烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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四章 流れに狂いが生じ

Ⅵ 大きな流れの変化

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 白い服の化け物の奇声で変貌を遂げた者、総勢十八名。日暮れ前にすべて討伐された。
 被害は死者十二名、重傷者四十七名(内、兵士・術師十四名)。
 家屋全壊三棟、半壊多数であった。

 突然の凄まじい力を持つ化け物への変貌と暴走。後に起こるとされるゾアの災禍も踏まえると、この異常事態は必然的に”前兆”と思われた。
 白い服の化け物が起こした惨事以降、不思議と住民の半透明現象は消えた。
 ランディスはルーティアと面会を果たすと、自らが今まで起きた経緯とこの惨事の原因となる白い服の化け物について説明した。

「では、そちらの御仁。貴方はその化け物を存じているのですね」
 説明する約束を交わした黒いローブ姿の男は、ルーティアに意見を求められる。
「アレは本来、此度より先の未来で現われる災害だ」
 謁見の場は騒然となる。
「お主何者だ!」
 その質問は当然であり、中には剣の柄に手をかける者、術を構える者がいる。しかし、黒いローブ姿の男が右手を頭上で一周振るうと、ルーティアとランディス以外は動かなくなった。

「この場は国王の御前と弁え、女王には欠片ほども力を加えん。だが、何かしようものならこちらも対応を変える事をお忘れ無く」
 人外の脅威。
 人間では対処出来ない存在。
 ルーティアの脳裏にルバートを前にした時の事が思い出される。あの時よりさらに驚異の力なら、危害を加えてはならない。
 ランディスは警戒し、距離をとった。

「お前、何を企んでる」
「貴様もしずまれ。何もしなければこちらは何もしない。話をしたいからしているだけだ。不満があるならこれで帰るが」
「お待ちなさい!」
 ルーティアは黒いローブ姿の男を呼び止めると、続けてランディスへ警戒を解くように命令する。
「話を戻します。貴方は何者ですか?」
「それは言えない。黙秘の意思でも脅されてもおらん。口にすれば此度より面倒な災難が起きるからだ」
「白い服を纏った化け物の仲間か?」
「別物。だが脅威の存在という点は同じ。分かりやすく言うなら……この災難を十倍に悪化させることが可能だ」

 身体が動かなくても、さらに周囲が騒然となる。
 ルーティアは周りを制止した。

「以前、我が国が凍り付けする被害があった。貴方は何か関係があるか?」
「アレはこの国の問題だ。詳細は言えないが、バリオット、とだけ言っておく。後はお前達人間が考える事だ」
 バリオット。レイデル王国の地下深くに突き刺さった聖剣、と言い伝えられてる王家の証。それを扱えるのは国王のみである。

「では次だ」
「悪いが次で最後にしてもらおう。そろそろ時間だ」
 言うと、肘まで消えた左腕を上げた。
「本意ではなく長居出来ないだけだ。消えた後、探せば世界のどこかにいる」
 追求の時間を省き、ルーティアは質問を絞った。

「では最後だ。白い服の化け物の詳細、対策する術を知りたい。再度意図せず現われれば国が滅ぶ」
「奴の名は“テンシ”。しかし人間が知る神の使いではない。”魔獣を作る災害”とでも言えば、此度の事態通りだから分かるだろ。倒す手段は多くある、が、入手は困難極まるものばかり。古の力と銘打たれた武具や力を知っているだろ?」
 世界各国に存在する、遙か昔の民が拵えた叡智の結晶。レイデル王国にもいくつか存在する。
「これより幾度か、人知を超える災害が起こるだろう。それら全ては来るゾアの災禍の前兆だ。しかし此度のテンシは少し事情が違うようだ。何かが起きているのだろうがそれはこちらで対処する。人間は自分達の事だけを考えろ。次に備えるとあらば、力を手にし、どう活かすかを思考しろ」

 次第に黒いローブ姿の男が足下から消え出す。もう、胸部まで消えている。

「最後に! 貴方は人間の味方か?」
 最後の質問は、短く「さあな」と返されて消えた。
 味方にも敵にもなり得る存在。
 黒いローブ姿の男が消えると、周囲の者達も動けるようになる。そしてざわつきが再び起きた。

