42 / 188
番外編
Ⅲ 二人の味が、
しおりを挟む
会議室に参加者が集まった。審査員達は前列席に座っていた。
緊張する参加者達を余所に、味の違う同じ料理を堪能し、満足しつつ平静を装う審査員達。誰がどの料理を作ったか早く知りたい気持ちであった。
「あー、それでは結果を発表するよ」
結果を記した紙を開いたミゼルは微笑んだ。
ミゼルと深く関わりがある者達は、どこか怪しげに感じている。それは、日頃のミゼルからそう連想させているだけなのだろうが。
「なかなか拮抗した点数争いだが、なんと見事な事に、五位と六位が同点、一位と二位の点数差は一点だ。ほぼ同点だな」
ノーマが手を上げた。
「その場合、やっぱり一位が本番料理に選ばれるのかい? 一点差で」
「僅差の場合は二品提供の算段だが、食材の仕入れやその時の状況次第ではどちらか一品、もしくは下位の料理を振る舞う予定だ。まあ、二品提供が濃厚と思ってくれ」
今度はジェイクが手を上げた。
「お前が決めて良いのか?」
返答はアードラがした。
「点数採点を起用した際、僅差の可能性を元に打ち合わせ済みだ。主催側は二品とも準備する構えでいるから安心したまえ」
再びミゼルの進行に移る。
「では先に四位から発表させてもらおう」
参加者に緊張が走る。
「四位五番の料理……六十点。ノーマ」
採点は参加者一人が最大七十点。六十点はなかなか美味の位だ。
ゼノアとナーシャは静かに安堵の息を吐いた。
上位二つに入れば、目立ってジェイクの気をひける。その想いが強かった。
四位だが審査員達は感心していた。絶妙な味を思いだしてのことだった。
「アレ、お前だったのか!? 普通に美味いの作れるんだな」
ジェイクの素直な反応に、ミゼルが審査員達の記入した感想の一部を読んだ。
「味にブレが無い。格別ではないが安定している。毎日飲んでもいい。など、好評だな」
「やれやれ、数字は裏切らないと信じてたんだがねぇ。やっぱり気持ちの面で負けたって事かな?」
軽く企てがバレそうになり、ミゼルは咳払いして次に移った。
「続いて三位、三番の料理だ。……これはこれで僅差だ。六十二点、ミシェル」
気恥ずかしくなるミシェルは、顔を赤らめて照れた。
「感想としては、優しい味がした。というのが多かった。母親を感じるといった類いだ」
「当然だ。誰の嫁だと思ってんだ」
なぜかシャールが威張って言う。
(まさか……姉様を……)
一人ゼノアは、自身がミシェルを超えたと感じていた。
「ミシェル殿、感想があればお聞きしますが」
ミシェルは立ち上がった。立つ必要はないが、照れと戸惑いからやや混乱ぎみであった。
「このような場は初めてで……美味く出来たとは思えませんでしたが。皆様から好評を頂けて幸いです。やはり強い気持ちが重要なのかもしれませんね」
またもミゼルの企てをバラしかねない発言が零れ、苦笑いで進行した。
「ここからは接戦だ。なんと二位、六十九点!」
満点が七十点で六十九点は、審査員の誰かの好みで一点引かれたに違いなかった。皆がそう感じている。
ミゼルがやや興奮気味なのが謎めいているが、その理由はすぐに判明する。
「二番、リネス!」
名前を挙げられ、ミシェル以上にリネスは赤面した。なお、一点引きはミゼルであった。二点引きを配慮しての計らいである。
味を思い出した審査員達は騒然となる。
「うそ、あの味をあの子が出したの?」エベックは驚いた。
「あのような、風味で魅了するものは初めてだ。王国でも通用するぞ」アードラは感心した。
頷くジェイクとビンセントは、ただ他より美味いという理由で十点を付けている。美味しいと分かっているが細かい所までよく分かっていない。
「確かに、琥珀色をして透き通り、それでいて確かな味わいだった」マッドの感想。
「ミシェルにはすまねぇが、ありゃ格別だ。後で味見させてもらえ」
シャールの意見にミシェルは微笑んで返事する。
