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四章 流れに狂いが生じ
Ⅰ 目覚める英雄
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春の温暖な気候が終わり、やや暑くなりだした頃。
ガニシェッド王国、四の宮殿の主・ウォルガ=ビートと、七の宮殿の主・若々しく見える老婆のオージャ=ミドフルはレイデル王国の応接室にて、女王ルーティア、アンセン、二名の騎士団長と話合いをしていた。
昨今あちこちで起きる異常事態とガニシェッド王国の現状、サラの状態についてである。
「バルブラインの魔力壁は原因不明のままだが、ミルシェビス王国へ送った使者の報せでは、少々厄介な禁術が起きている」
使者はザイル、ビンセント、ルバート。謎解明役と報告役を担っている。
オージャは一呼吸吐くと同時に呟く、「禁術とは厄介な」
禁術の知識はガニシェッド王国随一だ。その者が続けて嘆いた。
「バルブライン全土を覆う程のものは、消えたとてどこぞで燻り新たな暴走を起こしかねんと、使用者は知ってるのか」
「そこまで厄介なもので?」ルーティアが訊いた。
「現に見んことには詳しく言えんが、本来の禁術は主軸となる生け贄がありますので」
「生け贄?」
「荒れた魔力を纏う人間を指すんだが、その魔力を使用するなど現代の文明では不可能だからな。そして荒れた魔力を纏う間は殆ど何も出来ん。人間として生活できんからね」
だから生け贄と呼ばれるのだと皆は納得した。
オージャの言葉は、例え王が相手でも敬語が少ない。本人は歳のせいだと豪語するが、直す気がないだけでもある。
ウォルガはレイアードの事と関連があるか気になった。
「オージャよ、その禁術とやらは、レイアードの呪いと関係しているか?」
場所が違う。さらにレイアードは生まれ持っての呪い所持者。無関係だと心構えはあった。しかし。
「何とも言えん」
即否定はされなかった。
「どういう意味かな?」アンセンが訊いた。
「バルブラインの禁術は大がかりゆえに準備まで時間をかなり要する。それも十年単位かもっと前か」
「そんな前から禁術の計画を?!」
「自然現象として起きたのでは? 呪いのような魔力の暴走として」
騎士団長たちが驚きと質問を交わす。
「自然現象は無理だ。自然界に流れる魔力は強弱はあれ均衡を整える作用が働く。いくら呪いが燻ろうとも、魔女の塔のような事にもならん。人為的なものだ」
「では、魔女の塔は人為的に建ったのか?」
アンセンは俄に信じ切れない思いである。
「ゾグマ溜まり、あれは人間の念が強いからな。自然の調整が働く前に暴走したか、誰かの思惑か。そちらも詳細は不明だが、あたしの知識では魔女の塔は自然には建たんよ、絶対な」
とはいえ、今は半信半疑でしかない。確実な証明がないからである。
オージャはレイアードの呪いに関する説明を続けた。
「話を戻すが、バルブラインの禁術は力の根幹を見ておらんゆえに断言は出来んが、多く内在してあった呪いやゾグマが原因だ。でなければあそこまで大がかりなものを突然は起こせんよ。そしてレイアードの呪い、無関係と言い切れんのは、あやつの出生時期と禁術を始めた時期が同じと仮定すれば辻褄が合う。何かの研究でレイアードは呪い付きになったとな」
だが疑問は残る。
レイアードを柱に閉じ込めた人物の話では、時期が来るまで今の世界には居てはならないと告げた。解放時期がゾアの災禍だとするなら、呪いをその時に必要とするからだろう。
昨今の異変がゾアの災禍の前触れだとするなら、バルブラインの禁術もそれに関係している節が見受けられる。しかし十数年の準備期間を考えるなら、そんな前からゾアの災禍を予見していたということになる。
黒いローブ姿の男性、バルブラインの禁術、レイアードの呪い、ゾアの災禍。
何処まで繋がりがあるのか分からず、皆が頭を痛めた。
アンセンはレイデル王国の異変を口にした。
