烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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一章 ギネドを崩すもの

Ⅵ 救援の理由

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 五日前。バゼルはゲーヴァの石門で体術の特訓に励んでいた。
 ここへ訪れた当初は、乱れて急激に減っていく魔力の安定と維持に苦労していた。それがようやく石門周辺を歩き回れるまで落ち着けたのは一ヶ月前。それから十日後に組み手が出来るほどになった。

 ゲーヴァの石門には神が宿るとされ、この土地を守護する民族がいた。【ワルグ族】である。その民族の娘・レビは、バゼルの組み手相手として半ば強引に指名された。
 バゼルが鍛錬に訪れて以降、狩猟などはレビと行動を共にすることが多く、よく動けて勘も異様に働く。武器の手入れと罠の準備の速さ、咄嗟の判断と行動力の凄まじいこと。全てにおいて逞しい女性である。

 互いに木製の訓練用の武器を構えて対峙すると、バゼルもなかなかに苦戦する。戦闘においてもレビの剣術、足運びは優雅で素早く無駄が無い。ゲーヴァの石門には幼少期から足を踏み入れているのでこの地での戦闘は苦でもなかった。
 ワルグ族はゲーヴァの石門の力に慣れている理由は体質が出来上がっているだけである。とはいえ術を使えば高威力の術を発動させるのではない。主に身体能力が高いことだけが身体への影響である。

「レビ、相手しろ」
 いつも通り、朝の一人鍛錬を終えたバゼルは、狩りの準備を終えたばかりのレビを無理やり連れてきた。
「しつこいぞ。今日は大物を仕留めるのに」
「一本で良い。俺が負けたら何でも捕まえてやる」
 度々このような条件を提示してレビを頷かせる。

 バゼルの狩りは獲物を見つけ次第、独断専行で仕留めにかかるので、ある意味では速く目的を達成出来るから楽で済むが、ここ最近手合わせに引っ張り出されてレビは、そろそろまともな狩りをしたいと思っていた。
 渋々付き合わされ、ゲーヴァの石門で対峙する事になる。

 三十分後。
 互いに息を切らせてはいるが、四つん這いになっているバゼルの息切れは激しかった。そして攻撃がレビに掠りもしない現実に悔しさを滲ませる。
「いつも言ってるが、術を使えばお前のほうが強い。しかも不慣れな土地での実戦。悔しがるほどでもないだろうに」
「それは言い訳だ。これであんたに掠りもしないのは話にならん」
 そうまでして勝たなければならない相手がいるのをレビは聞いている。その時は身体を慣らすのに精一杯の時であり、「ここで戦えないなら話にならん」と、似たようなことを言っていた。まだ数ヶ月の付き合いだが、バゼルは言っても聞かないのは理解した。

「どうあれ勝負は私の勝ちだ。狩りを手伝って貰うぞ」
 返事をしてバゼルは狩りへと着いていった。
 その日、獲物は予定していた数より多く、しかも速く帰ることが出来た。バゼルに任せるとこういう結果を招いてくれるため、集落の者達は大いに喜んでいる。
 夕方、ワルグ族の集落にバースルの兵服を纏った者が三名訪れた。彼らを見たバゼルはあからさまに嫌な表情になる。
「何しに来た」
 投げかけた相手は、ラルバ隊のアーゼット、ミド、カリスである。
「随分な言い方。気落ちしてるだろうから慰めにでも来たのになぁ」
 暢気なアーゼットの戯言にもバゼルは反応しない。
 カリスはバゼルの魔力と気功を見て感心した。
「ゲーヴァの石門を堪えた成果はあったようだな」
「まだだ。これであいつに勝てる気はまだしない」
 率直にミドが浮かんだのはバゼルの兄ラルバであった。
「隊長に挑むつもりか?」
「違う。メアの壇上で戦った、コーって奴だ」

