奇文修復師の弟子

赤星 治

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終章

2 始発の汽車で

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 始発の汽車が出発した。

 デビッドは前もって予約していた個室の席に腰掛け、窓を少し開けた。
 窓の傍には、辞典を開いたほどの面積しかない小さな机が設けられており、椅子の隅にはアルミ製の灰皿が置かれている。
 一応、煙草は窓を開けて吸ってくださいと注意されている。
 煙管に干し草を詰め、火を点けて一服吐いた。

 この旅は長期になるもので、モルドにもダイクにもシャイナにも伝えていない。

 自身とハーネックの因縁でモルドを巻き込んだ。しかもハーネックとの約束が成されており、それを対処する術を探す旅である。
 ハーネックとギドがどうなったかは分からない。心の片隅で、エメリアは完全に消えたと腹を括っている。
 この先どうなるか分からないが、モルドに害を成すまいと、出来る限りの知識を得るための旅。

 外を眺めていると、無性に切ない感情が沸き起こった。

 ――ガラッ。
 突然入口の戸が開き、驚いて視線を向けた。

「やっぱり一人で行く気でしたね」
 モルドがさも当たり前のように部屋へ入って来た。
「お前……どうして?!」
 デビッドは面食らっていた。

「どれだけ師匠の弟子してると思うんですか? 前日は妙に余所余所しかったり優しかったり、退院してから急に家事とか手伝いだしたり。どうせまた、ハーネックが現れた時、僕に害が及ばないための情報やら対処法探しの旅でしょ」
 図星を見抜かれて気恥ずかしく外に視線を向けた。
「それって、僕とハーネックが交わした約束を聞いてるんですよね」
 デビッドは煙管を吸って一息吐いた。
「ああ。……大した馬鹿野郎だよお前は」

 ハーネックとモルドの約束。それは、ハーネックの憑代となる標的を自分にするというものだった。それはつまり、モルドが娶った女性、もしくは、産まれた子供が娘だった場合、聖女の儀における生贄の意味でもある。
 モルドが一生涯独身を貫く覚悟なら意味のない契約だが、もしそんなことをすれば再びデビッドとシャイナに危害が及ぶと念押しで脅されてのことだった。
 未だ謎の多い奇文関連の儀式などは、将来、決まった生贄等必要がない可能性も考えられる。

「あの状況、一方的に不利なのはハーネックだ。逃げてもギドに消される可能性しかない。どうしてもお前と協力は必須だった」
「でも、どうして? 素直に手を貸せばいいものを」
「素直に手を貸せば、難なくギドを倒せただろうが、それだと自分は弱いまま消える。ギドに圧されるくらいだ、相当弱ってたんだろ。だが、自分を有利と偽ってお前と交渉することでギドの力を更に危険なものと認識させ、何かしらの特典を得れると判断したんだろ。今回はお前の身体の主導権だった」
「でも実際、ハーネックはギドに呑まれかけたんですよ」
「それは、お前の潜在的に奇文干渉能力を利用する策を講じてたんだろ。いや、体に憑いたんなら観察もしてるだろうな」
 体質の詳細や事情はモルドから聞いていた。
「それを前提に、奴が不利であると思わせた事情を踏まえて考えると、答えは自分の力をある程度まで戻すって事だろ。お前の中があの状況では奴の回復場所だった。結果として、エメリアの機転により思いもよらん結末になったが、それが無ければ力を取り戻し邪魔者を排除する。……優秀な身体を貰える条件が整っていた。相変わらず、面倒な奴だ」

 想像するだけで頭が痛くなる説明に、モルドは深くため息を吐いた。

「どうして、面倒な秘密やら嘘やら危ない目的やらが多い人達と縁があるんですか師匠」
「俺が知りてぇよ」
「……とにかく、僕も師匠の旅に付き合わせてもらいますよ。待っていても何も始まりませんし、若いうちは見識を広める方がいいって師匠が言ったんですから」
「そんな事言ったか?」
 本当に忘れていると思うが、初めて出会った時の事である。
「それに……」
 モルドは外を眺めた。

 見ている方と反対側の地平線から日が昇り、風景が朝陽で明るくなっていった。

「あの家にいると、今は辛いので……」
 シャイナが自分の事を憶えていないのは、かなりモルドの中で負担となっている。
 デビッドはモルドの頭を掴むように撫でた。

 突然の事で驚いたモルドはデビッドの方を向いた。

「よくやったよ。流石は俺の弟子だ」
 モルドの心の中で何かが溶けたような安心感に包まれた。

 いつもの煙管を構える師匠がそこにいる。
 師匠は自分の事を忘れていない。

 安堵から、涙が零れた。
 今の今まで我慢していたのに、ここで零れるのが恥ずかしく、机に腕を置き、顔を埋め、すすり泣いた。

 デビッドはそっとモルドの肩に手を乗せた。
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