「先の我が国での凍結現象もそうですが」
レイデル王国側の人間は、誰もが凍結していた自覚も記憶も無い。だから、凍結現象と口にしてはいるがピンときていなかった。
「ゾアの災禍が間近に迫るのは恐ろしいものです。ガーディアン様の出現は我々人間側の救いになるのなら、一所に集めたいところなのだが」
未だにレイデル王国にはガーディアンが一人もいない。二度、サラがオージャに連れられてルーティアにお目通りしたぐらいである。
アンセンはオージャを見た。
「サラは術師として成長しましたか?」
ガニシェッド王国の宮殿の主の位が上なのでアンセンは敬語である。
「ああ。来た当初よりはよく動くようになった。感知の才を磨いてはおるが、出来不出来にムラがありすぎてなぁ。近々あたしの身内と実戦して色々試すところだ」
「手練れの術師で?」
オージャは怪訝な顔になり軽く手を振った。
「はしたない野生児みたいな奴だ。腕は確かだからそこは問題ない。が、躾の一環も兼ねて使うんだ」
一体、どんな人物なのかが気になる。
◇◇◇◇◇◇
同日。グルザイア王国城内の片隅にある、元は小さな倉庫であった場所でベッドに寝かされていたランディスが目を覚ました。
起き上がるには酷い筋肉痛が全身を駆け巡り、しばらくベッドに大の字で寝転がった。
「……どこだここ?」
部屋は微かにかび臭く、石壁と石畳の床にはシミが目立ち、やや冷ややか。まるで牢屋にそこそこ質の良いベッドを設けたような部屋。
気分が暗くなりそうな部屋だが、せめてもの救いは木枠のガラス窓があることだ。鉄格子ならいよいよ牢屋だと思えるが、その窓を見るからにそうとは思えない。さらに差し込む陽光が心地を保ってくれる。
ランディスは最後の記憶を思い出すと、どこかの山岳でゾアと呼ばれる禍々しい存在に身体をのっとられた所だった。身体を自分の意思で動かせず、強力な魔力に抑えられて衝撃を受けた所まで。あとはどうなったか分からない。
「おい、いるんだろゾア」
呼ぶも返事はない。
周囲の空気も魔力も変化がなく、長閑な雰囲気は変わらない。
「……くそ、どうなってんだよ」
今、何がどうなっているか分からない。もどかしく苛立ちながらも、ランディスは身体の痛みが治まるまで寝るしかなかった。
およそ一時間して部屋の扉が開いた。
「お目覚めですね」
服装を見るからに、グルザイアの術師だとランディスは分かった。
「誰だあんた」
何かをされる。身構えるも、身体を動かすことが困難であった。
「ご心配なく、私はここで世話になっている、この世界で言うところのガーディアンです」
バッシュは敢えて名前を伏せた。理由はない気まぐれであった。
ランディスの傍まで歩みよると、全身をゆっくり流し見た。
「何をする気だ」
「何も。ある方から頼まれて貴方を保護しているだけなので。それより腹は減りましたか? 喉の渇きは?」
心配されるも、怪しさがまるで払拭されない。
ランディスが返答せず目を逸らすと、バッシュはややしんどそうな目になり小さく息をついた。
「友好関係を結ぶ気はさらさら御座いません。貴方の保護とはいえ、こちらもあまり気乗りしませんから。逃亡扱いと致しますので出て行ってくれて構いませんが、腹ごしらえは必要でしょう。武器などは御座いませんが、僅かばかりの金銭はお渡しします。その辺で必要物資を買い、好きにしていただければ」
まったく自分をどうにかする気がないのは分かった。嘘を吐いている様子は感じられない。
余程腕に自信があるのか、部屋の外にも警備の兵などがいないと気配で分かる。
どういう訳か、ランディスの感知力が異様に高まっていた。
「おい、お前何が目的だ。俺が暴れて襲われるとか予想しないのか」
「その体たらくで何を」
恥ずかしながら言い返せない。
「貴方が目覚めた気配を感じ取り、所用を済ませて様子見をしにきたまでのこと。ゾアの気にあてられたなら、動きづらいであろうと想定してましたが案の定。まあ、私の見立てではもうしばらくすれば歩くには耐えれるほどに治まるでしょう」
