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序章

Ⅰ 集う狂者達

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 グルザイア王国南東、大湖が見渡せる辺境の地。広大な平原の一角だけ不自然に木々が茂り、まるで森をくり抜いて置いたような場所がある。
 【エレネア専用研究施設】と本人が豪語するその場所は、エレネアがガイネス王へ駄々をこねて土地を分けて貰い、空間術を用いて作られた小さな森である。
 森へ足を踏み入れて数メートル歩くと遺跡が突如現われる。
 元々あった遺跡を森で見えないように隠し、空間術の応用で周囲に魔獣(魔獣の死体を用いた魔力体)が徘徊している。森へ近寄れば問答無用で魔獣に襲われる。
『この森へ近づくと危険な目に遭う』と、エレネアが考えた噂が広まり、近づく者は誰もいない。

「ねぇっ! さっさと魔力の乱れ直してくれないっ! こっちの研究に悪影響なんだけど!」
 エレネアは石畳の大部屋跡地で魔力を整える修行に励んでいるレンザに向かって怒鳴った。
「うっせぇ! こっちは、魔力の筋治すのに手間取ってんだよ! 少しは気ぃつかえや!」

 二人とも苛立ち言葉が荒い。
 互いに自己中心的で気性が荒く、上手くいかないと苛立ちを表わす性格をしている。そんな、けして合うことのない二人が共にいる理由は数ヶ月前に遡る。

 ミゼルにより魔力の筋を切られたレンザは、空間術で逃げた先がグルザイア王国、大湖近くに設けられた祠であった。力が整わずに悶え苦しんでいる最中にエレネアが現われた。彼女はガーディアン召喚に失敗し、別の方法でガーディアンを捕まえようと算段をたてて準備を整えていた最中のことである。
 ガーディアンであり弱ったレンザを見つけると、”好機を得た”とばかりにエレネアは捕まえようと近づく。しかし苦しみながらも臨戦態勢のレンザを前にして直感で”敵わない”と悟った。
 互いに相手の出方を伺う緊迫した状態にて、エレネアは目的を『ガーディアン捕獲後に研究』から、『観察』へと切り替え、説得を試みた。

 レンザはエレネアが腹の内で悪い事を企んでいると読み取るも、現状では避難場所が欲しい死活問題もある。このまま野ざらしはいくら異常なまでに強くても危険だからと考えた。
 長期間の療養を求め、その間に”協力できることはする”と提示した。
 現在レンザは魔力の筋を戻す訓練に励みながらも、エレネアの観察と研究に協力している。しかし、強すぎる魔力の乱れがエレネアの研究を妨害して邪魔する場合がよくあり、彼女はイライラが治まらない。

「てめぇ、その短気直せや! そんなんだからガーディアン召喚も失敗すんだよ!」
「はぁ!? 短気と召喚、関係無いから!」

 両者ともなかなか引かない言い争いが続く。それでも術戦にならないのは、互いにどちらが強いかを悟っているからである。現状、レンザのほうが著しく実力は上だ。だからエレネアは激昂しても攻撃しない。
 レンザも現状、エレネアの協力がなければ野ざらしとなり、予想だにしない強者が現われれば逃げおおせる自信は無い。
 切れそうで切れず、切れると互いに困る関係を二人は築いていた。

 共生から一ヶ月経ったある日のこと、エレネアの研究施設へ来客が訪れた。

「あんたら誰?」
「ギリだ」
 開口一番名乗られるも、喧嘩を売られたと思いエレネアは睨み返す。仁王立ちで迎えるギリは目を逸らさない。
「失礼ですよギリ」
 ギリの前に紳士服の青年が立ち、間を取り持つ。
「僕はコーと言います。訳あって住処を追われ、今はあてどない旅の最中。こちらの森が身を隠すには適していると思い立ち寄ったまでのこと」
「そうか、残念だがこれ以上面倒なヤツを入れる気は無い。去れ」
「おい待て」

 一方的に話を進めようとするエレネアの言葉をレンザは遮った。
 あまりにも異質な魔力を漂わせるレンザを、一目見てコーは警戒し、表情や態度に出さないまでも魔力は動かせる気構えである。
 ただ、それはレンザも同じであった。しかしその対象はギリである。異常性があるコーへも注がれているが彼女の比ではない。

「ここの代表はあたしだし」
「はぁ!? よく見ろや、普通じゃねぇ連中が揃って来てんだろうが。話ぐらい聞け」
 険悪な雰囲気の中、レンザはコーへ話を続けた。
「てめぇ何もんだ? 普通じゃねぇな」
「お気づきでしたか。いきなり素性を曝け出すのは危険と判断し、秘密にしていたまでのこと。お気を悪くなさらないで頂けますか?」
「どうでもいい。そっちの女も訳ありだろ? 見りゃ分かる」

 淡々と話す中、それに気づかなかったエレネアは不満が募る。

「失礼ですが詳細は追々。諸事情により今は明かせませんが、僕のことだけでしたら」

 コーは自らの素性を明かすと上着を脱いで証拠を見せた。すると、険悪な表情であったエレネアが歓喜し、コーの胴体にある不思議の正体をマジマジと見た。
「良いぞ! 研究させてくれるなら住む事を許す!」

 その様子を見たギリが今度は不服な表情を滲ませる。

「待て。研究とは名ばかりにコーを痛めつけるならギリが許さんぞ」
「はぁ? 居候する気満々のヤツがとやかく言うんじゃないよ」
「ふざけるな! コーをくだらん事情で傷つけるヤツは許さん。絶対ギリが!」
 憎悪が増大し、ギリの魔力が性質を変化させ始めた時、焦るコーはなだめに入った。
「大丈夫です。僕は大丈夫です」
 異変に驚くエレネアへ、レンザは囁いた。

「観察するだけでここは退け。お前の手に余る」
「けど」エレネアも囁いて返す。
「観るだけでも十分有益だ。それに奴らは戦力になる。これから色々面倒事が増える時期に差し掛かるからな、強ぇ協力者は多い方が得だ」
 まだ渋るエレネアへ、レンザは追い打ちをかけた。
「奴らを殺してもお前の望みは叶わん。けどな、利用すれば必ず叶う」

 受け入れたくはないが、深い溜息を吐いて無理やり納得した。

「良いだろう。一緒に住んでやる。けどな、住むなら住むで色々協力して貰うぞ」
 落ち着きを取り戻したギリが再び言い返す。
「傷つけるのか!」
「話の脈絡が読めんのか? それをしない流れだったろ」

 ギリは拗ねてそっぽを向き、コーの後ろに隠れる。

「食料の調達、危害は加えん魔力の研究への協力、あと、旅をしてるならあちこちで仕入れた珍しい情報提供とか……あー」考えるのが面倒となり、簡潔にまとめる。「その他諸々の協力だ」
(“生活と研究に関する諸々の協力”で良いだろうが。説明下手が)

 レンザは心中で毒づいた。

 互いに互いの腹を探り、魔力に警戒し、重い空気がさらに増した共同生活。エレネアは苛立ちと我慢の日々を過ごした。
 共同生活五日目、さらなる来客の姿にエレネアは不快感を露わにする。
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