烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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六章 封じられていたモノ

Ⅸ 回収

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 三日後、死獣デルバ討伐の為、会議室にはエベック、フーゼリア、ディロ、ゼノア、そして偶然前日にバルブラインへ入国したスビナが集められた。
 ルキトスの修行中、黒いローブ姿の男が現われ、”甚大な被害を及ぼす厄災が近づきつつある”と告げられての入国であった。現状から、死獣デルバが厄災の正体だと思われる。

『あたしも人には言えない秘密があるから、どこまで公にするかは任せるわ』
 エベックの黙秘を信じ、アードラは皆にポラの村に訪れる厄災、その正体が死獣デルバであることを説明した。アードラの過去、使用された禁術については伏せられている。
 なぜ突然現われた化け物が死獣デルバであるか、ゼノアに問われた。同様の疑問は他の者も抱いていた。

「私の協力者からの情報だ。今はまだ詳細を伝えることは出来んが、デルバの件が終わって以降に話す」
「失礼ながら、ここまで秘密を通されれば信用は疑わしくあります。ポラの村にいる者達、これから援軍へ向かう者達、全てがデルバに殺される可能性も大いにあるのですよ」
「私に対する不審は重々承知している。しかし不必要な情報や疑念は場の混乱を招き、勝てる戦も敗北へと導いてしまう。私はデルバの消滅を強く望み、皆に協力を求めている。今は信じてもらうしかない」
 俄には信じ切れず、悩む様子が窺える。

「あたしは信じるわ」
 エベックが手を上げてアードラへ加担する。
「何を考えてる。相手は死獣デルバ。物語通りなら、通る所は草木も生えぬ死地へと変える死神だぞ。避難が先決だろ!」
「落ち着いてゼノア。一時的な避難は確かに正しい選択よ。けど奴が通過する場所、神性な力が強いクーラスポラの塔があるわ。あそこを潰されればデルバのゾグマは飛躍的に増してしまう。防衛に徹しないと」
「だが倒す手は無いだろ。しかも相手の出方も不明。いくら十英雄我々魔女ルバートガーディアンジェイクが揃っても行き当たりばったりは危険だ! それこそ勝てる戦をも敗北へと向かうぞ」
「真っ当な意見ね。けど貴女は見捨てられる? ポラの村には避難を拒む人々もいるのよ。それに、逃げれば確実に勝てる算段がつくとも限らない。避難を選択するには現場へ向かってからよ」
「説得するしかないだろ」

 正論のぶつかりあい。気まずい空気の中、ディロは何も言えない。
 一方でフーゼリアは手を上げて意見した。

「失礼ですが、戦闘、避難、どちらを優先するにしろ、相手を知る為にポラの村へ行くことに変わりはないのでは?  言い争っても仕方ないでしょうし、時間の無駄です。分担を決めませんか」
 平静で意見するフーゼリアを、隣でディロは感心した。
 私情を混ぜて憤っていたと気づいたゼノアは冷静さを取り戻した。
「……すまん。取り乱した」
「構わないわ」

 本題へ戻すようにスビナも意見した。

「私の意見ですが、エベックはここに残るべきだと思います」
「あら、どうして?」
「今ある情報から考えてみました。死獣デルバの脅威に晒された場所へ赴き、あなたの結界を用いたとしても破られる危険はかなり高いです。なら、バーデラで二次被害の対策に当たった方が賢明です。時間をかけて作る強力な結界があるのは魔女狩りの旅路であなたにききましたので」
「確かにその通りね。あたしとしては向こうへ行きたいのだけど、最終判断は皆に決めて貰うわ」

 次はフーゼリアが手を上げた。

「我々の指揮はアードラ様に委ねられてますが、できることならポラの村へ向かいたいです」
 理由をゼノアが求めた。
「私は血の縛りという呪いがかかってます。非常に危険な力ですが、相手が巨大な化け物なら役に立つかもしれません。それにディロは治癒術と結界には長けております。役に立つはずです」
 この際とばかりにアードラはスビナとゼノアの意見を聞く。
「私もポラの村へ向かいます。師団長として部下も同行させます」
 ゼノアの強い意志の先に、ジェイクを護りたい気持ちがあるとエベックは気づいているが黙った。

