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番外編

Ⅱ 似た者同士の思い込みと苦悩

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 “……という訳で、君にも参加して頂きたいのだよ”
 ジェイクが目覚めた日、ミゼルから料理対決の参加者として招待されたナーシャはその場では了承したが、帰宅後、あたまを抱えて悩んだ。
 本来なら目立ちたくない心情から、参加などしないナーシャだが、審査員の一人にジェイクがいたと聞いて気持ちが浮ついてしまった。
 冷静ではない状態での了承。その場の思考は、妄想と綺麗事に満ちあふれていた。

 面と向かって告白する勇気はないが、少しでも想いを伝えられる機会を逃したくない。
 言葉ではなく料理であっても、ジェイクに想いを伝えられる。
 この日を境に、ジェイクへ料理を作ってあげれる言い訳が出来る。

 すべてが都合のいい解釈で妄想され、煌びやかな大会風景まで描かれていた。それでも理性は辛うじて保っていたのか、ミゼルの説明中、表向きは平静さを保てていた。しかし説明の大半が頭に入っていなかった。

 後悔は家に帰り、冷静になってから襲ってきた。

 ”想いを伝えられる機会”と考えていたが、他にも参加者がいて名前を明かさずに料理を提供するなら、誰の料理かが分からない状況だ。仮に、最後に明かされたとしても他の料理の印象が強ければ、自分の料理など記憶にも残らないはずだ。
 ”料理で想いを伝えられる”と思い込んでいたが、自分にそこまで印象的な料理は作れない。平々凡々な、家庭料理しか作ったことのない自分が。
 必然的に、ジェイクへ料理を作れる機会など、なかなか作れないだろう。
 いい気になって勝利出来ると思い込んでいた、思い上がった恥が苦悩するナーシャにのしかかる。

 参加者にはゼノアがいた。それだけは聞こえた。何故か記憶に残っている。

 一部隊の師団長であるなら、野営で料理は作り馴れているだろう。
 ジェイクとも鍛錬に励んでいるのだから、当然料理は振る舞っているだろう。
 ゼノアの味にジェイクは慣れているのだろう。

 すべてが仮説でしかなにのに確信しているナーシャは考えた。”どうすれば、ジェイクに自分の料理が印象に残るか”、それだけを。
 悩み抜いた末、ナーシャはバーデラのジェイクが世話になっていた宿の主・ノバクに教えを請おうと決心した。
 これ以上は悩めない。もう日数は残されていないから。
 ナーシャは動いた。幸い、明日は休日。何もしなくていいなら、今すぐ帰って情報を集めよう。
 善は急げとばかりに身体が動く。


 ゼノアは焦った。自身の料理の腕前に不安しかないからだ。

 料理対決の説明を受けた際、自分には関係無い催しだから、説明の後に不参加の意思を伝えようと構えていた。しかし審査員の一人にジェイクの名が上がったので、心が動き、硬かった理性が急に揺らぎ、参加を了承してしまった。

 自分の作った料理をジェイクに振る舞える。
 料理を食べたジェイクが、自分を見る目が変わるかもしれない。
 これからも料理を振る舞える機会が訪れるきっかけになるかもしれない。

 師団長にあるまじき邪な思い込みが次々に働いた。

 参加を了承した日の夜。ゼノアは頭を抱えて悩んだ。
 自分に作れる料理など、料理とは言えないものばかり。具材を切って、焼いたり煮込んだりして食べるだけ。
 そもそもミルシェビス兵士の野営に、心が動くような料理はない。飢えを凌ぎ、何が起きてもすぐに動けるようにする簡易なものばかり。あと手を加えたモノとして考えられるのは干物ぐらいだが、それも違うと理性が断言する。
 見た目も味も心も満足するものは無い。

 ジェイクのことで頭がいっぱいのゼノアは、参加者の名前をあまり聞いていなかった。ただ、ナーシャの名前があるのは分かった。なぜか、ナーシャだけははっきりと記憶に残っている。
 バーデラにて、いつもノバクへの挨拶に訪れたとバーレミシアとノーマからも聞いている。つまり、ジェイクに料理の一つや二つは振る舞っているに違いない。

 状況は不利だ。
 手慣れた美味しい料理を食べているジェイクは、すでにナーシャの料理に気持ちが寄ってしまっている。野営の飢え凌ぎのような、適当に煮たり焼いたものなどに心は動かないだろう。

 一方的な思い込みに苦しみながらもゼノアは解決策を考えた。
 まだ料理対決までは日数がある。しかし、このまま我流で料理を見様見真似でやっても上達はしない。それは鍛錬の場で嫌というほど身に染みている。ここは、料理を出来る者に教えを請うしか手は無い。
 真っ先に浮かんだ打開策は、”ノバクに料理を教わり、ついでにジェイクの好みを聞く”だが、それは反則のような気がしたので却下した。

