烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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七章 死する地

Ⅵ 一振りの勝機

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 ゾグマ放出後、デルバに橙色の亀裂が、不揃いに五カ所走り、そのうち前方の二カ所が開いた。見開いた橙色の眼球、緑の瞳。目は真っ白に輝く結界を見つめていた。
 魔力か、神力か、別の力か。
 何かを酷く怖れてデルバは狼狽えるように目を泳がせ、ゾグマの放出を止めて身体を反らせた。

「ウォォォォ……ウグワアアアア……」

 うなり声を轟かせた後、口を大きく開き呼吸する。吸い寄せる力は木々を強風に吹かせる程強い。
 一頻り吸い終えると口を閉ざして全身に力を籠めた。すると、身体のあちこちから空気が噴出し、同時にゾグマまで流れ出る。
 次第にデルバを隠すまでゾグマが噴出されると、前方に球体を作り上げて収束する。
 再びデルバの見開いた目が見える頃には、一回り太くなっている結界の光景が映り込む。
 結界に恐怖を覚えたデルバは口を大きく開き、結界で勢いを止めたゾグマの塊目がけて炎のようなゾグマを勢いよく吐いた。
 炎を受けた球体は結界目がけて高速で飛んだ。


『カムラだけど、今のジェイクだと保って二十秒。無理して延ばせるって期待は持たないほうがいいわ』
 ベルメアの言葉を信じ、二十秒以内で作戦を遂行する想像をそれぞれ固めた。
 結界が白く輝くとスビナは、ただ真剣に結界を保つことに専念する。まったく余裕が無く、何が起きても動けない状態で。

 ディロはすぐに結界の力を利用して一回り大きい結界をスビナの結界の外に拵えた。要領は元ある結界の力を分離させて広げ。
 限界まで広がるとフーゼリアは分離した結界の中央立ち、大太刀の柄を抜いて魔力の刃を形成した。メアの壇上で使用した時より刃に近い形が出来上がっている。
 ここまでに要した時間は八秒。すぐにでもフーゼリアは刃を飛ばせる状態であった。
 しかし難所はここから。ディロの二つ目の結界である。
 刃を飛ばした後のフーゼリアを護る一人用の結界の円陣が中々進まなかった。これはスビナの結界から光りの線を延ばし、フーゼリアの足下に円を描くだけだ。円が出来上がればすぐに小さな結界を築ける。

 結界の技術がバゼル隊で一番高いディロならこの程度は一秒もかからない。しかし力の質がまるで違う環境、加えて二重の結界にゾグマの圧がかかる。
 十秒経過後、事態は悪化する。ゾグマの威力が急に強まったのだ。理由は誰にも分からない。
 悪化する状況でもスビナは結界の維持に、ジェイクはカムラを保ち、ビンセントは魔力を注いでいる。前線で大太刀を構えるフーゼリアはディロを信じるしかなく、眼前の黒く染まるゾグマに恐怖を抱いて堪えた。

(早く、早く動けぇぇ!!!)
 外の結界へ神経を注ぎ、その間にフーゼリアの円陣を描く。なかなか進まない作業に苛立ち、さらに苦しみながら力を注ぐ。
(まだか! 早く円を)
 ビンセントもフーゼリアの足下を睨み、円を早く描く事を念じた。
(早く、早く動け!)
 カムラに集中するジェイクも神力の流れを感じて円の速度を感じ取る。

 十五秒経過後、ディロは驚いた。三分の一しか描けなかった線が急に早く動き、一瞬で円を描いたのだ。理由は分からない。だがこの好機を逃してはならない。

「フー! 今だぁぁ!」
 ディロの合図と共にフーゼリアは構えた大太刀を咆哮と共に振り抜いた。すると、メアの壇上で飛ばした刃より巨大な刃が、外の結界を瞬時に裂いてゾグマの中を突っ切った。

