烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治

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三章 裏側の暗躍

Ⅷ デグミッドに現われたもの

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 子供達をなだめ、遅い朝食を済ませたジェイクは、妙に慌ただしく感じる庭へ出た。すぐ目に飛び込んだのは、木杭や地面に描かれた文字や線。何かの術を発動させようとしているのは分かる。
 忙しく真剣に取り組む人達に声をかづらく、落ち着いて打ち合わせをしているであろう数名を見つけると近寄った。幸い、辿り着いた時には一名を残してみんな持ち場へ戻り、残った一人がエベックであった。

「なあエベック」
「あらジェイクちゃん、おはよう」
 挨拶は手を上げて「おう」で済ませた。
「何だ? えらく忙しそうだが」
「あれ? ドラールかミゼルちゃんに聞いてない? デグミッドの化け物を退治する話」

 一言も聞いていないが、昨日の事情が事情だけに仕方ない。
 簡単な説明によると、化け物をミゼルとガイネスが退治するが、核を破壊した反動で異常事態が発生することを見越しての備えで結界を張り、屋敷を守っている。

「やけにみんながピリピリしてるわけだ。結界のほうは大丈夫なのか?」
「ええ、それなりに強度なものを張れたわ。みんな謙遜してるけどなかなかの術師でね、結構上質のものよ」
「もし強力な魔獣が押し寄せることになってもか? 戦うだけなら俺も参戦するけどよ」
「ええ、いざって時は存分にジェイクちゃんを頼らせて貰うわ。ある程度の魔獣はこの結界でも凌げるけど時間の問題だからね。けどそれ以外の、異常魔力が起きたら、このままじゃ不安ね」
「どうするんだ?」
「これで今の魔力を底上げするわ」

 手に持っている薄紫色の石を見せた。子供の握り拳程の大きさである。

「なんだ? 宝石か?」
「市販でもあるでしょ。魔獣倒した時の魔力を吸う石。アレより上質なものよ。結界の重点を担ってもらってる術師達に渡してるの。今使うと魔力消費が激しいから、イザって時の切り札ね」
「よくそんなもん持ってたな。バルブラインにあったのか?」
「こういったものはリブリオスにしか置いてないわ。加工技術が七国で一番高いから。最近、あちこち物騒でしょ? だから数個だけど持ってて正解よ。まさか使いどころがすぐにあるんだもの」

 術師としての実力や知識も然る事ながら、緊急時の備え、気構え。ジェイクはエベックの逞しさ、頼もしさを改めて実感した。

「こっちはいいとして、どうやって教会の化け物を倒すんだ? 術は吸収されるんだろ?」
「詳しくはあたしよりベルちゃんに聞いたらいいと思うわよ」
 突然名前を出されたので姿を現わすベルメアは、自分を指差して「あたし?」と尋ねた。
「カムラって言うの? ガーディアンの大技が有効かもって言ってたわ」
 カムラについて、漠然とした知識しか無いジェイクは気になりベルメアへ訊く。
「カムラってのぁ、かなりの魔力を使う技だろ? 吸収されちまうんじゃないのか?」
「いいえ、正確には神力よ。ジェイク達がカムラを使用する際の魔力消費は、神力を技として持続させるための補助であり引き出す為の力なの」
「じゃあ俺が古代の剣これ」腰に下げた剣を持ち上げた。「の魔獣と戦った時、少ししか出せなかったのは」
「消耗してたからね、完全なカムラでもなかったでしょ。魔力量が多かったら持続時間も長いけど、少ないと本当に切り札ぐらいの必殺技にしかならないわ」

 カムラをミゼルが使う。魔力が消費されていない万全状態で。
 魔力量も自身を上回るミゼルが使用するなら、長時間持続出来るとジェイクは思った。

「けどよ、剣構えて突進するんだったら、あの化け物相手には危険じゃねぇのか?」
「カムラは全員で仕様がバラバラなのよ。似てるのもあるかもしれないけど、もしミゼルが特攻か、身体能力が強化されるカムラだったらこの作戦は行わないでしょ。だから術のようなものと思うわ」

