奇文修復師の弟子

赤星 治

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三章 揺れ動く感情と消える記憶

5 主と弟子と使用人。時々スノーの日常(後編)・貴女を知りたい

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 シャイナは現在、スノーと一緒に仕事をしている。
 現実世界ではモルドがシュベルトと会っているなど、露ほども知らない。

「ねえシャイナちゃん……もう、デビッドさんには話したんだからさぁ。そろそろ私と仲良くなってもらえないかなぁ?」
 スノーは相変わらずシャイナから距離を置かれている。
「デビッド様は許してくれましたが、貴女は私の中でまだ警戒に値します」
「そのぉ……警戒する原因とか、教えてくれないかなぁ? 私、どうにか出来るものならどうにかしたいから」
 両手を腰にあて、自信満々に胸を張って答えた。

 シャイナは立ちどまり、全身ごとスノーと向き合った。

「では、あなたの正式な存在を教えては頂けないでしょうか」
 真剣に訊かれ、スノーは苦笑いを浮かべた。
「正式なって……、見ての通り、人型の奇文で、特異な存在じゃない。害意は無いからあなたとも仲良くしたいんだけど……」
「それは恐らく本当なのかもしれません。貴女は何故か人間らしく、デビッド様もモルド君も気を許しています。ですが、デビッド様は貴女の容姿も分からず、声も複数人が重ねている声だと言ってます。私も、顔と声がはっきりと分かるのに、現実世界に出ると忘れてしまう。唯一全てを知るモルド君に訊くも、なぜが説明が聞こえない」
 シャイナの表情はどことなく寂しさが滲んでいる。
「私は知りたい。なぜか貴女といると、大切な事を見落としている気がします。だけど貴女は全てを語らない。どういう訳か重要な部分を語らずにやり過ごそうとする。このまま打ち解けた所で、貴女という存在は謎のままで私の気持ちは何一つとして解決しない」

 それを聞き、スノーは何か言いかけたが、口をつぐみ、堪えているようであった。
 不意に表れてしまった物悲しい気な表情を、元の明るい表情に戻した。

「もう、シャイナちゃん、そう言う事はもっと早く言ってもらわないと。ちょっと安心したわ、シャイナちゃんが私を奇文として見続けて嫌ってるのかと思っちゃった」
「では、教えて――」
 スノーが指を揃えた右手を前に出して黙らせた。
「残念ながら、意味がないの」
「どういう事ですか。貴女が話してくれれば」
「―――――――――」
 スノーは真実を告げるも、シャイナには聞えなかった。

 呆然とするシャイナに向かって、スノーは僅かに笑んだ顔を向けた。

「言いたいけどあなたに届かない。デビッドさんも同じ。残念ながらモルド君だけが私の良き理解者なの」
 シャイナは悔しがった。
「どうして…………どうしてですか! どうして貴女の事を……こんなにも知りたいと思っているのに……」
 なぜ人型をした奇文にこうまで感情が沸き起こるのか、シャイナには分からない。

 知りたい、覚えていたい、人としての接し方をしたい。

 自分の意に反する感情が、どういう訳か込み上げて来る。その思いが通らない事がこんなにももどかしく、辛いと思うと、泣いてしまいそうになった。
 シャイナは込み上げる感情を抑え込み、スノーと反対側を向いた。

「失礼しました。仕事を再会致します」

 とても気まずい状態である。


 数分後。
 スノーは気まずい沈黙に耐えかねて質問した。

「ねえ、私からも訊いていいかな?」
「……はい。なんでしょう」
 意外にもシャイナは邪険に扱わない。まだ関係解消の余地は残されていると思われた。
「シャイナちゃんは、お父さんやお母さんの事、何か覚えてる?」
「いえ、私は昔の記憶がほぼありません。経緯は不明ですが、デビッド様の使用人として働いてます。父母は死に、孤児として育ったのだと思っています」
「もしかしたらあなたの事、探してる……とか?」恐る恐る訊いた。
「そう思い、何度か役所の方に訊いたりもしましたし、デビッド様にも訊きましたが、そういった捜索願は出てないそうです。きっと孤児で間違いありませんし、私はデビッド様の傍で働くと誓いました」

 それを聞くと、スノーは胸が苦しくなった。

「じゃあ、他にも訊いていい?」
「何でしょうか」
「ずっと使用人してるみたいだけど、あ、モルド君からチョロチョロっと皆の事訊いたの」
 不審がらない気遣いも必死である。
「それで、あなたの歳で使用人をずっと続けてると、将来の事とかどこかに行きたいとか、そういうのないのかなぁって。ほら、私達女同士じゃない、そういう話とかしたいなぁって」

 また、シャイナは立ちどまり真剣な顔で向き合った。

「あなたは人でないのでしょ? なら、この話に何か意味はありますか?」
 胸をえぐる辛辣な正論に、スノーは無理矢理笑顔を維持して耐えた。
「……私は、一心にシャイナちゃんと仲良くなりたいのよ。それぐらいいいじゃなぁい」
 笑顔に無理がある。それでもスノーはやり抜いた。
 ぎこちない彼女の様子に、シャイナはため息が漏れた。

「夢とかは特にありません。記憶が無いのでこれといって何をしたいかより、昔を知りたい気持ちが勝ってます。そしてデビッド様は使用人である私への気遣いをよくしてくれます。いえ、何より私は欲が乏しいからデビッド様に何かしてほしい気持ちは特に無く、一方的にデビッド様が気遣ってくれてるだけです。あと、旅に行かれた時、家の事は任されてますが、『時間を作り、したいことがあるならすればいい』そう言われてます」
「で? シャイナちゃん、なにかしてる事とかあるの?」
「何をすればいいか分からず迷ってました。料理や掃除は常の事ですので他の同年女性に負けない気持ちはあります。持ち前の力強さがあるので、体術においてはモルド君よりは上です」

 言葉遣いに失礼な所はなく淡々と話してくれるが、そんな事はどうでもいいと思いながらスノーは聞き続けた。

「他にこれといった趣味はありませんが、街の方にオカリナを。それを吹いてる最中ではあります」
 スノーは手を叩いて閃いた。
「え、ちょっと聴きたい。今すぐ吹けないの?」
「今、仕事中ですよ」
「いいじゃない。ちょっと演奏してよ」

 シャイナは仕方なく、環具をオカリナに変えた。
 静かに始まったシャイナの演奏は、物音ひとつしない作品世界に響き渡り、その少し淋しさが現れる曲が、スノーの心に沁み渡った。
 僅か三分ほどの演奏会が終了すると、作品世界のあらゆるものが仄かに光りだした。

「え!? どういう事――」
「ああ、どうやら音楽聴かせるのが解決法だったのかもね。ありがとう、良い演奏だったわ」
 スノーは拍手しながら見送った。

 作品世界が光に満ち、スノーの身体を覆ってしまう最中、シャイナは僅かに浜辺でスノーと会っている場面が過った。
 夕陽を浴びるスノーは、どこか懐かしさを思い出させた。
 しかしそれ以上は思い出せず、感情も懐かしい止まりであった。


 現実世界へ戻ると、モルドが「お疲れ様です」と言って寄って来た。
 モルドはシャイナの変化に気づき、心配した。
「……シャイナさん、何かありました?」
「え?」

 涙を流している事を指摘され、シャイナは頬を拭くも、その原因がまるで思い出せなかった。
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