奇文修復師の弟子

赤星 治

文字の大きさ
上 下
49 / 66
五章 混迷する弟子達

6-過去編(3) ギドとダイク

しおりを挟む

 街へ辿り着いたデビッドは激しく息を切らせ、眼前の光景に焦りを覚えた。こういう時、日頃の不摂生により早く動けないことを胸中で嘆いてしまうのは、昔からの事である。
 眼前には、奇文がまるで蛇のように街中を駆けまわっていた。

「――くっそ、早すぎるだろ……」
 呼吸が落ち着くと、早歩きで目的地へ向かった。
「あ、ホークス殿! 今お呼びしようと」
 管理官の女性が焦る様子を露わに駆け寄って来た。
「そんな事はどうでもいい。エミリアとシャイナは?」
「今、この街にいる管理官三名が向かっておりますが、奥様の部屋には入ることが出来ない時点で手詰まりです」
 デビッドの舌打ち後、女性は続けた。
「管理官長がお呼びです。管理官長室まで御同行を」
「言ってる場合か! 妻と娘があの中にいるんだぞ!」
「だからと言って、打てる手が無い状況では不利になるだけですよ!」
 反論の言葉が出ず、さらに女性の気迫に押されて黙った。
「状況把握も兼ね、一度管理官長と話される方がよろしいと思われます」

 渋っていても仕方がなく、デビッドは間もなく女性に従った。

 ◇◇◇◇◇

「いや、すまん。つい力が入りすぎた」ギドはダイクに謝った。

 デビッドが家を出て行き、それを追おうとしたダイクを、体術を用いて押し倒し、それでも抵抗するダイクを力づくで抑え、必死に説得した後である。
 二人は居間の席に向かい合うようについた。

「……いえ、俺こそ取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
 落ち着いているが、もどかしさの残るダイクに、ギドは敬語でなくてよいと伝え、話が進んだ。
「先生はどうなるんですか?」
「俺もハーネックが使おうとする秘術を調べた。それこそ必要な生贄の数や質、時期などもだ」
「一体、この儀式の犠牲になった人数と作品数はどれくらいなんですか」

 ダイクの心境ではこの質問を求める気持ちは無く、心無いが無意識に質問していた。

「人数は男女問わず六人。作品数は六作。これらは【ミルモ―ブカード】におけるカードの絵柄が関係している。占いなどに使用されている。知っているか?」
 そういった事に一切興味を持たないダイクは、いえ。と答えた。
「十二か月の星回りを元に、ある年に置ける星回りとカードの絵柄を合わせ、円形に配置し、その順番通りの犠牲を払っていく」
「そして今、その六作と六人が死んだって事ですよね。方法は分かりましたが、対応策は?」
「秘術には秘術を持って対抗するしかない。それは使い所を間違えれば作品を壊すほどに強力であるため、上級の修復師か管理官長など、修復師の力と資格を備え、国の幹部にまでなった奴が使える。そして、術を持っているという事は、それに見合う規制も強いられるという事だ」
 作品を破壊するほど強い。なのに存在はする。
 ダイクは秘術の使い所を理解した。
「秘術を使った邪な者や、異常とされる、いや、奇文が現実世界に溢れる程の緊急時のみ使用できるとかですね。でなければ存在意義も、使用制限をかける道理も通らない」

 ダイクの理解力に、ギドは笑みを浮かべて感心した。

「けど腑に落ちない事があります」
「なんだ?」
「先生はこの事を予見していた節があります。突然俺に管理官になるように言ったり、急な重大事態なのに偶然ギドさんがここにいたり。それから、ギドさんが先生について行かないのも先生の策かと」
「俺がここにいる事に問題が?」
「ええ。これは誰が見ても分かる程の重大事態です。もし先生が失敗した時、貴方がここにいる意味は何か? 考えられる可能性は、もしもの時の事後処理だけど、それだとギドさんは秘術を使える存在だ。先生も含め、二人は秘術を使える前提で話を進めている気がします。なぜこうなる前に対処しないのかとか、どうして二人で対処に当たらないのかとか、色々思う事があって纏まりませんが」

 ここまで聡明なダイクに、ギドは感服し、末恐ろしくも思えた。

「見事だ。君の推理通り、俺もデビッドも秘術を使える。ただ、あいつは公式に国から秘術を授かった。理由は家族がハーネックの犠牲になった事が原因だ。前回の儀式で妻を寝たきりにされ、娘の記憶が失われた」
 病気と教えられてた二人の容体に、ダイクは言葉を失って驚いた。
「調べにより、当然俺も国から事情聴取を受け、全容を話した。デビッドも犠牲になるならと、秘術を教えることが提案された。これが秘術をデビッドが使える理由だ。俺は裏事情で覚えた。違法行為なため、黙ってもらうぞ」
「法に触れてまで覚えた理由は何ですか? 返答次第で考えますよ」

