奇文修復師の弟子

赤星 治

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六章 あの子をお願いします

7 窮地と危機

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 ハーネックは改めて周囲を眺めた。

「私の仕込んだ土台を盗み、よくもまあここまで手の込んだ事が出来るものだ。私よりお前の方が悪人染みてるのに、なぜ彼等はそこを理解してくれないのやら」
「悪人度合いなど推し測る必要はないだろ。どちらも極悪枠に組まれれば良い見方など微塵も生じん」

 ハーネックはため息を吐き、気を落とした表情になった。

「さて、お前の手を見ていて思ったのだが、デビッドの娘を奴らへ向けるのは悪手だったのでは? 片思いの兄弟子君を放置していたのも考えものだ。お前なら、”私がここへ来ない”などと、的外れも甚だしい発想はしないと考えていたが」
「随分な言われようだな。勿論、貴方がここへ来ることは予想していた。ここまで放置してから来るとは予想外だが、何にせよいつ来るかは予測できなかった。万が一にも逃げ出すのでは? とも多少考えたが」
「それを決定出来なかった理由でも?」
「ここで動かなければ俺に消される。いくら貴方でもその状態を特別視し、自惚れるとは思えない。街一つの住民を費やす奇文溜りだ。俺の行動がどのようなものであれ、逃げ切れる選択肢は存在しない。なら、この力が確実なモノとなる前に手を打とうと考えるのが普通だ」
「よく舌が回るではないか。有利に立つとボロが出るタイプであったなら、これからの手を討ち易いのだがね」
「貴方相手にそのような愚行を? むしろここからが正念場。貴方を止めなければ一向に俺の計画は一歩も先に進まんのでな」
「過大評価をしてくれるな」

 ギドは台座から立ちあがった。

「先ほど、デビッドの娘とダイクを手放したことを悪手と言っていたが、あの二人。いや、娘を手元に置いておく方が俺の計画の支障にしかならなかったよ」
「ほう。あそこまでお前の奇文に染め上げ、愚かな管理官長の手により、更に奇文を上塗りされたあの娘がかね?」
「確かに強力な武器ではある。しかし手を違えば俺の敵になる。貴方を相手にする時に傍に置けば、貴方はアレを奪い自分のモノにするだろう。そうすれば形成は逆転。デビッドもいるため貴方の計画が思わぬ形で成就されてしまう」

 ハーネックは不敵に笑んだ。

「恐ろしい男だよお前は。出会った時から何か違和感を抱いていたが、あの空間浸食時に人型奇文に憑かれ、たがが外れたみたいだ。私がこの身体になる時、一番お前だけは生贄として死んでほしかったのだがね」
「ほう。殺し損ねたと」
「悔しいがね。よって、私からはお前に手を出せなくなった。計画の邪魔立て一つしてくれようものなら殺せたのに、最後の最後まで隙を見せん嫌な弟子だったよ。いや、未だに定着している人型奇文のせいかな?」
「あれは便利勝手の良い相棒だった。俺の行く先々で奇文を通して俺に色んな知識を与えてくれた。秘術も禁術もあらゆる知識をだ。ホークス家に潜ませ、デビッドの娘と同調した後も全て事を進めてくれた。俺は楽をするばかりだ。その点を押し出せば、ギリギリまで何もしていないというのは確かに的を射ているから反論出来んが」
「いいのかな? アレは最後にお前を裏切るやもしれん諸刃の剣だぞ」
「それを俺に訊くか? 俺は奇文の消滅を望んでいるが、相棒がそれに乗じなければ好きにすればいい。ただ、貴方の計画遂行だけに使われるのは小癪ゆえ、阻止だけはさせてもらうぞ」

 二人は向かい合うと、周囲にそれぞれの色の奇文を発生させた。

 ◇◇◇◇◇

 いよいよハーネックの墨壺を開けて盾にした。これを含め残り一つ。モルドは焦った。
 奇文塗みれなシャイナの攻勢は、突進を止め、奇文の剣と思しきモノを出現させ、連続した斬り合いに変わっていた。
 その一撃一撃が強力で重く、墨壺の奇文消費が早かった。瞬く間にマージとヘンリーの墨壺は空になる。
 現在使用しているハーネックの奇文は、流石に強力らしく、減り具合は遅い。

