上 下
22 / 202
二章 異形の魔獣

Ⅵ 退けた者

しおりを挟む
 異質な力を放出した剣の人物の動きが激変した。
 間合いを詰める速度が著しく上がったことにより、ミゼルが剣の人物に気づいた時には(速い!)と、言葉にするより実感してた。
 反応は遅れたが、戦慣れして鍛えられた反射神経と成長していたラドーリオの加護が作用して、意識するより身体が自然と後方へ退いたおかげで傷は浅く済んだ。しかし、剣の人物はすぐに追い打ちをかけ、連続した剣術を見舞った。

(ミゼル!?)
 ラドーリオが心配するも返事はない。それほどまでにミゼルは防戦に集中している。
 剣の人物の素早い切り込みは、さすがにミゼルでも防ぎきれず切り傷が身体に所々刻まれる。
 難敵を前に焦るミゼル。さらに傍目にチラリと映り込んだ槍の人物も異質な力を発揮して攻めてくる姿勢であった。咄嗟に浮かんだのは、弓矢の人物も連携をとって攻めてくると思考を働かせた。

 万全の対処法などまるで浮かばない窮地。
 対抗の一手があるなら烙印技しかない。控えは三つしかなく、空間術に巻き込まれた現状ではあまり使いたくはない。しかし出し惜しんでいては殺されてしまう。
 背に腹はかえられぬと、使用の思いを固め、飛び退こくついでに烙印を右腕に発生させた。

 ミゼルへ追い打ちを剣と槍の人物は仕掛けに向かうも、槍の人物が烙印に真っ先に反応し、急遽足を止めた。

「退け! ビダ!」
 ビダと呼ばれる剣の人物は、咄嗟の反応と槍の人物の声が被って動きを止め飛び退いた。
「どうなってるムイ! 連中は死んだんじゃなかったのか!」
「知らん。そして腑に落ちない。ヤツがアレを持ち、どうしてすぐに使わなかったのか」

 駆け寄る弓矢の人物が二人に話しかけた。

「ねぇ、アレって、“ゾルグ”の」
「だろうな」ビダは異質な力を抑えた。

 三人の話は聞こえないが、烙印を発動させてから急変する態度から、烙印に何か原因があるとミゼルは直感した。
 また、この局面で距離を置いてくれたのは有り難くあった。

(ミゼル、あの三人、どうして?)
(さあね。けど一度仕切り直せるのは有り難い)
(なんか、烙印に反応してたように見えるけど……)
(ああ、烙印これが何かしら意味のあるものなのだろう)
 腕の烙印に目を向けた。
(それ、ミゼル達の世界の特殊能力じゃなかったの?)
(正確には類似点が多い力だよ。私の世界にあった業魔の烙印は、生物の生命力を動力源とする秘術のようなものだ。この世界では扱い方の大半は似ていたが、どこか禍々しさが消えていた。謎は多いがこの世界独自の力だろう。どうして私の世界の住人に扱えるかは不明なままだがね)

 三人に気づかれないよう、微弱な魔力で治癒術に励む。烙印を発動させての治癒術なので、力はそちらに注がれてしまい、回復は早いが貴重な一つを消費してしまった。

 三人は再びミゼルのほうを向く。
「仕切り直しだ。ヤツがあの力を使う理由は知らねぇが、ここで潰せば良いだけだろ」
「待ってビダ。本当にいいの? 援軍とかあるかも」
 弓矢の人物は女であった。
「よく考えろキュラ。さっきの戦いで使った時、こちらの様子を伺いつつだ。もし連中の一味ならはなっから殺す気で来るだろうよ」
 ビダの言葉に納得したキュラ、そしてムイも武器を構える。

 治癒出来たのはほんの僅か。
 もう少し時間を求める現状がもどかしくあった。
(来るみたいだよ!?)
「ああ。これは本腰を入れて烙印を全て使い切る姿勢で向かい合わなければなさそうだ。それで生き残れたら重畳だろうさ」

 再びビダ達は異質な力を纏う。今度は三人同時。
 ミゼルは剣を構え、烙印を籠める気を伺い、相手を睨み付けて集中する。誰かが動けば激戦開始となる程、空気は張り詰め、双方が留める力が威圧感を燻らせていた。

