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五章 反動と侵蝕

Ⅲ バリオットから広がる考察

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 ガイネス、ミゼル、バッシュの三名は王城へ向かう地下道を歩いていた。それぞれの手に松明を持って。
 通路の途中、天井に小さな通気口があり、いくつかは外の光りが見える。

「窒息を意識しすぎたのか? 通気口が多すぎるな」
 ガイネスは罠などの仕掛けがないか、松明を動かして周囲を見た。
「ところでガイネス王、はっきりさせておきたいことがあるのだが」
 ミゼルが何を思うか察しているガイネスは鼻で笑った。
「まあ、お前なら気づくと思っていたがな」
「おや? まだ何も言ってないのだが」
「バリオットの事だろ」
「腹の内を読まれるのは、どうも恥ずかしいものだ」

 バッシュが横から口を挟む。

「私に負けず劣らずの探究心と観察眼を持ち合わせ、さらには柔軟な発想も備えてる。バリオットを無視する方が不自然だよ」
「んー、褒められているのかな?」
 バッシュの斜め上を、後ろ手に直立して浮遊するレモーラスが視線を向ける。
「雑談が長引きそうなので話を進めませんか?」
 ミゼルは(確かに)と内心でつぶやき従った。尚、ラドーリオはレモーラスを嫌って姿を現わさない。

「バリオットの話。あれが嘘でなければバルブラインへの来訪理由はそれになるだろう。ロゼット殿が遠征を容易に受け入れたとは思えんのでね」
「ふん。あやつの性格を推論に組み込まれると、妙にあやつが俺の親と思えて嫌になるな。まあいい、バリオットの話は本当だ。各国それぞれの王のみが所持を許された宝剣。他者は持つことさえ出来ん代物だ」
「そのような代物欲しさにガイネス王がバルブラインのバリオットを求めるとは考えにくい。しかしバリオットが関係してガイネス王がここにいるのなら、グルザイアのバリオットが盗まれてバルブラインにあるか、バリオットに異常が起き、直すためにバルブラインにある何かが必要であったか、と見るのが自然だ」
 レモーラスが再び口を開いた。
「お見事な読みですね。さすがバッシュが一目置くだけのことはあります」

 嬉しくない褒め言葉に、ミゼルは何とも言えない表情になる。
 正解をバッシュが話し始めた。

「グルザイアのバリオットが盗まれたのですよ。先ほどガイネス王が話したとおり、王しか運べない宝剣です。場所はゾアが教えてくれ、王が直々にご足労を」
「喜んで来たように見えるのは私の思い込みだろうか……」
 ガイネスは不適に笑んだ。
「多忙の身で配下の者達に迷惑をかけ、仕方なくこの死地へ訪れねばならんのだ。苦肉の策と割り切り、今も尚苦悩しているさ」

 大嘘だと二人と二柱は思った。

 ”グルザイアのバリオットが盗まれた”という点から、ミゼルは疑問が浮かぶ。
「やはり妙な話だ。ガイネス王が悪戯に動かせないだろうし、王以外が動かせないのに動いたというのも矛盾が生じる」
「なぜ俺が動かさんと言い切れる?」
「バリオットが膨大な魔力を蓄える宝剣なら、容易に動かせば何かが起こりそうな脅威の塊とも捉えられる。動かした代償が不明瞭であっても心配性で生真面目なグルザイアの配下たちがこぞって止めに掛かるだろう」
「だろうな。温厚な弟・マゼトも顔と眼を赤く染めて激怒するだろう」
 バッシュとレモーラスは静かに頷いた。

 ミゼルは次の仮説と疑問を続けた。
「ゾアの言葉を真に受けるなら、確定している事はバルブラインにグルザイアのバリオットがあるということ。なら移動させた可能性としては先代グルザイア王だが、このバルブラインの惨状を見る限りではグルザイアが平和すぎるのは不自然だ」
「しかし実際にグルザイアのバリオットがバルブラインにあるのだぞ」
「だとすれば、バリオットの基準が違うのではないかと考えられる。例えば、“バリオットはその国の王のみが動かせる”という条件が違うか、”バリオットは物体ではなく未知の力”か。あまりにも空想が過ぎる表現だが、それぐらいでなければこの不自然は解明に至らんと私は思うよ」

 ミゼルの推論に二人から反論はない。
「見事」とガイネスが褒めるも、それは推論にではなかった。
「お前がデグミッドへ来る前、バッシュも同様の推論を俺に聞かせたのでな。明晰な似た者同士というのは心強いものだ」

