七、闇の燻りを揺らめかせ、災いの歌い手が舞台に立つ』

 これはニルドで知る人物はルバスとシオウ、一部の部下しか知らない。
「恵眼にてゴウガの動きを?」
「いや、ヌブルとカイネが護る業魔の封印が解け、再び封印が施された。恵眼が反応して見せた光景では、トウマと見知らぬガーディアンが手を出したようでな。その際にゴウガの仕業たるオニが現われた。それが不協和の七だろうな」
「恐れながら、そのオニを不協和の七と称する理由をお聞かせ願えますか?」
 ルバスはシオウへ顔を向ける。
「ゴウガは古の記述に存在する女に心底魅了されている。容姿や顔ではない、力にな」
「力、と言いますと?」
「生命の理を著しく変える声だ。ジュダの王へ君臨したのも、その力を自らが扱おうとする執念ゆえだ。その力に匹敵する研究を積み重ね、近しい力を作り上げた。此度のオニもそれによるものだろう。我が恵眼で見たのはそのオニの経緯だ」
 ルバスの説明でシオウが気になったのは女の声である。
「もしや、災いの歌い手とは」
「確証はないが、ゴウガはその女を招く、いや、引き寄せようとしているのかもな。ゴウガの研究によりオニと化した者達、“七将”と呼ばれている」
 石板の記述に合致する単語がいくつか揃うと、シオウは冷や汗をかく。それは立て続けに起こる災いの始まりを意味しているからだ。
「ルバス様、我がニルドでも手を打たねば」
「まあ待て。我が恵眼は別の者も観ている。時が来れば事は動き出す。その際にクーロとニルドの膿を出し切ってからだ」
 何を言っているのかシオウは分からなかった。
 この場では黙ったが、ルバスには気がかりがあった。七将のオニを仕留めた者の姿が恵眼でも見えなかった。
 突如として絶命した光景だけが見えた謎が、歌い手と関係しているのではと。
「シオウ、お前に極秘の任務を与える」
 拒否は出来ない。シオウは返事をして内容を聞くと、全う出来るか不安を抱きながらも了承の返事をした。

 ◇◇◇◇◇

 ジェイクとミゼルが夢幻洞へ吸い込まれて数日後。まだ二人は帰ってこないが、業魔が再び動き出すまでに全員が武器製造、鍛錬、材料調達、術の支度などに徹した。
 ボダイは今までの経緯を話す為、トウマと共にニルドの王城へと戻る。
 ミゼルの目から一時的に逃れているルダは、集落の大屋敷傍にある家屋の、医務室と称される部屋にいる。そこにはバドが縁側近くで寝ていた。
 床は畳を敷き詰めており、ベッドではなく布団を敷いている。

「なあ、何読んでるんだよ」
 レンザに良からぬ力を注がれたバドだが、当初よりはましになり、起き上がり、ゆっくり歩くことは出来るまで回復した。まだ戦闘は出来ないが。
 別室には未だ昏睡状態のジールが寝ている。
 ルダは何かあった時の報せ役であり、魔獣やオニが攻めてきた際の対応要員を任されている。
「ん? 舞い手の資料」
 何気なく返されるが、バドはそれを部外者が閲覧するのは良くないと思っていた。
「なんでお前が?!」
 今にも起き上がりそうなバドの額へ、視線を資料から外さないルダは、人差し指と中指を揃えて押さえた。
「はい動かな~い」
 寝ている時に頭を押さえられると起き上がれないのは当然だが、その指すら押し返せない程の力をバドは感じた。
「身体も動けな~い」
 ルダはバドの額に掌を当てると、一瞬にして金縛りにあったように動けなくなる。

「な、にを、てめぇ」
 ルダは一瞥してバドの様子をうかがうと、すぐに視線を資料へ戻す。
「お前、頭に血が上ったら突っ走る人間だろ。怒り心頭ってなったら全力で敵に斬りかかる、みたいな」
 見事に見抜かれ、バドは悔しがるも、「さっさと解け」と、対抗心をむき出しにして話を逸らそうとした。
「俺が解かなくてもお前でも解ける。だから訊いたんだよ、頭に血が上ったらぁ~って」
「は?」
 読み終えたルダは資料を閉じると、バドの方へ身体を向けた。
「良いことを教えといてやる。身体機能を鈍らせるような術ってのは魔力の筋や気功の波長を崩してるだけだ」
「これの事もか」
「ああ。一見して身体を動けなくしてる。ように見えるがな、お前の気功の波長を鈍らせただけだ。カイネの一族は気功をよく使うだろ。だから気功へ影響及ぼしたほうが崩しやすいんだよ」
「何、考えてる」
 何かされると警戒して睨む。
「こういうとき、深呼吸して、ゆっくり気功の流れを整えてみろ」
 言われたとおり、自分の気功を感じながら深呼吸すると、急に金縛りが解けた。
「え? ……解けた」
「どうせ本調子に戻るまでまだかかるだろ。気功と魔力の波長を変化させる練習してろ。いざって時は役立つぞ」
 告げるとルダは立ち上がった。

「何処行くんだよ」
「舞い手とお話」
 ミアが何かされる。危険を感じ、バドは上体を起こそうとした。
「ミアになんかしたら」
「俺、小娘に興味ないの。分かったら大人しく寝ながら鍛錬に励んでろ」

 何を考えているか分からない。部屋を出た後も、ミアに危害が及ぶ不安は残るも、言われたとおりの鍛錬をバドは励んだ。
 一時間後。
 この鍛錬はなかなか難しく疲れるが、小休止の最中、魔力と気功の感じが違うのを実感して驚いていた。
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