烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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一章 ギネドを崩すもの

Ⅶ 再会する者達

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 本城へ近づくにつれ、ゾグマに満ちた魔獣が増えていった。バゼルは特攻して進むことを優先しようとするが、バッシュが冷静に場を見極めて比較的魔獣が少ない道を選ぶことを提案し、説明を加えて一同をそちらへと導いた。
 バゼルはやや不快感をあらわにするも、バッシュは構わず進む。
 サラとバーレミシアがこっそりバゼルの性格をランディスに聞くと、十英雄の旅よりだいぶ丸くなっていると、成長した子を憂う兄のような表情で返され、どんな旅路だったのかを想像してしまった。
 幾度か魔獣を倒しつつ、ようやく本城まで目と鼻の先というところまで辿り着いた。正確には、本城が爆心地、といえるほど、広大な窪地が形成されていた。

 ランディス、サラ、バーレミシアは驚きのあまり言葉を失う。一方でバゼルとバッシュは冷静に周囲の状況を伺う。ただし、バゼルは魔獣の様子を、バッシュはゾグマと魔力の状態だ。
「……メイズ、どうやったらこれだけ大きなえぐれかたすんだよ」ランディスが訊いた。
「並の術では不可能です。大勢の術師が協力して起こしたとすれば、禁術か、もしくは別の術でしょうが」爆心地が妙に気になった。「……それよりも」呟いた後、窪地の中央を凝視する。
 バゼルも何かに気づき、同じ方を睨んだ。
「バゼルさん、どうしたんですか?」
 サラが訊くと、「やつだ」と返された。
 窪地には魔獣も含めて誰一人いない。しかしバッシュもバゼルの声を聞いて勘づく。
「やはりそうでしたか」
 バーレミシアは同じように見ても何も分からず、諦めて訊いた。
「なにかあんのか? メイズさん」
「アレを破りますが、皆様どうします? あそこには危険な存在が潜んでいます。このまま引き返しても構いませんが」
「俺は奴にようがある。行くぞ」
 放っておくとバゼルが一人で窮地に立ちかねない。

 元々原因を究明し、生き残った者達を救う名目で来ているのだから断る理由は無かった。
 賛成意見に従い、バッシュは窪地の中央へ右手を翳して魔力を籠めると、中心付近が淡い紫色に光り、円筒形の大きな壁が存在した。
「破ります」
 合図と同時に右手を握ると、巨大なガラスが砕け散るような音を響かせ結界が破れた。すると、結界内部だけ街の名残のような、石畳の地面や建物があった残骸が現われた。まるで窪地の底へ、くり抜かれた街の部分が沈んだように。
 その残骸跡に、三人の人間がいる。三人の魔力はかなり禍々しいものがあった。

「おや、あそこにいましたか」
 バッシュはグレンを見つけると、バゼルは「コーは俺がやる」と言って睨む。
 コーという名に反応してサラはスレイを思い出し、傍らにいるのがそうだと思う。しかし魔力の質がまるで違い、スレイ本人か疑わしい。

「お前等、とりあえずは落ち着け。何があったかは知らねぇが、警戒して行くぞ。あの三人がこっちに敵意をむき出されでもしたら面倒だからな」
「ですが速く行ったほうが宜しいですよ。結界を破ったのですからとうに気づいてるでしょうから」
 ランディスの制止はバッシュの即答で意味の無いものとされた。そして、恐らく聞いていないバゼルが窪地を滑るように降りた。バッシュも続き、慎重にサラが続く。
「三人揃って訳ありみたいだぜ大将。どうする?」
「大将って柄じゃねぇけど、まあ行くしかないわな。情けない話、あいつらのそばにいたほうが安全だろうし」
「同感」
 ようやくランディスとバーレミシアが続く。


 街跡地へ足を踏み入れても三人はサラ達への攻撃姿勢を見せない。遠景からだとグレンをコーとスレイが見ている様子である。
「何か話している、にしては反応がなさすぎますね。それにゾグマがやけに濃い。バゼル殿、不用意に近づかないほうが身のためです」
 数歩先行して向かおうとするバゼルは、バッシュに言われる前から気づいていた。近づけないことに。「分かってる」言い返し、自分で分析をしていた。
 以前のコーではこれほどゾグマが濃くはなかった。三人が揃うと濃くなるのか、街跡地に反応して濃くなっているのか、それとも強くなったのか分からない。

「メイズさん、これからどうするんですか? スレイさんを助けたいんですけど」
 三人中女性は一人しかいないので、サラの告げた名前がバッシュには疑問であった。ギリと言う名前が、なぜスレイという名に変わっているか。バッシュは自分の知る情報を隠した。
「今は静観に徹しましょう。あの均衡が崩れないことには」
 突如、満ちていたゾグマが上空へと破裂するように散った。

 事態の急変を感じた一同はすぐさま三人の方へ目を向けるとグレンが小刻みに震えだす。急に全身を無数の傷が走り、血しぶきを上げ、しばらくして倒れた。
 コーとスレイは呼吸を乱して動きだし、スレイは血塗れなグレンを見るや、動揺して震えだした。
「……ニッ……クス?」
 まるで変わり果てた大切な人を見るように、スレイは悲しい表情でゆっくりと近づく。近寄るにつれ、涙が零れた。
「ニックス……なの?」
 抱きかかえた少年は、口、鼻、目、耳から血を垂らし呼吸はしていない。遠景からでもグレンのゾグマが消えているのを五人は感じ取っていた。
「ニックス! ダメ、死んじゃダメッ!」
 泣き顔をコーへ向けた。
「お願い! ニックスを助けて!」