 やや喜ぶバッシュ。
 やや脱力するミゼル。
 それぞれの守護神は二人の反応を見て密かに面白がっていた。

「バリオットに関しては俺もよく知らん。ただ、先代の頃に無くなり、あの獰猛な魔獣が現われたそうだ」
 ガーディアン召喚され、処刑道具として飼われていた魔獣である。
「もしグルザイアのバリオットが奴の封印として使われていたなら、その程度の宝剣として呆れ果てるが、バルブラインを見るからにそうではなさそうだ。何やら大いなる意図が存在するのかもしれんな」
「大いなる意図?」
「以前、俺が業魔の烙印について訊いたのを覚えているか?」
「ああ」
「ここ最近、各地で起きている異変もそうだが、ガーディアン召喚においても謎が多い。とりわけ妙なのが、伝説と称される存在でありながらも周りの反応が平凡すぎる。ガーディアンという肩書がいつぞやから取って付けられただけのように感じてならん。さらにジェイクが処刑されるに至った経緯。暢気な愚王とも捉えられるお前達が仕えた王だが、これも業魔の烙印が関係しているなら、このような事態に至る為に仕組まれた舞台装置とも考えられる」

 バッシュとミゼルは少し考え、同時に口を開いた。
「考えすぎ」
「考えすぎ」
 “なのでは?”と続く言葉が止まった。同調している事にミゼルは拒否反応のように黙り、バッシュは純粋に驚いて止まった。
 二人の反応を余所にガイネスは続ける。

「だがお前達は業魔の烙印に関係しすぎだ。ジェイクは業魔の烙印を纏いバッシュに嵌められ処刑。経緯としては仕方なしとも読めるが、お前達は業魔の烙印による事故で死んだ。バッシュの読み違いが招いたとも考えられるが、そもそもこの世界において他者より秀でた観察眼と思考力があるお前達が、業魔の烙印の真髄を見抜けぬというのは違和感だ」
「買いかぶりすぎでは?」
「では聞くが、業魔の烙印の起源となる獣。ミゼルは見つけられんと言ったがバッシュはどうだ?」
 返事は「いいえ」である。
「ジェイクが処刑され、数日後にお前達が死したなら不運な末路となるが年月が経ちすぎている。その間にどちらも起源を調べておらんというのは不自然極まる」

 実際に不自然を通して死んだ二人は、なんとも言えない状態だ。

「この世界においてもおかしな点がある。ゾアの出現、奴めの筋書きで滅したであろう魔女の塔、ガーディアン、ゼルドリアスの魔力壁消失、各国の異変、ゾアの災禍。全てはゾアの災禍の仕込み段階なのだろうが、人間の記録にはゾアの災禍が『脅威の大災害』程度しか記されておらん。詳細の無い脅威に皆が怖れているにすぎん。お前達の仮説を用いるなら、空想が過ぎる未知の存在が、表舞台に現われず潜み待ち構えているとなる」

 バッシュは思い当たる存在を思い出す。レンザを強引に鎮め、ゾアが抵抗すらしなかった黒いローブ姿の男を。

 想像の域を出ない仮説。
 ミゼルとバッシュは考えを巡らせ、バッシュは思うところを口にした。

「ガーディアンについては思う点がいくつかありますね。ステータスボードなる脆い板、レベルや力量の数値化、受肉すればその縛りから解放される。何を求めているか謎でしかない転生者の在り方」
 次にこの世界での疑問へと続く。
「ミングゼイスの石板というのもそうです。なぜリブリオスに多くあり、なぜこの世界での生活に必要な情報が記されているのか。市販の術も存在意義を問いたくなる。大抵は魔力の扱いを覚えればそれらの教本は必要としないのですから。いったい何を目的としての情報なのでしょうか」
 便乗してミゼルも意見する。
「もし、ガイネス王の考えが正しいとするなら、七国のバリオットの有無は、そういった現象として設定されているかもしれない」
「ほう? 面白そうな意見があるなら聞かせろ」
「魅力的な意見は無いさ。ただゾアの災禍へ至る舞台装置にすぎないだけなのだろうということさ。そして、それがあのゾアではなく、先に話した裏方の存在が大きく関係していると考えられるのではないだろうか。それがあまりに強大な存在としてね」

 途方もない話である。しかし、全ての宙に浮いた曖昧なままの謎は、強大な存在が明確になれば解けるものだと、三人は考えた。

「……おや?」
 先にミゼルが気づいた。遅れて二人も。
「どうやら一戦交えるようだ」
 バッシュは感知の域を広げ、気配のする場所を探る。
「この先、開けた所に出ます。狭い場所ではなくて助かりました」
 ガイネスは誰よりも戦意が滾った。
「身体を動かしたいと思っていた所だ丁度良い。相手が一人なら俺がやる、いいな」
 止めても聞かないだろう。

 ロゼットの気持ちが二人には分かった。
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