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三章 裏側の暗躍

Ⅳ 微々たる兆し

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 バザック=ローグス。ディルシア=オー=バルブラインの伯父の子。それが教会内部の半分までを埋め尽くすほど肥大した化け物だと、俄には信じがたかった。

「……これは……なんとも……」
 さすがにミゼルも人間が変化し巨大な化け物を前に、驚きが優先してしまい思考が働かない。圧倒されている気持ちも強い。それはジェイクも同じで、二人の心情をガイネスは察しつつ説明を始めた。
「なぜこうなったかは知らん。ただ禁術が関係しているというだけだ。そして、デグミッド内を徘徊する化け物を潰すには此奴こやつを潰さねばならん。先に言っておくが、”何かしらの方法で元に戻る”などといった救いの手段はないからな」

 やや冷静さを取り戻したミゼルが質問する。

「いやぁ、面食らってしまったが、ようやく落ちついたよ」
 ミゼルの背に隠れるようにいるラドーリオは「ボク、無理」と呟く。
「なぜ彼はこちらを捉えているのに襲ってこないのだ?」
「まだ結界の外だからだ。よく見ろ、教会内に術を敷いているのが分かるだろ。奴に俺達がどう映っているかは見当もつかんが一歩踏み込めばすぐにでも襲ってこよう」

 ジェイクは屋敷にいる術師の情報とエベックの存在、ガイネスの実力から鑑みて意見する。

「どうにか出来そうな人材は屋敷にいるだろ。どうして放置している」
「単純な手段で潰せる化け物ではないということだ。見ろ」
 指差したのは化け物の身体の中心部分。よく見なければ見失いそうなほど、仄かに青く光る何かがある。
「デグミッドに張り巡らされた禁術の主軸となる核がアレだ。これほど分厚く弾力のある身体では武器が核まで届かん。さらに魔力の攻撃も触れた途端に吸収される。此奴がここまで肥大したのはそれが原因だ」

 魔力を吸い巨大化する化け物。確かに下手な術は使えない。

「こんなの、大木で杭でも作って大きな弓で射貫かないと無理じゃないの!」
 ベルメアの意見。それを過去に考えた者をガイネスは思い出した。
「屋敷にいるガキ共と同じ、柔軟な発想だな。手段としては効率的だろうが、費用と人材が不足しすぎで不可能だ」
「そんなの分かってるわよ! 例えよ。た、と、え!」
 ムキになるベルメアを余所にミゼルが意見する。
「ちなみにだが、この結界は誰が?」
「エベックだ。奴はこういった知識が今いる連中より優秀でな。他の者と協力して出来上がった。いくら魔力を吸うとはいえ、結界として術を象れば吸収は無理のようだ」
「偶然分かった事か?」
「だろうな。避難の最中、試してみて気づいている様子だったぞ」

「ねぇ」
 ラドーリオが別の質問をする。
「始めからこの人って教会にいたの?」
 人、と呼ぶ点をガイネスは指摘しなかった。

「突如デグミッドに現われた。俺が訪れて二日後の事でな。あの手この手でようやくここへ閉じ込めた。さっき大穴の残骸を除去したと言っただろ。あれは此奴があそこに居座り捕食していたのでな。いや、砕いただけかもしれん」
「どういうことだね?」ミゼルが訊いた。
「”手当たり次第に食っている”と、多くの者と見て判断した。しかしすぐに吐き出してな、小石ほどの残骸に砕いたそれらをな」
「食って砕き、そして吐く。……食事は何を?」
「襲われる最中、何人かは食われているのを見たが、それらは吐かんかった。生物が食料なのか人間限定かは知らんが、俺等が食料と扱われているのは確かだ。タチの悪いことに、外の化け物は奴から分離したものでな、連中が人間を食えばすぐに本体と融合し、養分を供給しているのだろうな」

 現時点で、生物と魔力が化け物の食料と分かった。

「閉じ込めたのが昨日今日ではないのだろう。なら、さしずめ今は供給した魔力の蓄えで生きているといった所か」
「ああ、毎日見に来てはいるが、三日前より一回り縮小したぐらいだ。見間違えでなければな」
 そしてこの窮地を脱するためにバッシュを待っている。ジェイクは結論づけた。
「化け物退治でバッシュ待ちかよ。魔力が吸われるってんなら奴もお手上げじゃねぇのかよ」
「あやつの探究心を侮るなよ。それはお前も……いや、ミゼル、お前が一番理解してるだろうがな」