 スビナは少し考えて口を開いた。
「……私もポラの村へ向かいます。気になる事がありますので」
「あら、ルキトスの体質上、難しいなら無理しない方がいいわよ」
「ご心配なく。まだそこまで体質の試練は達成してませんから、簡単な術と巫術でやりくりします」
 そうまでして村へ行く理由をアードラは尋ねた。
「ではスビナ殿、気になる事とは?」
「思い違いかもしれませんので詳細は伏せます。ですが、ポラの村にビンセントさんとルバートがいるのですよね。彼らに聞かねばならないことがあるだけです」

 秘密を貫くアードラには訊く理由がない。
 話合いの結果、エベック以外の四名がポラの村へ向かう事となった。


 ◇◇◇◇◇


 エベックが戻って十日目。
 ジェイクとビンセントはクーラスポラの塔頂上へと再び訪れた。

「あいつ、速度増している気がする」ビンセントの率直な意見であった。
 早くなっている理由は、土埃の舞い上がり具合と、ジッと見ていると徐々に大きくなっている。つまりは近づいている様子であった。

「お前さん、そろそろ勘が冴え渡ってきたんじゃないか?」
 ルバートが姿を現わして観察する。
「悪い報せでしかないな。このままだと十日以内に塔へ到達するぞ」
 悠長な様子のルバートへ、ベルメアは向かいを飛んで忠告した。
「他人事みたいに。あんた頭いいんだから何か対応策ぐらい考えてよ!」
「その為にここにいるのだろ。あそこまでどす黒いゾグマを垂れ流す化け物を調べねば、手のうちようなど奇跡のような大技に縋るしかないからな」

 その言葉にピンときたジェイクは古代の剣を持った。

「ベル、一度限りの特権技と剣の力を合わせてどうにかならねぇか?」
 特権技。ガーディアンが一度だけ使用出来る大技。
 以前ミゼルがレンザに使用した飛躍的に戦闘力を上げた技であり、用途の種類は使用者の想像に任せられる。
 前もってジェイクの切り札について聞いていたビンセントは、まさしく正解を得たとばかりに喜ぶ。
「そうだ! ジェイクの二つの必殺技を一気に連発すれば!」
「止めておけ」
 冷静に黒紫の山を眺めるルバートが止めた。
「なんでだよ。それにお前だって奇跡のような大技に縋るって」
「言ったがそれはジェイクの切り札や古代の剣の力を指しておらん。むしろそれは本当の切り札、為す術がなくなった時に使用するべきだ」

 再びベルメアがルバートの向かいを飛んだ。

「どうしてよ」
「“運命”の話では、ビンセントには数多くの厄災がゾアの災禍までふりかかるとある。あの山もその一つだろう。なら、今ジェイクの切り札を使えば後にあれより強力な存在が現われればどうしようもなくなる」
「まあ……確かに」ジェイクは納得する。「けど渋って命落としたら元も子もねぇだろ」
「だから”本当の切り札”だ。使いどころはお前に任せる。それに俺様が知る限り、魔力やゾグマが起こす異変は必ず対応策が存在する。それはちまちま相手の力を削るものから決定的な一手で急激に弱らせ、そこを総出で仕留めるところまで多々ある。あれにも必ず対応策はあるはずだ」
「じゃあ、デグミッドでぶっ放したカムラを、二日おきにぶっつけるのはどうだ? 神力だったら寝れば回復するだろ」

 ジェイクの策はベルメアが却下した。

「止めなさいよ! 回復してすぐに放ったら、あんたの身体がどうなるか分かったもんじゃないし、あれも貴重な切り札よ!」
 立て続けにルバートの補足が入る。
「それに大きな力を突然ぶつけ、奴が怒り狂って速度を上げる危険もある。やるなら弱らせてからだ」
「じゃあ、今のうちにもっと近づいて奴を観察しよう。ルバートもそのほうが好都合だろ」
「お前さんにしてはよく分かっているじゃないか。探偵の助手として冴えてきたじゃないか」
「誰が助手だ。さっさと行くぞ」

 ビンセントの後ろを着いていこうとした矢先、ルバートの身体が動かなくなる。
 
「いや、ここまでだ」
 急に否定され、ビンセントは「え?」と言って振り向くと、ルバートが何かに驚いている様子であった。
「ルバート?」
「な、んだ!?」
 ルバートは背後から何者かに動きを止められている。
 その存在が次第に姿を現わすと、ルバートの背に手が突き刺さっていた。