 ◇◇◇◇◇

 レイデル王国から姿を消した黒いローブ姿の男はどこかの森に現われた。そこがまだレイデル王国内であり、ミルシェビス王国との国境付近だと、男は自然界の魔力を感じて判った。
 傍の大樹の根に腰かけ静かに念じた。

(あら、貴方から声をかけてくださるなんて珍しい)
 相手は大精霊である。
(見ていただろ。なぜテンシが現われる?)
(わたくしに聞かれても確かな答えはなくてよ。大きな流れではテンシの現われ時なのかもしれないわね)
(アレが今現われると時期が狂ってしまうぞ。何が起きてるんだ)
(さあね。けど確かなことは、大きな流れにも変化が起きているということ。貴方も調整役ではなく参加者になりつつある。いえ、近々そうなるのでしょうね)

 真剣味がなく他人事な返事。
 黒いローブ姿の男は神妙になり返事に間が空いた。

(……怒ってるの?)
(傍観者は暢気でいいな。事が事だけに原因を考えていただけだ。つまり、最終の【権利争奪戦】が始まったとみていいのか?)
(思いたければご自由に。わたくしはどう転んでもこのままですから)
(役者に特別な者はいないはずだが、なぜこのような事態になった)
(あら、おかしな事をお言いになるのね。役者の頭数は決まっても個々が変化しているのよ。それにまだ姿も隠している者も。七国の在り方、ガーディアン、現地人、そして貴方達、すべてが少しずつ変化している。唯一不変なわたくしはそのままですけどね。小魚も集まって泳げば大きな波を起こし、大きなうねりを生じさせるのよ。もう、貴方も動き出さなければならない時期になったのでは?)

 他人事で返すいつもの性格が、僅かながら苛つかせる。しかし何を言っても意味がないのもいつものこと。嫌なら念話を解けば良いだけだ。大精霊からは繋げないから。

(最後だ。現時点で優勢なのはどいつだ)
(どうかしらね。無限は別路線を独走中ですから測りかねますわ。貴方達も力の分け与えやら、隠し持ってるものが多すぎるじゃない。何をどうしたいか……複雑過ぎてこちらも測りかねますわね。その点で見れば、無限が優勢ではないかしら? 自らが敷いたガーディアンの法則。初めは大損のような法則でしたけど、ここへきて、あちらに有利に働きつつある。まあ、本腰を入れて動けるまで、約一年はかかりますけど)

 黒いローブ姿の男は黙って考えた。

(もしかして、ゾアを封じた事を後悔してます?)
(いちいちこちらの腹の内を読むな)
(ごめんなさいね。ですけど、貴方の選択は正しいですわよ)
(どういうことだ)
(ゾアが封じられたことで時の狂渦に関する人間が動いてますわ。これから先、時の狂渦が動きを見せる時期に入ると思われますの。わたくしの予想ですけどね。あれほどのものが動くのでしたら、それぞれの運命が大きく変化して動き出しますわね。力任せの放浪者を野放しにするよりは、無限に勝る筋道が見えるはずよ)

 大精霊の言葉はすべてを見通していると印象を受けた。

(本当は結末が見えているのではないのか?)
(それが無理なのは貴方も御存知でしょ)
 黒いローブ姿の男は話を終え、大精霊との念話を切った。
 次に動くべき所を何処にするか悩むと、一つの国が思いつく。
「……バルブラインか」
 呟くと、歩を進め、霧に消えるように姿を消した。


 黒いローブ姿の男との念話を一方的に絶たれた大精霊は、やや拗ねていた。
「もう。もうちょっとお話ししても宜しいのに」

 浮遊して湖の中央まで辿り着くと、そっと水面に指先を付けて浮いて止まる。
 水面が指に触れた所から波紋が静かに広がり、その後に星のような光りがあちこちに現われた。

「ふふふ。面白くなってきましたわね」
 所々に見られる赤い光点のうち、二つが輝きを増した。
「”災禍の悪魔を倒す”のが先か、”神の力を勝ち取る”のが先か。無限お馬鹿さんの法則を押し通したいがために始まった前回からの世界を手にする争奪戦。”四十四番目”は特権を行使するまで無事なら、無限の優勢は劣勢に大きく傾く。……けど、最終で誰が生き残るのかしらね。”あちら”はそれが重要ですもの」

 未来はまだはっきりと見えない。しかし、世界の異変の発端を唯一知る大精霊は、胸をときめかせて喜んでいた。
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