絶賛に次ぐ絶賛。
「さて、リネス、何か感想は?」
妙に楽しそうに聞くミゼルへ、リネスはジッと見つめて必死に頭を振って拒む。心中は穏やかでない。今すぐにでも逃げ出したかった。
「どうやら、恥ずかしいようだ。どうかね皆々様、私の目に狂いはないだろ?」
ミゼルが楽しいだけの独壇場となりそうな結果発表。審査員席から野次担当とばかりに苦情が飛んだ。
「おい、恋人の気持ちも考えろ!」
「さっさと進めろ! 時間の無駄だ!」
ジェイクとシャールが自慢を中断した。
「では気を取り直して」
残るはゼノア、ナーシャ、バーレミシア。
バーレミシアの性格を知る二人は、互いに一位予想を自分か相手と思い込んでいる。バーレミシアではない。彼女の性格から、ザッとした料理しか出来ないと連想していたから。ゼノアに至っては、日頃のバーレミシアを知る分、最下位だと思い込んでいる。
一方、バーレミシアも、『ジェイクの気を引く作戦(バーレミシアが勝手に命名)』の引き立て役になれればそれでよく、自分なりに凝った料理を作れた満足感から、順位はどうでもよくなっていた。
(あれで一位は…………さすがに無いわな)
リネスへの感想を聞いた手前、自身の慣れ親しんだ料理に特異性を感じていなかった。
ゼノアは力強い意思がある。
(ナーシャはノバクさんに指示してもらい、ジェイクの舌を満足させる味を知っている。だが、私も姉様から何度も味をたたき込んで貰った。負けはしない!)
ナーシャも負けない意思がある。
(ゼノアさん。稽古の合間に自分の料理を振る舞ってジェイクさんを満足させているでしょうけど、今日ばかりはノバクさん直伝の料理で勝負です。ゼノアさんと違う味で、ジェイクさんを満足させます!)
二人揃って主旨とは違う妄想と、”一位こそがジェイクを満足させた”という誤解が起きている。確かに、ジェイクは両方に十点満点を出しているが。
「では、一位、七十点満点……」
二人に緊張が走る。
他の料理より優れている、とは考えが働かない。点数よりも結果が重視としか思考が機能していない。
ゼノアとナーシャ、どちらが一位か。
ミゼルが一呼吸置く。非常に強い注目を集めた。
「六番バーレミシア」
周りの音が消えた。そう体感するほど、ゼノアとナーシャは急激に熱意が冷め、喪失した。
そんな二人を余所に、審査員達は驚きを隠せない。
「おい! 本気で言ってんのか?!」
シャールがミゼルへ確認を取るも、確かな情報であった。
「うーむ。見事としか言いようがないな」
アードラの感心にエベックも便乗した。
一方、驚きながらも頷いているジェイクとビンセントは、味の深みが分かっていない。他と違い、美味しいという理由で十点を付けている。
「バレ、お前、本性隠してたのか?」
「何を仰いますやらマッド殿」
やりきったと言わんばかりの顔を、バーレミシアは向けた。
「男を喜ばせる基本だぜ、料理はよ」
普通の意見なのだが、バーレミシアが言うと違う意味に聞こえる男性陣であった。
「感想には、リネスの味は静かで落ち着くものとあるが、バレの料理は風味が強く後味と相まってもっと食べたい意見が多かったよ」
「本当はさ、もっと燻製を凝ってみたかったんだけど、制限時間ありだし、なにより煙の多さがなぁ。設備が整ったらもっと良いの出来たんだけど、まあ、好評だったらいいか」
一番絶望していたのはゼノアであった。
一番負けたくない、破廉恥な妹にだけは負けたくない意思が強かっただけに。
ナーシャも落胆していた。けして悪くない出来だったし、ノバクにも評価を得ていたのだが、結果はやったことも無い調理法に特殊な料理ばかり。荷が重すぎたのだ。
二人の落胆ぶりは他の者が見ても一目瞭然だが対決なのだからしかたない。
ミゼルは構わず締め括った。
対決が終わると、ゼノアとナーシャ以外は、リネスとバーレミシアの料理が気になり、調理場へと向かった。