 現時点で予想外の事態が嬉しい方へと働いた。
 外の結界が砕けてもゾグマがすぐに押し寄せなかった。魔力の刃の亀裂が瞬時に走った影響か、結界で止まった際に一時固まったか。どうあれ二秒は一人用の結界を張る時間を得た。そして難題とされた個人用の結界だが、張るのは一秒もいらなかった。魔力の刃が飛んだ刹那、ディロはフーゼリアを包む結界を張ったのだ。

 血の縛りの影響でゾグマに罅が広がり散って行くが、それでも押し寄せるゾグマを結界は見事に遮った。
 カムラが消える前にディロはスビナの結界と個人用の結界を結ぶ通路を作り、フーゼリアが戻るとスビナとディロは結界を保つことに専念出来た。
 ジェイクのカムラは限界を超えることが出来ず、元の姿に戻る。四つん這いになり激しく息を切らせる最中、神力の余韻はまだ続く。

「すげぇ……、ゾグマがどんどん消えていく」
 たった一太刀でゾグマが霧散していく光景。窮地を救った血の縛りの影響は頼もしく、使い方を間違えれば凶器になる力。
 全員は恐ろしさも抱いた。
「イゼさんの鍛錬で強くなったね。メアの壇上より強くなってる?」
「まさか二度も本気で使える戦地に立てるとは思わなかったよ」
 ようやく呼吸も落ち着いたジェイクは胡座をかいた。
「けど助かった。これでデルバも潰せるんじゃねぇか?」

 強大な刻みの力を前に、刃はデルバをも刻んでいると思わせた。
 次第に晴れるゾグマ。ようやく眼前が開けた時、ゾグマと刃の影響で進行方向の木々が砕け散って荒野へと変わっていた。
 絶大な血の縛りの影響はデルバも消失させていると期待を抱かせ安堵するも、晴れ渡り目の前に広がった光景に息をのんで絶句する。

 デルバの身体が波打つように蠢き、やがて蜘蛛のような胴体で、身体のあちこちから二十本の手足と思われるものを生やして気持ち悪く動かしている化け物の姿へと変貌を遂げていた。
 放出されるゾグマは無い。山ほど大きくはないが巨大で禍々しい化け物であることに変わりはない。
 時折、橙色の亀裂が走り、波打つ胴体に埋もれて消え、また走る。あちこちでその変化が起きる。間もなく胴体の中心に走った亀裂が、巨大な目のように開いた。
「なんですか……あれ」
 見つめられるだけで疲れ切ったスビナは震えが止まらなくなる。

 フーゼリアは事態を冷静に判断する。
「奴が何者かより、あらゆる面で安定していない。今のうちに逃げて態勢を立て直した方が賢明だ」
「さっきの刃でとどめって訳にはいかねぇのか?」ビンセントが訊く。
「あれに追い打ちの二発目はない。放とうとすれば魔力が漏れて周囲も私も刻んでしまうから」
 鍛錬により扱えるようになった奇跡の大技。制限があるのは当然なのだろう。
 現状で全員が疲弊している。この場で休むには、微弱ながら漂うゾグマが身体に悪影響をおよぼしてしまい回復にならない。
「追ってくるか分かりませんが、一度村へ戻りましょう」
 スビナの提案に皆従うことにした。


 結界場所から離れてすぐ、全員の頭に光景が流れた。それは、さらに形を変えたデルバが村へ向かって動いてる様子。その速さは馬が走るほど速い。
 村ではスビナが結界を張って構え、ジェイク達はいなかった。理由は、デルバ討伐に向かっているから。
 さらにこの事態は翌日に起きると。なぜか情報まで頭に流れ込む。
 全員の頭から光景と情報が止むと、驚きの最中に緑色の霧が発生した。
「ベル、これって」
「たしかミゼルの時に」
 性質は分からないが、どこかへ飛ばされる霧。

 足掻く間もなく一同が霧に包まれると、しばらくして霧は晴れた。
 そこに五人の姿は無い。

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