 溜息を吐き、仕方ないと思いつつ、ギドは上着のボタンを外した。
 しっかりと身についた筋肉質な肌が露わになると、ギドが違法を犯す理由にダイクは絶句した。
 ギドの身体に、奇文が蔓植物のように蔓延っていた。

「これが国に気づかれると俺は研究対象となる。自分の身は自分で護らなければならん。それが理由で違法を犯しているという訳だ」
 ダイクは納得し、ギドも理解してくれた事に安堵した。
「……じゃあ、どうしてもシャイナさんを守れないんですね」
 そこにデビッドとエメリアの名前が無い事で、ギドは気づいた。
「あいつの娘に惚れてるのか?」
 突然の発言に、顔を赤くしてダイクは否定した。
「安心しろ、俺も男だ。女を好いて何が恥ずかしいものか」

 不敵な笑みが、揶揄われそうだとダイクに警戒心を抱かせた。

「絶対言わないでくださいよ」
「俺は口が堅い、安心しろ。しかし問題はどうするかだ」
 急に神妙な表情をギドが表し、ダイクは不安になった。
「そんなにまずいんですか?」
「俺はデビッドが失敗すると思い、ここに来た。あいつも覚悟を決めて事に当たる次第だろう」
「どうして失敗すると言いきれるんですか!」
「理由はハーネックが一度、聖女の儀をやり過ごした事にある。前回から今回までの空いた期間がそれにあたる。本来なら四~六年周期で行われるが、奴はこの期間を空けた。理由として上げられるのは、国の秘術が強力と知った為に力を蓄える期間を設けたと思われるが……まぁ、俺の調べた資料の情報不足なのでは? と突かれればなんとも言えんがな」

 なら、ハーネックに奥の手があってもおかしくない。自然とダイクはそう思えた。
 手の打ちようも、何よりどう対処して良いか分からないダイクは、頭を抱えた。

「ギドさん、俺にも手を打つ方法が無いんですか」
 ギドは黙ったまま流した。しかし、暫く沈黙した時間を過ごすと、ギドは意を決した。
「一つだけ。とても危険な方法ならある」
 ダイクは藁をも縋る程にギドを見た。
 ギドは血のように紅い墨壺を取り出した。

「デビッドの妻子がいる世界に現れたハーネック目掛け、この墨壺の奇文をぶちまける」
 それだけでいいのかと思った。その拍子抜けした表情を、ギドに読まれた。
「簡単と思うな。この中には別質の奇文が詰まってる。この方法の原理は、ハーネックの性質に同化した奇文に別物の奇文を混ぜ、儀式を妨害する方法だ。しかし問題もある」
「なんですか?」
「妨害後、奇文はお前と二人を襲うだろう。襲われる前に三人揃って外へ出なければならない。さらに、妨害成功率は高いが、失敗の率も含んでいるという事だ」
 ギドはダイクに墨壺を手渡した。
「総合して成功率は低い。しかしお前が彼女を救える方法はこれしかない。やるやらんはお前次第だ」
 ダイクは墨壺を握りしめた。
「もし成功して、そんな事したら、奇文が溢れるんじゃないですか?」
「事後処理担当者に向かってそれを言うか?」

 余裕の笑みが浮かぶギドの様子を見て、その心配は杞憂であると確信した。


 突きつけられた選択肢は二つ。
 やる。か、やらない。か、である。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治
ファンタジー
生前、神官の策に嵌り王命で処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、意図せず転生してしまう。 ジェイクを転生させた女神・ベルメアから、神昇格試練の話を聞かされるのだが、理解の追いつかない状況でベルメアが絶望してしまう蛮行を繰り広げる。 神官への恨みを晴らす事を目的とするジェイクと、試練達成を決意するベルメア。 一人と一柱の前途多難、堅忍不抜の物語。 【【低閲覧数覚悟の報告!!!】】 本作は、異世界転生ものではありますが、 ・転生先で順風満帆ライフ ・楽々難所攻略 ・主人公ハーレム展開 ・序盤から最強設定 ・RPGで登場する定番モンスターはいない  といった上記の異世界転生モノ設定はございませんのでご了承ください。 ※【訂正】二週間に数話投稿に変更致しましたm(_ _)m

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...