烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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七章 死する地

Ⅴ 打開策

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 四発の火球を飛ばしたゼノアは剣に纏う炎を消した。これから何が起こるか想像つかないが、有事の際の温存であった。
(気づけ、ジェイク)
 懇願するゼノアの表情は険しかった。

 眼前の、塔より彼方に佇むデルバが変形し、大口を開けてゾグマの塊を溜めている光景。放とうとしているのは容易に察しがつく。
 進行方向にゼノア師団もいるが、その前にジェイク達が被害に遭う。さすがに危険な力が密集しているのは気づくだろうが、何が起こるかまでは森の木々に阻まれて見えない。
 長距離から火球を飛ばしても届かない疑問から事態を推測し、ベルメアに森の上から確認してもらい把握してほしい。
 咄嗟の知恵で行われたがまだ反応は無い。
 このまま居てはさすがにゼノア達も危険である。
「師団長! 早く退避命令を!」
 副師団長・アーデルクが訴えた。
「待て! 今逃げてはジェイク達が全滅だ!」
「事態を見てください!」
 ゼノアも団員達も焦りと苛立ちを隠せない。

 何か、他にどんな方法でもいいからジェイク達に気づかせねばならない。
 知恵を絞る中、森から何かが向かっているのが見えた。

「……やく……たい……」
 それがベルメアだと気づく。そして何かを報告に来たのだろうが、なぜ途中で止まったかが分からない。
「師団長!」
「待て! 伝言だ!」
 アーデルクが傍まで寄ると、遠くにベルメアが見えた。
「あれは……」
「見えるのか!?」
 理由は分からない。魔女の塔とは関係の無い者に見える異常事態。しかし今はどうでも良かった。

「ジェイクの守護神様だ。耳を澄ませろ」
 二人がベルメアの叫び声に集中した。
「……にげ……たいひぃ!」
 前半の言葉は聞き逃したが、集中してからの部分では避難を求めていると捉えられる。
「我々の退避を望んでいるようです」
(何か策でもあるのか?)
 不明なことが多い。だが今はベルメアの報告を信じるしかない。
「一同、退避! 村まで向かえ!」

 ゼノアの命令に従い、迅速に団員達は退避行動をとった。
 しばらくして感じたことのない大きな力が発生するのを感じ、まもなく巨大なゾグマの塊が放出された。
 放たれたゾグマを五人は感じるが、何が起きているか分からない。なぜ自分達の所まで届かないのか、と謎だけが残る。
 どうあれ一同は避難に徹した。


 結界へゾグマの塊がぶつかった。
 あまりにも大きすぎる塊を、ジェイク達は突然壁がぶつかったように見えた。
 柱のような結界の光にゾグマがぶつかっても分散して流れないのは、ゾグマが塊として成り立っている証拠であった。
 相反する力の拮抗。未知の力同士の鬩ぎ合い。
 ゾグマの塊は人知を超える威力を有している。それは五人とも即座に気づいた。
 害悪の象徴のような化け物が放った力を抑えられているのは奇跡でしかなかった。

「皆さん! もっと魔力を強めてください! 破られてしまいます!」
 言われなくともと、防衛本能が働いている三人は魔力を強めている。
 全員は理解して焦る。このままではこちらが負ける消耗戦でしかないと。
(これじゃ、負けは確実だ!)
 ビンセントは状況に焦りながらも念話の要領で“運命”を呼ぶも、返事はない。

 この窮地を脱する方法を模索したいスビナだが、気を抜くと結界が破られてしまいそうな不安が先行して思考すら出来ない。
 そんな中、ベルメアが戻ってきた。

「ゼノア達が避難してくれたわ!」
 それだけでも些細な喜びであった。
「ベル! カムラでどうにかなんねぇか!」
「無茶言わないでよ! あんたのカムラでもこんな馬鹿でかいゾグマに亀裂入れるのが限界よ! その亀裂も修復するだろうし」
「デグミッドでやったのをぶつけるならどうだ!」
「力量差がありすぎて敵わない!」
 対抗手段は無い。古代の剣の力でどうにかなるかと考えが過る。

