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四章 まことの業魔

Ⅷ 業魔討伐作戦

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 翌朝、日がまだ顔を出していないが、そこそこ周囲が明るみ出した頃、水場へ向かおうと欠伸をしながら家を出たルダの前にラドーリオとビィトラがのんびりと飛んで現われた。
「なんだ? 俺は神様にも見張られてんのか?」
「どこ行くか見てんの」
「ビィよぉ、それを見張りってんだろ」
 ルダはトウマとミゼルが点けた守護神のあだ名が気に入り、その呼び方をしている。
「ルダは敵なの?」
 頭を掻きながら質問に答える。
「ラオはどう思うよ」
「敵でない方が良い。ミゼルのこと、嫌いになった?」
「ありゃ苦手だ。本心が分からなすぎる。本当にジェイクのダチか? まるで違いすぎるだろ」
 上からビィトラがゆっくりと降りてきた。
「それがジェイクだし。ルダもジェイクとは気が合うんじゃないの? ラドーリオから聞いたよ」
「んだよ、お前等守護神同士はあだ名で呼ばねぇのか?」
 同時に頷いて返される。
「ったく。ジェイクあいつはまあまあ気が合う部類だ。敵同士にならねぇようにしねぇとな」
 言いながら水場へ向かった。忠告のように「逃げねぇからついてくんなよ」と返される。その言葉が正しいと証明されたのはしばらくしてからであった。


 ようやく日が昇った頃、ノドム、シューラ、ミゼル、トウマ、ルダはカイネの一族の集落へ向かった。
 大屋敷にはジェイクを含め、数人の戦士と術師達がいる。その中にいるボダイは、トウマの傍へ寄りジールの無事を報せた。
 安堵したトウマは様子を見に行きたいと言うが、力が反応する不安があった。
 ミゼルは二人に提案する。
「ではこうしてみてはどうだろう。トウマがある程度部屋へ近づき、ジール殿の反応を見て貰うというのは」
 ボダイは了承しづらそうだったが、反応を調べておかなければ、いざ国へ報告する際に必要とされる可能性もある。
 ルダは近くの戦士に頼み、トウマと同行してもらった。ジールの容態を優先する説明をボダイが加えて。

 舞台上へ皆が集まると、ノドムは御頭と負傷者の状態を確認した。
 御頭は無理をすれば歩けるが、他の戦士は骨折の度合い、内臓の痛み具合から完治まで時間がかかるとされた。バドとジールの容態は説明が難しく、とりわけジールの方が慎重を期す必要があった。
「業魔の封印はどうだ?」
 ノドムの質問に戦士の一人が告げたのは、既に禍々しい力が垂れ流れ、いつ封印が解けてもおかしくないと。どうにか持ちこたえても翌朝には解けるだろう。
「事態は一刻の猶予もない。昨晩の襲撃により戦士達が大いに傷つき、封印を成すのも困難となった。しかし、ここにおられるミゼル殿が、最良の策を練ってくださっている。皆、心して聞いてくれ」
 話す最中、医師に支えて貰いながら御頭が現われた。
「ったくよぉ、後で話すっつってんだろ」
 ジェイクが代わりに身体を支え、医師には持ち場へ戻るように言った。
「へっ、こんな大勝負、軍師殿の話を己の耳で聞かねぇと頭に入んねぇよ」

 二人が座席へ着くとミゼルが話を始めた。

「本作戦において先に言っておきたいことがある。これは舞い手の命を犠牲におよそ二十年の安泰を約束する封印ではなく、業魔を完全に倒す作戦だ」
 騒然となり、「本当に倒せるのか?」「そのような術があるので?」など、疑問ばかりが飛び交う。話が進まなくなるのを、御頭が「鎮まれぇ!」と一喝して止めた。
 沈黙を合図にミゼルは続けた。
「誤解してほしくはないのだが、討伐が絶対成功するとは限らない。今在る戦力で足止めをし、封印を行うほうが成功率は高いとだけ言っておこう」
「けどよぉ、高いつっても失敗する可能性も高いんだろ?」
 ジェイクも残った戦士達の戦力を読み、新種のオニや結合したオニよりも強力な業魔では、犠牲だけが多く足止めの時間は短いだろうと考えていた。
「無論だ。私としては討伐を目当てとしたいのだが一存では決められない。どちらを選ぶか、今この場で決めてほしい。これは」
「討伐一択だ」
 御頭の一言。誰も異を唱える者はいない。負傷しているが気迫が全員に伝わり反論を抑えているようにも見える。

