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三章 裏側の暗躍

Ⅲ デグミッドの化け物

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 夕方、野獣狩りからジェイクとミゼルが戻ると、先にガイネスが狩りを終えていたと出迎えた子供達から聞いた。さらに勝手に教えてくる情報では、大人ほどに大きい鹿のような野獣を仕留め、大人三人がかりで持って帰ってきたとある。一方でジェイク達は小動物と野鳥、それぞれ三匹ずつである。
 子供達は獲物の大きさで優劣を決めようとはしゃぐが、大人達は「食えるならどんな肉だって有り難いよ」と言い感謝してくれる。

 野獣狩りの成果より、ジェイクの態度の変化をエベックは気にする。

「……ミゼルちゃん、ドラールとジェイクちゃん、何かあったの?」
 ジェイクは普段通りの態度と怒りや苛立ちを抑えているがエベックには見抜かれている。先に戻ったガイネスからも違和感を覚えたようだ。
「ははは、色々あってね。とりあえず相性は悪いと分かったよ。だが問題はないさ」
 苦しい言い訳だとミゼルは思っているが、他に言葉が浮かばない。
「あらぁ……、強い者同士で協力しあえば、この禁術も早く解けると思ったのにぃ。上手くいかないわね」
「ん? 強者がいればこの禁術が解けると?」
「あら、ドラールから聞かなかったの? デグミッドにいる化け物の話」
「話の途中、野獣の気配を感じて中断してしまってね。これから聞くところだ。出来れば君の意見も聞いてみたいのだが」
「聞くも何も、デグミッドへドラールと行った時に知るだろうし、彼が勝手に話してくれるでしょ」
「まあ、そうなのだが……」

 ミゼルの視線でジェイクとガイネスの不仲を気にしてるとエベックは察した。

「なるほどね。ミゼルちゃんも気苦労が絶えないわね」
「察してくれると有り難いよ」
「いらぬ気遣いなど無用だ」
 二人の背後からガイネスに声をかけられ、油断していたミゼルとエベックは身体をビクつかせて驚いた。
「あら、盗み聞きなんて悪趣味よ」
「人聞きの悪い。戻った最中、俺の話を勝手にしていただけだろ。それはいい。ミゼル、知りたがっているデグミッドの化け物について教えてやろう。奴も連れてこい」
 勝手に進めようとするも、ガイネスとジェイクの関係をどうもミゼルは気にしてしまう。
「その前に」
 ガイネスはその心中も理解し、すぐに返事する。
「案ずるな、俺からは何もせん。すぐそこで待つ。さっさと連れてこい」
 颯爽とデグミッドの方へガイネスが向かい、ミゼルは一息ついてからジェイクを呼びに向かった。



 デグミッドへ降りる階段とは別に、地面を掘って作られた巨大な円筒形の大穴がある。そこがデグミッドへ向かう入り口であり、下り坂ではなくらせん階段が壁沿いに設けられていた。三人はそれぞれに松明を持って降りた。

「これは、遙か昔より設けられていたのかな?」
 禁術が発生した時期から作っても、ここまで広大な通路は出来ない。先人の遺跡と考えるのが自然であった。
 大穴の底へ目を向けると、出口とされる穴から光が差し込んでいた。
「俺はこの国の出生ではないから知らん。だが避難用に拵えたとは憶測が立つぞ。見ろ」
 松明を階段へ掲げると、所々に模様がある石板の残骸が見られる。
「今は荒れ果てた後ということか。しかしこうも足を踏み外せば転落してしまいそうならせん階段が避難経路とは考えにくいものだ」
「恐怖心を煽るだけの無意味な空間に何か巨大な建造物があったのかもしれんぞ」
 黙って聞いていたジェイクが口を開いた。
「だったら残骸くらいあるだろ」
 言葉に突っかかる所が窺える。
「それは除去されたのだろうな」
「ああ?」
 挑発的反応に乗らないガイネスは、らせん階段の底を見るように促した。

 ミゼルとジェイクは、言われたとおりに大穴の底を眺めると、しばらくして影がかかり、やがて光が差し込んだ。その動きは何か巨大なものが通ったようである。

「今の……何?」
 ベルメアが聞くも、「飛んで見てくれば良いのでは?」とガイネスが返し、すぐに答えを教えない。
 ベルメアはラドーリオと共に出口へ向かうと、壁に隠れながら恐る恐る外を眺めた。すると、影の本体に驚き、急いで戻ってくる。

