上 下
70 / 188
七章 死する地

Ⅰ デルバを前に

しおりを挟む
 ルバートが消えて四日後。
 ポラの村へ到着したゼノア、四人の団員、スビナ、フーゼリア、ディロは、休む間もなく村長の家の広間へと招かれた。
 デルバの出現と状況、ルバートが消えた経緯、ジェイクとビンセントはクーラスポラの塔を拠点に活動していること。情報量の多さに一同は驚いた。
 刻一刻を争う事態にゼノアはいてもたってもいられなかった。団員達と先に合流すると意見し、残りは明日明後日にと提案した。しかし他の者達もデルバが気がかりなのは同じであった。
 結果、馬を借りて全員で現場へと向かうことになった。


 クーラスポラの塔が見える峡谷へと到着すると、視界に飛び込んだ黒い巨大な山に一同は驚愕し、絶句して見入った。
「おう、お前等」
 坂を登ってきたジェイクがゼノア達を見つけて駆けてきた。
 ビンセントはデルバの周辺調査に向かい、ジェイクの傍にはいなかった。
 初対面のフーゼリア、ディロ、スビナ、団員四人の紹介が簡単に済むと、一同は再びデルバへと目を向けた。

「正直ルバートが消えたのはかなり痛ぇ。デルバを調べようにも、行けるとこまで近づいて観察するしかできん」
 現在判明しているのは、近づくだけで吐き気を催す空気へと変わり、無理して深入りすれば命の危険を感じるぐらいだ。
 スビナは村で悪性の気を敏感に感じ取っていた。これほど離れている状態で発せられるのだから、さらに近づけば猛毒に侵されるほど悶え苦しみ死に至ると直感した。
「無理に近づかないでください。今は無事でもあれほどのゾグマが体内に蓄積すれば、後遺症が残るかもしれません」
 忠告は全員へと向けられる。
 接近戦が危険とはいえ、近づかなければ対処しようがない。遠距離攻撃も強力な術でもあれば話は別だが。
 トウマと同じガーディアンであるジェイクも、巨大な敵に対抗する力があるのではないかとディロは思った。

「ジェイクさん、デルバに強力な術か技を放ったりしました?」
「俺は術がからっきしでな。大技は一応あるが、ぶっ放して良いかどうか迷ってる所だ。反撃が強かったら対抗出来るか分からんからな。ゼノアはどう見る?」
 率直な意見では、”術師が攻撃の術を放ったとてビクともしない”、であった。
「……警戒しますね。あそこまで図体が大きいなら当てるのは容易だ。しかし今言った通りどれ程強い反撃があるか分からない」
 団員達も同意見であった。

 フーゼリアはデルバの進行方向と、地図で見たバルブラインの土地を照らし合わせる。

「奴の目的は何でしょうか? このまま真っ直ぐでしたら、かなり離れたところの海に近いミルシェビス王国との国境でしょうが」
 スビナは眼前に見える神性な力の質を感じ取る。
「真の目的は分かりませんが、まずはクーラスポラの塔でしょう。あのゾグマと神性な力、共に巨大です。それが合わさった時、ゼルドリアスの魔力壁のような竜巻が起こるかもしれません」
 まだ仮説だが、ルキトスであり優秀な巫女であった者の観察眼と情報。信憑性は高く、一同に反論の意見はなかった。
「おいおい、あんなデカブツが魔力壁なんか起こしたらどうなんだよ」
「分かりません。この辺りまで及ぶ風害は当然でしょうが、魔力も狂うでしょう。基礎知識から引用すれば、どちらかの力が崩壊するかどちらとも崩壊なのですが。……デルバは何かが分かって塔へと向かってるように見えます。崩壊ではなく、自らが有利になるようなことかも」
「じゃあ、あれよりもっと巨大な山になるって考えられるの?」
 想像するだけでディロは震えが止まらなくなる。
 スビナはそれもあり得るとしか言えない。