 緊張状態が続く中、フーゼリアはある方法を思いついた。しかしそれをこの状況で行うには危険過ぎる。
 太刀の柄を握り震えた。

「フー……」
 ディロがその様子からフーゼリアが思いついた方法と危険度を理解した。
「ディロ、すまん。私には」
「なんとかなるかもしれない」
 フーゼリアの不安を余所にディロは三人に提案した。
「フーの技をぶつければ、こいつを破壊出来るかもしれない」
「ディロ!」
 呼び止めるフーゼリアに構わずビンセントは意見を求めた。

「血の縛りってやつか。こんな巨大なゾグマだぞ」
「フーの力は切り刻む力で、力で対抗するんじゃないから。確実って言えないけど」
 試す価値は大いにある。だが一発勝負だ。
「待ってください。どれ程強力かは知りませんが、あれを切り刻むことが可能でしたらこの結界も」

 スビナが告げたフーゼリアの不安のはそれであった。
 現在ゾグマと結界は接触状態にある。ゾグマが切り刻めるなら結界も同時に刻まれる。中から斬ろうものなら先に結界が刻まれてしまいゾグマを刻む前に全員が飲まれる。その状態で血の縛りが影響を及ぼせば全員をバラバラにしてしまう。

「オイラが結界を分離してフーを護る。それなら」
「落ち着けディロ。それは無理がある」
 フーゼリアを護りつつ結界を分離させることも困難だが、結界ごとゾグマを斬ったとしても刻む速さより押し寄せる速さが上ならフーゼリアが先に飲まれてしまう。そうなる前に結界を張り直すにしても至難の業だ。
「もう一つ問題が」
 スビナの心配は現在注いでいる結界への魔力量であった。
 “運命”の力とガーディアンの力が混ざっているとはいえ、分離に使用し、さらに至難の業となる追い打ちの結界を張れば、結界の魔力量が激減してゾグマに負けてしまう。

 為す術が無い中、ジェイクとベルメアは同時に一つの可能性を導き出した。
「行けるか?」
「カムラね?」
 ベルメアが訊き、同じ考えに至ったのがジェイクは嬉しかった。
「ああ。そうだ」
「神力が殆ど垂れ流しみたいなものだから放出は簡単よ。けどぶっつけ本番でスビナが神力を結界に同調できるかまでは……」

 ベルメアとジェイクの思いつきはカムラを使用し、神力を結界に使用する案であった。
 説明を聞いたスビナもさすがに即答で受け入れられない。力を纏めきれなければ結界が維持出来ないからだ。しかしそれほど強力で膨大な力を用いればディロの作戦は可能だ。
「……ディロさん」
 スビナは思いついた結界が可能かを尋ねた。
「試したことないから分からないけど、ただ張るだけならいけるけど……」

 あとの不安は結界を張る時間であった。
 スビナの作戦を実行するには、ある瞬間・・・・に結界を張らなければならない。一秒でも危険なその一瞬に。

「ディロ、失敗しても私は恨まん。安心しろ」
 フーゼリアの気遣いに苦笑いで返す。
「ははは。全員で大博打だね」
「ウチのジェイクの博打体質が皆にうつっちゃったのかしら」
 ベルメアの心配にスビナが返す。
「ビンセントさんも似たようなものですので」
 ビンセントとジェイクは顔を見合わせ、何とも言えない顔になった。

 和んだ空気の中スビナは仕切り直した。

「このままでは全滅です。無理を承知でこの窮地を脱する作戦を決行します」
 作戦内容が説明されると全員の顔に不安の色はあるものの、それしか打開策はないと判断する。
「安心しろ、ウチの女神はここぞって時だけ勝利の女神だ」
 照れるベルメアだが、ある一点が気になった。
「ここぞ、じゃないわよ。ずっと勝利の女神様よ」
 またも空気が和むと、気を取り直してジェイクは剣を抜いた。

「剣抜く必要あるのか?」ビンセントが訊いた。
「こうしねぇと落ちつかねぇんだわ」
 ベルメアがジェイクの中へ入ると、ジェイクは集中する。
 次第に魔力の質が変わり、スビナも感じたことの無い清々しく空気が澄むほどの力を感じた。
(すごい……。これが)
 見蕩みとれている場合ではない。
 自分に言い聞かせ、スビナは神力の同調を始めた。

「……発動するから力が一気に行くぜスビナ」
「はい。いつでも構いません」
「皆も準備はいいな」
 フーゼリアとディロは頷き、集中した。
 ジェイクの神力がさらに増した。

「――カムラッ!!」

 結界の柱が輝きを増し、眩い白色へと染まった。
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