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三章 人間の天敵

Ⅵ ミゼルへの警戒

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 ミゼルはエベックとの再会を口にしなかった。まだ話すときではないからか、話すべきではないからか。どうあれ、直感が”話さない”を選んでいた。ジェイクが語る情報の殆どは、地下迷宮内でエベックから聞いた情報が多く、素知らぬ顔で知った情報と分別するのに苦労する。

「……で、彼がかなり強いとされるカミツキのルダ、と?」
 いつの間にかジェイクの背後で寝そべっているルダの姿をミゼルが見つけた。ジェイクは振り向き様に「わぁ!」と驚いた。
「お前、なに気配消して現われてんだ!」
「気配ぐらい消すだろうが、俺の悪口とかされた日にゃ、傷ついて夜も眠れなくなっちまう」
「するか馬鹿野郎!」
 ベルメアも補足で忠告する。
「そうよ! それに、気配消して盗み聞きするとか、変態のすることなんだから!」
 その理屈がまかり通るかどうかはさておいて、ミゼルは可笑しくなり、洞窟内での恐れが消し飛んだ。
「ははは、相も変わらずだな。なぜこうもジェイクの傍には愉快な者が集まるのだろうか。これも縁結びの女神様の賜物かな?」
「けっ、変人やら苦労性やら、癖が強ぇやつらばっかじゃねぇか」
(あんたが言うかね)
(ジェイクは言えないよね)
 二柱の守護神がそれぞれ心に思った。

「では、目下の敵、業魔をどうにかしなければならないようだ」
 ミゼルは立ち上がると、仰向けでだらしなく寝そべっているルダを見た。
「カミツキ側の情報と協力をお願い出来ないだろうか?」
「はぁ? なんで俺が業魔絡みで協力しなけりゃならねぇんだよ。そもそも、ヌブル族の連中にかなり敵視されてる可哀想なおじさまなんだぞ、こっちは」
「ほう、では所望の品は標の鍵だけで、もう手に入ったからニルドとはおさらばしようと?」
 なにか探りを入れているような気になり、ルダはミゼルを瞬き混じりで一瞥する。
(……この野郎)
 ルダはミゼルの危うさに勘づいた。
「ちょっと待て!」すかさずジェイクが止める。「カミツキが業魔を捕食するってんなら、お前にも利益はあるだろうが。腹一杯になるとかさ。洞窟出てから危ない所救ってやったんだから、ちょっとは手伝え!」
「そうよ! 守護神あたしの前でタダ飯食らいしておさらばなんて、大いなるばちが当たるわよ! 痛いわよ!」
 ”痛いものなのか?”と、ミゼルとルダは内心で思った。

「しゃーねぇな。女神様の罰に怖れたから、借りた恩義の精算ってことで手伝ってやるよ。けど条件がある」
「なんだよ」
「標の鍵は使わねぇぞ。これはちょいと使いどころがあるからな」
「はぁ!? それ使って一掃するんじゃねぇのかよ」
「お前、これがそんな破壊兵器だと思ってやがったのかよ」
 素直にジェイクが、次いでベルメアも頷いた。
「あー、一つ聞きたいのだがいいかな?」
 ミゼルの質問へ、密かな警戒をしながらもルダは許可した。
「今の話で回数制限や使用条件などがあると感じた。それはニルドの人間が得たとしても同様の条件があるものなのか?」
「なんでそう思った?」
「先ほどジェイクが聞いただろ、破壊兵器という誤解を。我々が知る古代の叡智は、そういった類いもあるのだが、どうやら標の鍵とやらは効果が違うらしい。種族の違いが影響しているのであるなら、人間が持てば破壊兵器にでも様を変えるのかと考えたまでだ」
 何か探られている。そう直感するも、ルダは正直に答えた。
「残念ながら標の鍵はカミツキにしか使えねぇんだよ」
「ええ!?」
「そうなのかよ!」
 ベルメアとジェイクの驚きが強く、声を漏らす程に驚くミゼルの反応がかき消される。

「じゃあなにか? 破壊兵器でもないし、人間も扱えない力を、あいつらは必死に護ってたってか? なんのためだ?」
「人間とカミツキの関係性と国の在り方から鑑みるに、カミツキから奪われない、というのが起源ではないか? 元々は争い続きの間柄だったのだ。今は敵対象が変わっているがね」
「大凡そんなところだろ。俺も歴史はあんまり興味なしだから、互いの関係性云々は知らねぇからな」
「ルダはそんな感じだな」
「確かにそんな感じね」
 ジェイクとベルメアは同意見で頷く。
「君が言える立場ではないがね」
「ジェイクは言えないよね」
 ミゼルとラドーリオに言い返され、ジェイクはそっぽを向いた。

