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一章 烙印を制す剣

ⅩⅡ 裏の顔

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「……ひでぇ扱いだな」
 ディルシアの悪政、六星騎士の経緯や扱われ方を聞いたジェイクは、深い息を吐くように言葉を吐いた。
 思い出すだけで忘れていた恨みが蘇り、シャールの眉間に皺が寄り、右手の握り拳を左手が包んで握る。

「あの野郎は百回殺しても殺したりねぇ恨みしかねぇ。けど何も出来なかった。俺一人が足掻いたところで抹殺されるしか未来がなかったからな」
 一国の王の周りに強力な護衛がいないわけがない。いくらシャールに術の知識があり、機転の利く頭脳を持ち合わせ、行動力があろうとも勝ち目はなかった。辛うじて暗殺を画策しても、シャールに実戦経験は無く相手にはそれがある者がいる。
 どう足掻こうとも不利でしかない。

「じゃあアードラを未だに気を許してねぇのは、まだ下に見ると思ってるのか?」
「アードラは確実に反ディルシア派だ。それらしい言動や今までの様子から嘘はないだろうな」
「さっき言ってた、”俯瞰して見る”必要ねぇんじゃねぇのか? ディルシアは死んでるしバルブラインも荒れてる。素直に協力すれば」

 シャールは「いや」と呟き、少し間を置いて語った。

「ヤツは別の意味で警戒してる。これが俺等の敵に回ればかなり厄介かもしれねぇからな」
「あり得ねぇだろ。何をどう見たらそうなる?」
「ディルシアは血族だろうが親戚関係だろうが、価値無しか目障りと思えばあっさり殺すようなクズだ。そんな王を前に、親族内での勢力面が弱い、弟であるアードラは果敢にも不服申し立てをし続けていた。どう訴え続けてもディルシアには敵わず、苦言をぶつけられつづけてたがな。そんなアードラがなぜ生き残れたと思う?」

 少し考えると、どうしても『政治手腕が良かった』としか思いつかない。

まつりごとをするには最適な人材だった。あとは……不満をぶつけるには丁度良かったからか?」
「確かにアードラは人材として不良ではないだろうな。今が良い証拠だ。だが、一番は脅威でしかない立場だろうな。ディルシアも警戒する程の人物だ」
「言われたい放題のヤツへ警戒って、矛盾してねぇか? 嫌なら殺せる立場だろ、ディルシアは」

 少し迷い、やや躊躇いながらもシャールはある組織の名を告げた。

「……ゾーゴル」
「なんだ? ゾーゴル?」
「ザッと言えば裏の組織。密輸は勿論、人身売買や違法物の横流しなんてのもしてる。他にも危険な商業を行う連中だ」
「アードラもその組織に関係してるってか?」
 シャールは迷わず、ゆっくりと頷いた。
「俄には信じられねぇな。今のアードラに不穏な雰囲気がねぇ。真面目に復興に取り組んでるだろ」
「どこまでがヤツの本性か不明だ。それにゾーゴルもいくつかの派閥があってな。どういった部類の組織に属してたかまでは分からん。一概に悪人とも言えんが善人とも言いきれん」
「考えすぎじゃねぇのか? もしくは、アードラに恨みを持つヤツが嵌めようと嘘情報を流したとか」
「コレは確かな情報だ。さっきディルシアの話で言った、得体の知れない魔獣討伐があったろ」

 それは、魔獣に属しているが見た事のない形状、化け物と言い換えれる存在の魔獣。

「あの魔獣の出現場所を言い当てた連中の一人がアードラだ」
「下の連中に調べさせたんだろ。それだけじゃ」
 どうしてもアードラを擁護するジェイクは、次の発言に反論出来なかった。
「その化け物は元が人間だ。しかも、どんな術師が術を用いても出現場所が読めない」
 今までのシャールを知る反面、嘘を吐いているとは思えない。術の知識もあり、周囲にもずば抜けて魔力や術の知識に長けた人材がいるシャールの言葉は信用に値した。
「……おい、人間って」
「これは俺の推測だ。ゾーゴル内で人体改造で魔獣を作る研究をされていた。その失敗か実験体が野に放たれたんだろ」
「人間を化け物に? そんな事に使える人間なんていんのかよ」
「死刑囚や重罪人が妥当だろ。研究成果が確立され、常用出来る技術となれば戦争にも使える。一般人を人質にし、機会を見て化け物へ変えて襲わせる残虐な方法も考えられるからな」
 想像するだけで悪魔の研究としか言えない。
「研究の出来は不明だが、どうあれ現われちまった化け物の処理に俺等が当てられた。表向きは処理だが、裏では化け物がどう動くかの情報が欲しかったのかもしれねぇ」