 常識からかけ離れた化け物が起こすことを、現状では誰も理解も考察も出来なかった。

「……そういやぁ」
 ふとジェイクが思い出したのは、ルバートとエベックの会話で話題に上がり、”調整”が告げた”クーラスポラの塔の史実”であった。
 説明をして相関性が分からない者が多い中、ただ一人スビナだけは何か考え込む。
「何か倒すきっかけになるか?」
 聞いたゼノアは、スビナの芳しくない表情から良い返事は期待しなかった。
「……難しいです」
 それはいくつか浮かぶ、『浄化の術』に関するものであった。
「神性な力が元々あったものでしたら私では未熟ですから完全にお手上げです。そもそも古来から存在する神性な力は人体の魔力を整える力はありますが、綺麗すぎて密度の濃すぎて、術として扱うには人数がかなり必要となります」
 ジェイクは頭が痛くなりだすも、説明は続く。
「人の犠牲からなる歴史を経た神性な力でしたら方法はあります。しかし私が扱えたとして浄化の術ぐらいですが……デルバへ傷を負わせるものではありません。数秒ぐらいの足止めぐらいしか」
 気になる言い方にフーゼリアが反応した。
「今の説明では、神性な力を武器としてデルバを倒す術があると?」
「現状では打開策にもなりません。概要は複雑ですが簡単に言うなら、地に染みついた神性な力の根源。クーラスポラの塔では史実の出来事による人間の魔力を無理やり性質変化して、それを相手にぶつける術です」

 簡単に言われてもジェイクにはさっぱり分からず、「どういう事だ?」と返される。

「“調整”の言葉をそのまま信じるのでしたら、人間の負の感情が膨大に集っている事になります。人柱となって死んだ場合、その人達の魔力はゾグマ溜まりとなりますが、それを長い年月をかけて自然の魔力と混ざり、負の力が転化して神性な力へと変わったことになります。塔周辺に魔獣が近寄りづらいのは、それほど強力な力という証拠です」
「その力を使うのか?」
「扱うとすればそうですね。、力を感じて波長を合わせ、性質を変異させます。しかし一度神性な力へと転じたゾグマは変異がかなり困難です。しかしこの術はそれを成し、ゾグマほど強力な別の魔力へと変えるのです」

 再びジェイクは頭が痛くなり、分かった風を装っている。

「それをスビナは使えんと?」
 ゼノアの質問に、申し訳なさそうに頷いて返される。
「これは禁術ではありませんが、超上級の秘術です。そして熟練の術師が三十名以上揃わなければ不可能な術ですから」
 デルバ討伐の突破口となる術かもしれないが、どう足掻こうと実行は出来ない。運よく手練れの術師が近くにいても、往復する日数が足らず、戻ってくる前にデルバが塔を潰しているだろう。
「とりあえず、近づける所まで行くか塔から眺めてみないといけないんじゃないですか?」
 ディロの意見に全員が従い、塔へと向かった。


 夕暮れ時、一同が塔へ辿り着いた頃、既に戻っていたビンセントが岩に腰かけて項垂れていた。
「ビンセント無事か!」
 真っ先にゼノアが駆け寄り身を案じた。
「ゼノア? ……来たのか」
「事情は後だ。それより無事か」
 頭を左右に振られた後、血色の悪い顔を上げた。

「おい、大丈夫かよビンセント」
 続くジェイク達は、状態が悪いビンセントを気遣った。
「……吐きそう」
 告げた途端、腹からこみ上げるものを感じ、口を手で押さえて近くの茂みへと向かうと、嘔吐の声と吐瀉物の音がした。
 革水筒をゼノアは手渡し、背を摩った。

「す……まん」
「何があった? ジェイクの話では、デルバに近づいたと」
 吐き終え、水を飲んで落ち着いたビンセントは、再び岩に腰かけた。
「何があったんだよ」
 聞きつつジェイクはビンセントの身体を気遣う。
「ここから、あの峡谷ぐらいまで進んだ所でゾグマが濃すぎて近づけなかった。あれは無理だ、気持ちの問題じゃなく、踏み込めば焼け死ぬような感覚だった」
 意図をスビナが語る。
「でしょうね、ゾグマの密度が濃いと生物は生きてはいけませんから」
「死獣デルバの言い伝えにある、通った所は死地と化すというものですね」
 ディロの意見にスビナは頷いた。
 再びビンセントは経緯を語る。
「退くしかないってなって。……退いてる時にあの野郎が現われやがった」
「“調整”か?」
「いや、“運命”だ」

 思い出すだけでビンセントは嫌な気分になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憑く鬼と天邪鬼

赤星 治
ファンタジー
妖怪を嫌悪する修行僧・永最は、ある旅の途中、天邪鬼・志誠を憑かせた青年・幸之助と出会い旅をする。 旅の最中、謎の女性・ススキノと出会い、やがて永最は、途轍もなく強大な鬼と関わっていく。

奇文修復師の弟子

赤星 治
ファンタジー
 作品に不思議な文字が出現し、やがて作品を破壊する現象・【奇文】。  奇文に塗れた作品の世界に入って解消する者達を奇文修復師と呼ぶ。  奇文修復師に憧れていた少年モルドは、デビッド=ホークスの弟子となって修復作業に励む。しかしある人物の出現からモルドは悍ましい計画に巻き込まれていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

処理中です...