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七章 死する地

ⅩⅠ デルバ抹消の力

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 ジェイク達の作戦が失敗し、デルバからゾグマの魔獣が現われた頃、教会の屋上でデルバの様子を伺っているスビナは結界の質を強める作戦を決行した。
 強める方法は規模縮小。原理は、狭くする事で魔力と巫力の密度を増して強度を上げる。

「スビナ様、村人全て教会に集めました」
 村長の報告を受けると、スビナは結界の範囲を狭めた。
「ごめんなさい。皆さんの家を犠牲にしてしまいます」
「構いません。生きていればまた建て直せますので。それよりもあの怪物はどうなさるので?」
「今は皆を信じるしかありません」

 最終手段としてジェイクが提案した策は、剣の力を解放し、カムラと同時に強力な一撃をぶつけるというものであった。それが成功するかは分からないが、今はそれぞれに出来る事をするしかない。
 デルバの目的が村人を目当てとするなら、理由が分からない。村人全ての魔力を合わせても、ガーディアンのジェイクや“運命”が宿るビンセントの方が質は良く総量も多い。単純な魔力目当てなら既に二人をやり過ごしている時点で違うと分かる。
 遙か先にあるミルシェビス王国なら、ここをやり過ごせきば生残れる。
 高い確率でデルバは村を目当てと考えるには無理があった。

 スビナと村長は教会内へと降りた。
 デルバが迫っていると分かった時、およそ半数の村人は村を去り、残った者は老人全てと四十代五十代の者達。子供はいない。
 次々にデルバの様子を訊かれ、村長は大丈夫だと嘘を吐いて皆を落ち着かせた。
 静まるとスビナが村人に向かって告げた。

「皆様落ち着いてください。今ミルシェビス王国の戦士にガーディアン、私の仲間の英雄も討伐に向かっています。私も強力な結界に専念します。命に代えても皆様を護りますから、もう少しの辛抱です」
 不安が少し治まったのか、全員大人しくなる。ただ表情や震える様子から、怖れているのは読める。
「スビナ様は結界に専念してください」
 村長に言われ、スビナは再び屋上へ向かう。

『淡い期待は抱かないほうが宜しくてよ』
 大精霊の声が聞こえ、スビナは驚愕して足を止めた。
 周囲を見回すと、村人全てが動きを止めている。ただ一人を残して。
「スビナ様、今のは?!」
 村長だけが動け、大精霊の声が聞こえている。
「落ち着いてください。今の声は大精霊です」
 思わず敬称を省いた事にも気づいていない。
「大精霊……ミルシェビス王国の?」
『ええ。初めましてね』
 村長は奇跡を体験していると実感し、手を合せて跪く。
「さっきの話はどういうことですか!」
 スビナは敬う様子を見せず、教会の天井目がけて叫んだ。声は上から聞こえるからである。

『言葉通りの意味よ。あなた達がデルバと呼んでいるのですわね。アレはバルブラインその国の罪の象徴よ』
「どういうことですか?」
 村長が訊くと、大精霊はいつも通りの調子で答える。
『本来なら貴方達が向かわせた戦力で討伐出来ましたわ。そういう存在ですもの』
 何かがデルバをあそこまでの脅威に仕上げた。大精霊の説明ではデルバとも呼ばれていないとスビナは気づく。
「貴女の口ぶりでは死獣デルバの言い伝え前からいたってこと?」
 スビナと大精霊に何かがあったのだろうと村長は感じた。
『ええ。大元の存在はこの国に封じられていたのですから。けど歴代の王達の非道な行いが恨み辛みを溜めに溜め、アレを形作ったのよ。あなた達の言葉を借り、デルバとわたくしも呼びましょう。デルバはいわば怨念の結晶。そして時の狂渦でもありましてよ』

