烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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四章 まことの業魔

Ⅶ 腹の探り合い

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 大屋敷では負傷者の介抱が其処彼処で行われており、舞台上で御頭はボダイに看て貰っている。重傷者は別室に運ばれ、その中にバドとジールも含まれる。二人はレンザに埋め込まれた力を抑え込むのに術師五人ずつ必要とするほどに酷い容態であった。乱れに乱れた力を抑え込むのはまだまだかかるとされている。
 トウマがジールの介抱へと向かうも、二人に埋め込まれた力がガーディアンに反応して激しく乱れるので、ジェイク、ミゼル、トウマは入室を禁止されている。よって、トウマとミゼルは窪地で話し合った分担行動としてヌブル族の村へ向かうことになった。

 ジェイクは御頭の傍に胡座をかいた。
「大したものだ。家屋さえ壊す攻撃を食らい、この程度で済むとは」
 御頭の手当を終えたボダイは傷の程度を見て頑丈さに感心した。
「鍛え方が違うからな。けど、ぐぅ……」
 頑丈とはいえ腕と肋骨の骨折はある。起き上がろうとすればさすがに痛く、唸ってしまう。
「無理するな。今は安静にしておれ」
「頼む、他の奴ら……、バドを」
 ベルメアがボダイの隣を浮遊して教えた。
「心配ないわ。重傷だけどみんな一命は取り留めてる。向こうの二人は……もし、神力に過剰反応するんだったら、あたしも行けば悪化しそうだから行けないけど……」
「案ずるな。業魔封印の為に生きてきた一族の秘術はニルドにおいて群を抜いておる。きっと無事だ」
 ボダイの言葉を信じ、御頭はゆっくりと大きく息を吐いて横になった。
「……情けない、業魔を命がけで足止めするために鍛えたのだがな……」
 ジェイクが声をかけようとする前に御頭がボダイを見た。
「ボダイ殿、俺は死地へ行く為に生きてきた。動けるようにだけしてくれ。仲間の盾としても使えるだろ」

 業魔封印の歴史においてカイネの一族は必ず死ぬ宿命を背負う者達だが、このようなことを口にされるとボダイも辛くなる。

「……そのことだけどよぉ」
 話して良いか迷いつつ躊躇いがちなジェイクへ、二人は顔を向けた。
「まだはっきりした情報じゃないから、ここだけの話にしてくれるか?」
 ボダイも御頭も黙って頷いた。仲間からは離れているから盗み聞きもしにくい。
「ミゼルの野郎が業魔対策の手を思いついた」
「それは真か?!」
 ボダイはできる限り声を潜めて驚く。
「それは、俺等が生きて舞い手を犠牲に封印するのか?」
 御頭の心配はそこにある。齢十七の娘だけを犠牲にしたくはなかった。
「いや、あいつの口ぶりでは確実に倒す手段だろうが、どうも、気功が重要らしいんだ」
 業魔封印の歴史を知るボダイは、眉間に皺を寄せて唸った。
「どうした?」
「……過去、一度封印の場を遠くで目にしたことはあるが、死んでいったカイネの一族は気功を扱い戦って散っていった。古い記憶ではあるが一人一人が抗えたとて、ほんの僅かな時間だ」

 御頭も言い伝えを思い出す。

「戦士達が業魔を足止めするすべは気功だと伝えられている。ゆえに日々の心身共に鍛錬することが気功を強めるとして今日まで励んできた」
「ジェイク殿、ミゼル殿がどのような妙案を築こうと、気功での策はカイネ一族の歴史においてやり尽くされているかもしれん」
「さっきも言ったが、俺ははっきりした情報がないからこれ以上期待させることは言えねぇけど、あいつはきっと大まかな対策を練ってると思うぜ」
「しかしヌブル族の資料と封印した業魔を見ただけだろ?」御頭は再び起き上がろうとするも、やはり苦痛が邪魔をして寝たままだ。
「それと俺等の前世での情報だ。どうも封印された業魔と前世の業魔の烙印に似た所が多くてな。つっても、これ以上はなにも言えねぇ。俺から言えるのは、足止め役に俺も出るってぐらいだ」

 二人から「止めろ」と声がかかった。

「ジェイク殿はガーディアンです。業魔の封印はこの地の者に」
「そうだ。てめぇ、自分がどういった」
「俺はミゼルを信じるぜ。あいつのどうしようもねぇ考え癖から出された答えだ。今までも助けられてるからな。それに宴の仲間をみすみす死なせねぇってんなら、無謀でも俺は縋るぜ」
 ボダイは何かを言いたそうだが、御頭はジェイクの心意気を察した。
「……爺さん、やっぱり動けるようにしてくれ。俺もこいつらを信じたくなっちまった」
「しかし戦には」
「死ぬ為じゃねぇよ、この馬鹿野郎共がやる気に火ぃ点けちまいやがった。やれるだけのことをしにいく為だ。生き残るんだろ?」
 握り拳を作った手をジェイクへ向けると、「当然だ」と返されて握り拳を当てられた。

 ◇◇◇◇◇

 大屋敷をジェイクに任せたミゼルとトウマはヌブル族の村が見える所まで辿り着いた。
「よかったぁ、村は無事みたいですね」
「荒れた感じもないって、あのオニ、見かけ倒しだったの?」
 ビィトラの質問にラドーリオは首を傾げるも、ミゼルは「それはない」と返した。
「それよりも先ほど話した手筈で頼むよ」
 村の入り口近くの倒木に仰向けで寝るルダを見つけたミゼルは、トウマ達へ告げると村へと向かった。
 ルダは足音を聞いて起き上がった。
「村を見る限り、あのオニは森の中で倒したのかな?」
 穏やかな顔でミゼルはルダへ訊いた。
「まあな。俺が来た時には魔力壁張ってここの連中が防戦一方だったけどよ、俺が誘導して森へな。どうもカミツキにはやたらと反応するから誘いやすかったぞ。あー、あと、見かけ倒しで、普通のオニ程度の強さだ」