 この情報をディルシアが知らないというのは不自然だろうか?
 もし、知っていたなら大々的に悪用していた可能性がある。それがないというのは、水面下で反ディルシア派閥の者達が、ゾーゴルに関係していた者達の動きを観察し、使用していたのかもしれない。
 ディルシアが警戒してアードラに手を出せなかった理由。もしかしたらゾーゴルにディルシアさえも恐れる何かがある可能性も浮上する。

「ゾーゴルに危険過ぎる何かがあるのか? ディルシアも絶対ゾーゴル絡みって気づいてるだろ」
「一番大きい存在はリブリオスだろうな」

 大国リブリオス。外交が乏しく情報も少ない、壁に隔てられた国。ディルシアも恐れるあまり関わりを持とうとしなかった国でもある。

「ゾーゴルはリブリオスが発祥って噂もあるくらいだ。まあ、そう結びついても可笑しくねぇだろうな。あの国から密輸出来るってなりゃ、国外の奴らが介入するより、内部の連中が広める方が自然だ。ゾーゴルにちょっかい出すってなったら、一国の軍事力を相手にすると考えりゃいい」
「おいおい、お前の推測が合ってるなら、危険な連中とアードラが関わってるぞ。大丈夫なのか? 魔力壁が消えたから、またそんな連中が押しかけてくるかもだぞ」
「だがまだ目立った動きを見せないしアードラも冷静だ。何かがまだあるのかもしれねぇな」

 話の区切りになるはずが、ある事を思い出した。

「そういや、ゾーゴルはゼルドリアスとも関係してるって情報もある」
 大昔から魔力壁に覆われて誰も立ち入れないとされた、謎に包まれている国。どうして、どのように関係しているか、謎しかない。
「さすがにデマだ。出来たら……」

 ジェイクは気づいた。表に出ない裏の組織なら何か手段があるのだと。さらに、国も人も介入出来ない国では、化け物を作るには最適だ。

「これも確かな情報筋からだが、仮説のような口ぶりだ。向こうもさすがに”ゼルドリアスから”ってので俄には信じ切れなかったんだろうぜ」
 しかし、それでゼルドリアスの名が出るのだから、何かあるのは明確であった。

「それも踏まえてお前が調べに行くと? その話を聞いちまったら、見過ごす訳にはいかねぇぞ。俺も連れて行け」
 言うと思ったのだろう、僅かに呆れた顔を滲ませて溜息を吐かれた。
「お前は色んな連中と親しすぎて目立つ。ゼルドリアスへ行く口実を考えただけでもアードラの息が掛かったヤツが同行するだろうよ」
「けどな」
「落ち着け。俺がこっそり行くのは最終手段だ。何か口実が出来りゃ、アードラに提案して向かう」
「絶対だぞ。約束しろよ」

 了承すると、勘の良い人物の顔が浮かんだ。

「ミゼルにも黙ってろよ。あいつは勘が鋭すぎる。興味本位でこっちの味方にもなるだろうが、急に俺がヤツと親しくするのは不自然だからアードラ達に勘ぐられる危険があるからな」
「じゃあ、どうすりゃいいよ」
「何もするな。この話もなかったことにしろ」

 演技が下手なジェイクを余所に、自分で事を進めるしか手段はない。

「……俺、信用無しか?」
「腹芸が出来ねぇ実直なヤツ。大抵の連中は見てるぜ。だから信頼はあるだろうが嘘は任せられねぇ」
 図星をつかれ、何も言い返せない。
「この話は秘密にしてろよ。バレたらバレたで強硬手段に出るだけだが、俺の安否を心配するなら、しっかりバレねぇように頼むぜ」
 最後に、「信用するぜ」と、皮肉が籠められる。

 不安が募るジェイク、思惑を抱くシャール。互いに別々の心情で今後の事を考える。

 これから予想だにしない方へ事態が進むとも知らずに。
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