烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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二章 三国の動き

Ⅷ クドの集落

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 空間転移した森から抜けた際、シャール、ラディア、クライブは妙な変化を感じた。それは魔力の質が変わったような感覚だが、何かが違う。説明のつかない変化があった。
「なんだ、今の」
 クライブの意見にヒオが返す。
「そちらでも分かりやすく言うなら結界だ」
リブリオスこっちじゃ違うのか?」
かい。五つに分別された型の一つだ。”同調”と”隔て”を強化している」
「普通に結界とかでいいんじゃないのか?」
 イムが補足説明する。
「結界はいわば壁だ。障壁を張ったと悟られてしまい探りを入れられるから結界を張れないんだよ。ミジュナを乱さず、魔力を遮らず、敵から怪しまれずに隔てている。透明に見えると考えてもらえば分かりやすいだろ」

 ラディアが疑問を呈す。
「それって、敵も入りやすいってことか?」
「確かにそうだが、こちらの腹を明かさなければ良いだけだから、ジュダ側が探りを入れても分からなければ問題ない」
「界に入ってから妙な気配を感じたけど、そこを探られないか?」
「そちらはガーディアン、そして魔女とやらを討伐した者だ。魔力の業が混ざってたり神力だったりと、勘づきやすいだけだろう。それに界は魔獣避けとしても使われているし他にも用途があって使っている所ばかりだ。言い訳はいくらでもあるよ」
 シャールはラディアとクライブに質問した。
「お前等、リブリオスに召喚されたんだろ? およそ一年経つから知ってるんじゃないのか?」
「俺等、クーロの片田舎みたいな所に放り込まれてたし、そういった情報とかまるで。ただオニガリと狩猟と田畑の守りかな」

 ガーディアンの扱いにしては特別感がまるでない。何か理由があるのかとシャールは考える。話をしていると、集落のような所が見えた。しばらく歩くとタダル達のアジト・クドの集落へと辿り着いた。
「すげぇ……、俺等の国と様式が違うんだな」
 屋根が藁を束ねたようなものを重ね、家自体は木造家屋ばかり。入り口も扉のようなものではなく引き戸。田畑が多く、石積みの垣がいくつか見える。
「あの石積みの段々となってるのは、住民の位を表わしてるのか? 上に行けば強い、みたいな」
「位で言うなら家の造りだけだ。上に行けば狩りや木を切って処理するとか、下に行けば田畑の守りとか。けど厳しい決まりは無し。昔はあって、今はその名残」
 タダルが指差したのは、他の家より厳格な造りをしている。如何にも隊長格が住んでいるような屋敷だ。
「あそこに隊長がいる。ちょっと坂を登るから」
 見るからに急な坂道が見える。走ったり歩いたりを繰り返し、三人は疲れているが、それよりも隊長との面会に緊張している。しかし道中で子供達の遊ぶ姿を見て和み、緊張は和らいだ。


 広い客間。シャール達は見た事のない部屋を見回した。
 草を編んで作った固い板を敷き詰めた床、引き戸が壁の役割を担っており、丸い柱は太く頑丈で艶やか。風通しが良すぎる造りであった。テーブルや椅子は無く、客用の小さくて膨らみのある敷物が容易されている。座るとほんのりと温かい。
「すげぇ、全然知らねぇ世界だ」
 考古学の賢師であるシャールも、遺跡でこういった場面を描いた岩板を見た程度である。
 ガーディアン二人は既に召喚されてから知っているので驚きはないが、補足の説明はあった。
「床の敷物は”畳”って言って、尻に敷くのは”座布団”らしい。俺の召喚先じゃ、格式高い所だとこんな所が多いんだけどな。召喚後はどこぞの民家に当てられたぞ」
「ラディアもか?」
「ああ。村はクライブと一緒だけど、住む場所は別々。殆どが狩りばっかり。ガーディアンだし戦えるから、妥当な役割だけどね」

 足音が聞こえて三人が黙ると、引き戸を開けて二人の男性と、続いてヒオが入ってきた。
 シャール達は一人の男性が気になった。目が隠れる程深く頭巾を被っているのに、転ぶことも間違える事も無く自分の座布団へと座った。口もとの皺や無精ひげから、年齢は五十代か六十代辺りと見える。
 中央に座る精悍な顔立ちをした、しっかりした体格の男性。頭部に高さの違う角が二本生え、首筋に斑点が見える。真っ直ぐに三人を見て口を開いた。
おさのアブロと申します。そしてザグル」
 目隠しほどに頭巾を被る男が頭を下げる。
「ヒオは既に紹介が済んでますね」
 ヒオは頭を下げた。
 肩書がシャールは気になった。それより先にガーディアン二人が挨拶し、続いてシャールが出身と肩書を加えて挨拶する。