「あー……ゼノア、ナーシャよ。そう落ち込まんでも良いぞ。二人の料理もなかなか美味しかった」アードラは気遣う。
「そうだ。俺なんか、上二人の良さがよく分かってないから、点数差が無かっただけで、二人も良かったぞ」
ビンセントの言葉は一切二人に響かない。
「ビン様、それ、慰めになってないわよ」
すかさずエベックが指摘すると、ビンセントは静かに退いた。
二人の点数は五十五点。悪くはないが、精神面の負担が大きすぎるのでなかなか立ち直れない。
「けどよ、お前等揃って凄いもん作ってたぞ」
二人はジェイクの声に反応する。脱力しきった表情だが、ジェイクの声に反応する意思は健在であった。
「凄いって何がだよ」シャールが訊いた。
「俺の嫁と同じ味。久しぶりに良いのを食ったぞ」
二人の気持ちを察した訳ではない。純粋な感想であった。
何気なく気遣われた感想だが、二人の落胆する思いは払拭した。みるみる表情が平常に戻る。
「……そ、そうか」
「あ……ありがとうございます」
やや照れ具合が顔に表われるも、気を取り直した二人は気まずくなったので上位二名の料理を味見しに向かった。
「なんだ? 急に元気になったのか?」
ジェイクの鈍感ぶりを、皆は何も言わず見届けた。
三日後の明朝。
その日、ジェイクは遠征する日であった。
「ジェイク!」
街を出ようとするジェイクに向かって、ゼノアが駆け寄ってきた。
「おう。見送りなんていいのに」
ゼノアは樹皮を加工して編んだ、小さな籠を手渡した。
「こちらも遠征だからついでに作ってきた。気が向いたら食べてくれ」
「すまねぇな。魚獲って焼く手間が省けた。恩に着るぜ」
前夜、遠征前にナーシャが料理を振る舞い、今日はゼノア。その事実を知るベルメアは、ジェイクの中でもどかしい気持ちに苛まれていた。
(鈍感な幸せ者がぁぁ~)
叫び出したいが、ゼノアとナーシャの控えめな気持ちに水を差すわけにはいかない。無駄に苦しんでいた。
「安全とはいえ、何がおこるか分かんねぇ状態だ。ミルシェビスもどうなってもおかしくないからな、気をつけろよ」
「ああ。互いに生きてまた会おう」
「おう。じゃあ、行ってくる。弁当すまねぇな」
ゼノアはジェイクを見送った。
それでいい。この程度の距離が、今はいい。
やや浮ついた気持ちを引き締め、ゼノアは師団長として自らの任務先へと向かった。
緊張する参加者達を余所に、味の違う同じ料理を堪能し、満足しつつ平静を装う審査員達。誰がどの料理を作ったか早く知りたい気持ちであった。
「あー、それでは結果を発表するよ」
結果を記した紙を開いたミゼルは微笑んだ。
ミゼルと深く関わりがある者達は、どこか怪しげに感じている。それは、日頃のミゼルからそう連想させているだけなのだろうが。
「なかなか拮抗した点数争いだが、なんと見事な事に、五位と六位が同点、一位と二位の点数差は一点だ。ほぼ同点だな」
ノーマが手を上げた。
「その場合、やっぱり一位が本番料理に選ばれるのかい? 一点差で」
「僅差の場合は二品提供の算段だが、食材の仕入れやその時の状況次第ではどちらか一品、もしくは下位の料理を振る舞う予定だ。まあ、二品提供が濃厚と思ってくれ」
今度はジェイクが手を上げた。
「お前が決めて良いのか?」
返答はアードラがした。
「点数採点を起用した際、僅差の可能性を元に打ち合わせ済みだ。主催側は二品とも準備する構えでいるから安心したまえ」
再びミゼルの進行に移る。
「では先に四位から発表させてもらおう」
参加者に緊張が走る。
「四位五番の料理……六十点。ノーマ」
採点は参加者一人が最大七十点。六十点はなかなか美味の位だ。
ゼノアとナーシャは静かに安堵の息を吐いた。
上位二つに入れば、目立ってジェイクの気をひける。その想いが強かった。
四位だが審査員達は感心していた。絶妙な味を思いだしてのことだった。
「アレ、お前だったのか!? 普通に美味いの作れるんだな」
