奇文修復師の弟子

赤星 治

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四章 儀式と狂う計画

8 闇に呑まれ

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 街の外壁を出たモルドは更なる異変に気づき、目を凝らして"それ"を調べた。
 街灯も無い平地は中々見づらくもあるが、せめてもの救いとばかりの月明かりが、ある程度周囲の輪郭を把握させた。

 モルドの見た異変は、小さく真っ黒い人型の“何か”が、身体をクネクネと動かしながら両手を同じ方向へ傾けていた。
 黒い何かに恐怖し、警戒しながらも、モルドはゆっくりと近づいてその正体を探ろうとした。
 黒い何かは同じ行動を続けるだけでモルドが近づいても別の行動を示さなかった。
 一定距離まで近づいた時その存在の大まかな正体に気づいた。

「は? 奇文……か?」

 黒い何か達は、人型をしているが一体一体は奇文が纏まって形を成していると思われた。
 本来なら受け入れきれない事だが、ダイクの言葉を思い出すと、受け入れることが出来た。

 『奇文特異体』ハーネックがそう呼ばれた存在であり、彼自身も誰かに憑かなければ人としての行動が出来ない。そんな存在がいるのだから、眼前の小さい化物達もそれに付随する存在だろう。
 無理矢理だがその解釈が正しいと思われた。そんな存在が現れたのならハーネックが言っていた『聖女の儀』というのが関係していると思われる。

 ハーネックはデビッドにその事を伝え、恐らくデビッドはその儀式を阻止するために旅に出た。
 聖女というのが何を指すかは分からないが、ハーネックがデビッドに言ったのなら、モルドの中で一番候補として上がるのはシャイナである。
 長年謎の記憶喪失を患い、デビッドが旅立って間もなく記憶を取り戻した。この変化は偶然ではなく、近くで観察しているであろうハーネックが起こした。
 つまり必然であり、それが儀式の手順の一つであると思われる。
 モルドの中で確証のない推理が築かれ、結論からシャイナが危険な事態に陥っている。そう結びつけた。


 モルドが帰宅して勢いよく家の扉を開くと、家の灯りが一つも灯らず、シャイナもいない。

「シャイナさん! どこですか返事してください!」

 シャイナはこんな悪ふざけをしない。したとして、誰かと協力するぐらいだが、これ程の事を優先するよりも家事を優先する女性である。
 家中の部屋を一つ一つ見て回り、再び玄関口まで戻って来た時、モルドはその存在に気づき悪寒が撫でるように背筋を巡った。その表現が、この普通でない恐怖を表すのに適した言い回しだと思える。
 モルドが恐る恐るその方を向くと、恐怖に包まれ絶句した。
 扉が開けられた入口に、真っ黒いシャイナと思われる存在が立ち、モルドを見て笑っていたのだ。

「わぁぁぁっっ――!!」絶叫して腰を抜かした。「な、なんだお前!?」

 黒いシャイナは、外の一方向を指差すと、頭から砂山が崩れるようにサァーっと消えた。
 何が何だか分からないが、とにかくそこへ行け。それだけは分かる。
 あんな恐怖体験をした後だが、モルドは意を決してその方向へ駆けた。

 ◇◇◇◇◇

 午後三時。周囲が穏やかで柔らかい陽光に包まれた風景が表れた頃、デビッドは駅から出て公道を歩いていた。
 これから起こる事、これから自分が行おうとする事、その流れを想定して起こりうる事態。様々な展開と打開策を講じながら歩いていた。
 街の外壁が見える所まで辿り着いた時、ある異変が目に留まった。それは街ではなく近くの木々が点在する林にである。
 不自然な形の黒い影がある一本の木から上半身を覗かせてこちらを見ていた。

 小動物か何かと思い、それを眺めながら歩いていたが、さらに続く異変により足は完全に止まった。そしてデビッドは驚きの表情が表れた。
 木々から覗き見ていた影がみるみる増え、デビッドの視界に映る全ての木から影は覗いていた。

(――あれは何だ!?)

 予想すら出来ない事態。
 デビッドの驚きに反応して、黒い影達のいる所から今度は黒い影が、浜辺に寄せる波の如く、地面を流れて迫っていた。

「――嘘だろ!? あれは」
(――奇文)
 そう言葉が漏れる前に黒い奇文の波はデビッドの足元を通過し、更には街へと流れた。
 広範囲に広がる奇文を今からどうすることも出来ない。今出来る事は自分の足元から這い上がるように迫る奇文の対処である。

 咄嗟にデビッドは、思い出したくはない師匠の言葉を思い出した。

『奇文が現実世界へ現れる異変に遭遇した際、環具と愛着のあるモノを合わせ、気を鎮めること。修復師は奇文への干渉が敏感であるが故、作品世界での行いを同様の仕草、心情でいれば、現実世界の奇文は自身を憑く対象としない。まあ、異変の度合いによりやり過ごした後は何かしらの変化を起こしているだろうがな』