「では、【業魔討伐作戦】と称し話を進めよう。本作戦において我々ガーディアンという特異も充分な討伐の条件だが、皆に関して必要不可欠なものがある」
「特殊な術や技ですか?」術師の一人が訊く。
「もっと簡単なものさ。それは気功と呪いだ」
 またも騒然となる。代表して別の術師が意見した。
「気功は業魔の足止めが限界では?」
 続いて負傷した戦士の一人が意見する。
「それによぉ、たとえ攻撃するにしてもだ、何処が心臓かも分かりゃしねぇ業魔に使うのは大博打だ」
 さらにジェイクも質問した。
「あと、なんで呪いなんだ? ミジュナじゃねぇのかよ」
「ははは。質問が多いなぁ。では一つ一つ説明しよう。まず業魔を足止め、勢力の程はさておき、気功が通用するのは皆も御存知だろう。この力を使わなければ対抗もなにもあったものではない」
 反論しようとする男性を、ミゼルは手を翳して黙らせ、説明を続けた。
「次に呪いだ。だがその前に、ミジュナと舞い手の術に関する見解を述べさせて貰うよ」
「なんで舞い手だ?」御頭が訊いた。
「封印の術に宛がわれる舞い手の命、これがどうも釈然としなくてね」

 ノドムが意見した。
「舞い手は命を賭して封印をしているのですぞ。その御霊みたまの力が」
 またも口を止め、ミゼルの見解が続く。
「この疑問に至ったのは封印された業魔を見たからだ」
「業魔を?」誰かが訊いた。
「ああ。業魔封印の資料とカイネ一族の戦略から、どうしても結びつかないある点があった。それは、業魔一体を沈めているあの大穴だ」
 その疑問はルダも気づいていた。
「俺も気にはなってた。戦略があるならとっくの昔に大穴の一つは拵えてるだろうしな。それが無く、またあの大穴へ業魔を落とすとも聞いてねぇ。前回は大穴を掘って落とした、なんてのも聞いてねぇしな。けどそうなったら考えられるのは一つじゃねぇか?」
「ああ。あれが封印の完成形なのだろうさ。形式はリブリオス以外の国とは違うも、複数の術師が詠唱を唱え、舞い手が力を集約して術を発動。だが一人分の命を犠牲にするには、あらゆる面で比率が合わないのだ」
「比率?」
「魂の力、なる概念は転生して以降、あらゆる力に関する知識を持った者達からも聞いてはいない。気功、魔力、巫力、ゾグマとミジュナ、呪い、神性の気に神力。そういった力で技術の現象を起こしている。しかし、封印された事象を見るからには、あそこまで大がかりな効果を、舞い手の命のみを犠牲に、複数の術師の魔力を宛がうとは考えられない。……普通ならな」
 含みのある言葉で締めると、その答えにジェイクが一つの可能性を見つけた。一国を包むほどの魔力壁が生じ、風景を変えた術を。
「……禁術か」
「おそらくそうだろうな」

 禁術を知らない者達へ、ジェイクが大まかに説明し、ミゼルは続きを語った。

「多くの魔力を集め、強大な封印術として形を成した命を代償にする禁術。それが舞い手の封印だろう。そして術の効果では業魔を長年留めている。封印から気功は感じなかったが、業魔の弱点たり得る力、ミジュナを用いているなら、ニルドのミジュナが少ない説明もつく」
 ルダは「ああ、そういうことか」と、何かに納得した。
「ニルドの業魔は二体のみで長年封印してる。維持する力として工面されてんのがミジュナで、ニルドは消費され続けてるからかなり少ない。隣国のクーロはそこそこ吸われる側で、ジュダは離れすぎてるから吸われる影響がないから濃いってことか」
 一同が驚く声を漏らす中、御頭がミゼルへ意見した。
「けどそれが分かったからって、業魔を倒せる話になるのか?」
「ああ。業魔を相手に抗う術が命を代償とするのが絶対であるなら為す術なしだ。しかしそうではないなら、術の大元を辿り、類似か、近い術を用いて討伐策を練ることも出来る。最初に呪いを必要とすると言ったがそれは最終段階だ。時間の無い現状ではこの禁術に近い方法をとらせてもらうよ」
「ちょっと待て、話が違うだろ!? 討伐は」
「焦らないでもらおう、大事な順番だ。確実な勝利を掴むための」
 再び静かになるとミゼルが続けた。
「本作戦は大きく分けて二段階。一つ目は端的に言えば封印時期を延ばす。もう一つは紛れもない業魔との大戦おおいくさだ。封印の延長に用いるのは、皆の気功、ガーディアンの神力。そして禁術に近い封印をかけるのはジェイクだ」
 いきなり振られ、ジェイクもベルメアも驚いた。
「えぇ!? 俺!」
 戦士達も御頭も驚いていた。どうみてもジェイクには小難し術は苦手だと。確認するも、「出来る分けねぇだろ」と返される。
「昨夜、窪地で話したから気づくとは思うのだがな」

 ようやくジェイクもベルメアも理解した。
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