 聞きたい事はまだまだあるが、アーゼットは本題を優先した。

「色々思うところはあるだろうが、そろそろ謹慎は解除させてもらうぞ」
「嫌だと言ったら?」
「お前の兄の命令だ。とりあえず聞け」
 言われると舌打ちが先に返ってきた。
「昨日未明、ミゴウが滅んだ」
 さすがのバゼルでも目を見開いて驚く。
「どういう事だ」
 説明をミドが続ける。
「原因不明だ。突如ゾグマが溢れ、そして消えたと思うとミゴウが崩壊していたと。現在隊長と別部隊が調査に当たってる。けど何も無いと報告した隊がグラムス様の隊だからもう何もないかもな」
「いざって時の支援部隊を編成するから戻れと?」
 アーゼットは「いんや」と言って首を軽く振った。
「ミゴウとは別に、今朝がたギネドも似たような現象が起きたそうだ。けどこちらは被害がまだ小さいほうだ。つってもかなりの被害だがな」

 立て続けに未知の現象で起きる被害。

「お前にはギネドの調査に当たって貰う。お前の隊員は別件で四人ともいないから、ラルバ隊と合同調査だ」言い終えると、バゼルを指差した。「けどお前、独断専行するだろ」
「しない」
「いや、高確率でする。それをどうこう言うつもりは無い、諦めてるからな」
「じゃあなんだ」
 なぜか鬱陶しそうな顔をアーゼットは向けられるも、よく知る仲なのでどうということはない。
「前もって調査の順序を決めておく。それだけとりあえず守れ。あとは現場判断で動け。この作戦に従って貰うぞ」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
 さすがにアーゼットは少し苛立ち、ミドとカリスもやれやれと内心で呟く。聞く気はなかったが、離れ時を失い聞いていたレビも、何とも言えない表情になる。

 ◇◇◇◇◇

 ランディス達への救助に登場したバゼルの元へ、サラ、バーレミシア、バッシュが駆け寄る。バゼルの抑えられているが密度の濃い魔力を見たバッシュは、アレほどの動きをした後でも平静を保っている状態に驚き、黙ったまま感心した。
(並々ならぬ鍛錬をしていませんね)
(戦いたいとか言わないでくださいよ)
(戦いはどちらかと言えば嫌いな方です。それにあの速さは油断できません。そんなことはしませんよ)

 再会を喜ぶランディスから各々の紹介がされ、バッシュとサラの素性を聞いたバゼルは真っ先にある人物が浮かぶ。
「トウマと同じか」
 その名に反応したのはサラであった。
「トウマ君を知ってるんですか?!」
「俺の隊の強い術師だ。今は所用でいない」
 知り合いのガーディアンを知る者達がいる中で、サラは安堵と会いたい気持ちが高まりつつあった。
 バーレミシアはオージャの要件を思い出した。
「この人がランディスの仲間ってんなら、後はどうする?」
 今にも帰りたい気持ちが強かった。
「いや、この状況は放っておけないでしょ」
 ついついサラに言い返される。

 バゼルはランディスに状況を訊くも、その正体を探りに本城へ向かうと教えられ、続きをバッシュが語る。
「先ほど貴方が一蹴した魔獣達も恐らくは本城跡から沸いていると思われます。その調査で訪れたのでしたら、ご一緒して頂けると心強いのですが」
 バゼルはバッシュへの警戒を露わにする。
「……何か?」
「お前強いだろ。本気で戦っていない理由はなんだ?」
「魔力量は多い方です。けど戦闘は不慣れでしてね。本気と聞かれましても、温存して進まないといけませんので、あれが限界です。あれより無理してもたかがしれてます」
 これ以上の質問には返答が無いと悟ったバゼルは武器を空間術の中へしまった。
「さっさと済ませるぞ」
 先頭をきってバゼルが進み、ランディス、サラ、バーレミシアと続く。

(見抜かされてますよ。下手に動くとあの人に襲われるのでは?)
(気苦労が堪えませんね。一応は本当のことをお伝えしたのですが)
(偽名を貫いている罰じゃないんですか?)
(私を守護しているのでしたら、少しは緩和をして頂けるよう、慈悲を賜りたいのですが)
(残念ながら、他を当たってください。私の慈悲も限界ですので)
 小さく溜息をついたバッシュは、彼らの後に続いた。
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