烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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七章 死する地

Ⅲ 遠隔の結界

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 翌日昼過ぎ、ゼノアは団員達と峡谷の上にいた。間に合わせの策により、ゼノア師団は観察と報告役となる。
 ゼノアは森の一点を眺めた。そこがジェイク達の担当地点であった。

 結界を張ってクーラスポラの塔を護るのが本作戦である。

「師団長、準備は出来ましたが。本当に我々の結界で大丈夫なのでしょうか」
 茶褐色の短髪に精悍な顔立ちの団員・エルガは斜め後ろから同じ所を眺めた。
 デルバのゾグマを前に団員達に不安が募る。自分達の力量では、ある程度の悪性が強いゾグマでも防げる自信はあるが、デルバのゾグマではそう思わせない。
「案ずるな。私も含め五人分の魔力が備わってる。それで防げぬようであれば、どうあろうと手も足も出ん」
 本作戦においてゼノア師団はジェイク達の補助と村への報告を担っている。報告とは、本作戦が失敗した際、村へ状況を報告しに向かい、予め準備をしている村の結界を発動させる役目である。さらに状況に応じた行動をとり人命を守る役目も含まれる。
 体格はしっかりしているが四人の中で一番細身の団員・シュザールが寄ってきた。
「……団長、自分の気のせいでしょうか」
 報告内容を聞いたゼノアはデルバへと目を向け、じっくり眺めて異変に気づいた。それはゆっくりと変化していた。


 同時刻。ジェイク達は担当場所で神性な力を利用する結界の準備が整った。
 松明、枝を合わせた組み木、小さな盛り土、印術の印。
 スビナの指示の元、分担して塔内の階段に必要なものを準備した。

「なんか良い感じだな。魔力の雰囲気が昨日と全然違うぜ」
 魔力の視認が苦手なジェイクでも分かるほど、塔周辺の神性な力が増していた。
 全員、塔から離れた所でデルバと塔を眺めている。
 遠隔で発動させる陣術。準備段階でも神性な力が強く反応を示す。これほどの変化をスビナは経験した事がなかった。
「神性な力を帯びた地の素材を用いて、力を増幅に適した準備をしたのですが、私もこれほど増幅するとは思ってませんでした」
 ベルメアも姿を現わして感心する中、火をおこす準備が整ったとビンセントが報告に来た。

「いつでも行けるぜ。けど、こんな離れた所からで良いのか? 塔の上からのほうが強力な結界張れるんじゃ」
「確かにその土地の魔力を引き出して結界に宛がうなら、結界の中心地からが一番やりやすく効果的です。けど、この地は神性な力が強い……いえ、鋭くて危険と言い換えたほうがいいです」
「そんなもんなのか?」ジェイクが訊いた。
「ええ。簡易な結界はどこでもすぐに張れます。しかし強力なものでしたら、土地の魔力を調べなければなりません。とりわけこの地は鋭すぎる神性な力が沁みた地ですので、情報の少ない現状ではこの場所が最適です」

 危険な結界を張ろうとしているのはスビナの様子から分かる。恐る恐るビンセントが塔内で使用したらどうなるかを訊いた。

「力を抜かれて死亡。その後、身体も消え失せるでしょう。最悪、術師が発動中に消えたので結界が在り方を見失い力の暴走が起き……、分かりやすく例えるなら、暴走後は魔女の塔が出来ると考えてください」
 ゾッとするビンセントに対し、ジェイクは気になった点を訊く。
「なんで術師が消えたら暴走するんだ?」
「あらゆる術において、術師は魔力の形を決めて流れを導く者です。適した流れや変化、唱術のような声を使用したり、印術、陣術のように何かを記すもの。昨晩と今朝がたに塔内で準備した組み木や松明も陣術の部類ですが。あらゆる方法で魔力を正しく導く方法です。術師が術の途中で消えれば、唐突に複雑な迷路に魔力が落とされるようなものですから」

 なんとなく分かった所で、「へぇ」と言葉を漏らして納得した、ように装う。
 説明を終えたスビナは陣の中心に立った。焚き火の準備が円陣の六カ所に施されている。火付け役はスビナ以外の四人で行う。
 すでに担当の薪の傍にはフーゼリア、ディロが準備しており、ジェイクとビンセントも持ち場へとついた。

「では、結界を張りますが、これから何が起こるかは想像つきません。魔獣が出るか、デルバが暴走か分裂するかもしれません。如何なる窮地が起きるかは分かりませんが、皆さんには術が終わるまでこの陣を護って貰います」
「ああ。魔女の塔みたいなのが出来るかもだろ」ビンセントが割って入った。
 そうなる経緯を省かれているが、フーゼリアとディロは知っているので納得した。