「モルド下がれ! あの野郎を信用してもこっちが痛い目見るだけだぞ!」

 大いに賛同できる意見だ。
 冷静に考えてみても墨壺の盾が消え、自分達がシャイナに殺されでもすれば、そのままシャイナに自分の奇文を憑かせてギドと戦う。そんな構図が出来上がる。
 邪魔者はいなくなり、ハーネックの計画が遂行する。
 辻褄が合い、それをしかねない不安しかない。
 それでもモルドは動かなかった。

「駄目です。師匠が今ここで出ては駄目なんです!」
「何故だ!」
「シャイナさんに親殺しはさせません! 絶対誰も殺させません!」
 デビッドは歯がゆく思い、眉間に皺が寄る。
「僕は何も出来ません。こんなことしかできない。けど、こんな事言いたくも思いたくもないけど、ハーネックを信じます!」

 声に出してみて、一筋の光明が見える可能性が浮かんだ。
 自分とハーネックとの間で交わした約束。それがあるからハーネックは協力してくれた。
 冷静に今のデビッドを見ても、約束を優先させる方が安全だと思われる。
 落ち着きを取り戻すと、シャイナと一緒に捕まったダイクの存在がない事に気づき、一つの案が浮かんだ。

 ハーネックの策は、ダイクを救出してシャイナに宛がうのでは? 
 ギドに捕まりはしたがダイクは数年で管理官長にまで成り上がった男だ。なら、彼に手を貸し、シャイナを止める。どういう方法かは分からないが、何か手はあると思われる。
 もしそうでなければ初めからここへきてシャイナを自分の武器に変えればいい筈。
 安堵出来る推測が、どんどん有利な未来を想像させた。
 そんな途方もない、無謀な思考が働いた途端、シャイナの後方に何かが突如現れた。
 それは黒紫色の奇文の球体で、それが徐々に散っていき、モルドが曖昧にだが予想していた人物、ダイクが現れた。

「その悪を纏い、己が安堵を邪なる念に染め上げる。愉悦の在りか他者の堕ちし先の非業の域よ」
 自分の墨壺をシャイナに投げつけた。
 ハーネックの奇文が影響してシャイナの動きがぎこちなくなった隙に、ダイクは剣の形に変えた環具を下から斜め上へ斬り上げた。
「須らく祓わん。雄大なる聖地より注がれし救済の光明、眼前の闇を薙ぎ払わん!」

 シャイナの足元に淡く光る円形が現れると、瞬く間に上昇気流のように光る風のようなものを巻き上げた。

「イギャアアアアアアアアアァァァァァ―――――!!!!!!」
 光の円が出ている間、シャイナは頭を両手で掴み、上空を見上げて叫んだ。
「師匠……これって」
「イベラダ戒詩。そうか、それがあったか」
「何ですか?」
「修復中、作品世界で襲って来た奴を祓う技だ。盲点だった、ギドの技ってのに気を取られすぎて気づかなかった」
 解説中、シャイナの奇文が祓われると、円が消えた。

 シャイナは元の姿に戻って倒れ、ダイクは激しく呼吸を乱した。

「無事かダイク!」
 デビッドはシャイナを気遣いながらもダイクに声を掛けた。
「はぁ、はぁ、はぁ――。先生まだです! 戒詩の一章を!」
 ダイクが言うと、シャイナは目を見開き、デビッドの首を掴んだ。
「シャイナさん! 放してください!!」
 モルドがシャイナの腕を離そうと掴んだ途端、強く叩かれたような衝撃が手に走り、モルドは手を離し、同時にシャイナも手を放してモルドに目を向けた。

「え?」

 驚くモルドに警戒したシャイナは跳び退いて距離を取った。

 ◇◇◇◇◇

 ハーネックが押し退けた赤黒い奇文の塊が、まるで津波のように四方八方から襲ってくる。
 ハーネックは自身の周囲に黒紫色の奇文で球体の空間を作り、波よりも高く跳んだ。
 跳躍の限界に達して落下すると、荒波のようなギドの奇文の上を、空樽の如く浮いて、流れに任せた。
 悠長に構えていられない。流れに身を任せている最中、ハーネックの奇文を斬ろうと、塊から出現させた黒い剣で斬りかかった。
 ハーネックは斬られる寸前で球体を解き、波の中へ沈んだ。

