上 下
8 / 188
一章 烙印を制す剣

Ⅳ 護衛?

しおりを挟む
 ミゼルの案内でゼノアはリネスの屋敷へ訪れた。
 『グメスの魔女』の噂から魔女の塔の雰囲気を想像していたゼノアは、屋敷の雰囲気がまるで違ったことに驚いた。さらにリネスの姿が想像とはかけ離れた物静かな美女であり驚いた。

 丁寧にゼノアが挨拶を済ませると、「後は頼んだよ」の一言を残し、ミゼルは仕事へ向かった。
 ミゼルの身勝手に事を進める事が日常と捉えているかのように、リネスは動揺一つ見せず居間へゼノアを案内した。

 席に着いて待っていると、しばらくしてリネスが紅茶と茶菓子を運び、向かいの席へ腰かけた。

「……あの、私は護衛の任を受けた次第です。来客では……」
「ええ。先ほどミゼルが仰ってましたので、強引に進められたのは察しが付きます」

 まるでミゼルの思いつきに慣れている落ち着きようだ。

「……それは、護衛の打ち合わせなど……」
「まったく。突然訪れて護衛を置いていったのでしょう。私への気遣いかと」
 リネスは紅茶を一口飲んだ。
「いつもの事ですよ。身勝手で強引、それでも気遣われているような……」
 言葉の締めが纏まっていない。どこか照れている様子が微かに窺える。

「では、私はどうすれば? もし、何から護れば良いかだけでも教えて頂ければ」
「考えられる要素と致しましては、魔力体の化け物。……ゼノア様は魔力を扱われるのに長けているようにお見受けします。敵となる存在が出現すれば気づかれるかと」
「ははは。未だ素性が明らかではない敵ですので、なんとも言えませんが。常に気を張り、我が身に変えても御守り致します」
「心強い御言葉、感謝致します。ですが、現われるかどうかも不明ですし、彼が気づけば相応の対処をするでしょう。出現が定かではない相手に気を張り、警戒し続けられても私は退屈です。だってそうではありませんか? お話が出来る方を前にして黙ったままなんて」

 そうは言うものの、ゼノアも話し相手として対等に向き合える話題はない。そちらに緊張する。

「ですが、私は戦士として生きてきた身の上。リネス殿には些か退屈かと」
 リネスは少し悩み、人差し指を立てた。
「一つお願いを聞いて頂けませんか?」
「えっと……、出来る事でしたら」
「お互いに敬称付けを止めに致しましょう。その方が気楽ですから。それに、私は貴族でも王族でも御座いません。むしろ、最近まではグメスの魔女と恐れられていたのですから。気楽に話しても申し分ないのでは?」
「いえ、どのような御仁であれ、礼儀礼節を弁えるのは当然の」
「では、お出しした紅茶に手をつけてくださっても宜しいのでは?」

 微笑んで返され、ゼノアは躊躇いながらも従った。
 一口。少し冷めた紅茶を飲む。すると、美味しい。の言葉では表せない、心地良さが沁み渡る。

「……美味しい。じんわりと染みこんでいく感覚で、残る香りが心地よい。……初めて飲みます。これは、何処で?」
「私なりに試行錯誤を繰り返し、茶葉を配合したものです。書物は書庫にありますので。私以外の方の感想を聞けて良かったです」
「話では随分長い間、ずっと一人と聞いてます。何もかもを一人で?」

 リネスは屋敷に張られた結界の話、そこから母と姉の話を続けた。

「――それで、運良く野鳥が庭の網に掛かれば肉料理を。極希に野獣なども迷い込む時は御座います。干し肉にすればしばらくは肉に事欠きません」
 淡々と語るリネスの話は、グメスの魔女として固まった考えを悉く打ち砕き、ゼノアを素直に聴き入らせた。

「では、魚は食さないので? ここは小高い山の上ですから」
「いいえ。ここからだと分かりにくいのですが、庭先の崖の一角には少々傾斜のある、河へ繋がる坂が御座います。危険ではありますがそこで魚を調達出来ます。大きな魚を獲られればその日は運が良かったと」
 笑顔で語るが、外見の細身から想像の付かない、山小屋生活を送っている。