「ビンセントさんの言うとおりです。結界張りが終えればすぐに退避可能ですので、それまで護ってください」
 ディロが「はい」と言って手をあげた。
「結界が完成するのってどれくらい?」
「目安は塔が霞むほど白く光るまでです。私が術の終わりを告げますので」
 次にフーゼリアが手を上げた。
「もしデルバが塔に危害を加えて術に影響を与えた場合、即刻中止か?」
「いえ、これは復唱の詠唱も含まれた術です。同じ詠唱を繰り返すのですが、長文ですのでそれを途中で終えることは出来ません。失敗に終わっても私が終わりと告げるまでは終われません」
 続いてディロが訊いた。
「護衛困難となった時、おいらがこの陣を護る結界を張っても大丈夫?」
「いいえ。それはこちらの術と塔の結界を遮る行為です。隔たりや滞りが生じてしまえば術が失敗に終わりますので」

 いかなる状況であっても、このままスビナを護らなければならない。
 かなり難易度の高い護衛が予想される。

「おいビンセント。こいつら天才か?」
「魔女狩りの旅はこんなのばっかだから麻痺しちまった。そうじゃないか」
 ベルメアが優雅に二人の間を浮遊しながら忠告する。
「状況と空気読みなさいよあんた達。大事な話中なんだから」

 返事する二人の様子が和やかな雰囲気へと変え、フーゼリアとディロが先に笑い、スビナが続いた。

「相変わらずですねビンセントさん。それにジェイクさんと無二の親友みたい」
 褒められてるのか分からないが二人は頭だけ下げた。
「ガーディアンって面白い人ばかりだね」
「ああ。ジェイクさんとうちのトウマを会わせたら」
「え、トウマがいるのか!?」
 ジェイクとベルメアが驚いてフーゼリアとディロを見た。

「え、ええ。今はゼルドリアスの調査へと」
「じゃあ、シャルと一緒かぁ。偶然って凄いな、これでサラも一緒なら」

 スビナが反応した。

「サラさんですか?」
「知ってるのか?」ビンセントが訊いた。
「ええ。少しの間ですが。今はガニシェッド王国の、ウォルガさんの所にいるかと」
 皆、それぞれ召喚された先で逞しく生きている。生きて早く会いたいとジェイクは思うとやる気がこみ上げた。
「全員生き残ろうぜ。ここの問題解決して、皆で集ってゾアの災禍に備えたらなんとかなりそうじゃねぇか」
 前向きに、後先考えない意見だが、明るい未来が見えるような。
 皆のやる気にも火が付いた。
「では始めます。皆さんよろしくお願いします」
 スビナの合図と共に、六カ所の薪に火が点いた。


 術が始まってすぐ、異変が起きた。
 空気が冬のように冷たくなり始める。
(ジェイク気をつけて。何かいる)
(ああ。けどなんだ? 全然動きもみせねぇ)

 四人は周囲を警戒する。
 木々の後ろに隠れていると思われる。気配は感じるが、まるで動かない。魔力の揺らぎも不自然なほど無い。
 新顔の魔獣、パルド、デルバから派生した化け物。
 可能性は上がるも、その正体は不明なままだ。
 円陣から離れれば、その隙を見て一斉に襲ってくるかもしれない。
 大技をぶつけると、それを合図に襲撃してくるかもしれない。

 何もしない。それで何も起きなければいい。
 警戒だけを続ける行為が正解かは分からない。
 人ではない、大群の何かへの恐怖を抱きつつ、五人は臨戦態勢を崩さなかった。さなか、クーラスポラの塔が光り始めた。

「皆、塔が光り始めたわよ」
 ベルメアが報告役となる。
 塔に変化が起きても、木々の後ろにいる存在はまるで動きを見せない。
 気が滅入りそうな中、茂みからざわつく音がした。ディロの前方からだ。
 集中して動きを警戒するも、動いただけで何も起きず、何かが飛ばされることもなかった。

「ディロ無事か?」
「……はい。けど嫌な気配が強まっている」
 ジェイクは咄嗟に思いついた。

(ベル、上空から俺等の周辺を見てくれ)
(木の後ろじゃなくて?)
(フーゼリアとディロみたいに、連中にもお前が見えたら、目が合った時を合図に襲撃があるかもしれねぇからな)

 念話を終えるとベルメアは見渡せる高さまで飛んだ。すると、あまりの光景に愕然とする。
 スビナの円陣を取り囲むように、デルバから垂れ流れる黒い靄のようなゾグマがあった。それらは何かの魔獣がいるかのように蠢いて見える。

「あれが、気配の正体?」
 じっと眺めても蠢きが何を象っているかは分からない。

 今度はデルバへ目を向けると、さらなる異変に言葉を失い恐れを抱く。

 デルバが天辺のあちこちから裂け始め、上部に大きな口が開いてるような変化を見せた。

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