 驚くべき情報にスビナは混乱する。

 言葉の意味が理解出来ない村長は質問した。
「私にはよく分かりませんが、デルバは討伐出来るのですか?」
『抹消という意味でしたら可能ですわよ。デルバは生半可な術では潰せません。それこそあなた方が実行した作戦では十回くらい連続でしなければ無理な話ね』
 それではジェイク達の魔力も体力も持たない。無理をしても二回が限度であり、その後全員が死ぬだろう。
「それでは、今はどうすることも出来ないと?」
『その逆よ。今しか・・・デルバを抹消できませんわ』

 意味が分からない。教会内ではデルバと対抗出来る術師がいない。スビナの巫術では到底敵わず、ルキトスとしての実力も巫術を少し強めることが限界。

「こんな時にくだらない冗談言わないで!」
 憤るスビナを余所に、大精霊は調子を崩さない。
『あら、冗談ではなくてよ。それに、その術を扱えるのはスビナ、貴女よ』
 立て続けに何を言っているのか分からない。

「スビナ様が、そのような術を!?」
「いえ。私の力量ではこの結界が限界です。ルキトスとしてもそういった術は教わっていません」
 どう考えても大精霊の気に障る戯れとしか思えない。
「あなたのくだらない遊びだったら付き合う気はないわ!」
『冷たい事を言うのね。寂しい』
 面白がっている口調。嫌がらせとしか感じない。
『けど本当よ。わたくし、こんな所でスビナを失いたくないですもの。わたくしの未来視でも見えない逸材よ。全てを見届けてあげたいじゃない』
「じゃあ私に何をしろって言うの? 命をかけたらデルバを倒せるとでも?」

 語気から食ってかかる雰囲気が伝わる。

『貴女を死なせたくないと申した筈ですのに。恐怖と焦りって怖いわね、いつもの冷静な貴女ならそのような矛盾に気づく筈ですのに』
 煽られ、言い返したい思いは強まるが、そうするとまた言い返されて時間の無駄だ。スビナは必死に堪えた。
『術はわたくしがスビナへ教えます』
「ご自身の立場をおわかりで? あなたの術は並の人間では扱えない。いくらルキトスで少し鍛錬したからって、私でも無理よ!」
『ええ。魔力の総量が尋常ではありませんからね。いくら人間が一生涯鍛錬に費やしても扱いは不可能ですわよ。それに、わたくしが教えても使えるのはその一度きり。だって、わたくしが力添えするのですから、それがなければいくら行っても無理に決まってますわ』
「珍しいですね。あなたは人間を面白おかしく見物しているだけだと思ってました。何か見返りを要求しても叶えませんよ」
『あらあら。わたくしはそのようなものを必要としませんわ。御存知でしょ? それに度々仰ってますわよね。あなたを生かしたいって。この窮地を乗り越えることがわたくしへの見返りでしてよ』

 大精霊の力が与えられ、デルバを倒す事が出来る。
 安堵と喜びに村長は穏やかな表情になる。一方でスビナは腑に落ちない。いくら窮地とはいえ、大精霊が力を貸すことを。
 そもそも、村長に声を聞かせ、ここまでの話をさせる理由に疑問が浮かぶ。デルバ討伐に成功すれば、大精霊が力添えしたと周囲に歓喜して吹聴するだろうに。

 冷静になればなるほど、スビナに恐ろしい可能性が浮かぶ。

 そもそも、大精霊はデルバを討伐する術を教え、力添えすると言うが、その魔力はどこから工面するのだろう。
 確かに大精霊は神に匹敵する。魔力か神力か、相応の力は備えているだろう。しかし人間のために使うとは考えられない。
 重要な気がかりがやはり村長だ。
 不快な言葉を浴びせるが、大精霊はいつも冷静だ。村長に自らの存在を知らせるなど妙である。

「あなたの術、恐らく膨大な魔力でしょうけど、それもあなたが工面してくれるの?」
『あら、わたくしがそこまですると思って?』
 その返事から嫌な予感が的中した。

 今この時がデルバを倒すに相応しい。そして大精霊が魔力を工面しない。

 その答えは大精霊の口から告げられた。

『わたくしの術を使うのはスビナ。けど、必要な力はそこにいる村人全ての命よ』
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