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一章 烙印を制す剣

Ⅸ 奥の手

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 頭に浮かんだ手段は”剣を出現させ突進攻撃”であった。
 弓矢やトウマが使用する魔術といった飛び道具のような技も候補にあった。しかし、発射した物が魔獣へ命中しても、込めた魔力が脆弱であれば、魔獣が発する並々ならぬ魔力の壁を突き破り絶命させられないと思った。もし失敗すれば突進の餌食となりジェイクは死ぬ。
 不安要素が多い飛び道具に頼るのは博打でしかない。
 剣にありったけの力を籠め、互いの勢いがぶつかり合う衝突力が魔獣の魔力を一点突破できるものであると直感した。
 この策にも不安があるとするなら、衝突時、身体が無事で済むかどうか。ただ、飛び道具よりも生き残る確率が高いと思えるのは、剣に込める魔力と全身を護る魔力の比率が浮かんだ事にある。
 今までの剣を使用して戦場を生き抜いてきた勘が働いたのだ。これは、飛び道具使用時を想像する上で上手く機能しない勘よりも優れている。

 突進攻撃しか手はない。手元にない剣は具象術で補えば良い。
 “剣は確実に出現できる・・・・・”。
 あたかも可能であると思考が、魔力が、働いた。
 本来、ジェイクは具象術を得意としない。満身創痍の、すでに簡単な術すらも不可能なジェイクが具象術を可能と判断できるのはベルメアが告げた”奥の手”を知ったから。
 知った途端、前々から知っていたように方法や効果を理解した。


 遠くから高速で突進してくる魔獣を見定め、いつ突進すれば良いか、技をいつ使うかをジェイクは考えた。それはまさしく勘である。前世で培った、戦場で働かせて効果的と思える行動を取らせる感覚。
 魔獣の魔力は巨大な壁が迫るような印象を与え、威圧で身体が押さえつけられ、腹部に負担が掛かるピリついた感覚を与える。気を抜くと立ち上がり足掻く思考すら働かなくなりそうなほど強い。

 ジェイクは見定めに徹した。ただ一点、仕留める為の行動を想像し、それを実現させる為の力の配分を考えた。衝突の反動で身体が壊れないようにするために。

(…………ここだっ!)
 長く感じた緊張の時間。直感で判断した突進の好機。
(行くぞベル!)
(うん!)
 ジェイクとベルメアは集中した。

 迫る魔獣の速度は近づけば近づくほど加速度を増して早くなる。
 魔力が内部から増大し、紫の炎を纏っているように見える。既に炎を纏った大岩が迫っているようだ。
 近づく度に魔力配分を更新していかなければ読み間違える。
 たった一度の突撃。走って、跳び、突き刺すだけの単純作業。けれども考え続けなければならない。

 もう後には退けない。
 成功する事だけを頭の中で想像し、決着に行き着くまでの想像を定着させる。
 最後に魔獣を倒した自分の姿を思い描く。

 何処を貫くか。
 転生して間もなく襲ってきた魔獣の、眉間にある目を貫いた光景が蘇る。

 ”勝てる。絶対勝てる!”
 確証はない。ただ、本心がそう悟った。

 ここぞとばかりに跳躍し、魔獣の顔面と同じ高さへと至った。
 今、ジェイクとベルメアの意識が同調した。

「カムラァッ!!」

 叫ぶと同時に、両腕から熱い力を感じ、それが両手にこもると一瞬で剣が出現する。重さはあまり感じない大剣が。それは刃も柄も鍔も白銀のものである。
 出現したのは剣だけではない。両腕にも異国の衣装の袖らしきものが現われる。
 しかし全身まで変化は至らない。ベルメアが言っていた通り一瞬の出来事だった。

 ジェイクが起こした、転生者独自の必殺技・カムラは、両腕に現われた袖から爆ぜるように消えていき、やがて剣に至る。
 この爆ぜて消える『力切れの現象』が袖から起きたのは嬉しい誤算だった。

 カムラが起こせる奇跡はジェイクの頭の中で潜在していた知識のように思い出されるが、どういった消え方をするかは、一瞬で全てが消えると浮かんだからである。
 このような誤算が生じたのは、想像が完全にカムラを起こした姿だからである。変化途中では進行が止まり、徐々に消えるからである。
 とにかく、ほんの僅かに残った余裕のおかげもあり、魔獣の眉間に刃が届き、衝突力が剣を深くまで至らせた。


「グガアアアアアアアア――――!!!!」

 眉間を突き刺された魔獣が暴れ回る。この世界では即死まで僅かな時間でみせる魔獣の抗いを見てきたジェイクはそう思った。だから、剣の柄を片手で掴み、身体は魔獣の頭部へしがみつかせ、左手で体毛を掴んだ。

 魔獣は頭を天へ向け、咆哮した。一度なら絶命前の叫びなのだが、頭を刃で貫かれているのにしばらく叫び続けている。

(どう、なってる?)
 最初の咆哮が終わると、いよいよ力が手足に入らなくなったジェイクが地面へ落ちる。
 カムラの余韻か、無理をした反動か。身体を気功と魔力が混同して纏い、地面へ落ちた衝撃はかなり緩和された。

 魔獣は落ちたジェイクを踏みつける行動に移らず、延々と叫び続けた。
 魔獣のすぐ下でいつ踏み潰されるかとジェイクは思い、生きた心地がしない。

「ジェイク」
 傍にベルメアが現われて心配する。
「……どうなって、――ぐっ!」
 全身に痛みが戻る。もう、なるようになるしかない。

 魔獣が気づいて踏みつけるか、このまま難を逃れるか。

「残念」
 突然、ジェイクを覗き見る存在が視界に入る。
 それは全身が白い光に覆われた”人の形をしている存在”としか言えなかった。
「なっ……んだ?」

 ベルメアは距離を置いて浮遊している。その表情は目を見開いて驚き、絶句している。

「どうやら僕が君に使われる側になったようだ」
「……誰……」
 いよいよ声を出すのも辛くなる。

 光る人間はしゃがみ込んでジェイクをジロジロと眺める。

「えっと……烙印。だね。……うん。なかなか面倒な歪み方をしてしまったようだ。分離し、独自の進化を遂げたんだな」
 現時点で烙印は備えていない。
 身体に宿る力の片鱗を読んでいるように、光る人間は呟いている。
「……原理は、まあ……同じか。…………あ、そうか、守護神が」

 何かに気づいてベルメアへ目を向けているように頭を動かす。

「……へぇ。三十六か……あれ? 違う」
 再び頭をジェイクへ戻して立ち上がる。
「まあどうでもいいや。それより君、今までこの力・・・に頼りっぱなしだったよね」

 念話で(ああ)と答えた。それほど声が出ない。
 どうやら相手には伝わった様子である。

「これからは戦い方考えないといけなくなる。それが剣の所持者たる君の役目だ。剣を手にしたら大抵の事は分かるけど、君みたいな人間はついつい忘れてしまいそうだから、念押しで言わせてもらうよ。剣は折れないけど、負担がかかりすぎると君の身体に影響を与えて傷つけてしまう。剣の強度は君の内蔵する力で変動するけど、それでも無理な時が必ず来るのは、戦場に慣れてる君には分かるでしょ。だから絶対、力を過信しないでよね。あと、烙印技……って、言った方が分かりやすいか……、ソレの使いどころも間違えないように。後々大変になるから。じゃあ、短い間だけどよろしくね」

 説明と挨拶が終わると、魔獣が眩く発光した。
 目を覆いたくなるほどの強い光が、間もなくして空間全土へと広がった。
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