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五章 数奇な巡り会い

Ⅰ 考える者達

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 バッシュがクーロへ来て三十五日が経った。現状、ヒューガを喜ばせる準備も動きもさほど無い。しかし残り四十五日だがバッシュに焦りの色はなかった。
 現在、城下町を歩き回っている。衣服はロウアに用意してもらったものだ。位の高い者が着る服なので、道行く人々には度々頭を下げられる。

(のんびりしすぎでは? 残りは四十五日、今だ目立った動きをせず、人々と話をするだけというのは、危険では?)
 人前でレモーラスが現われれば騒がしくなるのでバッシュの中にいる。
 バッシュは種族の差別、身分の違い関係なく会話をしている。
(昨日と五日前は町の外を徘徊しましたが)
 町の外とは言うが、それほど遠出はしていない。
(数体の魔獣を倒して終わりですよね。地下迷宮の入り口を二つ見つけたぐらいで入らないというのは貴方らしくないですね)
(私の目当ては地下迷宮ではありませんよ)
(夢幻洞ですか? まさか逃げる算段を)
(そこに入って戻れないとあれば船乗り達が危機に瀕します。あの王様は期限まで待って私の動向を楽しむでしょうがね)
(では内乱の画策でも?)
(それは時期が来れば勝手に起こるでしょう。それに、私は彼らに敵対の意思が無いので戦いませんし、それはあまり面白い展開では無いのでやりません)

 念話の最中、気になった六種類の干し草を注文した。その間にもレモーラスとの念話が続く。

(時期って。誰かが起こすのですか、内乱を)
(現在、城内にそういった輩がちらほらと。どのような組織かは存じませんが、人目につかないところでこそこそ動く迅速さはなかなかのものです。しかし少々動作や作業に荒い面がありますね。潜入用人員でしょうか? 正確性に欠けるというのは命取りと理解させなければなりません。技量面における程度の低さが分かるのは)
(もういいです、長過ぎる)
 バッシュの洞察力には感服するが、気持ちが入れば長すぎる説明にはうんざりであった。しかしこの癖は治らないと理解するレモーラスは、溜息をついて気を取り直した。
(そこまで見抜いているなら、早々にヒューガ、もしくはロウアにでも報告すればいいのに。内乱を企てる者を捕えたとあれば、延命は出来るのでは?)
ヒューガあの男は私に優位に事が進むようにしろと命令しました。この程度では鼻で笑われるでしょう。なにやら良く見えるので、既に気づいてはいるでしょうが)
 布袋に入れて貰った干し草を持ち、別の店へと向かう。
(それに、この国を出るだけなら、私だけはすぐにでも出来ますしね)

 方法をレモーラスが聞くと、あまりにも単純な方法すぎてなんとも言えなくなった。確かにその方法は簡単な国外逃亡方法である。

(では、貴方は何を望んでいるのですか? 密かに良からぬ事を企てているので?)
(人聞きが悪いですよ、まあ、些細な企てはありますが。なにも無ければ地下迷宮か、夢幻洞探しでもしようかと。とりあえずは何が起きても対応出来る準備は必要でしょう。それに、王と話をする機会は制限があるでしょうけど、ロウア殿はいつでも出来ます。クーロの幹部と話しが出来るのは有り難く思わねば。あと、もう一人が気になります)
(もう一人?)
 既に恵眼と幹部三人の話は聞いていた。
(三人目の幹部が何処にいるのでしょうね)
(ロウアが言ってたでしょ、今は不在と)
(ええ。もし城内の潜入部隊をあぶり出すために、術か何かで身分を隠して動き回っているのか、余所の国へ向かわせているのか、既に死んでいるのを生きてると思わせているのか、色々考えられます。もし他国へ潜入させているのでしたら、クーロの内情を見るだけでも腹の探り合いに余念が無い国柄というのが窺えますねぇ)
(それを読んで、いずれ内乱が起きると?)
(ここまで動きがあって何も無いというのは考えられません。三日ほど様子を見て、少し色んな探りを入れてみるのも面白いかもしれませんよ)

 バッシュの中で魔力の質をレモーラスは感じた。騒ぎが起きるのを待ち望んでいるような、楽しんでいるような、そういった変化である。恐れも不安も、怯えも後ろめたさもない。
(貴方は、グルザイアとクーロ、両国の王と同類なのでしょうね)
(何処をどう見て言ってるのですか?)
 これは言っても分からないと感じた。