「先ほど、この紅茶を飲んだ際、”初めて他者の意見を聞いた”とありましたが、ミゼルには飲んでもらっては?」
「あの方は何を出しても「美味しい」の一点張りです。初日の告白もありましたから、耄碌もうろくしているのかと」

 昨日に引き続き、恋の話が上がり、ゼノアは顔が熱くなる。

「……告白……とは、それは……す、あ、いえ」
「好き、かどうかは分かりませんが、その時はこの屋敷も私も気に入った。と。度々訪れた際、いつしかあらゆる場面にて好きの言葉を乱発されます。一々照れても仕方なく、ミゼルが私を好いているのだと、勝手ながら解釈しております」
 平然と、さも当たり前の様な顔で語られ、ゼノアだけが顔を赤らめた。
「どうなさいました?」
「い、いえ。私はこういった話に慣れておらず……」
「ゼノアはお慕い申している方はいらっしゃらないので?」

 もう、顔の熱さが止まらない。その様子は、“いる”と断言していた。

「失礼を承知でお聞きしたいのですが、告白などは」
 返答の前に照れ隠しからか、そっぽを向かれた。
「わ、私の事は……いいでは、ないですか」

 初対面の方に対し、これ以上踏み込むのは不躾だと悟ったリネスは深入りしなかった。

 そうこうしていると、入り口の扉が開く音がした。
 自分の家のように入ってくるミゼルの姿があった。

「いやぁまいった。どうやら長引きそうだ」
「あら、貴方でしたらすぐにでも解きそうなものと考えておりましたが」
「私もそう考えていたのだがね、どうやら一筋縄ではいかないみたいだ。当然と言えば当然だ。君の母君が娘達を護るために必死に拵えた結界なのだ、容易ではあるまい」
「では、また後日ですね」
「おっと、その前に何か手料理を頂きたい。ここへ来たら君の料理を食べないといけない体質になってしまってね」

 溜息を吐いてリネスが立ち上がる。

「仕方の無い方ですね。では、お待ちになられてる間、冷めた紅茶で宜しければお飲みになって待っててください」
「ああ、喜んで」
 ゼノアの向かいに、今度はミゼルが座った。
 カップは近くの棚から取ってきており、さっそく急須の紅茶を入れる。
「もうお前の家のような立ち回りだが、少し弁えたほうがいいのでは?」
「良いだろ、私は度々リネスへの好意の気持ちを伝え続けているのだ。もう、夫婦のような間柄だと私は思っているがね」

 互いに理解し合っている様子が、少し羨ましく思った。

「な、なぜ二人は……普通に……出来て」
 戸惑うゼノアの様子を、平然とした表情のまま、ミゼルは面白がった。

「私は始めから今のままだったが、リネスは照れていたさ。初心な少女に恋人が出来たくらいあからさまにね。けど度々訪れるとそれも無くなった。慣れてしまったのだろう。だが、彼女はそれでも献身的に気遣ってくれる。私も彼女の為を思うと、どのように困難な仕事でも請け負う所存さ」
「そ、それは……リネスの、容姿や振る舞いに対する……好意、からか?」

 微かにミゼルは口元に笑みを零した。ゼノアの様子が愉快で仕方なかった。

「それもある。彼女は外見や一挙一動が優美で穏やか、静かで見るに心地よい。ただ、一番は彼女が作る手料理だろうな」
「料理?」
「転生してあちこちを見て回ったが、私の世界もこの世界も同じ、仕事で疲れた殿方を癒やし、空腹を埋める妻の手料理。私はリネスの料理がなくてはならなくなってしまった」
「さも女性の作る料理を重視しすぎでは? 男も料理をすると所はあるぞ」
「仕事や部族の風習など、理由は様々だ。しかしどのような境遇の男女間であれ、手料理が不味ければ好意を抱いた相手は離れていくさ。容姿重視を主張する輩は、ものの数日で飽きてしまうのがオチ。やはり、何か秀でた、自らが生み出す魅力があれば、人は惹きつけられるものだろうさ」
「それが……料理」
「私はそう思っている。一度、彼女の料理を食せば私の気持ちを分かってくれるだろうさ」

 ゼノアの心中で、女としての小さな動きがあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...