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六章 あの子をお願いします
3 狂った師弟の話
しおりを挟むハーネックは自己紹介を済ませ、間髪入れずに話を進めた。
「さて、君たちは外がどのような状況か理解しているかね?」
何が起きたか分からないが、ハーネックがこう言うのだから、ただ事ではないと分かる。
ヘンリーが代表して部屋の窓まで向かい、厚い生地のカーテンを動かして外を見た途端、驚きのあまり絶句した。
「その様子だと、まさしく『予想外の事態』とやらだろうな」
落ち着いて告げるハーネックを他所に、今度はマージ、続いてモルドも外を見た。
窓から見える街の光景は、その殆どが奇文に浸食され、所々黒い物体が出現したり揺らめいたりしていた。
「どういう事ですか!?」マージが訊いた。
「どうもこうも無い。ギドの奴が私も含め、……いや、あの残酷性は誰も予想できないだろうな。奴の普段の生活態度からは考えられない」
一人分かった風を装うので、モルドが言い寄った。
「何を知ってるんだ! これはあんたがやったんだろ。聖女の儀ってのをやって、師匠の身体を乗っ取ろうとした!」
「君の兄弟子に聞いたのかな? だろうね、デビッドは自分の事をあまり話そうとしないだろうからな。相変わらず」
ハーネックは改めてモルドと向かい合った。
「確かに私の悲願は聖女の儀をやり遂げ、デビッドの身体を頂戴しようとした。しかしこれも随分前から破綻した計画なのだがね」
「破綻? 随分前って……シャイナさんを攫ってたじゃないか」
「おや? 気づいてないとは驚きだ。君はあの場に居て見ていたじゃないか。……まさか、『デビッドの娘が捕らわれ、私が現れた。つまり犯人は私』そういう解釈で見ていたのかな?」
そう言われ、モルドは混乱した、そして、ヘンリーとマージはモルドの情報とハーネックの意見を照らし合わせて考察した。
「流石は管理官だ。過去の情報と現在の情報の齟齬に気づいたか?」
モルドは二人に理由を求めた。
代表してマージが答えた。
「今まで私達はハーネックが主犯として話を進めてたから、シャイナ=ホークスが攫われてハーネックがデビッド氏の前に姿を現したのは挑発だと思ってたの。けど、どうしても腑に落ちない所があったわ。モルド君も思わなかった? ”なぜハーネックが君に頼みごとをした”か。シャイナ=ホークスを攫い、君を檻に閉じ込めるなら、ついでにデビッド氏へ時間と場所を指定すれば、あの人の事だからモルド君を人質にすれば現れる筈。ハーネックの目当てのモノが二つも目の前にあり、事態を悪化させるほどに奇文を操れるなら、優位に立てる筈よ」
続きをヘンリーが代わった。
「過去二度の聖女の儀を失敗している彼にとって、君達師弟を揶揄っていたなんて考えにくい。早く事を済ませ、目的を達成させることが自然な流れだ」
ハーネックは拍手して褒めた。
「いやはや、素晴らしい。さすがデビッド一番弟子の部下だ。考察力が培われている。今の今までその点を蔑ろにしていたのは、確証が無かったからか? 私という存在の行動そのものが情報不足な為に読み切れんかったのだろう」
二人は悔しくも、正しいから言い返せなかった。
「この局面で本音をひた隠しというのも面白くない。正解を教えるとしようか」
「正解って、聖女の儀は違うのか?」
「そもそも、聖女の儀の標的の時点で君たちは間違っているのだよ」
三人は押し黙ってしまった。
「エメリア=ホークスを懸命に守っていたが、本命は初めからシャイナ=ホークスだったのだよ」
表情から三人の驚き具合は伺える。
そんな三人を他所にハーネックは続けた。