「無理はしない方が良いわよ!」
 ミゼルの背後で声がした。
 一同が声の方を見ると、そこに腕を軽く組んで立つ人物がいた。殺気も敵意も感じない、見るからに人間であった。
「私に向けての言葉かな?」
「ええ。彼らに一対三で戦うのはかなりの困難よ」
 男か女かは不明だが、ミゼルは気にしなかった。

 突如現われた人物を見たビダ、ムイ、キュラ。ビダは冷や汗をかき、ムイは手が震える。

「おいおい、どういった状況だよ」薄く笑みを顔に滲ませ、ビダは恐れた。
「……いや、いやよ」
 キュラは恐れから情緒が安定せず、震えの汗が止まらない。
「待てキュラ!」
 ムイの呼び止めも虚しく、キュラは異質な力を極限まで引き上げ、弓を引いた。
「いやあああぁぁぁ!!!」
 放たれた矢は空中で数を増やす。その数は五十。

 反応が遅れ、突然の窮地にラドーリオとミゼルは焦る。
(ミゼル!)
「これは」
 躱しきれないと判断し、烙印技で凌ごうと構えた。すると、行動するよりも先に背後から無数のナイフが矢へ向かって放たれた。数は不明だが、キュラの増やした矢は全て相殺し、まだ余力を残してビダ、ムイ、キュラの元へと向かう。

「逃げるぞ!」
 ムイが異質な力を籠めて地面を槍で突き刺すと、地面から無数の石つぶてが真上に飛び、さながら壁のようになる。石つぶてはナイフを打ち砕き、それでも石つぶてが治まらず壁を維持した。
 しばらくしてムイの技の効果が消えると、三人の姿がないことを確認した。気配もない。

「すまない。命拾いしたよ」
「気にしないで。ちょっと見回りに来たら、大変な事になっていたから」
 見回りと聞いて不審を抱く。
「まるでここに住んでいるようだが? まさか、この空間術は君が?」
「エベックよ。住むっていうより避難が正解かしらね。あと、これは空間術じゃなく禁術よ」
 ラドーリオが姿を現わしてミゼルに訊いた。
「禁術って解けたんじゃあ……」
 エベックはラドーリオに目を向けた。 
「あら、可愛らしいお連れさんね。貴方もガーディアンかしら?」
「おや? 君も守護神の姿が? 魔女の討伐者かな」
「ええ。十英雄って聞いた事ある?」
 ラドーリオは頷き、ミゼルは「ああ」と返す。
「私もその一人よ。今は色々と訳あって、近くの街で禁術に巻き込まれてこの有様だけど」

 無くなったはずの禁術。
 異質な力を放つ異形の人間。
 現状の事態。
 これだけに留まらないだろう情報。聞くことは多くある。

「私はミゼル。守護神のラドーリオ。呼びやすくラオと呼ばせて貰っている」ラドーリオは小さく頭を下げた。「現状打破の為に色々教えて欲しいのだが。宜しいかな?」
「ええ。けどその代わりに協力して」

 話の途中、魔力と気功が波のように押し寄せるのを感じた。

「ミゼル、もしかしてジェイクじゃ」
「だろうな。エベック殿、もう一人助けたい者がいるのだが」
「急ぎましょ。あの方角はちょっと面倒なヤツがいる所よ」

 エベックが先導し、ミゼルはジェイクを助けに向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

モブです。静止画の隅っこの1人なので傍観でいいよね?

紫楼
ファンタジー
 5歳の時、自分が乙女ゲームの世界に転生してることに気がついた。  やり込んだゲームじゃ無いっぽいから最初は焦った。  悪役令嬢とかヒロインなんてめんどくさいから嫌〜!  でも名前が記憶にないキャラだからきっとお取り巻きとかちょい役なはず。  成長して学園に通うようになってヒロインと悪役令嬢と王子様たち逆ハーレム要員を発見!  絶対お近づきになりたくない。  気がついたんだけど、私名前すら出てなかった背景に描かれていたモブ中のモブじゃん。  普通に何もしなければモブ人生満喫出来そう〜。  ブラコンとシスコンの二人の物語。  偏った価値観の世界です。  戦闘シーン、流血描写、死の場面も出ます。  主筋は冒険者のお話では無いので戦闘シーンはあっさり、流し気味です。  ふんわり設定、見切り発車です。  カクヨム様にも掲載しています。 24話まで少し改稿、誤字修正しました。 大筋は変わってませんので読み返されなくとも大丈夫なはず。

処理中です...