奇文修復師の弟子

赤星 治

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三章 揺れ動く感情と消える記憶

2 煌く街のスノー(後編)・モルドにだけ残る

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 モルドはスノーと一緒に行動する事になった。

 スノーの提案はモルドとの同行。本当はシャイナと一緒にいる方がいいという個人的な意見があったらしいのだが、シャイナ同様、モルドがこの世界で異変に巻き込まれた場合、スノーも助けに迎えないという。
 人型の奇文、特異な存在である彼女でも、遠距離での異変に対応は出来ない欠点もあると主張している。

「一体全体、何を考えてるんですか!」声量は抑えられている。
 シャイナと別れ、角を曲がってモルドはスノーに意見した。
「なにって、こうしないと話し進まないでしょ。私は君達と同行してるだけなのに、警戒ばかりで色々大事な事見落としてばかりなんだもん」
 拗ねてる表情を出すも、見た目印象が四十代と思われるスノーがしても虚しく思える。
 スノーの顔に関して思っていた事をモルドは訊いた。
「ってか、出会った時から思ってたんですけど、どうしてスノーさんはシャイナさんに似てるんですか? 何より、どうしてシャイナさんはその事に何も触れないんですか」
「私、美人でしょ?」

 そんな返答は求めてない。

「はぐらかさないでください!」怒鳴ってはいるが、やはり声量は抑えている。
「顔は貴方が考えなさい。ヒントは”空間浸食とデビッド=ホークス”よ。シャイナちゃんが気づかないのは……やっぱり、”特異な存在”だからじゃないかしら? 気づいてるけど、もうその気付きも過ぎた後、みたいな?」

 言っている事が誤魔化しているようであり、結局は分からず仕舞いである。これ以上訊いても意味がないとし、次の質問をした。

「さっき別れる時、どうしてあんなヒントを?」
 スノーがシャイナと別れ際、こんな事を言っていた。
(私の事で頭いっぱいのシャイナちゃんに、良い事教えてあ・げ・る)
(結構です)
(ヒントは扉よ。修復権はシャイナちゃん次第だから、しっかりね)
 どう聞いても反抗期の娘に親が口出ししているようであり、シャイナのスノー嫌いに拍車がかかったとしか思えない。

「どうしてって、言葉通りの意味よ。聞いてなかった? 私、解決方法見つかったって」
 確かにそれは言っていた。
 モルドは思い出して忘れていた事をはぐらかす為に他所を見た。
「結局はシャイナちゃん次第でこの問題は解決よ。それに、こっちの方角に解決の扉は無いから、敢えてこっち側に来た私の気遣い。君は気づいてくれたかしら?」

 思い返してみると、シャイナへヒントを出したスノーは、先行してこの方向へ向かった。
 些細な気遣い、言葉巧みな誘導。
 もう、モルドはスノーの掌で踊っている感じしかしない。

「それはそうと、この前の話の続きをしましょうか?」
 そう言われ、モルドは立ちどまり警戒の姿勢を示した。
「あら? ちょっと、そんな怖がらなくても、墓場になんか行かないわよ。何より、空間を変えようにも変えれないから」
「どういう事ですか?」
「この世界と私の質が別物って意味よ。奇文もね、一応、尤もな理があるのよ。ほら、陸地で最強の猛獣も海中だとサメに食べられるみたいなもの、一種の適材適所よ」
 本気で情景を変えようとしないスノーを見て、モルドはようやく信じた。
「えっと……。どんな話でしたっけ」

 墓場の光景、初体験の連続。その印象が強すぎてスノーの言っていた事は殆ど覚えていない。

「君がこのままだと大変な死に様に行き着くって話よ」
 言われて思い出せた。
 語られた言葉を全部思い出した訳ではないが、そんな話をしていたな、という程度である。
「確か、師匠の見たまんまをやっていくと、奇文塗れになって死ぬとか」
「そうそう、それそれ。今回はモルド君の……。ああ、モルド君の呼び方、ちょこちょこ変わってるけど気にしないでね。もう仲良しの間柄なんだし」
「そんな間柄ではありませんよ」
「後はその敬語ね」
 呟いから、もっと親しみを持とうとする意志が現れている。
「おっと、話が脱線したわね」

 スノーはどこまで本気か不明だ。
 出会った頃と比べ、対応の仕方が砕けている感じがするのは、さっき言った“仲良しの間柄”の影響だと思われた。

「今回は前みたいにモルド君を試すようなことは訊かないし、率直に言わせてもらうけど、あんな死に方したくないなら、奇文の事について、もっと耳を傾けるべきよ」
「奇文って……喋るんですか?」
「おっと、あ、まあそう捉えられるか」
 スノーは言葉を考えた。
「通じ合う。流れを読む。全体の形を知る。その世界が描いたものを理解する。……当てはまるものがありすぎて説明は難しいけど、要するに作品世界での異変そのものの本質を掴まなければならないって事よ」
「普通の修復とどう違うんですか? 異変を見つけて、きっかけを見つけて、解決する。それ以外何か?」
「例えばこの世界で言わせてもらうわね。どうせ解決の糸口も見つけてないだろうから、そこから言うと」
 スノーは近くの家の扉前に立った。
「この作品世界の家の扉はどこも開かない状態なの」