「大変よ二人とも!」
「あれ、絶対危険だよ! 帰ろう」
 怯える二柱を見て、ガイネスは声を上げて笑う。
「ははは! 神ともあろう者が情けないではないか。ここまで生き残った剣士を前にして何を及び腰になる必要がある」
「だ、だってぇ……化け物がぁ……」
 ベルメアの情けない声に、ジェイクが返事した。
「心配いらねぇよ。外に何がいるか知らねぇが、あれだけ奴が大声出してもその化け物が入ってこねぇだろ。ここが安全な証拠だ。何かしらの術で護られてるなら、避難所として使えば良いだけだ」
「ほう、なかなか冴えているな」
「慣れただけだ」
 言葉のやりとりはまだ棘がある。
 二人の関係を別に、ミゼルは違和感を覚えた。

「妙な話だ。先ほど仮説の話だが貴殿はこの大穴に何か建造物があった可能性を示唆し、その後に除去されたと口にした。しかし外にいるとされる化け物は中に入れない。何が除去したのかな?」
「それは奴と会ってから話す」
 ガイネスは外の化け物に関する話を続ける。
「バルブライン王国から広範囲でかかる禁術内ではデグミッドのような所がいくつかあるそうでな。二柱の神が見た化け物が跋扈ばっこする所では、親玉を殺せば術は解ける」
「やや詳しすぎる所が腑に落ちないなぁ。なぜ貴殿はそのような情報を?」
「屋敷近辺に避難する連中の中にそれなりに腕の立つ術師がいてな。そいつの情報だ。生きて帰ればそいつらに聞け。半信半疑ではあったが、デグミッドの内部を見て確信に変わり、何体いるか分からん親玉を潰せば禁術を起こした本命へ辿り付けるのでは? と仮説が浮かんだわけだ」
「本命? そんなにややこしいの?」ラドーリオが訊いた。
「禁術という枠で考えれば疑問に思うのも当然だが、禁術というのは、異常を起こす術を一括りで禁術と呼ぶ。数多ある系統の違う異常な術。その一つがこれよ。仮説が正しいなら、術の均衡を保つ軸を払えばいいだけのことだ」
 再びジェイクが棘のある口調で訊く。
「そうまで言うならどうしてデグミッドはあのままなんだ。この後に及んでバッシュがいねぇと街の親玉を倒せねぇってか?」
 怪しい笑みを浮かべるガイネスは「まあ待て」と言う。丁度、三人は大穴の底へと辿り着いた。

「俺が手を拱く理由を教えてやろう。ここを出て家屋を五棟越えた先に教会がある。食われんようについてこい。死んでも保証はせんがな」
 平静を装いながらも挑発に乗ったジェイクは、古代の剣を抜いた。
「誰に言ってんだ。ああ?」

 深い溜息をミゼルとベルメアとラドーリオは吐く。

「どうでもいいが、早く向かおうではないか」
「気を引き締めろよ。……ついてこい!」
 機会を見てガイネスはらせん階段の大穴から出た。

 後に続くミゼルとジェイクは、デグミッドに徘徊する化け物を見て驚いた。

 建物ほどに大きな、手足が細く、胴体と頭が大きい”形状が歪な人”と思える化け物。身体全体の色合いは黒ずんだ紫色か赤色。どういった部類かは分からない。大きな目を見開いて襲ってくる姿は魔力や気功などの力は関係なく迫力がある。

「奴らは雑魚だ! 人を殺すように斬れば足止め出来る!」
 先頭を進むガイネスは魔力を纏い、次々に襲ってくる化け物を斬った。
 ”殺す”ではなく”足止め”と言った理由は、寸断された化け物が、氷のように溶け出し、やがて泥のように蕩け、再び形作りだした変化から窺える。化け物を相手にするのは、一方的に疲弊を強いられる消耗戦でしかない。
 理解したジェイクとミゼルは、ガイネス同様に襲ってくる化け物を次々に斬って足止めし、先へと進んだ。幸い、化け物の動きも再生も遅く、攻撃も手足を伸ばして叩く、蹴るの単調なもので読みやすかった。


 どうにか教会へと辿り着くと、教会を囲う柵から内部へ化け物が入ってこなかった。

「理由は知らん。神聖な場所故に奴らが近づけんか、中にいる奴が影響して奴らが入ってこれんかだ」
 無駄な雑談をしないのか、ガイネスはさっさと教会へと向かった。

 勢いよく扉を開くと、中にいる奴が嫌でも目に飛び込み、ジェイク達は外の化け物以上に驚きを露わにする。さらに衝撃的な言葉をガイネスは告げた。

「奴はバザック=ローグス。ディルシア=オー=バルブラインの親戚だ」

 人間ですらなくなった化け物。素性が王族の関係者。
 驚く二人を余所に、化け物は首を垂らし、見開いた目で三人を見つめた。
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