 ◇◇◇◇◇

 ジュダ国内、クドの集落にて、シャールはアブロの許可を得て地下迷宮へと入った。傍にはザグルと、鶏を数羽入れた籠を持つクライブがいる。
 クドの集落にある地下迷宮は、長い階段を降りると縦長の部屋へと入る。階段の向かいにある壁に標の鍵は祀られていた。

「アレだな。で、この鶏はどうすんだ?」
「ああ、ここで放つ」
 意図を読んだザグルは口元を摩って「ほう」と言葉を漏らして感心する。
「勿体ないだろ」
 意図を読めていないクライブは鶏の価値を重視した。
「手頃な動物がねぇから諦めろ。アブロ殿にもザグル爺さんにも許可は貰ってる」

 捌いて焼いて食べたい意思が強いクライブは、渋々鶏を放った。
 放たれた鶏達はすぐに目当ての場所へ向かわず、階段近くをウロウロした。

「クライブ、絶対こいつらより向こうへ行くなよ」
 言いつつシャールはしゃがみ、地面に手を当てた。
「さぁ、どうなるか」
 小声で術を唱えると、地面へ流した魔力が部屋の奥まで一直線に動いた。すると、鶏たちは動きを止めて標の鍵へ頭を向け、次々に歩いた。
「何したんだ?」
 クライブの質問にザグルが返した。
「気を引く術だ。威力が弱い分、効く動物にも限られるが、鶏程度ならこれで充分だろ」
「こんなことして何に」
 言った途端、部屋の中腹で一羽の鶏が一瞬にして消えた。続けて距離の違う鶏が次々と。
「来るかもな」
 シャールはクライブから籠を取り、部屋に置いて階段を昇った。
「二人とも少し下がるんだ」
 指示に従って籠が見える限界まで階段を昇り、ジッと籠を見た。どれだけ待っても籠は消えなかった。
「さて、貴重な鶏を犠牲にして分かったことは何かな?」ザグルが訊く。
「まだ情報が足りねぇ。侵入者排除の空間術かと考えての実験だ。あの籠は生物じゃないから消えないのか、空間術が機能したのが鶏が消えたところまでなのか、続けて調べたいことはあるがこれ以上貴重な動物を消費出来ねぇだろ。ちょっと戻ってアブロ殿と相談だ」
「まだ何かやるのかな?」
「次は情報収集といこう。いずれはあの標の鍵を取れるかもしれねぇな」
 何かを掴んだシャールに対し、クライブは何が何やら分からないままであった。


 アブロの屋敷へ戻るや、シャールは地下迷宮へ入った経験がある人達を集めてほしいと提案した。
「なにゆえ地下迷宮を?」
「地下迷宮で起きる空間術を直に見て直感した。あれは起こる場所を選ぶってな」
 興味を示したのはザグルも同じで、理由を求めた。
「地下迷宮というものが存在し、纏わる噂や情報もある。夢幻洞も踏まえてな。皆が警戒するのは夢幻洞というが、クドの集落にある地下迷宮もかなりの警戒対象だ。けどあそこ意外の地下迷宮の情報ではああいった情報が無い」
「それで、皆の情報を?」
「内心じゃ、あちこち見て回りたいがそうも行かない状態だからな、タダルやイム達ならそういった情報もあるだろ。場所と内部の情報があれば、それなりの仮説が立てられる」
「それで、知った後はどうするつもりだ?」
「行ける地下迷宮は行ってみたい。ここだとクーロの一部地域も行けるんだろ? そこの地下迷宮も見てみたい。そうすればあの標の鍵は手に入るかもしれねぇからな」
「ほう、アレはなかなか入手の出来ない代物だぞ」
「地下迷宮の本質を理解すれば行けるだろうぜ。遙か昔から術が機能している謎はさておいて、それが侵入者を防いでいるには護ってる物に相応の価値があるからだ。爺さんから標の鍵の話を聞いたが、それを手にしたらちょいと変わった術が使えるとあった」
「その術とこの地に護られる標の鍵と何が?」
「問題はこの二種類の差別だ」

 アブロとザグルがピクリと反応した。

「場所が変われば空間術で護られ、別では困難だろうが入手がここより容易いなら、この違いは重要だと思うぜ。実は護られてる方は別の重要な理由があるかもしれねぇってな」
 ザグルは口元を摩り、アブロは腕を組んで「一理あるな」と呟く。
「分かった。早急に地下迷宮を知る者達を集めよう」

 アブロの命令でザグルが動き、シャールは頭を下げた。
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