 悩み抜いた末、ゼノアはミシェルに教えを請う、に至った。
 料理は三姉妹で一番美味く、シャールも好評していたのは記憶にある。

 時間は無い。
 ゼノアはミシェルに会う日程を決め、今できる鍛錬として、具材の下処理に励んだ。



 料理対決本番までに、参加者達は大なり小なりの苦労をしていた。
 間違った思い込みと妄想により、やる気に満ちあふれているゼノアとナーシャは、別々の場所、師を頼り、料理の腕を磨いていた。
 いきなりミゼルが押しかけて来て、「料理対決に参加してくれ」と頼まれ、強引に参加することになったリネスは、何をしようかと迷いながら、いつもと同じように料理を作り続けた。
 シャールからミゼルの思惑を前もって聞いていたミシェルは、必死に料理を学ぶ妹の姿を、端から喜ばしい気持ちと、応援する気持ちとが合わさって、楽しみながらいつも通り料理に励んでいた。
 ノーマとバーレミシアは、ただ黙々と、それぞれの思い思いの方法で料理に励んでいた。

 本番十日前。
 以前から参加者達と度々重ねた打ち合わせにより、料理の種類がようやく決まった。
 料理は一品。具だくさんの汁物。具の種類は、【危険物でない限り】を強調して、”なんでも良い”となった。強調部分にノーマ対策が施された説明に、参加者一同は多少困惑していたが。

 それぞれの思惑を抱きながらも、料理対決当日を迎えた。


 ジェイクがデグミッドから帰還して十五日後、料理対決当日。

「……俺、味とかよく分かんねぇぞ」
 参加者達が調理を開始してすぐ、会議室でジェイクがぼやいた。
 守護神も含め全員が驚きはしなかった。
 鈍感力が高いジェイクなら料理の良し悪しがあまり理解出来ない、という可能性が的中しただけで、呆れもしない。
「かまわんよ」
 進行役のミゼルはいつもの調子で平然と言う。
「これはあくまで本命の催しの為の準備だ。意見や傾向をみるためでもある。だから点数制にしてるだろ」

 審査員は参加者一人につき十点満点で点数を付けることになっている。
 この審査にあたり、大きな問題がある。参加者の近親者が審査員にいる点だ。解決策に、すべての料理の点数を記入後、近親者の点数が他の参加者を抜いて一番となった際、二点引くとした。

「けど、俺達も参加して良いんですか?」
 知り合いが参加者にも審査員にも少ないビンセントは気が退けている。ちなみにルバートはビンセントの中で眠っている。
 審査員は、アードラ、シャール、ビンセント、エベック、ジェイク、マッドの六名である。

「問題ないよ。ちょっとした気晴らしと思って頂ければ幸いだ」
「そうよビン様、これから色々と大変なんだし。それに美味しい料理が頂けるんですから堪能しましょうよ」
「けどこの審査、本当に大丈夫か?」マッドが訊く。
「何か問題でも?」
「シャルは嫁さんの料理で、お前はリネスの料理で他と点数に大きな差が付くかもしれないだろ。極端な例だが、他が四点程度で近親者が九点とか。そうなった場合、二点引きは少なくないか?」
「大幅な点差はないと思うぞ」
 アードラが口を挟む。
「予め部下達にそれぞれの試作料理を食して貰ったが、各参加者達の実力は高いという判断だ。確かに差は感じられるが、二点引きで優位に立ったとしても、その差に問題ないだろう。それに今回は試験的な準備だ。今後するなら色々改良するだろうしな」

 点数問題とは別の気がかりをシャールは抱いていた。

「それよりあの二人は大丈夫か?」
 ノーマとバーレミシアの名前が挙がった。
 一人一部屋の”調理場”の打ち合わせで、多くの質問をしていたので、何やら良からぬ事を考えそうな不安がシャールにはあった。
「問題ない。と、聞いている。……大丈夫だろ」

 言った傍から、会議室の外でアードラの部下達がやや騒然となる音を耳にする。

「おい、あの煙、本当に大丈夫か?」
「本人は問題ないと言ってる。気になるなら術を使って誤魔化してくれと言われたが……」
 術の使えない参加者。そして煙を発生させる料理をする人物。
 思い当たる参加者にシャールとジェイクは、バーレミシアが浮かぶ。

 今度は別の部下達の話し声がした。
「おい、あれはなんかの実験か? 小道具が多過ぎだろ」
「本人は、”数字にこそ美味の極意がある”とかなんとか言ってるからなぁ。それに、ノーマさんには誰も何もいえんだろ。世話になってるから」

 嫌な予感が的中しそうになる。不安しかない。
 点数や美味さよりも、無事に終わることを審査員達は願った。


 調理時間が終わると会議室に料理が運ばれた。

 別室で待機する予定の参加者達だが、一部屋に大勢で待つのを拒むノーマとバーレミシアは、時間が来るまで外へ行き、ゼノアとナーシャは調理場の片付けを率先して手伝っていた。そうしないと気が治まらないからだ。
 別室にはリネスとミシェルしかおらず、少しずつ話を交わした二人は数分で仲良くなっていた。


 およそ一時間後、ゼノアとナーシャにとっての運命の時が来た。
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