奇文修復師の弟子

赤星 治

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五章 混迷する弟子達

8-過去編(5) お世話になりました

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 夕方、ダイクはシャイナの病室へ訪れた。

「あら、ダイク君……よね」
 そう訊かれると、かなりの記憶を失っていると思われるが、存在を覚えてもらえてる事が唯一の救いであった。
 ダイクはシャイナのベッドの傍まで近づき、来客用に備えられている椅子に腰かけた。

「お加減は如何でしょうか?」
「ええ。身体は大丈夫なんだけど、色々忘れちゃってて。え、っとぉ。私、ダイク君と一緒にデビッド様の下で働いてたよね?」
 そう言われると、胸が苦しくなる。それに耐え、ダイクは管理官長から聞いた話を元に言葉を選んだ。
「ええ。ですが俺は先生の弟子で、シャイナさんが使用人です。俺と先生がしている仕事について、どこまで覚えてますか?」
「えーっと、確か……。あ、絵とか本に入って何かをするんですよね。なんとかここまでは思い出せたんですよ」

 つまり、記憶全ては無理でも、ある程度の事は思い出せるかもしれない。もしかすると、記憶全てを思い出せるかもしれない。そう直感した。

「シャイナさんも入れることは?」恐る恐る聞いた。この質問をしても良いかは不安であった。
「……ごめんなさい。覚えてなくて。……私も仕事してたのですか?」
「あくまで補助ばかりですが、とても頼りになりますよ」
 話が途切れた。何を話そうか迷いつつ、三十秒ほどの時間が過ぎた。
「……俺、管理官になりに行きます」
 シャイナはダイクの方を見た。
「デビッド様の弟子はいいの?」
「今回は俺の失態が招いた事態でもありますし、無力さを痛感しました」
「……何があったかは分かりませんが、考えすぎだと思いますよ。ダイク君は凄いお弟子さんって、何となく覚えてますもの」

 その優しい言葉が酷くダイクを追い込む。
 記憶にはないが、結果としてシャイナを危険に追い込み、記憶を失わせたのだ。

「……ごめんなさい。もう決めた事ですので――」
 これ以上、ホークス家に居座る事が出来ない。
 衝動的に別れの挨拶を済ませ、病室を逃げるように出て行った。

「……あれ?」
 シャイナは、涙を流している事に気づいたが、何を思って泣いているのかが不明であった。

 ◇◇◇◇◇

 翌朝、午前九時。
 ダイクは荷物を纏め、応接室でデビッドに自分のこれからの進路を話した。
 デビッドはソファに凭れ、頭を掻いた。

「……まあ、俺がそもそも管理官に推薦したから、止める事は筋違いだわな」
 ダイクを見るも、決意は固まった表情をしている。
「シャイナとエメリアの事を気にするなら見当違いだぞ。早まって管理官になろうとするなら俺はお前の破門願いを聞き入れることは出来ない」
「俺の決心は変わりません。何より、自分が無知と感情任せの衝動で行った事なら、もっと奇文や特異な事象に対応出来なければならないと判断しました。きっとこの先、同様な事が起きた場合、俺は今度こそ大切な人たちを失うと思います」

 何を言っても言い返してくるのだと思い、デビッドは深いため息を渋った表情で吐いた。

「……どうせお前の事だ、正論を次々に並べて本音ひた隠しにするだろうが、本心は”義理を通す”とかだろ」
 ダイクから返事は無いが、視線を落として逸らされた。
「今回、お前はハーネックという奴の事を知った。どうせ管理官になるなら知るだろうが、俺の事があるから教えておく」
 ダイクは再び視線を戻した。
「あいつの下に俺が十五の時弟子入りし、俺が二十三の時に奴は人に憑く奇文になった。目当ては聖女の儀であり、その先の本命は俺の身体を我が物にする事だ」

 ダイクは驚きを露わにした。

「どういう事ですか!!」

 反応から、ギドと話したハーネックの目的を忘れている事は明白であった。つまり、今までのダイクの口ぶりから、ギドとの事はほぼ忘れていると考えられる。
 デビッドは、さも初めて教える風を装った。

「聖女の儀は、一人の生け贄を代価にする儀式。ハーネックが始め、起こした別の儀式の終着点に聖女の儀がある。奴の目的は奇文を操れる力、支配できる状態で肉体を得る事だ。かつての弟子達の中で俺とギドが群を抜いて実力が高かったんだが、どういう訳か俺が選ばれた。今後、お前がハーネックと対峙するとき、俺とギド、そして奴の情報が何かしら解決出来る足しにでもしてくれ」

 デビッドは上体を起こし、姿勢を正した。

「ダイク=ファーシェル。本日を持ってお前を破門とする。以降、管理官として精進するように」

 ダイクは頭を下げた。

 破門を言い渡したが、すぐにデビッドはいつもの表情に戻った。

「出来れば『卒業おめでとう』とかしたかったんだがなぁ。ほら、師匠らしくってのか?」
「怠けすぎたせいですよ。別の弟子にそれをしてあげて下さい」

 二人は立ち上がり、デビッドは玄関先まで見送りについて行った。
 玄関を出て、デビッドと三歩分の距離を取った時、ダイクは振り返った。

「ん? どうした?」
 ダイクは深々と頭を下げた。
「長い間、お世話になりました」
「最後まで硬い奴だな。皺増えるぞ」
 ダイクは上体を起こした。
「俺、管理官長になって、先生とハーネックの因縁を必ず断ちますので」

 それだけ言い残すと、ダイクはデビッドの返事を待たずに街へ向かった。

「…………守る者が増える側の事考えろ」
 微かに笑んで呟き、家に戻った。
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