奇文修復師の弟子

赤星 治

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四章 儀式と狂う計画

5 来訪

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 家を出て十五日後、デビッドはある町近くの森にひっそりと佇む丸太小屋へと辿り着いた。
 丸太小屋の前では無精ひげを生やした男性が、焚火で湯を沸かしている。
 男性はデビッドに気づくと視線を向け、目が合うと立ち上がった。

「お前かデビッド」
「相変わらずの世捨て人気取りか。ギド」
 ギドは「まあ座れ」と言ってデビッドに丸太の椅子を指差し、コップを取りに家へと向かい、間もなく戻って来た。
「お前もそろそろ来る頃だと思ったぞ」
 言いつつ、珈琲の入ったコップを手渡した。
「だったらもっと分かりやすい場所に住むか、住所を前もって教えてくれ。どれだけ探したと思ってんだ」

 デビッドは今回の旅において幾つかの目的を持っていた。
 その一つにギドの所在探しがあり、この長期旅でようやく達成できた。

「お前に教えるとハーネックに気づかれるだろ。まあ、この前奴に会ったがな」

 一瞬デビッドは驚いたが、すぐに近くの町で起きた不審死事件を思い出すと、色々推測が立った。

「あんたがハーネックを待ち構えていたというなら合点がいくな。あの町であいつが狙ってた奴らでも見つけたんだろ?」
「まさか。俺はただここに腰を据えて暮らしてただけだ。何より、お前等は揃って似た者同士か? 俺が休憩しようとした時に現れて、”俺が関係している”と言い張る始末。俺に何か恨みでもあるのか?」言いつつ、珈琲を啜り飲んだ。
「とにかく、ハーネックはもう『聖女の儀』に王手をかけた。今からどう足掻こうと挽回も阻止も出来ん。……ギド、力を貸してくれないか」
「なぜ俺がお前等の下らん雑事に巻き込まれないとならん」

 デビッドはコップを椅子に置き、両手を両膝に乗せて頭を下げた。

「……頼む。この期を奴に許すと、もうあいつを取り戻せなくなる」
 ギドは再び珈琲を飲み、間を置いた。
「……道理が通らんな。なぜお前が敵わん状況下で、俺が手を貸せば勝てると思う?」
「勝てるなんて上々な出来を望んでない。客観的に、距離を置いた位置で奴の動きを読んでほしい。前回はそれが無く、途中から後手に回り、どうにもできなかった」
「お前の弟子を使えばいいだろ。風の噂では、また新たな弟子がいるだろ?」
「奴と対等に渡り合うには、どんな状況変化においても柔軟に立ち回れる奴でないとならん。でなければ奇文の波に飲まれてしまう」

 これ以上、何を言ってもデビッドは何かを言い返してくるのは容易に想像出来た。
 口八丁の奴を相手にする事が、これ程疲れると感じたギドから溜息が漏れた。

「……いいだろ。それで、あとどれほど時間がある?」
「もう時間がない。奴の宣言通りならあとひと月と十日程だ」
「約四十日。確かに罠を張ろうとしても無理があるな。打てる手は妨害のみ……か。それはお前が行え。俺は奴を離れた所から監視し、儀式の最終局面において奇文を充満させて妨害する」
「待て、そんな事をすれば――」
「それしか方法がない。聖女の儀を行う時点、ハーネックに都合のいい環境は出来上がっている。真っ向勝負より、他の奇文を充満させ、少々危険だが悪辣な環境へ変化させて標的を奪う。あの街には管理官が多いだろ? なら、事後処理は協力して解決出来る。その時点でハーネックの思惑は頓挫する。あわよくば蔓延した奇文と共に抹消させることが出来る」
 デビッドは自分のカップを手に取り、珈琲を一口飲んだ。
「……出来ると思うか?」

 成功して生きるか、失敗して奇文に塗れて死ぬか。それ程危険な賭けである。

「やるしかない。まあ、俺は世捨て人でお前の兄弟子だ。いざってときは俺がお前の身代わりにでもなってやるよ」
「縁起でもない事を言うなよ」
 ギドは曖昧に笑み、残りの珈琲を飲み干した。
「とりあえず、お前は先に帰れ。俺は十日程遅れてそっちに向かう」

 他の用事をしながらデビッドがここに訪れた期間は十五日。
 普通に片道で十日は掛かる道のりで、その行為は下手をすればハーネックの計画に間に合わなくなる危険性がある。

「もう少し早く動いてくれ」
「心配するな。奴の儀式の日数を読み違える程耄碌もうろくはしてない。以前奴があの町で」小屋近くの町の事件である。「行った儀式を考慮しても、この二十日でどうこう出来るわけがない」

 今はギドの自信を信じるほかない。
 要件の済んだデビッドは、立ちあがってギドに礼を告げ、帰路についた。

 ◇◇◇◇◇

 ある日、ホークス宅へ珍しい来客があった。
 不思議と長続きの上機嫌状態であるシャイナが玄関先で対応した。

「あ、どうも。御無沙汰しています」

 管理官長の制服のまま、ダイクは畏まって挨拶した。
 態度はデビッドやモルドに向けるものとは違い、どことなく照れている様にも伺える。

「あ、ダイク君久しぶりです。いつ以来かな?」
「もう、二年半は過ぎてると思います。シャイナさんもお変わりなく元気そうで」
「そんなに畏まらないでください。どうぞ中へ。紅茶を淹れますので」

 ダイクは招かれて入室すると、玄関から中を一瞥した。

「ごめんなさい。今デビッド様は留守にしていないの」台所から大きめの声を掛けられた。
「存じてます。あの方の放浪癖はいつもの事ですので」

 なら、本日の来訪理由は何かと気になり、台所から顔を覗かせた。

「もしかして……モルド君に何か?」
「ええ。少々聞きたいことがありまして」
 ダイクは外で対応したシャイナを見た時から気になった事を訊いた。
「シャイナさん、何か良い事でもありました? 嬉しそうに御見受けしますが……」
「え? あ、ええ。ちょっと良い事が続いたもので。それから毎日が楽しく感じて」

 ダイクは突如、デビッドがいない現状、モルドとシャイナが二人きりという状況。浮かんだ内容を鑑みて神妙な表情になった。

「まさか! モルド=ルーカスの事が!?」
 その返答に、シャイナは心意を読み取った。
「なぜそうなりますか? 確か買い出しに行った時も店の人に言われましたが、決してモルド君と男女の関係は築いていませんよ」
「本当ですか!? 嘘はすぐにばれますよ!」

 なぜか必死なダイクの姿。
 管理官長の制服を着ている彼の素の一面が可笑しくなり、シャイナは笑った。

「安心してください。モルド君は弟のように思ってますが、恋仲では御座いません。嘘だと思うなら本人に訊いてみて下さい。丁度、デビッド様の宿題に没頭中ですから」
 玄関から見える、奇文修復部屋をダイクは見た。
「モルド君に用事なら、あの作品内に入ってみてはどうですか?」

 ダイクは「そうですね」と呟いて部屋へ向かい、自分用の環具を取り出した。
 彼の環具は万年筆のような銀の棒の周りに金の蔓が纏っている形状である。

「シャイナさん、彼との話はすぐに済みます。お茶はもう淹れて頂いても構いませんので!」

 シャイナの返事を訊くと、足の高いテーブルの上に置かれた小説に向かって、ダイクは環具で一度叩いた。
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