「ゾアを知ってるなら教えろ。何がどうなって、俺はどうしてこんな所にいる」
説明をどうするかバッシュは悩んだ。これを余計な事だと思われ、ロゼットに睨まれるのも嫌だったが、向こうはゾアを嫌うのだから、ランディスの行動次第では言い訳がいくらでも立てられると踏んだ。
バッシュはエレネアの研究所で起きた事、七国の知りうる限りの現状を話した。
まずランディスが驚いたのは、自分が気を失ってからかなり月日が経っている所である。
「そこですか」
ついついバッシュは意見を零した。
「じゃあ、俺は一時的にゾアの支配が解けたってことか?」
「そのようですね。貴方が目覚めても、彼の異質な気配も魔力も消えたままです。貴方自身にも特殊な魔力を感じますが……。魔力の扱いはいかほどで?」
気功はある程度扱えるが、魔力は感じる程度しか出来ないと返される。
”もしランディスを鍛えるなら”と想像したバッシュだったが、魔力を扱えるようになったとしてもその頃にはゾアが目覚めかねない。さらに、バッシュは数日後にはバルブラインへ赴く予定がある。
ランディスを成長させる計画は静かに崩れた。
身体の痛みがかなり緩和され、ランディスは起き上がった。
「まだ痛みますか?」
「問題ない。先生の特訓で何度も経験した筋肉痛程度だ。心地よくすらあるぞ」
「……変態さんでしたか」
ぼそりと言い返すと、「違うわ!」と強めに返された。
「とりあえず食事は用意致します。上の者と相談し、貴方の身の振りを考えさせて頂きますので」
「逃げても良いんじゃなかったのか?」
「気が変わりました。逃がすにしても目的地ぐらい決めさせてください。なに、悪いようにはしませんので余計な詮索は致しませんように」
準備ができ次第兵が報告しに来ると説明し、バッシュは出て行った。
ランディスは兵が来るまでベッドに倒れた。やせ我慢していたが、かなりの空腹で長距離は歩けないからだ。
(……あ、さっきの変人の名前聞き忘れた)
すでにバッシュは変人扱いとなっている。
王の作業部屋にて、王代理のマゼトは事務作業に取りかかっていた。
「マゼト様、宜しいですか?」
入室したバッシュは一目でマゼトの苦労を察した。
目元に疲労の色が見えるマゼトは、一時休憩とばかりに作業の手を止めて椅子に深く腰かけた。やや浅黒く肌が日に焼けたのは、外回りを献身的に励んだ証拠である。
「またご無理をなさいましたね」
「国内各地でも魔力の異常事態が起きているから仕方ないさ。兄様なら、もっと皆を動かす王命を下すのだろうけど、今の私ではそこまで知恵が回らない」
「雑務が多すぎなのですよ。知恵を使う前に作業順序を考えるだけで頭がいっぱいでは? 私にも経験がありますが、知恵は回りません。マゼト様も十分凄い御方でございますよ」
労われ、微笑んで安堵すると本題へ移った。
「それで? 何のようだ」
「ランディス殿がお目覚めになられました。私個人の勝手な判断ですが、食事の用意をさせてます。極度の空腹は目に見えてましたので」
「構わん。ガーディアンは丁重にもてなさねばならんからな。それで、あの者は我が国の為に使えそうか?」
静かにバッシュは頭を振る。
落胆の様子を表面に出さないマゼトだが、静かに大きめの溜息が漏れる。
「彼の実力もそうですが、内在しているのがゾアです。いざと言う時であれ、放浪されては役に立つどころかこちらが危機に陥ります。それを踏まえての判断です」
「では、ゾアが目覚めるまで保護、かぁ。ロゼットが苛立つ様子が目に浮かぶよ」
「同じご意見です。そこで私めに妙案が御座います。それにより、いくつかお願い事も」
マゼトはバッシュの案を聞いた。
ガニシェッド王国、四の宮殿の主・ウォルガ=ビートと、七の宮殿の主・若々しく見える老婆のオージャ=ミドフルはレイデル王国の応接室にて、女王ルーティア、アンセン、二名の騎士団長と話合いをしていた。
