上 下
34 / 202
三章 裏側の暗躍

Ⅷ デグミッドに現われたもの

しおりを挟む
 子供達をなだめ、遅い朝食を済ませたジェイクは、妙に慌ただしく感じる庭へ出た。すぐ目に飛び込んだのは、木杭や地面に描かれた文字や線。何かの術を発動させようとしているのは分かる。
 忙しく真剣に取り組む人達に声をかづらく、落ち着いて打ち合わせをしているであろう数名を見つけると近寄った。幸い、辿り着いた時には一名を残してみんな持ち場へ戻り、残った一人がエベックであった。

「なあエベック」
「あらジェイクちゃん、おはよう」
 挨拶は手を上げて「おう」で済ませた。
「何だ? えらく忙しそうだが」
「あれ? ドラールかミゼルちゃんに聞いてない? デグミッドの化け物を退治する話」

 一言も聞いていないが、昨日の事情が事情だけに仕方ない。
 簡単な説明によると、化け物をミゼルとガイネスが退治するが、核を破壊した反動で異常事態が発生することを見越しての備えで結界を張り、屋敷を守っている。

「やけにみんながピリピリしてるわけだ。結界のほうは大丈夫なのか?」
「ええ、それなりに強度なものを張れたわ。みんな謙遜してるけどなかなかの術師でね、結構上質のものよ」
「もし強力な魔獣が押し寄せることになってもか? 戦うだけなら俺も参戦するけどよ」
「ええ、いざって時は存分にジェイクちゃんを頼らせて貰うわ。ある程度の魔獣はこの結界でも凌げるけど時間の問題だからね。けどそれ以外の、異常魔力が起きたら、このままじゃ不安ね」
「どうするんだ?」
「これで今の魔力を底上げするわ」

 手に持っている薄紫色の石を見せた。子供の握り拳程の大きさである。

「なんだ? 宝石か?」
「市販でもあるでしょ。魔獣倒した時の魔力を吸う石。アレより上質なものよ。結界の重点を担ってもらってる術師達に渡してるの。今使うと魔力消費が激しいから、イザって時の切り札ね」
「よくそんなもん持ってたな。バルブラインにあったのか?」
「こういったものはリブリオスにしか置いてないわ。加工技術が七国で一番高いから。最近、あちこち物騒でしょ? だから数個だけど持ってて正解よ。まさか使いどころがすぐにあるんだもの」

 術師としての実力や知識も然る事ながら、緊急時の備え、気構え。ジェイクはエベックの逞しさ、頼もしさを改めて実感した。

「こっちはいいとして、どうやって教会の化け物を倒すんだ? 術は吸収されるんだろ?」
「詳しくはあたしよりベルちゃんに聞いたらいいと思うわよ」
 突然名前を出されたので姿を現わすベルメアは、自分を指差して「あたし?」と尋ねた。
「カムラって言うの? ガーディアンの大技が有効かもって言ってたわ」
 カムラについて、漠然とした知識しか無いジェイクは気になりベルメアへ訊く。
「カムラってのぁ、かなりの魔力を使う技だろ? 吸収されちまうんじゃないのか?」
「いいえ、正確には神力よ。ジェイク達がカムラを使用する際の魔力消費は、神力を技として持続させるための補助であり引き出す為の力なの」
「じゃあ俺が古代の剣これ」腰に下げた剣を持ち上げた。「の魔獣と戦った時、少ししか出せなかったのは」
「消耗してたからね、完全なカムラでもなかったでしょ。魔力量が多かったら持続時間も長いけど、少ないと本当に切り札ぐらいの必殺技にしかならないわ」

 カムラをミゼルが使う。魔力が消費されていない万全状態で。
 魔力量も自身を上回るミゼルが使用するなら、長時間持続出来るとジェイクは思った。

「けどよ、剣構えて突進するんだったら、あの化け物相手には危険じゃねぇのか?」
「カムラは全員で仕様がバラバラなのよ。似てるのもあるかもしれないけど、もしミゼルが特攻か、身体能力が強化されるカムラだったらこの作戦は行わないでしょ。だから術のようなものと思うわ」

 話の最中、エベックは空気が変わるのを感じ、デグミッドの方に顔を向けた。

「どうした?」
「……いよいよ、かしらね」
「何も感じねぇけど」
 ベルメアはジェイクの頭に乗っかった。
「あんた、感知力とかそんなに高くないでしょ」
「うるせぇ、野生の勘ぐらいは働く」
 やりとりが面白く、エベックは真剣な表情が和らいだ。
「張ってる結界はみんなの魔力と技術で主体となる結界を広げてるものでね、一応はあたしの結界も同然なの。だから外の異変を感じやすくなってるの。それでたった今、空気が変わったの。張り詰めたのじゃなくって、質が変わったわ。それに……」
 嫌な魔力がデグミッドのほうで蠢くのを感じる。さらに、徐々にだが迫ってる気配も。
「ジェイクちゃん気を引き締めてね。何か嫌なものが来るから状況を見て対応をお願い」

 臨戦態勢とばかりにエベックの気功が変わった。触発され、ジェイクも剣を鞘から抜き、いつでも戦える準備を整えた。


 ◇◇◇◇◇


 教会内は無数の氷柱が聳えていた。
 床板や残骸を突き破り、化け物の中核目がけて聳えた氷柱は、勢いまかせとばかりに天井を突き破って聳えている。壁から伸びた氷柱は、途中で無理に屈折し、天井目がけて方向を変えていた。
「……見事」
 ガイネスがそう声を漏らす程に魅入った。
 一瞬のうちに生じた氷柱にも対するものだが、全ての氷柱が、虹色の輝きを見える光の幕でも纏っているように見える。陽光を輝かせ、化け物の内側からも光を反射さえて優美に見せた。