 モルドは試しにあちこちの扉を開こうとしたが、ピクリとも動かない。扉の形をした壁のようだ。

「君たち二人に会う前、あちこち開こうとして全然だったから確認済みよ。それでいて、これが解決の糸口」
「どうして扉が?」
「これだけ何もないし変化も起きないなら、糸口を探すのは容易よ。現実世界では当たり前の事。それが糸口よ。この迷路で一番気掛かりなのが、一際目立つ尖塔。あそこの扉を開けば、次の段階に進めるか、何かが解決する」

 今更だが、色んな出来事が多すぎてモルドは尖塔の存在に、たった今気づいた。
 尖塔の位置は、シャイナが向かった方向である。

「あ……けど、その尖塔が本当に本命かどうか分かりませんよ」
「そのヒントは、この作品のテーマかしら。この世界はある楽譜の世界でしょ? その楽譜のタイトルは『塔から眺める雪』。作曲者が故郷の塔から眺めた光景を元に作られた曲よ。作曲関係の修復は、あまり深く考えないでいいから楽よ。本とか映画のフィルムだったら、複雑な描写が含まれてるから、ちょっと考えないといけない事あるけど」
「でも、それじゃあ普段の修復作業と一緒ですよ。どこに奇文を知る必要が?」
「そうねぇ。この世界は奇文の濃度が弱いから……」

 スノーは周囲を見回して何かを探したが、何も見つからなく、目を閉じて両手の平を上に向けた。『残念』を表している。

「説明に使えそうな変化が無いわね。
 一応、説明しておくけど、この世界で『街の光景』と『不自然に永く降る煌びやかな粉雪』、これらは作品が描いたもの。
 『開かない扉』など、存在の役割が全く機能しないものこそは異変、作品の問題であり解決の糸口よ。
 じゃあ奇文を知るには何を見ればいいか。これは一度見ただけでどうこう出来るものでも知れるものでもないわ。
 私と出会った世界で例を上げるなら、異変対象は、まず私。容姿や声、対応など。
 次に情景変化。コロコロ変わるけどその光景全てがどういう意図を持つか。
 後は時間ね。いくら奇文修復って言っても、私達が出会って挨拶してちょっと話して元に戻されるのは早すぎよ」
「あの修復活動が妙だって事ですか?」
「妙かどうかは自分で真相を見つけなさい。ただ、早く切り上げたけど、君もすぐに目覚めなかったんじゃなかったかしら?」

 なぜそれを知っているのかと思ったが、今こうして会っているなら、モルド自身にスノーが憑いていたのかと解釈した。もしくは、墨壺に入り、後にモルドへ憑いたとも思われる。

「その後一つの絵画に奇文が密集。時期が来るまでの避難っていったけど、本当にそうかしら?」
「試す言い方止めて下さいよ。何か知ってるんでしょ?」
「知ってるっていうか、気になる事はあるわね」
「何ですか? それも考えろとか言う感じですか?」
「それもいいけど、これは私個人の疑問だから言わせてもらうわ。“絵画に一時避難”って解釈、誰が一番初めに言ったのかしらね。奇文になった事もないのに」

 え? と声が漏れた時、遠くの方が眩しく光、それが迫ってきてる光景が見えた。
「どうやらシャイナちゃん、正解を見つけたみたいね」
 スノーはモルドの方を向いた。
「またいつか会いましょう」

 前回同様の言葉を告げられ、二人は光に包まれた。



 現実世界へ戻ると、シャイナは不服そうな表情で奇文の消えた楽譜を眺めた。

「シャ……イナ、さん?」気まずい。「どうしました?」小声で聞いた。
「あ、いえ。私とモルド君でこれ、解決したんですのね」
 そこにスノーの名は無く、とはいえ嫌悪も拒んでいる様子も無い。記憶そのものが無いと思われる。
「あ、え、ええ。それが?」
 不自然なモルドの態度に、シャイナは気づいた。
「何か隠してます?」
「いやいや。そんな事ないですよ。それより、どうしてそんなに楽譜が気になるんですか?」
「いえ。煉瓦壁の尖塔の扉を開けて解決したはずなんですけど、何か忘れているような……。この作品世界での出来事の殆どを忘れてるみたいで実感も手応えも無い感じです」

 ここぞとばかりにモルドは言い訳を思いついた。

「え、シャイナさんもですか!?」
 シャイナは何気なくモルドを見た。
「実は僕も忘れてて、修復師として不出来なのかなぁって……思って」
 言い訳が通じる事を熱心に祈った。
 理由は不明だが忘れているシャイナに、スノーとの事を思い出される方が気まずく色々な説明が面倒くさい。

 シャイナが間を置いて大きくため息を吐いた時、モルドの腹の中で燻る不快なモノを感じた。

「このことはデビッド様に報告しましょう。けど安心しました」いつもの笑顔に戻った。「私の記憶喪失がいよいよ修復作業にまで影響したのかなって焦りました」

 楽譜を手に部屋を出ていく彼女を見て、モルドは静かに、それでいて大きなため息を吐いた。
 腹に燻る不快感も消えた。
 とりあえずやり過ごすことは出来たが、今後、修復作業にスノーが現れた場合、どのように言い訳をしようか迷った。


『“絵画に一時避難”って解釈、誰が一番初めに言ったのかしらね。奇文になった事もないのに』

 前回に引き続き、どうしてもスノーの言葉はモルドの頭の中に残ってしまう。
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