ジェイクの素直な反応に、ミゼルが審査員達の記入した感想の一部を読んだ。
「味にブレが無い。格別ではないが安定している。毎日飲んでもいい。など、好評だな」
「やれやれ、数字は裏切らないと信じてたんだがねぇ。やっぱり気持ちの面で負けたって事かな?」
軽く企てがバレそうになり、ミゼルは咳払いして次に移った。
「続いて三位、三番の料理だ。……これはこれで僅差だ。六十二点、ミシェル」
気恥ずかしくなるミシェルは、顔を赤らめて照れた。
「感想としては、優しい味がした。というのが多かった。母親を感じるといった類いだ」
「当然だ。誰の嫁だと思ってんだ」
なぜかシャールが威張って言う。
(まさか……姉様を……)
一人ゼノアは、自身がミシェルを超えたと感じていた。
「ミシェル殿、感想があればお聞きしますが」
ミシェルは立ち上がった。立つ必要はないが、照れと戸惑いからやや混乱ぎみであった。
「このような場は初めてで……美味く出来たとは思えませんでしたが。皆様から好評を頂けて幸いです。やはり強い気持ちが重要なのかもしれませんね」
またもミゼルの企てをバラしかねない発言が零れ、苦笑いで進行した。
「ここからは接戦だ。なんと二位、六十九点!」
満点が七十点で六十九点は、審査員の誰かの好みで一点引かれたに違いなかった。皆がそう感じている。
ミゼルがやや興奮気味なのが謎めいているが、その理由はすぐに判明する。
「二番、リネス!」
名前を挙げられ、ミシェル以上にリネスは赤面した。なお、一点引きはミゼルであった。二点引きを配慮しての計らいである。
味を思い出した審査員達は騒然となる。
「うそ、あの味をあの子が出したの?」エベックは驚いた。
「あのような、風味で魅了するものは初めてだ。王国でも通用するぞ」アードラは感心した。
頷くジェイクとビンセントは、ただ他より美味いという理由で十点を付けている。美味しいと分かっているが細かい所までよく分かっていない。
「確かに、琥珀色をして透き通り、それでいて確かな味わいだった」マッドの感想。
「ミシェルにはすまねぇが、ありゃ格別だ。後で味見させてもらえ」
シャールの意見にミシェルは微笑んで返事する。
絶賛に次ぐ絶賛。
「さて、リネス、何か感想は?」
妙に楽しそうに聞くミゼルへ、リネスはジッと見つめて必死に頭を振って拒む。心中は穏やかでない。今すぐにでも逃げ出したかった。
「どうやら、恥ずかしいようだ。どうかね皆々様、私の目に狂いはないだろ?」
ミゼルが楽しいだけの独壇場となりそうな結果発表。審査員席から野次担当とばかりに苦情が飛んだ。
「おい、恋人の気持ちも考えろ!」
「さっさと進めろ! 時間の無駄だ!」
ジェイクとシャールが自慢を中断した。
「では気を取り直して」
残るはゼノア、ナーシャ、バーレミシア。
バーレミシアの性格を知る二人は、互いに一位予想を自分か相手と思い込んでいる。バーレミシアではない。彼女の性格から、ザッとした料理しか出来ないと連想していたから。ゼノアに至っては、日頃のバーレミシアを知る分、最下位だと思い込んでいる。
一方、バーレミシアも、『ジェイクの気を引く作戦(バーレミシアが勝手に命名)』の引き立て役になれればそれでよく、自分なりに凝った料理を作れた満足感から、順位はどうでもよくなっていた。
(あれで一位は…………さすがに無いわな)
リネスへの感想を聞いた手前、自身の慣れ親しんだ料理に特異性を感じていなかった。
ゼノアは力強い意思がある。
(ナーシャはノバクさんに指示してもらい、ジェイクの舌を満足させる味を知っている。だが、私も姉様から何度も味をたたき込んで貰った。負けはしない!)
ナーシャも負けない意思がある。
(ゼノアさん。稽古の合間に自分の料理を振る舞ってジェイクさんを満足させているでしょうけど、今日ばかりはノバクさん直伝の料理で勝負です。ゼノアさんと違う味で、ジェイクさんを満足させます!)