 バッシュと共に業魔の烙印を調べていたミゼルには重々理解していた。

「ああ。恐らく奴なら迷わず魔力を用いて観察に打って出るだろうな」
「はぁ? 魔力は吸収するんだろ。なんでそうなるよ」
「使うと言っても少量。しかも性質を変え、形を変え、さらには物理的な傷も奴へ与えながらだ。探求にはそれ相応の変化を読み解かねばならんからな。『魔力を吸収して肥大する』という情報だけで尻込みは私もバッシュもせんよ」
 ガイネスは愉快な気持ちが僅かに湧き出す。
「今も試したいことがあるなら遠慮は要らんぞ。うずきは抑えねばならんだろ?」
 静かに大きめな一息を吐いたミゼルは剣を構える。
「楽しそうに見られても困るが、否定出来ないのは悲しい所だ。さっそくその言葉に甘えさせて貰おう」

 僅かに魔力を剣に籠めて振り払うと、弧を描いた魔力の刃が化け物の身体を掠めた。すると、一瞬だけ空気が冷たく張り詰める。
 ほんの少しの変化にミゼルは何かを感じ取った。

「その様子、傷を負わせるとここまでの変化を起こすと分からなかったな?」
「……ん? ……あ、ああ。予想していない事態で新鮮な驚きさ」
 どこか覚えのある片鱗の正体を伏せ、ガイネスの言葉に合わせて返す。
「おいミゼル、魔力は吸われたけどいいのかよ。なんか身体ん中で蠢いてるぞ」
 化け物の内部の黒い塊が、傷口付近だけやたらと動いている。
「だろうな。あまり魔力を抑えすぎると変化すら起こさんと思い、少し多めに献上したよ」
「いいのかよ。小さくするんだろ?」
「とはいえこのまま放置していても、人間大まで縮小するのに何十日掛かるか分からんだろ。少し危険だが、些細な変化から解決の糸口を見つける他あるまい」

 ジェイクは返答できない。代わってガイネスが訊く。

「それで? 観察初日の成果は得たのか?」
「これといった成果は無いさ。けど何十日も待つ気は無いのでね、しばらくはここに通わせてもらうよ」
「外の連中の餌にだけはなるなよ。誰も同行しなければ神隠し扱いだからな」
「ははは。研究対象の元へ来るのも命がけとは、なかなか愉快な研究対象だ」
 雑談を終え、三人は屋敷へと戻った。



 夕食を終えると、ミゼルは屋敷の屋上へエベックを連れ出した。

「あら、素敵な星空の下で告白かしら?」
「あいにく私は心に決めた女性がいてね。残念ながらバザック=ローグスについてだ」
「確かに残念ね」

 エベックは穏やかな表情で真面目に構えた。

「それで、初見で何か掴めたのかしら?」
「ああ、微かな異変なのだがね。それで君に聞きたいのだが、あの化け物とカミツキなる者達、どういう接点があるのかな?」
 僅かに感じた異変と似た気を思い出していた。
 何かを隠していると思われるエベックは、微かな笑みを浮かべた。
「……気づいちゃったのね」
「あそこまで特殊な力だ。忘れるには時間が短すぎる。それに、彼らと会い、その日に化け物と化した人間だ。何か関係があると考えるのが普通では?」
 ”それもそうね”と言いたげな表情をエベックは見せた。
「腑に落ちないのはそれだけではない。化け物を閉じ込めた結界もだよ。化け物の力に触れ、君が関係していると分かると、偶然の一言で済ませるわけにはいかなくなった」

 すぐにエベックから言葉が出なかった。
 秘密を言い当てられて口封じに出るかとミゼルは構えていたが、相手から気功も魔力も戦う意思が感じられない。
 
「君は、いったい何が目的なんだね?」
 少し間が空いた。
「………答えても良いけど、一つ条件があるわ」

 告げられた条件には疑問しか浮かばなかった。しかし続く説明に、ミゼルは化け物退治のことなど忘れさせてしまうほどであった。
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