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四章 流れに狂いが生じ

Ⅸ 使者として

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 一ヶ月後。
 ランディスはその日の鍛錬を終え、ウォルガに呼び出されていた。現在、サラとランディスはオージャの宮殿とウォルガの宮殿とに分かれ、各々の鍛錬に励んでいた。
 戦い馴れ、鍛錬も魔力や気功を安定させる事が大半のランディスは、度々オージャの宮殿へ赴き、言伝役とサラの経過を見ている。

「どうだ、サラの様子は」
「動けるようになっているけど、まだまだバーレミシアに遊ばれてる。感知の術は成長しているから、正直、戦場馴れさせる時期じゃないかなと」
「気功の方はどうだ。魔力だけでは心許ない」
 ランディスはバーレミシアとサラの訓練を思い出した。

 ◇◇◇◇◇

 ”動けなくなるまで特訓”と称した鍛錬を、バーレミシアは十日前から始めており、いつもサラが激しく息を切らせ敗北している。
「おいおい、もっと内気功を鍛えねぇと魔獣の群れにでも襲われたら餌になるぞ」
「……だ、だって……バレさん、のやり方、難しすぎなんですよ」
 バーレミシアは術を使えない反面、気功に関してはオージャも目を見張る才覚がある。総量ではなく、低消費で器用な扱いが戦闘時においても持久力を格段に上げている。他にも魔力も併用することで、戦闘において敵に回せば厄介な相手にもなる。
「難しいも何も、かなり簡単に教えてるだろ」
 サラが嘆くのも無理はない。
『胸と腹に気功を集中、ぐぅぅぅっと収縮させ、ボンッとさせると定着する』
 あまりにも言葉足らずの雑な説明に悩まされてる。
「頭で理解すんじゃねぇよ。感じろ。感知力高ぇならいけるいける。んじゃ、昼飯食ったら再開な」

 いくら扱いに長けてもこれではサラの成長は困難だろう。

 ◇◇◇◇◇

「……こちらも戦場馴れが必要だろうなぁ。並の魔獣相手なら渡り合える気功は備わってるし、あのままだとバーレミシアの言う感覚がいつまでたっても掴めない気がする」
「環境が安全ゆえか……」

 ウォルガも幾度となく経験した、命の危機に瀕する場とそうでない場での経験の違い。身につく感覚の相違。
 しかし、死が自らに隣接する戦場では生き残らなければ当然、感覚の理解も成長もない。

「俺からの提案なんですが、リブリオスかゼルドリアスの調査へ赴かせては」
「時期尚早ではないか。何か考えでもあるのか?」
「バゼルを頼ろうかと」

 境界の三国。そこではゼルドリアスとリブリオス両国の異質な魔力により、神域となる場所が点在している。鍛錬をするなら他国よりもそこが好ましい。
 だが、ウォルガには懸念があった。

「風の噂だが、ゼルドリアスの魔力壁が消失した事により、色々と慌ただしいそうだ。ここぞとばかりにリブリオスも何やら不穏な動きを見せているとか」
「じゃあ尚更でしょ。俺だっていつまでこうしていられるか分からない。ずっとガニシェッドにサラを匿うにしても、あのテンシが現われでもしたら打つ手無しだ」
 これ以上悩み、サラの身を案じるのは過保護と思い、ウォルガは決断した。
「十日待て。この件はワシの独断では進められん。王や宮殿の主達へ報告してからだ。それ程日はいらんだろうがな」

 理由として、幾度か国外へ赴かせる案が上がっていたからである。サラの成長を鑑みて引き延ばされたが、コレを機会に口実が立ちそうであった。


 六日後。ウォルガの予想より早く決断が下った。
 サラ、バーレミシア、ランディスは会議室に集められた。

「はぁ!? あたしあそこ嫌なんだけど! しんどいし、野獣ずる賢いからなかなか獲れないし、地形の高低差ありすぎだし」
 どうでもいいバーレミシアの独断は、オージャの「そうか、なら行け」で片付けられた。
「お前達三名はガニシェッド王国の使者として向かって貰う。堅っ苦しい聞こえだが、本国としてはいくつかの報告書を渡して貰うだけだ」
 サラは手を上げた。
「では、何をしに向かうのですか?」
「バースルという小国がリブリオスとゼルドリアスの境にある。そこにはランディスと同じ十英雄の一人がおる。向こうも一国の戦士だからな、手を貸してくれるかもしれんし、多忙ゆえにほったらかしにされるかもしれん。とりあえずは繋がりを築き、問題事の解決にあたれそうなら当たってくれ」

 今度はバーレミシアが手を上げた。

「鍛錬とか関係ねぇじゃん。あたし行く必要とかあんの?」
「喜べ、大いにあるぞ」
 バーレミシアは嫌そうな顔になる。
「意地悪ではない。向こうはゼルドリアスの魔力壁が消えた事で調査に当たる算段をとっておるそうだ。どういった事があるかは分からんが、野生の勘がやたら働く上に動けるお前は必要とされる可能性が高い。サラの感知力もなかなか使えるようになってるから必要とされる機会に恵まれるだろ」
 手を上げなかったが、ランディスが意見した。
「俺は大丈夫なんでしょうか。ゾアが現われたら危険かと」
「これは確信を持てない情報だが、あと一年は大丈夫だ」
「なぜですか?」
「お主がここへ来て以降、グルザイア王国へ情報提供を求めていた。しかし、向こうも渋っててな、ようやくある情報を開示してくれるに至った。何やら不穏な輩が現われ、ゾアを封印し、その際に告げた言葉から読み取った判断だそうだ」
「なんて言われたので?」

 返事は頭を左右に振られた。
 グルザイアは他国への協力が乏しいのは有名な話だ。そこまで教える義理はないと読み取れる。
 ただ、サラとランディスはバッシュの姿が浮かび上がり、何か口を挟んだと考えた。
(きっと陰気なメイズが悪知恵働かせたのよ)
 サラの中でカレリナが毒づく。

「……とりあえず、信じます」
「決めるのはお主だが、良いのか?」
「どうせあの男が意見したんでしょう。嘘ついて嵌めるなら、こんな方法じゃなく、個人的に動いて手を下しそうな奴だし」
 誰のことを言っているか、オージャとバーレミシアは分からなかったが、サラは目を閉じて頷いた。
「何があったかは知らんが、それならこちらは何も言わん。お主達三人の働きに期待するよ」

 話は纏まり、二日後に三人はバースルへと向かった。
 陸路ではなく大湖を渡るので、リブリオスの大湖に設けられた港を経由し、陸路でバースルへの旅路である。日数にしておよそ十日。
 新たな地へ、緊張と興奮が沸くサラは、楽しみで仕方なかった。

 しかし災禍の前兆は確実に動いていた。


 サラ達が大湖を渡り始めた頃、境界の三国の一国、ミゴウが消滅し、ギネドも半壊した。
 さらにバルブラインではゾグマが異常発生し、あちこちで地震が相次いで起きていた。

 事態は静かに悪化の一途を辿っていた。
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