「タダルとイムは? てっきりタダルも傍に置くと思ってましたが?」
 警戒する目をシャールは解かなかった。
「二人は次の仕事へと。しっかり者のイムとは違い、調子者のタダルはああ見えて功労者でしてね」
「頭のキレはあの三人の中で群を抜いているんだろ? 単純な力比べではなく、頭脳戦ではあいつとやり合いたくねぇってのが俺の第一印象だ」
 くくく、とザグルは奇妙な笑いを漏らす。
「躾の行き届かん倅が、そこまで有用とは。世の中どうかしておる」
 タダルの父親。それ以前に、雰囲気が親子でまるで違う事にガーディアン二人は静かに驚いている。ラディアは初見で気になった事を聞いた。
「失礼ながら……ザグル殿の目は」

 ザグルは頭巾を上げて目を見せた。凄惨な深い傷跡があり、三人は息をのむ。目は見えていないと分かる。

「細かな年数はとうに忘れた。十数年前の戦でな」
「けど、見えてるように歩いてましたよね。座布団にも迷わず座ったし」クライブの声はやや気を遣って弱めだ。
「目は光りを失えど、魔力、気功の気配は辿れましょう。それに」
 ザグルは着物の胸元へ手を突っ込み、木製の小物を取り出した。丸い板には革製の指通しがあり、親指と中指に通し、打ち付け合うと、カンッ、カンッ。と、すこし高い音が響いた。
「耳が良くなってしまいましてね、反響で大まかな形状は分かるようになったんですよ。それに魔力やら気功やらを加えれば、さらに細かく」
 ガーディアン二人を順に指さし、体格、人相、雰囲気。髪の色や細かな癖まで言い当てた。
 次にシャールにも同じ事をすると、妙に心配する口調へと変わる。
「二日酔いですか? 疲れている様子と目が据わっている。あまり好印象ではないですぜ」
 走らされた上に元々目つきが悪い。
 ラディアとクライブは静かに笑いを堪えた。

 アブロは本題へと戻す。
「其方達には多大な迷惑をかけて申し訳なく思っている。しかし、こちらは少しでも戦力がほしいのだ」
「戦争の加担なら断るぜ。たとえ、”敵側を放置していればバルブラインに危害が及ぶ”なんて御託も俺には通用しないとだけ言っとく」
「ははは。タダルの言うとおり、シャール殿はなかなかに勘の良き御仁だ。三国の関係性は御存知と伺ってますが」
 三人は口々に端的な説明をする。
「我々は、ジュダの王の意思に反する側です」
「反乱軍を率いて攻め込む……って様子でもなさそうだな」
 鋭いシャールの目がアブロから逸れない。その気迫すら、アブロは無いものという様子で平然と語る。
「ご覧の通り、クドにそのような戦力は御座いません。個々に強き戦士はいるというだけ。例え攻め込んだとて、あっさりと惨殺されるのが顛末です」
 ジュダ。戦力が必要。
 それでクライブはピンときた。
「オニ狩り目当てですか?」
 しかし違った。
「もう少し複雑な、リブリオス全土に渡る内部事情に御座います。これよりおよそ六十日後。三国で大古より封じられし【業魔】を喚ぶ儀が行われます。それは、悪徒共が力を付けるための儀式。阻止、もしくは業魔を滅しなければなりません」

 話が壮大になりつつある。
 冷静に考えれば、三国の王が黙っていない。ここにシャール達を連れてきたこと。その中にガーディアンが二人もいる時点で目を付けられても可笑しくはない疑問が残る。
(色々腑に落ちねぇ話だ)シャールが想うのも無理はなかった。

 一呼吸吐いてい、別の質問をした。

「そんな壮大な儀式ってんだから、ガーディアン召喚みたいな情報源やら術師達やらが三国のあちこちにいるんだろ? 特に警戒する組織とかはあるのか?」
「ええ、いくつかは。その中でとりわけ危険視されているのは、国外にも手を広げている裏の組織。名をゾーゴルと申します」

 言葉を失ったシャールの脳裏に、アードラの姿が浮かぶ。
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