「どうやら上手くいった。氷柱を発生させる想像は出来たのだがね、結界を突き破るかもしれんと考えてしまい、全てを天井目がけて伸ばすことが可能かどうか不安であったんだ」
「ほう、所々に見える無理な曲がりは、そういう意味か。しかしなんと魅了する技か。このような場でなければ眺めて時間を忘れたいものよ」
「確かに、初めてにしてはここまで魅了する技だとは思ってもみなかった。まさに神技か」

 雑談の最中、化け物が振動し、顔に当たる部分の表情が驚きと恐怖を孕んだ表情に変わった。
 次第に揺れが増し、地震が発生した。

「……どうやら、核を潰して終了ではないみたいだ」
 ミゼルは剣を構え、魔力の残量を測る。幸い、まだ残っているが、長期戦は確実な死を意味していると悟り、焦りが生まれる。
 外が騒がしくなりだし、ガイネスは気づく。
「外に何かいるぞ」
 警戒しながら外へ出ると、街中で徘徊していた化け物の姿が変わっていた。その形状は、人間のように両手両足、形は違うが頭部も胴もある。
 人型の不気味な化け物達を前に、ガイネスはいよいよ魔力を剣に籠めた。
 教会内の化け物が動き出すか注意しながら出てきたミゼルは、外の化け物を見て、ある化け物が浮かぶ。

「もしや、パルドか?」
「なんだ? この国の魔獣か?」
「まだ会ってなかったか。パルドはかなり高速で攻めてくる操り人形のような化け物だ。バルブラインを覆っていた魔力壁が剥がれてからは、かつての勢力は衰えたが。もしこれがその類いなら、大いに攻撃方法は見極めねばならん」
「ほう、面白い。この俺を前に強者の群れか。血が沸くぞ」
 結界の外へ出ると、一番近い化け物が突進してきた。その速度はミゼルが恐れる程の速さはなく、四足歩行の魔獣の突進と同等。
 ガイネスは容易に飛び退いて躱せた。しかし、斬りかかると魔力を纏った剣であるにも関わらず、なかなかに堅い。

(急所を探し、突けということか)
 ガイネスと同じ手をミゼルも考えた。
 長引けば確実に劣勢に立たされる。屋敷のほうにも向かっている可能性を考えるなら、どのように逃げおおせるか悩ましい。

「わああああ!!」
「何だ! こいつらぁぁ!!」
 騒ぎに乗じて数人の男性達の叫びが聞こえた。
 まさかこの時点で民間人、と思うも、よく聞くと、「怯むな!」「戦え!」など、戦を示唆する声がした。
 もし真っ当な戦士達ならこの場を凌げる戦力となる。
「合流しよう」
 ミゼルが訊くも、ガイネスも想定しており、「遅れるなよ!」とすぐに返される。

 次々と迫ってくるパルドを躱しつつ、二人は騒ぎの場へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傭兵アルバの放浪記

有馬円
ファンタジー
変わり者の傭兵アルバ、誰も詳しくはこの人間のことを知りません。 アルバはずーっと傭兵で生きてきました。 あんまり考えたこともありません。 でも何をしても何をされても生き残ることが人生の目標です。 ただそれだけですがアルバはそれなりに必死に生きています。 そんな人生の一幕

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】天候を操れる程度の能力を持った俺は、国を富ませる事が最優先!~何もかもゼロスタートでも挫けずめげず富ませます!!~

うどん五段
ファンタジー
幼い頃から心臓の悪かった中村キョウスケは、親から「無駄金使い」とののしられながら病院生活を送っていた。 それでも勉強は好きで本を読んだりニュースを見たりするのも好きな勤勉家でもあった。 唯一の弟とはそれなりに仲が良く、色々な遊びを教えてくれた。 だが、二十歳までしか生きられないだろうと言われていたキョウスケだったが、医療の進歩で三十歳まで生きることができ、家での自宅治療に切り替わったその日――階段から降りようとして両親に突き飛ばされ命を落とす。 ――死んだ日は、土砂降りの様な雨だった。 しかし、次に目が覚めた時は褐色の肌に銀の髪をした5歳くらいの少年で。 自分が転生したことを悟り、砂漠の国シュノベザール王国の第一王子だと言う事を知る。 飢えに苦しむ国民、天候に恵まれないシュノベザール王国は常に飢えていた。だが幸いな事に第一王子として生まれたシュライは【天候を操る程度の能力】を持っていた。 その力は凄まじく、シュライは自国を豊かにするために、時に鬼となる事も持さない覚悟で成人と認められる15歳になると、頼れる弟と宰相と共に内政を始める事となる――。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中です。 無断朗読・無断使用・無断転載禁止。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【転生先が四天王の中でも最弱!の息子とか聞いてない】ハズレ転生先かと思いきや世界で唯一の氷魔法使いだった俺・・・いっちょ頑張ってみますか

他仲 波瑠都
ファンタジー
古の大戦で連合軍を勝利に導いた四人の英雄《導勝の四英傑》の末裔の息子に転生した天道明道改めマルス・エルバイス しかし彼の転生先はなんと”四天王の中でも最弱!!”と名高いエルバイス家であった。 異世界に来てまで馬鹿にされ続ける人生はまっぴらだ、とマルスは転生特典《絶剣・グランデル》を駆使して最強を目指そうと意気込むが、そんな彼を他所にどうやら様々な思惑が入り乱れ世界は終末へと向かっているようで・・・。 絶剣の刃が煌めく時、天は哭き、地は震える。悠久の時を経て遂に解かれる悪神らの封印、世界が向かうのは新たな時代かそれとも終焉か──── ぜひ読んでみてください!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...