 話の最中、エベックは空気が変わるのを感じ、デグミッドの方に顔を向けた。

「どうした?」
「……いよいよ、かしらね」
「何も感じねぇけど」
 ベルメアはジェイクの頭に乗っかった。
「あんた、感知力とかそんなに高くないでしょ」
「うるせぇ、野生の勘ぐらいは働く」
 やりとりが面白く、エベックは真剣な表情が和らいだ。
「張ってる結界はみんなの魔力と技術で主体となる結界を広げてるものでね、一応はあたしの結界も同然なの。だから外の異変を感じやすくなってるの。それでたった今、空気が変わったの。張り詰めたのじゃなくって、質が変わったわ。それに……」
 嫌な魔力がデグミッドのほうで蠢くのを感じる。さらに、徐々にだが迫ってる気配も。
「ジェイクちゃん気を引き締めてね。何か嫌なものが来るから状況を見て対応をお願い」

 臨戦態勢とばかりにエベックの気功が変わった。触発され、ジェイクも剣を鞘から抜き、いつでも戦える準備を整えた。


 ◇◇◇◇◇


 教会内は無数の氷柱が聳えていた。
 床板や残骸を突き破り、化け物の中核目がけて聳えた氷柱は、勢いまかせとばかりに天井を突き破って聳えている。壁から伸びた氷柱は、途中で無理に屈折し、天井目がけて方向を変えていた。
「……見事」
 ガイネスがそう声を漏らす程に魅入った。
 一瞬のうちに生じた氷柱にも対するものだが、全ての氷柱が、虹色の輝きを見える光の幕でも纏っているように見える。陽光を輝かせ、化け物の内側からも光を反射さえて優美に見せた。

「どうやら上手くいった。氷柱を発生させる想像は出来たのだがね、結界を突き破るかもしれんと考えてしまい、全てを天井目がけて伸ばすことが可能かどうか不安であったんだ」
「ほう、所々に見える無理な曲がりは、そういう意味か。しかしなんと魅了する技か。このような場でなければ眺めて時間を忘れたいものよ」
「確かに、初めてにしてはここまで魅了する技だとは思ってもみなかった。まさに神技か」

 雑談の最中、化け物が振動し、顔に当たる部分の表情が驚きと恐怖を孕んだ表情に変わった。
 次第に揺れが増し、地震が発生した。

「……どうやら、核を潰して終了ではないみたいだ」
 ミゼルは剣を構え、魔力の残量を測る。幸い、まだ残っているが、長期戦は確実な死を意味していると悟り、焦りが生まれる。
 外が騒がしくなりだし、ガイネスは気づく。
「外に何かいるぞ」
 警戒しながら外へ出ると、街中で徘徊していた化け物の姿が変わっていた。その形状は、人間のように両手両足、形は違うが頭部も胴もある。
 人型の不気味な化け物達を前に、ガイネスはいよいよ魔力を剣に籠めた。
 教会内の化け物が動き出すか注意しながら出てきたミゼルは、外の化け物を見て、ある化け物が浮かぶ。

「もしや、パルドか?」
「なんだ? この国の魔獣か?」
「まだ会ってなかったか。パルドはかなり高速で攻めてくる操り人形のような化け物だ。バルブラインを覆っていた魔力壁が剥がれてからは、かつての勢力は衰えたが。もしこれがその類いなら、大いに攻撃方法は見極めねばならん」
「ほう、面白い。この俺を前に強者の群れか。血が沸くぞ」
 結界の外へ出ると、一番近い化け物が突進してきた。その速度はミゼルが恐れる程の速さはなく、四足歩行の魔獣の突進と同等。
 ガイネスは容易に飛び退いて躱せた。しかし、斬りかかると魔力を纏った剣であるにも関わらず、なかなかに堅い。

(急所を探し、突けということか)
 ガイネスと同じ手をミゼルも考えた。
 長引けば確実に劣勢に立たされる。屋敷のほうにも向かっている可能性を考えるなら、どのように逃げおおせるか悩ましい。

「わああああ!!」
「何だ! こいつらぁぁ!!」
 騒ぎに乗じて数人の男性達の叫びが聞こえた。
 まさかこの時点で民間人、と思うも、よく聞くと、「怯むな!」「戦え!」など、戦を示唆する声がした。
 もし真っ当な戦士達ならこの場を凌げる戦力となる。
「合流しよう」
 ミゼルが訊くも、ガイネスも想定しており、「遅れるなよ!」とすぐに返される。

 次々と迫ってくるパルドを躱しつつ、二人は騒ぎの場へと向かった。
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