「儀式の標的となる人物には色々条件があってね。一概に好き勝手選べないのだよ。私の本命は優秀な弟子の身体に、力を得た私を憑かせることだった。そして聖女の儀の生け贄はその憑代の血縁者でなければならない。よって、色恋沙汰とは無縁のギドではなく、弟子になって一年そこらで恋仲を見つけたデビッドに目を付けた。いやぁ祝福したよ、大いに喜んだ。修復師としての実力も有り、種を残す人間としても大いに働いてくれた。シャイナ君が生まれた時など、計画に必要な素材が手に入ったと、感涙した次第だ」
全てが自分の為という事に、三人はハーネックの人間性を嫌疑した。
「あんた、狂ってる」モルドの思いは声となって漏れた。
「『正常』など、自らの進化と探求心に限界を張るだけだよ。それに君たちは見るからに忌み嫌っているが、奇文修復の歴史を紐解けば、人々の犠牲無くしては築きあげれなかったものが多々ある。”奇文修復”事態、今では一般化しているが、これこそまさに気狂いの所業だ。環具ではなく、人間に奇文を憑かせて作品世界に入ることが起源だった。そして奇文を知り、多くの犠牲の上に環具を作り、墨壺は製造者が権力者の命令により、命懸けで作り上げた産物なのだよ。秘術の創生話など残酷の極みだ。君たちに耐えれようものか」
もう、三人がどうこう意見する事を諦めた。それはハーネック自身を責めるのを止めたのではなく、自分達の知らない凄惨な歴史があまりにも途方ないからだ。
「では話を戻そう。私はこの身体になったその年、シャイナ=ホークスへ儀式を行った。あの時は下準備が無くて楽だったよ。なにせ下準備のついでにこの身体になったのだからね。けど、阻まれた。いやはや、あの時ほど人間の愛情が成せる業というのは凄まじいと痛感したよ」
「ギドって人に邪魔されたのか?」
「いや、あの時のギドはただ静観に徹していたな。無理もない。想像を絶する事態の連続だ、理解が追いつかんかったのも已むを得ない。妨害者は他ならぬエメリア=ホークスだ。彼女はデビッドを支えんがために独学で奇文を知り、あろう事か私が弟子達に授けた秘術すらも読み解いた。色々な面で逸材だったのだよ彼女は。まあ、一方のデビッドはサボって修行事態が御座なりだったからな」
モルドは、デビッドらしいと思った。
「シャイナ=ホークスの身代わりとなったエメリア=ホークスは人としての生活が出来なくなり、意識は奇文に寄る存在となった。彼女はデビッドと娘の傍に纏わりついていた為に次の儀式が行えなかった。次に私が現れた時は君の兄弟子が引っ付き、娘も随分と大きくなっていたよ。いや何より、今にして思えばギドの奴が面倒な存在に様変わりしていた」
「歯切れの悪い言い方ね。貴方、弟子の事を分からなかったって事でしょ?」
「返す言葉も無いね。だが、あの男の本心は誰もが分からないだろうな」
「本心って、奇文を無くすって事だろ。エメリアさんの世界で奴が言っていたぞ」
「それは本人が口にしたから分かったのだろ?」
当然であり、モルドは頷いた。
「あいつの恐ろしい所は修復師としての実力でも聡明な知力でもない。最後の最後まで本心が読めない事だ。無関心や執着心の無さと言い換えれば分かりやすいな。自身が抱いた計画すらも成功すればそれで良し。失敗しても問題なし。そんな人間だ。前回も今回も、世捨て人を装っていたのを、私もデビッドも納得してしまった。微かに警戒心を抱いていた位で、デビッドはそれすら利用しようとした」
「強引すぎる判断では?」ヘンリーが訊いた。「ホークス氏も軽率な方ではない。そんな危険人物の協力を得るとは考えにくい。それに、もし貴方もホークス氏も、ギドなる人物と接触しなかったらどうするつもりだったのだ?」