 目を閉じて環具を握る手で煙管を持ち、吸う仕草とばかりに一息吐き、デビッドが目を開けた。すると眼前の光景は、日が沈み、周囲が暗くなる時間まで進んでいた。

「おいおい、冗談じゃないぞ」

 ふと視界の傍に、誰かが走って自分の家へ駆けて向かう姿を捉えた。
 遠景で暗く、先ほどの影の何かかと思い、もしそうであるならばモルドとシャイナが危ないと直感し、家へと向かった。

 ◇◇◇◇◇

 真っ黒いシャイナの指差す方向へ駆けて向かったモルドは、木々が点在する拓けた場所へ出て、月明かりに照らされたシャイナの後姿を見つけた。

「シャイナさぁぁん!!」

 モルドの声に気づいたシャイナが振り返ると、その姿を見たモルドは目を見開いた。
 彼女の衣服、肌、毛髪に奇文が所々点在し、しかも蠢き、動き回っている。
 誰が見ても分かる程の異変である。

「モルド……く、ん?」
 涙を流している彼女と目が合った。
「すぐ帰りましょう! それであの絨毯にいればいいはずです!」

 回復する確信も根拠も無い。
 出任せか気遣いか、何はともあれ、異常事態のシャイナを救いたい一心であった。
 あと八歩ほど手前で、モルドを中心に、まるで竜巻の様な暴風が吹き荒んで昇った。

(――何だこれ!?)
 風が強く顔に当たるから目を閉じてしまった。暫くしてようやく目を開けれるようになると、モルドは円筒形の檻の中に居た。
「何で?!」
 鉄格子を掴むと、確かに鉄製の棒を掴んだ感覚はあるが、それを見ると奇文である事が分かった。
「シャイナさん帰るんだ! そんな所にいちゃ駄目だ! 帰って師匠の帰りを待つんだぁ!!」
 こんな事しか言えない。
 なぜ自分がこんな状況に陥っているかはまるで不明だが、どうあれ、デビッドに任せればすべて上手くいくと思えた。
 そう思うと連想出来た。

 これが聖女の儀だと。

 ハーネックはそこら中に奇文を発生させ、シャイナを捉えて儀式を行おうとしている。
 その先の目的はまるで分からないが、とにかくシャイナを犠牲にしている。
 彼女を家に戻そうとする自分を鉄格子に閉じ込めて近づけさせないようにしている。

「シャイナさん何やってるんだ!」
 シャイナはモルドの来た道を見つめていた。
「早く家へ!!」
「…………お父さん」

 呟き程の小さな声だが、確かにモルドの耳にも聞こえた。『お父さん』と。
 モルドは振り返ると、そこには息を切らせたデビッドの姿があった。

「……え? 師匠が……シャイナさんの?」
 二人は見つめ合い、デビッドは歩み寄った。
「シャイナ来るんだ」
 シャイナは頭を左右に振り、表情を崩し、涙を流した。
「ダメ……。私、お母さんを殺しちゃった……」

 記憶が思い出されている。
 その思い出され方は一方的に偏った方向へだが。
 その事を知っているデビッドは頭を左右に振った。

「勘違いするな。エメリアはお前を守ろうとしたんだ。お前は誰も殺していない」
 それでもシャイナは訴えた。頭が痛いのか、右手で頭を押さえている。
「ダメ! 私があの人の口車に乗って、絵に入って、お母さんが死んだ。私が無理な修復作業を行ったせいで、ダイク君が――」

 モルドには何を思い出しているのかが分からない。
 なぜこの局面で管理官長のダイクの名前が出るのかを。
 想像できるのは”シャイナの母親が死んだと思われる場面にダイクがいたのでは?”ということぐらいである。

「ダイクは無事だ! お前だって会ってるだろ。深く考えるな!」
 デビッドの言葉は恐らく聞こえていない。
 頭をいよいよ両手で抑え、苦しむシャイナはずっと自分が母親とダイクを殺した場面を思い出し苦しんでいた。
「シャイナさん!」
「シャイナァ!」
 二人は叫んで彼女を正気に戻そうとした。
「いや、いや……」
 シャイナは涙を流し、頭を振り、後退った。
「いやあああああぁぁぁ――!!!!!!」

 何かが彼女の中で吹っ切れたのか、その叫びを皮切りに、全身に奇文が充満しだした。
 ある距離から進めなくなったデビッドは、叫び終え、疲弊したシャイナと目が合った。

「お父さん……恐い……――」
 そう告げた途端、奇文は一瞬にしてシャイナの全身を覆い、地面に溶けるように消えた。

 まるで何もなかったかのような静寂が訪れた。

 眼前の光景に言葉を失ったデビッドとモルドの前方から、歩み寄る足音が聞こえた。
 暗闇から月明かりに姿を現したその人物の容姿を見て、モルドは立て続けに驚きを隠せなかった。

「――……リック?」呟くように声が漏れた。
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