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五章 数奇な巡り会い

Ⅴ バッシュ、計画の準備段階

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 ジェイクがアダの集落へ到着した頃、バッシュは町の一角にある家の大部屋にて船乗り達に詰め寄られていた。
「なあメイズさん、本当に大丈夫なんですか? ワシ等」
 合計十人。他の者達は与えられた仕事を熟しているので集まれなかった。
 全員の願いはただ一つ、”無事に帰りたい”である。今、町の住民達とは生活出来ているが、どうしても自分達の処刑が迫っていると考えてしまい、何日経っても気分は晴れやかにならない。
 既にロウアの部下からバッシュの活動報告を聞かされている。
「俺等、こんなところで死ぬの、嫌だ」
 一人の弱音が伝染し、次々に不安を口にしだした。

(責任重大ですよ、メイズ殿)
 念話で告げるレモーラスは半ば呆れていた。バッシュは大まかなクーロの内部事情を把握していたからである。いつでも動けるが、まだ動かないので、気晴らしに急かす側へと回っていた。
(神のお力で救ってあげてはどうですか? 罪なき者達を)
(何をグズグズしているのですか? クーロの為に尽力すればすぐに解決できそうなものを)
(勿体ぶってる訳ではありませんよ。少し面白い情報を耳にしたので、進展を待っているだけです。が、どうやらそうも言えなくなってきてますね)
「皆さん落ち着いてください。私の計画は大半を終えてます」
「本当ですか!?」
 嬉しくなったのか、全員の目の色が変わった。
「じゃあ、早く王に頼んで!」
 誤解が生じているようで、バッシュは手を前に出して「お待ちください」と意見を止めた。
「皆様の帰国はまだまだ先になります」騒然となるが、「聞いてください」と言って黙らせた。
「私がこれから動けば皆様の安全は保証されます。処刑にはならないでしょう」
「……拷問、とかも?」
 鞭打ちや貼り付けにされて暴力を振るわれると恐れている者が意見した。

「ええ。現状維持か少し労働が増えるでしょうが、まあ、それも帰るための活動かと」
「いったい何をなさるので?」
「その前に、これから起こる事を皆様にお話しします。激しい動揺がないようにするためですので、冷静になって聞いてください」
 バッシュの説明の途中、取り乱しそうになる者はいた。しかし仲間に諭され、さらに続くバッシュの説明でようやく納得してくれた。
 以降、皆が神妙になりながらもこれから起きる事を理解し、受け入れた。


 翌日、ロウアの部屋にバッシュは訪れた。前もってお目通り許可は通っている。
「さて、私に話があるのは分かるが、この“界”はどう捉えて良いものか」
 試されているようで、ロウアの機嫌は悪くなっている。しかし、「誰にも聞かれたくないためです」との意見を聞き、冷静さを取り戻した。
「この界は付け焼き刃のようなもので、私の知る術も混ぜてます。リブリオスの術よりは、他国の結界術に寄ってしまいましたが、そこそこは強力でしょう」
 そこまで平然と熟すバッシュが、なぜクーロへ反乱を起こさずに情報収集に明け暮れているのか謎のままだ。
「それで、このように手の込んだ事をしてまで私と二人きりになりたい理由はなんだ?」
「はい、ヒューガ様との勝負ですが、そろそろ目処がつきそうですのでその報告を」
 熱意を感じず、淡々と語られる。