昨今あちこちで起きる異常事態とガニシェッド王国の現状、サラの状態についてである。
「バルブラインの魔力壁は原因不明のままだが、ミルシェビス王国へ送った使者の報せでは、少々厄介な禁術が起きている」
使者はザイル、ビンセント、ルバート。謎解明役と報告役を担っている。
オージャは一呼吸吐くと同時に呟く、「禁術とは厄介な」
禁術の知識はガニシェッド王国随一だ。その者が続けて嘆いた。
「バルブライン全土を覆う程のものは、消えたとてどこぞで燻り新たな暴走を起こしかねんと、使用者は知ってるのか」
「そこまで厄介なもので?」ルーティアが訊いた。
「現に見んことには詳しく言えんが、本来の禁術は主軸となる生け贄がありますので」
「生け贄?」
「荒れた魔力を纏う人間を指すんだが、その魔力を使用するなど現代の文明では不可能だからな。そして荒れた魔力を纏う間は殆ど何も出来ん。人間として生活できんからね」
だから生け贄と呼ばれるのだと皆は納得した。
オージャの言葉は、例え王が相手でも敬語が少ない。本人は歳のせいだと豪語するが、直す気がないだけでもある。
ウォルガはレイアードの事と関連があるか気になった。
「オージャよ、その禁術とやらは、レイアードの呪いと関係しているか?」
場所が違う。さらにレイアードは生まれ持っての呪い所持者。無関係だと心構えはあった。しかし。
「何とも言えん」
即否定はされなかった。
「どういう意味かな?」アンセンが訊いた。
「バルブラインの禁術は大がかりゆえに準備まで時間をかなり要する。それも十年単位かもっと前か」
「そんな前から禁術の計画を?!」
「自然現象として起きたのでは? 呪いのような魔力の暴走として」
騎士団長たちが驚きと質問を交わす。
「自然現象は無理だ。自然界に流れる魔力は強弱はあれ均衡を整える作用が働く。いくら呪いが燻ろうとも、魔女の塔のような事にもならん。人為的なものだ」
「では、魔女の塔は人為的に建ったのか?」
アンセンは俄に信じ切れない思いである。
「ゾグマ溜まり、あれは人間の念が強いからな。自然の調整が働く前に暴走したか、誰かの思惑か。そちらも詳細は不明だが、あたしの知識では魔女の塔は自然には建たんよ、絶対な」
とはいえ、今は半信半疑でしかない。確実な証明がないからである。
オージャはレイアードの呪いに関する説明を続けた。
「話を戻すが、バルブラインの禁術は力の根幹を見ておらんゆえに断言は出来んが、多く内在してあった呪いやゾグマが原因だ。でなければあそこまで大がかりなものを突然は起こせんよ。そしてレイアードの呪い、無関係と言い切れんのは、あやつの出生時期と禁術を始めた時期が同じと仮定すれば辻褄が合う。何かの研究でレイアードは呪い付きになったとな」
だが疑問は残る。
レイアードを柱に閉じ込めた人物の話では、時期が来るまで今の世界には居てはならないと告げた。解放時期がゾアの災禍だとするなら、呪いをその時に必要とするからだろう。
昨今の異変がゾアの災禍の前触れだとするなら、バルブラインの禁術もそれに関係している節が見受けられる。しかし十数年の準備期間を考えるなら、そんな前からゾアの災禍を予見していたということになる。
黒いローブ姿の男性、バルブラインの禁術、レイアードの呪い、ゾアの災禍。
何処まで繋がりがあるのか分からず、皆が頭を痛めた。
アンセンはレイデル王国の異変を口にした。
「先の我が国での凍結現象もそうですが」
レイデル王国側の人間は、誰もが凍結していた自覚も記憶も無い。だから、凍結現象と口にしてはいるがピンときていなかった。
「ゾアの災禍が間近に迫るのは恐ろしいものです。ガーディアン様の出現は我々人間側の救いになるのなら、一所に集めたいところなのだが」
未だにレイデル王国にはガーディアンが一人もいない。二度、サラがオージャに連れられてルーティアにお目通りしたぐらいである。
アンセンはオージャを見た。
「サラは術師として成長しましたか?」
