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四章 流れに狂いが生じ

Ⅴ 最悪の決断

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 奇声と共に白い服の化け物の両手から緑色の魔力が放たれた。標的はランディスとサラへ。
 あまりにも強く異質すぎ、魔力の知識が常人並の二人には力の本質が見抜けない。ただ、無我夢中で魔力や気功の壁を作り防御に徹するしか出来なかった。

 サラは修行の成果もあり、以前よりは強力な魔力壁を張れるようにはなっている。しかし今はその成果もささやかな抵抗でしかない。現状で堪えられているのはランディスの力あってである。
 ランディスは気功を剣に籠めて壁を張り攻撃を防いでいる。
 二人の混ざる力で壁を張り緑色の力に対抗するも、やがてサラの魔力が弱まり、ランディスの気功壁の後方へと下がった。
 化け物とランディス、両者のせめぎ合う力を見てサラとカレリナに疑問が生じた。
 双方の力の本質が気功でも魔力でも、ゾグマでも神力でもなく、まったくの未知の力であったのだ。

「ランディスさんその力は!?」
「知らん! 気功しか使ってないぞ!」
 ランディスは力の違いに気を取れる余裕はない。ただ必死に気功を止めないと集中している。
「ゾアの影響だろ!」
 簡単に答えを見出すが確証はない。どうあれ現状では救いであった。

 長く放出された化け物の力も弱まり、やがて消えた。
 力を抜き、息切れするランディスとサラは、白い服の化け物の顔がまたも変貌した様を見た。
 やや陰りのある、目を見開いた、怨霊さながらの不気味な形相。
 怖れを抱く二人を余所に、化け物はゆっくりと大きく呼吸し始めた。

 次の攻撃が来るのだと想像がつく。
 この隙に攻めるか逃げるかしなければならない。
 意識では行動の選択しを明確にしているが、サラの身体はまだ上手く動かせず、気功を緩めたランディスは次第に全身の力が抜けたように立てなくなった。

「ランディスさん!」
 視界が眩むランディスの意識が朦朧となる。気を失わないで保たれているが、あの攻撃が放たれれば確実に防ぐことは出来ない。
 サラは傍へ寄ってランディスの背に手を当て、治癒術を使用するも効果を発揮しなかった。それは、治癒する所が一つもないからである。
「嘘……どうして……っ!」
 白い服の化け物へ目を向けると、両手を再度二人へ向けていた。
 焦り、恐怖するも、サラは魔力壁を張り、全力を籠めて構えた。

(お願い、防いで!)
 強く懇願する。
 化け物はサラの渾身の魔力壁を見ても退かない。むしろ先ほどよりも強く力を籠めだした。貫き通せる自信があるのだろう、その証明のように不気味な笑みを浮かべ勝利を確信している様子であった。
 相手の優勢を悟ってしまったサラは、緑色の力が放たれると目を閉じて防壁へ意識を集中した。

「前を見ろ」
 男の声がした。ランディスではないが、どこかで聞いた事のある声が。

 サラが目を開けると自分の魔力壁がいつの間にか消え、代わりに黒いローブ姿の男が立ちはだかって緑色の力を片手で防いでいた。
 男は一切圧されることなく平然と耐えている。よく見ると力を吸収していた。
 一頻りの力が放出されると、またも白い服の化け物は怨霊さながらの形相となる。だが、今回は何かに警戒しているように後退る。
「威力が低い? ……まあいい」
 黒いローブ姿の男は、緑色の力を固めたような球体を出現させると、白い服の化け物のほうへ向けた。間もなく、大砲のように球体が放たれ、化け物へ命中すると木っ端微塵に砕け散った。

「……す……ごい」
 サラは圧巻して腰を抜かした。一方のランディスも意識が安定し、周囲を見渡せるまで回復した。
「今のは……」

 男の攻撃に気を取られるのも束の間、白い服の化け物により変貌を遂げた人間達が暴れ回る姿を二人は目にした。
 その暴走ぶりは獰猛な魔獣の如く、周囲のあらゆるモノを殴る、引っ掻く、握り潰し、持ち上げたモノを振り回しての破壊と、手がつけられない有様だ。
「あいつらを戻さないと!」
 ランディスは立ち上がり止めに向かおうとするも、「待て」と一言告げた黒いローブ姿の男が肩に手を乗せて止めた。それは呼び止めではなく、身体を自分の意思で動かせない硬直状態にされた。

「誰、だ?!」
「話は後だ。あれらはもう戻らん。止めたいなら殺すしかない」
「冗談言うな! 急に化け物にされて、止める術が殺すだけなんて理不尽があるか!」
「残念だが、変貌した連中は不運としか言うほかない。見ろ」

 示された方向には、駆けつけた兵や術師達が応戦している姿があった。
 周囲の住民達が元の人間だった頃の話を告げたためか、立ち向かう者達は防戦と避難を強いられる。

「ダメだ! ゾグマが濃すぎる!」
「人間では無くなってるぞ!」
 調べた術師達が相次いで叫ぶ。そこから、止めようとする叫び、戻してと懇願する叫びが上がる。
 凄惨で残酷な光景を前に黒いローブ姿の男は告げた。
「このままだと奴らは国のモノを殺した凶悪魔獣として扱われるだろう。殺すことがせめてもの弔いだ」
 もう、方法はそれしかない。

 住民女性の悲鳴が上がる。
 見ると、数名の兵が一体の巨大化け物を倒した。それは、女性の旦那だったのだろう、何度も名前を呼ぶ声が響く。
「これ以上町の者を殺させるな! 被害を出さずに仕留めろ!」
 隊長と思しき兵が叫んで告げた。その意図を理解した兵達は、苦悩しながらも従う。
 理解出来ない住民達は、叫んで理由を求めに罹るが、駆けつけた術師や兵達に諭されて泣き崩れる。

 ”化け物となった者を罪人にさせない。殺すことで身内殺しにさせない決断”であった。

「……おい」
 渋々受け入れたランディスは黒いローブ姿の男に告げる。
「後で話を聞かせろ。このまま逃げるなよ」
「いいだろう」
 駆けるランディスを見送ると、黒いローブ姿の男はサラの方を向いてしゃがむ。

 サラは顔が間近にあるのに、影か靄のようなものが顔にかかり、口元がうっすら見える奇妙さに怯んだ。

「……なんですか」
「コレはお前に預ける。追々役立つだろうからな」
 やはり聞いた事のある声。しかし誰かがまだ分からない。こんなに近くで聞いているのに。

 黒いローブ姿の男はサラの額に右手人差し指と中指を当てた。すると、何かが身体に入ったと感じたサラは、間もなく意識を失った。

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