「誰だ!」
 ビンセントが目にしたのは、黒いローブ姿の男であった。
 ジェイクもビンセントも剣を構えた。
「案ずるな、戦う気など更々ない」
 ルバートの声をした存在。
「何者だ貴様!」
 振り向こうとルバートは足掻くも、身体がビクともしない。

「俺は“調整”。ちと状況が変わったので回収作業のさなかだ」
 六の力の一つ。
 皆がビンセントへ目を向けた。
「じゃあ、“運命”の敵?」
「敵という表現は違うが、そう思いたくばそれでよい。とりあえずは回収を優先する」
 “調整”が手に力を籠めると、ルバートの姿が白く光り、“調整”を包み込んで消えた。
 フードを外した男の姿はルバートそのものであった。

「……ルバート?」
「ん?」顔で判断されたと気づく。「ああ、は“調整”だ。今ルバートの情報が混ざったがな」
 ”調整”はビンセントを見ると、姿を現わした時から感じた気を探った。
「どうりで“運命”の気が強い訳だ。お前は“運命”と結託してるのだな。そして……」
 視線をジェイクへ流すと、今度はルバートの記憶からエベックへと意識を向ける。
「やれやれ、どいつの企てだ? 六の力が混ざれば引き合うということかな? なんにせよ煩わしいことこの上ない」
「おい、ルバートを返せ! 俺の相棒だぞ!」
 “調整”は手を翳すと、ジェイクとビンセントは震える程の恐怖を覚え、硬直する。

「て、めぇ……、何を」
「足止めだ。今の俺はお前達を殺せる身の上ではないからな。そのまま聞け」
「何を、だ」

 “調整”は頭を黒紫の山へと向ける。
「あれは七国それぞれに封じられている厄災の種の一つだ。バルブラインでは死獣デルバと呼び、物語に記したようだが」
 驚く二人を余所に話が進む。
「まあ元々は人間が起こした厄災だ。お前達でどうにかしろ」
「どうにかって。突然現われたんだぞ! 何が”人間が起こした”だ!」
「この塔の神性な力は人間が戦士を生け贄として拵えたものだと知っているか?」

 二人の驚く様子から知らないと分かる。

「ドルポラなる神を勝手に作り上げ、秩序や禁忌を拵え多くの民を洗脳した。それに意見し、あの手この手でこの土地を解放しようとした戦士達を毒殺し、その亡骸と魔力を用いて禁術を起こしたことで疑似の神性な力を作り上げた。それがこの塔の抹消された歴史だ。人間の業はソレを偽って歴史を紡いだのだ。デルバは掃除役にうってつけだろうさ。あれもあれで人間の業が作り上げたどうしようもない存在だがな」
 淡々と語られる真相。
 真偽は不明だが、二人は驚かずにはいられない。
「あれを葬るのは至難の業だ。ルバートがいれば対応策が生まれただろうが、俺から力の関係者お前達へ貸す気は無い。俺としてはここで六の力の関係者お前達が死ぬほうが好都合なのでな」
 ルバートの姿、声で言われることがビンセントは許せず憤る。

「黙れ! ルバートの姿と声を使うな! さっさとルバートを返しやがれ!!」
「難儀な阿呆だ」
 翳した手をひっくり返し、親指と中指を合せた。
「返してほしいなら生き残り取り戻しにでも来い。運が良ければ戻るんじゃないか?」
 冷笑し、指を鳴らすと“調整”は姿を消した。

 急に身体が解放されると、ビンセントは叫んで周囲を見回す。

「おい! 出てきて俺と勝負しろ! ルバートを返せぇぇ!!」
 しかし“調整”は出てこない。気配も異質な力も消えている。

 ルバートが消えた。
 思い出される約一年の記憶が、喪失感と相まって悲しくなり、涙が零れた。

「返しやがれぇぇぇぇ!!!」
 虚しく響く叫び。
 大きな戦力でありかけがえのない存在を失った。
 事態は芳しくない方へと進んでいく。

 容赦なく、そしてジワジワとデルバ脅威は近づいていた。
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