「どうもこうもない、真っ当な筋の通った言い訳を盾に現れるだろう。奴は平然と嘘をでっち上げるが、その内容が真実味を帯びている。もしくは、真実すらも利用するだろうな。疑う者は少ないだろう。なら、傍で警戒しておいたほうが対応しやすい。そうするなら此方も無警戒を装わなければいけない。まあ、それも難しい事だ。奴は前回、ダイクを利用し、今回は初めから私を利用していた。恐ろしい奴だよ」
「利用って、色んな人を殺して作品を壊し回って、でもギドって人はこの終盤で現れたんじゃないのか?」
「その下準備を利用したのだよ。終盤で私と接触し、私が疑念を抱くように導いた」
「導いたって、なにかされたのか?」
「私と偶然会う。それが導きだ。私も前回の失敗で奴に疑念を抱くのは当然だ。そんな感情すらあいつは平然と利用した。私の前に現れることで自分は今回も干渉すると言わんばかりに。終始無関係を装っていたが、奴は既に手を打った後だった」
「何をされたので?」マージが訊いた。
「既にホークス家へ自分の身体に刻んだ奇文の一部を潜ませていたのだよ。早い話が下準備が整った時点でシャイナ=ホークスの中にあった、私が潜ませた奇文を活性化させて自分用の奇文へ変えた」
そんな事が出来るのか三人は不思議に思った。しかしハーネックは人間時代にギドとデビッドへ教えた、一部の奇文を潜ませる秘術を教えた事を語った。
「けど、奇文を潜ませただけで弟子の奇文に貴方が負けるので?」
「環境の問題だよ。あの家は既に国が授けた私除けの絵画があるだろ?」
それをモルドは二人に聞くと、時計塔の絵画の事を教えてもらい、適性検査用絵画と思い込んでいたモルドは驚いた。
「あれのせいで奴の奇文は潜ませるだけで強化される。なにせ修復師の家の中だ。あらゆる奇文の力を蓄え、長年熟成したなら威力の規模が違う。しかもシャイナ=ホークスが壊れて尚、家の中なら私の邪魔が稚気として入らん。奴の一人天下でシャイナ=ホークスは捕らわれた。しかも奴はあろう事か、私への挑発とばかりに家の外で彼女を攫った。私の目の前でな」
それが昨晩の出来事なら、果てしない話であった。
「じゃあ……、あの時あんたはそれを知って師匠と話を?」
「ああ。デビッドがどこまで気づいているかを知りたかったが、話して分かった。あいつも私と同じでギドに疑念を抱いているが、それが本当にギドという確証がないのだと。別の可能性も考えてたのだろう」
今回の一件は終始ギドの仕業なら、ダイクが墨壺を投げてシャイナが強くなったのは、元々墨壺の中の奇文がギドのものだったから。
なら、あの変化は頷ける。
「あんたは、これからシャイナさんの力と師匠を奪いに行くのか?」
本題に戻った。答えは聞くまでも無いと思っていたが、返事は思いもよらないものだった。
「まさか。あそこまで奴の手に染まった素材を無理に取りに行く蛮行を、私が行うとでも思うのかい?」
「行かないって……。このままだとシャイナさんも師匠も失う事になるぞ」
「それならそれまでだ。私の最たる目的はこの状態から人間に戻る事だからね。何も危険な橋を渡らずとも、永い月日を掛けてでも手堅く目的を果たす事に専念すればいい」
このハーネックの意見はモルドにとって予想外だった。
この時点でハーネックが逃げるのはきっと容易と思われる。何より、脅威とされるギドを相手取ってくれれば、もしすれば千載一遇のチャンスが訪れるとも期待していた。
逃せばギドとの対峙は困難を極める。
ハーネックを巻き込めれば、ギドへの勝機はあるだろうが、後の処理を考えなければならない。
どうすればハーネックと協力できるか。
解決後、ハーネックをどうするか。
モルドは頭の中で色んな事を考察した。
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