「えらく逃げ道を作ってくれるではないか。いつから無駄に恩師想いになった?」
 余裕は伺えるが、一方のギドも悔しさすら微塵と表情に出していない。
「俺の意図する事を見てから言ってもらいたいものだ。弟子の為に身を削るとは思ってもみなかったぞ」

 ギドの奇文内へ落ちたハーネックの、全身を薄らと覆っていた奇文が、徐々に虫食いのように消え始めた。
 ダイクと話していた時にはどうともなかったのに、今になって浸食が始まる。
 理由は考えるまでも無い。

「面倒な性格が奇文にまで現れるとは……。本当に嫌な弟子だ」
 ギドの意志で、奇文の性質を変えることが出来ると分かった。
「嫌な所で気が合うな。俺も貴方が嫌いだ。奇文消滅に貴方の奇文も糧とさせてもらおう」
 ハーネックは全身に力を込め、先ほどの球体より色合いの濃い、二回り以上も大きい球体を出現させた。
 球体は沈まずにゆっくりと浮上した。

「強度を上げた所で同じことだ」
 ギドは剣に奇文を更に込め、上がって来た球体を思いきり斬りつけた。
 球体は呆気なく斬れ、真っ二つに寸断されたが中にハーネックの姿は無い。
 斬られた半球の中に居るのではと思い、連続して斬りつけるも両方共いない。
 確認を終えると、突如左斜め後ろ辺りから何かがいる感じがして振り返ると、咄嗟に身体が後方へ下がった。
 自身の奇文が反応して身体をそのように動かす。そのおかげで赤紫色の小さな塊が数個、高速で通過した。
 発射された方向見ると、ハーネックが真っ黒の杖をギドの方へ向けていた。

「一応、渾身の身代わりを用いた不意打ちなんだがね。あっさりと気づいてくれないでほしいものだよ」
「芸達者だな。高密度の奇文球体に自らの奇文と俺の奇文を混合させた技。これだけ見ると貴方の技量の高さが伺えるが……」
 ギドはハーネックの焦りを見抜いていた。
「俺の奇文を混ぜなければならない程、切迫しているな?」
 ハーネックは余裕ある笑みで返したが、図星を突かれている。
「やはり年が経ちすぎ、全盛期より貴方の奇文は衰えている」
 ギドは確信を得て、ハーネックと向き合った。
「締めだハーネック。俺の計画の礎となってもらうぞ」

 ギドは切っ先を相手に向けた。

 ◇◇◇◇◇

 シャイナが再び立ち上がると、ダイクとデビッドは急いで秘術を唱え始めた。しかし、シャイナの足元の奇文が瞬時に二人の方まで伸びると、二人は身体が縛られ、動かなくなった。
 シャイナの標的は、なぜかモルドに向けられた。

「え、――わぁっ!!」
 咄嗟にハーネックの墨壺を盾にシャイナの攻撃を防いだが、再び連続して斬りつけられた。
「モルド!!」
「師匠! どうしましょ!」
「とりあえず頑張って耐えろ!!」

 一切解決に結びつかないが、デビッドとダイクが襲われなければ、まだ解決の余地がある。
 モルドは自分を標的にしてくれることでシャイナの足止めとなっている事が、仄かに喜ばしかった。

(エメリアどうする)
(なぜシャイナはモルド君の所へ……)
(全く分からん。シャイナはあいつを恨みも嫌いもしてない)
(シャイナの怨恨が原因でないとすると……)
 デビッドとエメリアはシャイナの動機を考えた。

 一方、疲労と大技を使った事で力が弱まっているダイクは、シャイナに縛られてからというもの、声が出せなかった。しかし、ハーネックと接点を持ち、彼の奇文に触れたことが関係してか、原因の一端と思しきモノを垣間見ることが出来た。
(どういう事だ? 二色の奇文が混ざってる……)
 ダイクは気を抜けば意識を失いそうな状態だが、気を引き締めて持ち得る情報を整理して考察した。

 ハーネックの墨壺の奇文も無くなりかけ、いよいよ窮地に立たされたモルドは、考え込みながらも動けないデビッドとダイクに目配せして、事態を好転する事を考えていた。
「……さない……」
 突然、シャイナが何かを呟いた。
「何……を」
「……許さない!」

 モルドは憎しみ籠ったシャイナの顔が目に飛び込んだ。
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