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三章 揺れ動く感情と消える記憶
13 海上を走行する夜汽車(デビッド編)・通じた言葉
しおりを挟むデビッドが夜汽車の世界へ辿り着いてすぐ、前方と後方の車両を確認し、窓を開けて外も確認した。
風が心地よいので向かいの窓も開けて風通しを良くした。
「……さて、どうしたものか」
対処法が見つからず、座席に腰かけて杖を煙管に変えて一息ついた。
「相変わらず、好きよねぇ。た、ば、こ」
突然の声。向くと、スノーが斜め向かいに座っていた。
何の前触れもない出現だが、デビッドは驚かなかった。
「おう、お前もようやく来たか」
もう一度吸い口を銜えて吸い、ゆっくりと天井めがけて煙を吐いた。
「随分と余裕ね。っていうより」スノー自身を指さした。「突然現れたんだからちょっとぐらい驚いてもいいんじゃなくて?」
デビッドは煙管を杖の形に戻した。
「驚くも何も、お前はいつも突然現れる訳分からん存在のままだろうが」
「あらら、こんな素敵な夜汽車の中ではもっと紳士的な言葉はないのかしら?」
スノーは立ち上がり、デビッド側の座席列に向かい、窓を開けた。
「おや? さっきまでは星空なのに、今度は満月の月夜とは……。これはいよいよロマンチックな場面が出来上がってるじゃないですか」
一人浮かれるスノー。
一方でデビッドは感動も起きず、冷静にスノーの方に目を向けた。
しばらくデビッドは黙り、スノーは外の光景を眺めた。
「……やけに静かじゃない。ずっと私の方を見てるけど、月光浴びる私に何か魅せられた? あ、でもちゃんと見えないんだったわよね」
「いんや。ちゃーんと人間の姿にはなってるさ」
スノーはゆっくりと真顔になり、しばらく目が合うと、また視線を外へ向けた。
「……へぇ、いつから気づいてたの?」
「微妙な変化は会うたびに起きてた。ここ最近、急激に変化しだしたのはお前がシャイナのオカリナに入ってからだろうな。どういうカラクリかは知らねぇが、具現化した奇文であるお前が現実世界に、モノに憑いた状態で現れたんだ。俺らも何かしら影響を及ぼされたと思えば合点がいく。ようやくはっきりと分かったのは、大理石の床の大広間に行った時だ」
「あら、それならそれで反応一つ見せてくれても良かったのに」
「もしかしたら幻覚かもと思ってな。とりあえず現実世界でも反応観察の様子見だ。結果として、人の形に見え、声を聞けるようになったから良かった程度の収穫だ」
また静かな時が訪れた。
幻想的な夜景、眩しくなく暗すぎない心地の良い車内に差し込む月明かり。
環境は二人の心情を穏やかに保った。
「――。ねえ、今の言葉は聞こえた?」
突然スノーに訊かれたが、デビッドは何も聞こえなかったので、いきなり訊かれた状態である。
「残念。顔も声も分かったのなら、これも分かるかなぁ、って思ったんだけど」
「そいつぁ残念だ。謎の奇文体【スノーさん】について全て分かる好機なんだろうが、どうやら見た目と声だけらしい」
「ぼちぼちいきましょ」
「らしくない事言うじゃねぇか。それが出来ねぇのが今の状況だろ?」
スノーがデビッドの方を向くと、またも環具を煙管に変え、一息吐いた。
「で? シャイナとモルド、二人に会った後だったりするのかい?」
デビッドはスノーとこの作品世界との関係に気付いている。
どこまで気づいてるかは不明だが、スノーはデビッドの考察を確信した。
静かに深呼吸し、身体ごと向かい合い、シャイナと会った事を話したが詳細までは語らない。
「意外だな。俺が最後だと思ったんだがな」
「どうして?」
「お前はやたらシャイナの気をひこうとしてた。邪な心情ではなく好意からな。そしてもう一人、気を許し、良き話し相手となったモルド。お前が俺らをどうこうしたいって腹なら、二人を相手にしてから俺が最後。もし何かする気がなくても先に二人に挨拶してから俺だと思ってな」
『挨拶』その言葉でスノーは、デビッドが行きつく先に気付いていると。
「さすが奇文修復師ね。推測しているのね、これが最後だってことに」
デビッドは煙を吐きながら肯いた。