「しかし一つ腑に落ちない。なぜヌブル族は君を地下迷宮へ入る許可を出したのか。そして戻ってきた際の手荒い歓迎。偶然ガーディアンがいたから対応が変わったようだが?」
「なんてことはねぇよ。人間が知らん業魔の情報をちょこちょこっと教えるから通してくれって言っただけだ。ジェイクがいたから事なきを得たが、いなけりゃ、あのまま国境まで追いやられただろうがな」
 これ見よがしにベルメアは堂々とした態度を取る。
「あたしに感謝なさい!」
 確かにガーディアンの証明たる守護神の存在は大きかった。ルダは、「ははぁ」と言って頭を下げる。
 寸劇を余所にミゼルは安堵した。何事もなく“標の鍵はカミツキしか使えない”と、公にしても良い情報を得たことに。秘密の情報を一つ一つ潰すのは必死であった。
「今ある情報でなんとかなりそうか?」ジェイクがミゼルへ訊く。
「業魔とやらが恐ろしい化物と分かるぐらいだ。なにより現物を目にしていないのだから、対処もなにもあったものではないからな」
「んじゃ、族長に話し通して、見に行こうぜ」

 なぜかルダが仕切る。しかしそれしか選択肢はないので、二人は従った。


 ◇◇◇◇◇


「業魔を見たい?!」
 トウマとジールの申し出にボダイは驚いた。かつて業魔との戦に参戦し、完膚なきまでの敗北を味わい、業魔の恐ろしさを痛感したボダイには、物見遊山で向かおうとする若者二人の身を案じた。
「悪い事は言わん。いくらガーディアンとて業魔との争いは凄惨な場となりえる」
「ですが、業魔がどういったモノかを見ないことには。いくら僕が伝説の戦士とか言われても、ただただ普通の暮らしばかりって、ちょっと……」
「それにだぜ、このまんまにしといてもいざって時は驚いて混乱するのは目に見えてるぜ。業魔やら強いオニが現われたらトウマを使う、みたいに考えてるのは誰だって想像つくんだからよ。伝説の戦士様の力に肖るって感じでな」

 その事に気づかれる頃だろう予想していたボダイだが、まさか「業魔を見たい」と言い出すとは予想していなかった。予め王国側から報されている話では、業魔にガーディアンを宛がうのではなく、他の敵を対処するためだと聞いていた。それゆえに、業魔を見に行く許可をルバスが下さないと想像はつく。危険過ぎてガーディアンを失う恐れがある。
「ならん。どうあれルバス様がお許しにならないだろう」
「けど爺さん、いつまでも業魔を封印し続けてやり過ごすなんて偶然が重なっただけかもしれねぇだろ」
 言い返せない。封印は必ず成功する保証が何処にもない。毎回犠牲者が増える一方で、業魔も封印が解ける度に暴れ方を変えているのだから。
「今回はガーディアンが現われた時ってんなら、いざって時はここも安全とは言い切れないだろ?」
 ジールの的確な指摘はバゼルの教えの賜物であった。”いざという時は安全の保証がない。備えはしっかりしとけ”と。
 有事の際に動けるよう、相手を知っておくのが最優先事項だと考えている。

「僕、ルバス様に直訴します。ガーディアンの意見だったら聞いてくれるでしょうし、いざって時はジールが言いくるめてくれるだろうし」
「おい、あの気迫に俺が意見しろってか!?」
「僕は、ジールを信じる!」真っ直ぐな眼と期待の籠った笑顔。
 ジールはあの緊張の中、言いくるめる自信がかなり無いに近いと直感している。
 ボダイは腹を括った。
「分かった。無理かもしれんが、ワシがルバス様に頼もう」
「本当ですか!」
 一番喜んだのはジールである。あの緊迫した空気はもう味わいたくない。
「ああ、ワシも着いていき、いざと言うときは身代わりとなる。その条件を加えて頼み、許可を得たとして、ワシから二人に条件が二つある」
 一つは、どのような窮地であれ、ボダイが身代わりになるからトウマは必ず生き残ること。もう一つは、どういう事態であれ、身勝手に動かないこと。
「業魔の傍には必ず封印に生涯をかけた部族がいるからな。目の前で死んでいったからといってむやみやたら動くな。これだけは護って貰うぞ」
 ボダイは真剣だ。これだけでも命がけの気迫は充分二人に伝わった。
 トウマは封印について気になることを訊いた。
「……ちなみに……業魔はいつぐらいに復活するんですか?」
「直近では、ヌブル族が封印している地か。もう、あと二十日か、もう少し短いところだな」

 何かの予兆か偶然か、突如燭台の火が消えた。
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