二人揃って主旨とは違う妄想と、”一位こそがジェイクを満足させた”という誤解が起きている。確かに、ジェイクは両方に十点満点を出しているが。
「では、一位、七十点満点……」
二人に緊張が走る。
他の料理より優れている、とは考えが働かない。点数よりも結果が重視としか思考が機能していない。
ゼノアとナーシャ、どちらが一位か。
ミゼルが一呼吸置く。非常に強い注目を集めた。
「六番バーレミシア」
周りの音が消えた。そう体感するほど、ゼノアとナーシャは急激に熱意が冷め、喪失した。
そんな二人を余所に、審査員達は驚きを隠せない。
「おい! 本気で言ってんのか?!」
シャールがミゼルへ確認を取るも、確かな情報であった。
「うーむ。見事としか言いようがないな」
アードラの感心にエベックも便乗した。
一方、驚きながらも頷いているジェイクとビンセントは、味の深みが分かっていない。他と違い、美味しいという理由で十点を付けている。
「バレ、お前、本性隠してたのか?」
「何を仰いますやらマッド殿」
やりきったと言わんばかりの顔を、バーレミシアは向けた。
「男を喜ばせる基本だぜ、料理はよ」
普通の意見なのだが、バーレミシアが言うと違う意味に聞こえる男性陣であった。
「感想には、リネスの味は静かで落ち着くものとあるが、バレの料理は風味が強く後味と相まってもっと食べたい意見が多かったよ」
「本当はさ、もっと燻製を凝ってみたかったんだけど、制限時間ありだし、なにより煙の多さがなぁ。設備が整ったらもっと良いの出来たんだけど、まあ、好評だったらいいか」
一番絶望していたのはゼノアであった。
一番負けたくない、破廉恥な妹にだけは負けたくない意思が強かっただけに。
ナーシャも落胆していた。けして悪くない出来だったし、ノバクにも評価を得ていたのだが、結果はやったことも無い調理法に特殊な料理ばかり。荷が重すぎたのだ。
二人の落胆ぶりは他の者が見ても一目瞭然だが対決なのだからしかたない。
ミゼルは構わず締め括った。
対決が終わると、ゼノアとナーシャ以外は、リネスとバーレミシアの料理が気になり、調理場へと向かった。
「あー……ゼノア、ナーシャよ。そう落ち込まんでも良いぞ。二人の料理もなかなか美味しかった」アードラは気遣う。
「そうだ。俺なんか、上二人の良さがよく分かってないから、点数差が無かっただけで、二人も良かったぞ」
ビンセントの言葉は一切二人に響かない。
「ビン様、それ、慰めになってないわよ」
すかさずエベックが指摘すると、ビンセントは静かに退いた。
二人の点数は五十五点。悪くはないが、精神面の負担が大きすぎるのでなかなか立ち直れない。
「けどよ、お前等揃って凄いもん作ってたぞ」
二人はジェイクの声に反応する。脱力しきった表情だが、ジェイクの声に反応する意思は健在であった。
「凄いって何がだよ」シャールが訊いた。
「俺の嫁と同じ味。久しぶりに良いのを食ったぞ」
二人の気持ちを察した訳ではない。純粋な感想であった。
何気なく気遣われた感想だが、二人の落胆する思いは払拭した。みるみる表情が平常に戻る。
「……そ、そうか」
「あ……ありがとうございます」
やや照れ具合が顔に表われるも、気を取り直した二人は気まずくなったので上位二名の料理を味見しに向かった。
「なんだ? 急に元気になったのか?」
ジェイクの鈍感ぶりを、皆は何も言わず見届けた。
三日後の明朝。
その日、ジェイクは遠征する日であった。
「ジェイク!」
街を出ようとするジェイクに向かって、ゼノアが駆け寄ってきた。
「おう。見送りなんていいのに」
ゼノアは樹皮を加工して編んだ、小さな籠を手渡した。
「こちらも遠征だからついでに作ってきた。気が向いたら食べてくれ」
「すまねぇな。魚獲って焼く手間が省けた。恩に着るぜ」
前夜、遠征前にナーシャが料理を振る舞い、今日はゼノア。その事実を知るベルメアは、ジェイクの中でもどかしい気持ちに苛まれていた。
(鈍感な幸せ者がぁぁ~)
叫び出したいが、ゼノアとナーシャの控えめな気持ちに水を差すわけにはいかない。無駄に苦しんでいた。
「安全とはいえ、何がおこるか分かんねぇ状態だ。ミルシェビスもどうなってもおかしくないからな、気をつけろよ」
「ああ。互いに生きてまた会おう」
「おう。じゃあ、行ってくる。弁当すまねぇな」
ゼノアはジェイクを見送った。
それでいい。この程度の距離が、今はいい。
やや浮ついた気持ちを引き締め、ゼノアは師団長として自らの任務先へと向かった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる