奇文修復師の弟子

赤星 治

文字の大きさ
上 下
37 / 66
四章 儀式と狂う計画

2 早朝の再会

しおりを挟む

 モルドは街の広場にいた。
 季節は冬を迎え始めた頃だが寒くなるのが早く、加えて薄曇りの天候が関係してか、十時過ぎでも息が白い。今日一日は外にいると息が白い日なのかもしれないと思える程に。

「おーい」
 大きな石段に腰掛けるモルドの向かいの離れた所から、リックが手を振って歩み寄って来た。
 応えるようにモルドは手を振り返した。
「今日は早い昼だな」
 傍に来たリックにモルドは言った。
「この日の為に前の晩から先に仕事済ましたから。まあ、もう少ししたら戻らなきゃならないけど」
 
 今日はリックから話があると言われ、ここにいる。
 事情は出世の報告と思っていたモルドであったが、内容に不意を突かれて戸惑った。

「俺、今月末にイニシェットの街に行くことになったんだ」

 王都イニシェット。
 様々な店が並び、この街とは一線画して建造物・街並み・住民達の衣装が様変わりする大都会である。金物細工の技術も数段高い街でもある。
 引っ越し理由は単純。リック自身の実力を知るためと見識を広めるための、師匠から言い渡された遠征である。尚、泊まる先は師匠の元弟子の店である。

 二人は遠征話と自分達の未来の話に暫く盛り上がると、時間を見てキリをつけた。

「リック、お互い頑張ろうな」
「ああ。お前も色々見て成長しろよ」

 二人は互いの帰路についた。


 モルドがデビッド宅へ到着すると、キッチンのテーブルに散らかった書類跡を見て気が滅入った。

「師匠! なんでこんなに散らかってるんですか! ちゃんと片づけて下さいよ」

 モルドは慣れた手つきで書類を分別して纏めた。
 途中、モルド宛の手紙を見つけ、仕分けの手を止めて封を開けた。
 差出人不明のその手紙に目を通した時、息が詰まるような感覚に陥った。

『親愛なるモルド君。少々話しておきたいことがある。明日、何時でもいい、我々が出会った浜辺へ一人で来てくれたまえ。くれぐれも一人でだよ。でなければ多くの者を奇文塗れにするからね』
 末尾に差出人名が綴られていた。【ハーネック】と。

「あ、モルド君。帰ったんですね」
 シャイナに声を掛けられ、驚きつつも無理矢理ぎこちない笑顔を向けた。
「……どうかした?」
「あ、いや、いきなりだったからつい、ビックリしちゃった」

 続いて、寝ぼけ眼でデビッドが起きて歩いて来た。

「おはよう。若いって元気があって良いなぁ」
「おはようじゃありませんよ」

 手紙をズボンに挟み、上着で隠した。
 デビッドは他所を見ており、シャイナもテーブルの手紙を見ていたため気づかれていない。

「もう昼ですよ。いつまで寝てるつもりですか!」
「仕方ないだろ。遠征に、立て続けの修復。俺も年なんだよ。お前も奇文修復後は疲れるだろ」
「でも師匠。昨日寝たのは九時ですよね。それで昼間って、どれだけ寝るんですか」
「途中何度か目覚めたよ」
 机の手紙を次々手に取って宛名を流し見た。
「それより昼飯はまだか?」

 モルドは買い出しから帰って来たばかりで、その準備はまだ出来ていない。しかしシャイナが「もう出来てます」と告げた。
 デビッドを先頭に食卓へとモルド向かった。

 上手く誤魔化せたが、モルドは手紙の事が気がかりで仕方ない。


 ――翌日、早朝。

 流石にこの時間では待っていないと思いつつも、この時間ぐらいしか家を抜け出せる機会はない。
 話を済ませてすぐ戻る計画を立てた。
 もし嘘だと気づかれても、友人と会っていた。や、体力づくり。など、言い訳はいくらでも準備は出来ている。

 寒い早朝の海は、何処か恐怖心を煽る暗みを帯びた色合いをしており、入ればそのまま深みへ引き込む印象を与える。
 浜には一人の男性が立っており、水平線を眺めていた。
 出会った時の男性でないのは分かるが、なぜかモルドは気づいた。彼がハーネックなのだと。
 男性は近寄るモルドに気づき、振り向き様に「やあ」と笑顔で声を掛けた。本当にハーネックであった。

「お前、あんなことしといて僕に何の用だ!」

 波の音がいつもより大きく聞こえる。程よく強い風も影響して。

「おやおや、久しぶりの再会をそのような邪見に扱うものではないよ」
 相手の気楽な態度に怒りが込み上げる。
 美術館での出来事が断片的に思い出され、更に込み上げる憤りが増した。
「――ふざけるな! お前のせいで僕は死にかけたんだぞ! それに、お前は師匠に何かしようと企んでる!」

 これは伝言から判断出来た。

「やれやれ、再会の矢先に頭に血が上るのは若い証拠だよ。それに」
 ハーネックは不敵に笑んだ。
「君は確か、奇文と相性が悪かったはずだが?」

 モルドは図星を突かれ、睨んだまま黙った。

「本来ならばどのような手段を用いても適性が好転する事は無い。奇文修復が出来るか出来ないか、そのどちらかで確定される。これは生まれ持ってのものだ。それを可能としたのは誰かな?」
 答えは眼前の人物。
「デビッドを師匠と仰ぐなら、どうしても奇文に侵された作品に入らねばならない。その体質を可能としたのは?」
 相次ぐ質問攻め。
 答えの分かる問に、どうしても言葉が出せない。それは答えたくない意地からくる。
「私は最も君の為に力を貸してあげている訳だよ? バザーの絵画では私の役目を果たさんがために惨事を見せる結果となってしまったが、私が君に聞かせた言葉も、荒療治も、全てが君の為となる結果に導いた。当然、デビッドを使う事も想定してだよ」

 上手く丸め込まれている。そんな気がする。
 それでもモルドはどこか腑に落ちない感覚に捉われながらも、抵抗の表情を崩さなかった。
 そんな折、ハーネックはモルドの後方に視線を向け、声を大きくして話した。

「君もそう思うだろ! 師匠殿!」

 声に便乗してか、強めの風が吹きつけた。
(誰にも気づかれずに来たはずなのに)と思い、モルドは反射的に後ろを向いた。
 すると、悠長に煙草を吸いながら、少し離れた所で傍観しているデビッドがいた。

「……し、しょう……。どうして?」
 いや、何よりも、『一人で来なければ――』これに続く一文が頭を過り、焦りの色を露わにハーネックに訴えた。
「ま、待て! 僕は確かに一人で来たんだ! だから――」
「安心しろモルド」

 デビッドが割って入り制止させた。
 そのまま歩み、モルドの少し前に立ってハーネックと向き合った。

すっ辛い手をよく考えるもんだ」
「ほう。私の手紙に一体どのような悪知恵が働いたと?」
「一人で来なければ多くの者を奇文塗れにする。そんなことを言わずとも、あんたの計画では遅かれ早かれ周辺住民を奇文塗れにしかねんだろ。そして、奇文塗れにする前に俺の弟子を言葉巧みに追い込み、あわよくば利用する。そう言う腹だろ」
「心外だな。私はモルド君のためになる事ばかりしてきたのだがね。君も分かってるだろ? 彼は適性者ではなかった。私がいなければ奇文修復など一生かけても出来ない仕事だ。感謝されるべきことだが?」

 デビッドはゆっくりと煙を吐いた。

「なら、それだけだ。モルドが適性者でないなら、真っ当な理由を告げて諦めてもらうだけ。あんたが荒事に巻き込み、その最中、適性が転じたなど偶然にも程がある。モルドの運が良かっただけであって、何一つあんたのおかげではない」
「おやおや、随分減らず口が上手く回るようになったなデビッド=ホークス」
 また、一服吸った。
「……おかげさまで」挑発の思いが籠っている。

 二人の会話に入れないモルドは、黙ったまま見届けるしかなかった。
 風と冬の海と少し荒めの波。対決でも起きそうな、静かで、それでいて恐ろしくもある状況。

「で、今日はどういった理由で弟子に会いに来た? あんたがらみの仕事話は弟子の手に余るのでな。師匠も同伴でお聞かせ願いたいものだが?」
「ああ。ぜひ聞いてくれたまえ。いや、むしろ君に一番聞いてもらいたいのだよ」
 デビッドから余裕の笑みが消えた。
「【聖女の儀】、あと贄は二つとなった」
 デビッドは目を見開いて驚きを露わにした。
「君には盛大にもがき続けてもらいたい。これから奇文修復を優先するか、私の儀式を阻止するか。まあ、それは君に決めてもらおうではないか」

 言った途端、眼前の男性は糸が切れた操り人形の如く、崩れるように倒れた。
 男性にハーネックが術を用いて憑いたのだとモルドは考えた。


 ハーネックに操られた男性を波打ち際から離した所に寝かせ、モルドは上着を被せた。
「師匠、どうして分かったんですか?」
 デビッドは先程の焦りを鎮め、答えた。
「どうもこうも無い。テーブルに手紙が散らかっているからと言って、”俺が手紙の宛先を確認していない”と同義ではないぞ」
「え、でも便箋は開いてた様子はありませんでしたよ」
「そりゃそうだ。俺が一度開けて、中身を見て、別の便箋に入れて置いといただけだからな」

 モルドは驚きのあまり言葉を失った。

「ごく普通の便箋に糊付けだったし、あいつからの手紙は初めてだろ? 偽装など容易だっただけだ」

 あの気づかれないよう必死になっていた自分が馬鹿みたいだと思いつつ、気を取り直した。

「え、あー、質問変えます」まだ少し傷が残ったままだ。「ハーネックの計画って何ですか?」
「これは教えられん。一年ちょっとしか奇文修復に携わってないお前には荷が重すぎる。これから奇文修復の仕事が増えるから、そっちを優先に励め。急を要する事だから、『一人立ち』の手筈も整えておくからな」

 どさくさ紛れに奇文修復師としての昇格を意味する言葉も含まれている。
 詳細を聞こうと、去っていくデビッドに駆け寄って訊こうとした。

「とりあえず二か月は問題ない。それまで奇文修復の数を熟せ」

 それが最後と言わんばかりに、モルドは何も訊けない空気の中、帰宅する事となった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治
ファンタジー
生前、神官の策に嵌り王命で処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、意図せず転生してしまう。 ジェイクを転生させた女神・ベルメアから、神昇格試練の話を聞かされるのだが、理解の追いつかない状況でベルメアが絶望してしまう蛮行を繰り広げる。 神官への恨みを晴らす事を目的とするジェイクと、試練達成を決意するベルメア。 一人と一柱の前途多難、堅忍不抜の物語。 【【低閲覧数覚悟の報告!!!】】 本作は、異世界転生ものではありますが、 ・転生先で順風満帆ライフ ・楽々難所攻略 ・主人公ハーレム展開 ・序盤から最強設定 ・RPGで登場する定番モンスターはいない  といった上記の異世界転生モノ設定はございませんのでご了承ください。 ※【訂正】二週間に数話投稿に変更致しましたm(_ _)m

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...