「聞かせてくれる? 貴方の推理」
「……お前と最初に会った時の事を覚えてるか?」
モルドが修復作業をサボっていると誤解され、必死にスノーをシャイナとデビッドに紹介した時の事。
初めは警戒から嫌悪剥き出しのシャイナが怖い表情で脅し、渋々デビッドと会うと誓わせた思い出。
「モルドが言ってただろ? 空間浸食で出会い、ついて来たと。そしてシュベルトが修復の仕上げが出来なくなった。この夜汽車を見て分かるように、何一つ解決できる糸口がない。シュベルトが無いと言って折れた時点でこの世界には決定的な何かが欠けている証拠なんだ。元々お前が空間浸食からモルドに憑いた存在なら、欠けた存在はお前だと推測が立つ。まあ、俺たちを分散させて個々に会う時点でお前の世界だと確信できるがな」
スノーは拍手した。
「さすがね。最近どうも私への口数が減ったのって、シュベルトの連絡が入ったから警戒してたってことかしら?」
「警戒って程でもないさ、かなり変わった奇文だとは思ってたが、どうも人間らしい奴だと。続けて観察したが、悪さを働く気がまるで感じられない」
スノーは微笑み、外を眺めた。
「それで、俺らは何をすればこの奇文問題は解決するんだ?」
「……何もしなくていいわ」
強めの風が吹き込んだ。
「どうしてだ?」
「修復のほとんどをシュベルトが解決してくれたから、後は私がこの世界に戻るだけで解決するの」
「原理が分からんな。お前は奇文の具現体だ。元の世界に戻れば作品世界が悪化すると考えるのが普通だが?」
「ええ。私が貴方達と無関係な奇文体っていうならそれが普通よね」
まるで自分が別の存在だと示唆しているように思える。
デビッドは眉間に皺を寄せた。
「貴方なら気付いているわよね。どうしてモルド君が“ある事”について話そうとしたら、誰にも通じないのかって」
確かにそれが残っている。スノーの正体を暴いても、それが謎のままだ。
「その話せない内容が私の正体に繋がるきっかけよ。現に、この姿であるにも関わらず貴方もシャイナちゃんも何も気づかない。記憶そのものに影響を及ぼしてしまって、私自身は完全には貴方達とは干渉出来ない。……あ、でも誤解しないでね。寂しくて辛いけど、こうやって話も出来るし、結構楽しかったんだから」
「お前……何の話をしてる?」
「無意味でしかない一人語りよ。……貴方が話してくれたように、本来なら私がこの世界へ来たら事態の悪化が普通。でも、私が純粋な奇文体ではないから、この世界で外れた一部の奇文が戻ることで解決の糸口が出現するの。じゃあ、私は何者? ってなるよね」
デビッドはスノーの発言の続きを聞いたが、言葉が聞こえない。
スノーは聞こえていない事を確認し、別の話を進めた。
「まあ、元に戻っても記憶に残らないだろうから、これは謎の問題ってことにしといて」
「そんな曖昧な事出来るわけないだろ。今後、こんな奇文が現れたら、手立てがないぞ」
「安心しなさい。こんな事無いに等しいし、これは偶然の出来事。私の願いが届いて神様が与えてくれた奇跡のようなモノよ。同じことが起きてもきっと無事に解決できる問題となるわ」
「何を根拠に」
「私がその証明よ」
断言され、反論しようとすると、デビッドの視界に白い霧のようなものが映った。
「……な、んだ?」
スノーは周囲を見ず、デビッドに近寄った。
「とうとうお別れの時間ね」
スノーに何かされると思ったデビッドが、払いのけようとするも、手が彼女の体をすり抜けた。
「貴方には最後まで謎の女・スノーとして存在してたけど、せめてこの言葉だけは通じてほしいわ」
スノーはその言葉が通じてほしいと願いを込め、顔をデビッドの耳元まで寄せた。
「私の名前は――」
聞こえた。
その名は、デビッドの目を丸くして驚かせ、言葉を出させなかった。
「よかった。通じたみたいね」
「え、……どうして」
「じゃあね、デビッド」
笑顔で返すと、デビッドの姿は一瞬で消えた。
残されたスノーは、デビッドのいた場所から視線を逸らさず、深い溜息を吐いた。
気付くと、涙が溢れて零れていた。
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