ガニシェッド王国の宮殿の主の位が上なのでアンセンは敬語である。
「ああ。来た当初よりはよく動くようになった。感知の才を磨いてはおるが、出来不出来にムラがありすぎてなぁ。近々あたしの身内と実戦して色々試すところだ」
「手練れの術師で?」
オージャは怪訝な顔になり軽く手を振った。
「はしたない野生児みたいな奴だ。腕は確かだからそこは問題ない。が、躾の一環も兼ねて使うんだ」
一体、どんな人物なのかが気になる。
◇◇◇◇◇◇
同日。グルザイア王国城内の片隅にある、元は小さな倉庫であった場所でベッドに寝かされていたランディスが目を覚ました。
起き上がるには酷い筋肉痛が全身を駆け巡り、しばらくベッドに大の字で寝転がった。
「……どこだここ?」
部屋は微かにかび臭く、石壁と石畳の床にはシミが目立ち、やや冷ややか。まるで牢屋にそこそこ質の良いベッドを設けたような部屋。
気分が暗くなりそうな部屋だが、せめてもの救いは木枠のガラス窓があることだ。鉄格子ならいよいよ牢屋だと思えるが、その窓を見るからにそうとは思えない。さらに差し込む陽光が心地を保ってくれる。
ランディスは最後の記憶を思い出すと、どこかの山岳でゾアと呼ばれる禍々しい存在に身体をのっとられた所だった。身体を自分の意思で動かせず、強力な魔力に抑えられて衝撃を受けた所まで。あとはどうなったか分からない。
「おい、いるんだろゾア」
呼ぶも返事はない。
周囲の空気も魔力も変化がなく、長閑な雰囲気は変わらない。
「……くそ、どうなってんだよ」
今、何がどうなっているか分からない。もどかしく苛立ちながらも、ランディスは身体の痛みが治まるまで寝るしかなかった。
およそ一時間して部屋の扉が開いた。
「お目覚めですね」
服装を見るからに、グルザイアの術師だとランディスは分かった。
「誰だあんた」
何かをされる。身構えるも、身体を動かすことが困難であった。
「ご心配なく、私はここで世話になっている、この世界で言うところのガーディアンです」
バッシュは敢えて名前を伏せた。理由はない気まぐれであった。
ランディスの傍まで歩みよると、全身をゆっくり流し見た。
「何をする気だ」
「何も。ある方から頼まれて貴方を保護しているだけなので。それより腹は減りましたか? 喉の渇きは?」
心配されるも、怪しさがまるで払拭されない。
ランディスが返答せず目を逸らすと、バッシュはややしんどそうな目になり小さく息をついた。
「友好関係を結ぶ気はさらさら御座いません。貴方の保護とはいえ、こちらもあまり気乗りしませんから。逃亡扱いと致しますので出て行ってくれて構いませんが、腹ごしらえは必要でしょう。武器などは御座いませんが、僅かばかりの金銭はお渡しします。その辺で必要物資を買い、好きにしていただければ」
まったく自分をどうにかする気がないのは分かった。嘘を吐いている様子は感じられない。
余程腕に自信があるのか、部屋の外にも警備の兵などがいないと気配で分かる。
どういう訳か、ランディスの感知力が異様に高まっていた。
「おい、お前何が目的だ。俺が暴れて襲われるとか予想しないのか」
「その体たらくで何を」
恥ずかしながら言い返せない。
「貴方が目覚めた気配を感じ取り、所用を済ませて様子見をしにきたまでのこと。ゾアの気にあてられたなら、動きづらいであろうと想定してましたが案の定。まあ、私の見立てではもうしばらくすれば歩くには耐えれるほどに治まるでしょう」
「ゾアを知ってるなら教えろ。何がどうなって、俺はどうしてこんな所にいる」
説明をどうするかバッシュは悩んだ。これを余計な事だと思われ、ロゼットに睨まれるのも嫌だったが、向こうはゾアを嫌うのだから、ランディスの行動次第では言い訳がいくらでも立てられると踏んだ。
バッシュはエレネアの研究所で起きた事、七国の知りうる限りの現状を話した。
まずランディスが驚いたのは、自分が気を失ってからかなり月日が経っている所である。
「そこですか」