 些細な成果や情報などでヒューガは喜ばないと知るロウアは心配した。
「地下迷宮へ足を踏み入れず、成果も上げず、それでも勝負に目処がついたというのは……、言っておくが命乞いなどヒューガ様は酷く嫌う行為だぞ」
「それは初見で感じました。見苦しい行為は逆効果だと。そうではありません、ヒューガ様の心躍る状況作りの準備段階がようやく済み、これから少々騒がしくなりそうです。きっとお喜びになられるかと。悩みましたよ、標の鍵でも入手すれば良いとは考えましたが、どうもあのような危険極まる地へ足を踏み入れ、際奥の宝を得るといった冒険は肌に合わない。昔は胸躍らせて挑戦したとは思いますが、どうやら前世の年齢が転生してからも引き継いでいるのか、どうも」
「長い、本題へ入れ」
「その癖、治したほうが良いですよ」
 ロウアにも守護神にも指摘され、バッシュは息を吐いて仕切り直した。
「では、これから行う事は大まかに三つです。一つは城内に潜む反逆者共をあぶり出して処理します」
「簡単に申すな。一人一人潰していくつもりか? 何人いるかも把握しているのか?」
「それはこちらに」
 懐から丁寧に折りたたんだ一枚の紙を滑らせてロウアに渡した。
「慎重だな、このような界まで施し、尚且つ手紙とは。そこまで聞かれては困ると?」
「癖です。申し訳ございませんがお付き合いを」
 妙に嬉しくなったのか、ロウアは鼻で笑い、微笑んだ。
「続けろ」
「はい。次は協力者の引き入れです」
「ほう、お前はこの地にて協力者を得たと? 確かに町へは赴いていたようだが」
「いいえ、まだ協力者とは言えません。今度会い話を」
「可笑しな奴だ。まだ会ってすらない者が協力を? ましてやヒューガ様のお膝元でか?」
「ええ、おそらく協力者……、いえ、これではあまりに都合の良すぎる言い回しですね。大がかりな変化を起こすでしょう。上手く使えばクーロに多大な改変や利益を与えるはず」
「随分と大仰なことを言う。お前のようなガーディアンだと仮定しても、それは奇跡に等しいぞ」
「あの男はそう言う者です」
「知人か? 偶然リブリオスへ来て、知人に会えると?」
「この情報こそが偶然です。本当なら別の者を使おうと考えました。そちらも使いように寄っては大きな変化を起こしてくれるでしょうから。ですがあの男の名を耳にしました。それ以降、私の計画は大幅に変更を余儀なくされ」
(余儀なく? 自分で勝手に考えただけでしょ)レモーラスは内心でバッシュの発言に呆れた。
「どう利用しようか考えを巡らせていた次第。今日まで情報を集めていたのも、殆どがあの男の食指を動かす口実作りのためと」

 眼前で淡々と語る変人に、そこまで言わせる男の存在がロウアは気になってしまった。

「焦らすなぁ。私も会いたくなってしまったぞ」
「そのうちに。まあ、添え物のような男もいますが……そちらは雑用にでも扱えば宜しいかと」
 冷静に、あまり期待を寄せずに聞いていたロウアは、とうとうバッシュの作戦が気になりだし興味を抱いてしまった。
「それで、三つ目は?」
「大ごとです。これより先、ロウア様に協力して頂かなければ事が進みませんので」
「私を、使うか」
 急に白けてしまった。
 結局は自分を頼り、ヒューガを動かす為の口実。今までの語りもその材料。実際にはコレと言った作戦が仕上がっていないのだろう。
 今までのバッシュの行動と日数から、大ごとを起こすには物足りなさすぎる。
 ロウアはバッシュの腹が読めた。
「私を利用し、ヒューガ様の目が逸れた隙を突いて自分は逃げると? 船乗り達は鬱陶しくなり見殺しか? もしや、脚色が過ぎる説明のあった男も、この口実に」
 言葉を遮り、バッシュは「ははは」と軽く笑った。
「私をその辺の凡人と同等に扱われては困ります。いくら高貴な方とはいえ、失礼ながら発想力不足では?」
 挑発と捉えてしまい、ロウアはムッとする。
「ほう、そこまで煽るには、私を動かすに値する言葉は当然用意しているんだろうな」
「ええ。私に協力してくれた暁には、あなた様の格が上がり、より一層、頼られる立場になるかと。お望みでは? 女の身・・・で男を装うのは」
 ロウアの目つきが変わる。今まで騙せたのに、なぜ気づかれたのかと。
「……なぜ」

「初めてヒューガ様と謁見した日です。あなたの声を聞いた時、声の高い男と始めは考えました。お召し物も体格を読めないので調べられない。ですがのどぼね(喉仏)は誤魔化せません。上手く首元は隠していますが、日々観察をし、あなた様の感情の変化を起こし、無意識下で不意に見せる瞬間を見逃しません。カミツキとて人間と身体構造は同じですからね。まあ、胸が大きければ容易に分かったのですが……」
 参った。そう言わざるを得ないバッシュの観察眼。そして長々と語る最中もその目を休めていない、疑問の答えを見出すまでの執念。
 ロウアは観念した。この男には敵わないと。
「……胸が小さくて悪かったな。だが見事、揺すりでもするか?」
「いえ、無駄です。私は協力して貰いたいだけですので。では、その話はこちらの手紙に」
 再び懐から、今度は淡く黄色い紙を滑らせる。
「用心深い奴だ。お前は中々死なんだろうな。どんな窮地に立たされようと、守護神様も肝を冷やさなくて済むのでは御座いませんか?」
「気苦労が絶えませんよ」
 即答にロウアはおかしくなった。しかしバッシュは(え?)と、内心で零してしまうほどに、笑われていることが疑問であった。
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