 ようやく呼吸が落ち着いたコーはスレイの傍へ近づこうとするも、同時にサラ達に気づく。

「あなた方ですか。邪魔をしたのは」
 なんの事かは分からないサラ達だが、ようやく気づいたコーへバゼルは敵意を向けて武器を構えた。
 サラはここぞとばかりに叫んだ。
「スレイさん! 早くこっちへ!」
 声に気づいたスレイはサラへと目を向けると、すぐに顔を見て誰か分からなかった。惚けた顔で見つめ、どうにかこうにか名前が思い出される。
「……サラ……さん?」
 急に視界がぼやけ、意識が混濁し始めた。
「……え、ああ……あああ……」
「スレイさん!」
 駆け寄ろうとするサラをバッシュとバーレミシアが呼び止める。しかし声よりも一番強力にサラの足を止めたのは、スレイから発し、五人へ浴びせた禍々しい力であった。

(不味いですよバッシュ)
(ええ。烙印で対抗を検討します)
 窮地に立たされながらもバッシュは現状を分析した。
(これは……以前の)
 サラと会った時、奪った呪いの糸に近いものを感じた。一方でサラは豹変したレイアードに近いものを感じた。
(サラ、これって)
(レイアードさんのと似てる。……けど、もっと強い)

 禍々しい力を発するスレイの姿は、どこか黒い陰りがあり、形相はまるで怨念を露わにしているようであった。
 ただ一人、ランディスは力に対抗出来る。しかし近づけばゾアが目覚めないかと心配してしまい動けない。
「し……ね……」
 スレイは五人へ手を翳し、力を収束させた。
「皆さん、魔力を私の防壁へ!」
 放たれる前にバッシュは前方にだけ魔力壁を発動させ、四人は魔力壁へと魔力を注いだ。かなり強固なものが出来た驚きも束の間、スレイから放たれた力に圧倒され、堪えるのが必死になる。
 どうにか堪えしのぐも、後方へ流れた力は、さらなる窪地を形成する。
「おいおい、ここ作ったのってあいつか?」
 驚くバーレミシアへバッシュは冷静に語る。
「いえ、それでしたら多大なゾグマを感じます。アレはまた別の」
「呪いか」

 バゼルが呟く。それに近しい力だと四人は感じた。

「けどどうしてスレイさんが」
 考察の間など与えないとばかりに、スレイは再び力を手に籠めた。
「また来んのかよ!」
「今は堪えるしか」
 再び魔力壁を張ろうとした途端、スレイの肩へコーが手を乗せた。
「今はそれどころでは御座いませんよスレイ・・・
 コーの言葉に従ったように、禍々しい力が収束し、やがて消えるとスレイの姿が元に戻った。
「コー、ニックスが」
 今にも気を失いそうなほどに視界がぼやけ、瞼が重く感じる。
「これから皆で一緒に暮らせますから」
 優しい言葉に安堵したスレイは、意識を失った。

 コーは血塗れのグレンの胸に手を当てると、緑色の魔力を発してグレンの身体を包んだ。すると、みるみるうちにグレンの身体が散って行き、やがて一つの球が残る。それをコーが掴んだとき、バゼルは武器を構えて向かい合った。
「以前の続きだ。立て」
 睨み付けたコーは、しばらくして鼻で笑い立ち上がった。
「今は止めましょう。貴方も万全の状態のほうが宜しいのでは?」
「舐めてんのかてめぇ」
 コーは怯むことなくグレンから出た球を胸に押し当てた。すると、すんなりと溶け込んだ。全てが入ると、何かを思い出す。
「……そうでしたか」

 再びコーはバゼルと向き合い、虫でも払うように手を動かすと、バゼルへ突風が吹き付けた。
(――何っ!)
 突然の事に驚くも、瞬時に魔力を身体のあちこちへ堪えるに相応しい配分で流した。
 突風に圧され少しは後方へ下がるもバゼルは耐え抜いて臨戦態勢をとる。
「強くなりましたね。ですが、やはり消耗していますよ。それはご自分で分かっているでしょう。そこまで愚かなら仕方ありませんが」
 コーの煽りの返答は舌打ちと睨みであった。
 以前なら怒鳴って突進するのに堪えているバゼルの成長が、密かにランディスは少し嬉しがっている。

 コーはスレイを抱き上げた。
「ゼルドリアスで待ってます。いつまででも待ちますので万全の状態でやりましょう。今度はどちらかが死ぬまでです」
「望むところだ」
 バゼルの返事を聞き、コーはひとっ飛びで遠くへ向かった。それこそ山を越えてしまうほどに。
 バッシュはグレンがいた所へと向かい、片膝をついてしゃがむと地面を撫でた。
「彼の願いは叶ったのでしょうか」
 ゾグマの余韻どころか、そこに存在した気配すら消えていた。姿を現わしたレモーラスは、バッシュの向かいを浮遊する。
「あの女性は何か知っているようでした。グレンの目的とは別に、近親者に会えたのでしたら、良かったのかもしれませんね」

 僅かばかり虚しくなる。
 バッシュは四人の元へと戻った。
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