ついついバッシュは意見を零した。
「じゃあ、俺は一時的にゾアの支配が解けたってことか?」
「そのようですね。貴方が目覚めても、彼の異質な気配も魔力も消えたままです。貴方自身にも特殊な魔力を感じますが……。魔力の扱いはいかほどで?」
気功はある程度扱えるが、魔力は感じる程度しか出来ないと返される。
”もしランディスを鍛えるなら”と想像したバッシュだったが、魔力を扱えるようになったとしてもその頃にはゾアが目覚めかねない。さらに、バッシュは数日後にはバルブラインへ赴く予定がある。
ランディスを成長させる計画は静かに崩れた。
身体の痛みがかなり緩和され、ランディスは起き上がった。
「まだ痛みますか?」
「問題ない。先生の特訓で何度も経験した筋肉痛程度だ。心地よくすらあるぞ」
「……変態さんでしたか」
ぼそりと言い返すと、「違うわ!」と強めに返された。
「とりあえず食事は用意致します。上の者と相談し、貴方の身の振りを考えさせて頂きますので」
「逃げても良いんじゃなかったのか?」
「気が変わりました。逃がすにしても目的地ぐらい決めさせてください。なに、悪いようにはしませんので余計な詮索は致しませんように」
準備ができ次第兵が報告しに来ると説明し、バッシュは出て行った。
ランディスは兵が来るまでベッドに倒れた。やせ我慢していたが、かなりの空腹で長距離は歩けないからだ。
(……あ、さっきの変人の名前聞き忘れた)
すでにバッシュは変人扱いとなっている。
王の作業部屋にて、王代理のマゼトは事務作業に取りかかっていた。
「マゼト様、宜しいですか?」
入室したバッシュは一目でマゼトの苦労を察した。
目元に疲労の色が見えるマゼトは、一時休憩とばかりに作業の手を止めて椅子に深く腰かけた。やや浅黒く肌が日に焼けたのは、外回りを献身的に励んだ証拠である。
「またご無理をなさいましたね」
「国内各地でも魔力の異常事態が起きているから仕方ないさ。兄様なら、もっと皆を動かす王命を下すのだろうけど、今の私ではそこまで知恵が回らない」
「雑務が多すぎなのですよ。知恵を使う前に作業順序を考えるだけで頭がいっぱいでは? 私にも経験がありますが、知恵は回りません。マゼト様も十分凄い御方でございますよ」
労われ、微笑んで安堵すると本題へ移った。
「それで? 何のようだ」
「ランディス殿がお目覚めになられました。私個人の勝手な判断ですが、食事の用意をさせてます。極度の空腹は目に見えてましたので」
「構わん。ガーディアンは丁重にもてなさねばならんからな。それで、あの者は我が国の為に使えそうか?」
静かにバッシュは頭を振る。
落胆の様子を表面に出さないマゼトだが、静かに大きめの溜息が漏れる。
「彼の実力もそうですが、内在しているのがゾアです。いざと言う時であれ、放浪されては役に立つどころかこちらが危機に陥ります。それを踏まえての判断です」
「では、ゾアが目覚めるまで保護、かぁ。ロゼットが苛立つ様子が目に浮かぶよ」
「同じご意見です。そこで私めに妙案が御座います。それにより、いくつかお願い事も」
マゼトはバッシュの案を聞いた。
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「学園では、そこそこな悪評を広めて、勘当を確実なものにし、クロスフォード家の三男なんて辞めてやるっ!!フハハハハハッ!!!」
自室のバルコニーから月に向けて、明日からの意気込みを語り、高笑うのであった。
しかしながら、そう上手くはいかないのが世の常である。
物語が進むにつれ、明らかとなるアインの凄惨な過去。
目まぐるしく変化する周囲の状況。
そして時に、アイン独特の思考回路によって、斜め上な展開を繰り広げていくことに・・・ッ!?
これは、そんなアインの成長と奮闘を描いた、ダーク&コメディな物語です。
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