 この対話は必ずあると聞かされていたラドーリオは念話で訊く。
(本当に嘘なの? 淡々と喋ってるよ)
(ああ、恐らくは様子見。こちらの反応を伺ってるのかもな)
 一方でルダも内心で嘆いた。
(この野郎、気づいてんのか? 分かりづらいヤツだ、畜生)
 本心を表情に出さず、話を続けた。
「ジェイクはどうした?」
「向こうも負傷者が多くてね、介抱に当たって貰ってる。ああ、彼はトウマと言ってガーディアン仲間だ。これからしばらく世話になるだろうから、ノドム殿と皆への挨拶にね」
 トウマは頭を下げる。
 その間にもルダはミゼルの本音を考えた。
(白々しい。大方、読まれやすいジェイクを置いて、こいつは口実に利用。俺の腹探りが本命だろうな)

(ミゼル、勘づかれない? こんな時間にトウマを連れてくる理由が)
(わざとさ。私とサシなら飄々とした態度と巧みな言葉で離れていく。しかしトウマがいるなら足止めの口実も考えられる。些細な保険だよ)
「どうして村の外に?」
 何気なくトウマが訊いた。これもミゼルの作戦であった。怪しまれているミゼルが訊くより初対面のトウマが訊くと疑いの度合いが低くなると。
「俺、カミツキで嫌われてるから。このままクーロにでもトンズラしようと思ってな」
「おや、我々が来るのを待っていたと見えたのだが?」
「オニを仕留めたのがついさっきでな。戦いばっかと気苦労で結構疲れてんだよ。そんで、休憩してたらお前等が」

 本音は、新種のオニを倒してすぐにクーロへ向かうのが危険だと判断したから村へ残った。
 もしミゼルが追いかけてくると計画を探られる心配があった。相手がガーディアンであるため、いざ戦闘となればさすがに敵わないだろうから避けたい。
 ちょっとした会話の最中にクーロへ帰る口実を拵え、逃げる計画を実行中であった。
「お前等が来たから村は安心だろ。俺は」
「いや、まだ数日はいて貰いたい」
「はぁ?! 何でだよ」
 どうやら上手くはいかないようである。
「ニルドの業魔にちょっかい出すとかだったら御免だぜ。カミツキが手を出したってんなら、あとあと面倒事に巻き込まれるからなぁ」
「双方に利益があるならその心配は無用だろ。悪いようにはしない策だ。一口乗って貰いたいのだが?」

 急遽始まった交渉。ルダは慎重になる。

(……こいつ、気づいてんのか?)
 ミゼルの腹を探るのは困難を極める。いつも秘密や嘘に馴れている証拠か、表情にまるで出ない。トウマを一瞥するも、こちらは分かりやすいが、腹の内全ては告げられていないだろうと分かる。
トウマこのガキは保険、俺が逃げにくい口実に利用されてるから全てを教えられてねぇって所か。クソ、やりにくい上に足下見やがる)
 一呼吸吐き、右手で顔の下半分を摩った。「……見返りはなんだ?」
 ミゼルは悩む素振りを見せた。それが本心かわざとか、二柱の守護神もトウマも分からない。
「そうだなぁ……、ああ、一度だけ君の手助けをしてやってもいい。というのはどうだ?」
 ルダの眉が微かに反応する。
 この条件は計画が露呈し、失敗の恐れは高いが、ミゼルの目から逃れる隙を作れるのは利益が大きい。あとは上手く立ち回るのみ。
 僅かな動揺を隠し、いつも通りの雰囲気を作る。

「なんだそれ? 俺を盗人か誰かの命狙ってきた暗殺者とでも思ってんのか?」
「まさか。私の見立てでは、君はこの村の住民を殺そうと思えば殺せる実力はあるだろう。カイネ族なら上手く立ち回らねばならんだろうが、業魔の封印を解きさえすれば容易に済む。そういった事情ではないのは承知しているつもりだが?」
 なら見返り条件は計画の片棒を担ぐと言っているとも捉えられる。気づかれてるのか憶測か。
 ルダは悩む。
「つーか、業魔相手に俺がしゃしゃって、”食ってくれぇ~”とかって生け贄さながらな役は無理だぞ」
「そのような無茶な作戦ではないよ。しかし業魔が相手だ。危険な作戦であることに変わりない。いざと言うときは逃げて貰うしかないが、ある程度は手伝って貰いたいのだよ」
 この場は逃げても、さすがにミゼルが追いかけてくることはないだろうが、業魔が徘徊する結果となった場合、計画に支障をきたす。
 業魔を封印、もしくは排除した方が動きやすい。

「さっきの見返り、何頼んでも良いんだな?」
「おっと、自死の命令や憂さ晴らしに殴られ続けるといったのは御免だ。それに恥辱の宴とやらも。ベルメア様が激怒していたと聞く。私はそういったのを嫌うから、その際はトウマを」
「何でですか!?」
 反論を余所にルダは「するか馬鹿野郎」と返す。
「俺の仕事の手伝いを少しだけして貰うぜ」
「ほう、仕事でこの地へ?」
「へ、秘密だよ。……村行くぞ、さすがに冷えてきたからな」

 探り合いを終え、三人は村へ向かった。
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